魔法少女まどか☆マギカ 《円環の理》――この世界に幸あれ 作:ぞ!
昔話をしよう。
ずっとずっと昔の、わたしの話を語ろうかと思う。
わたしがこうなる前の、なにも知らなかった日々のことだ。
全ての切欠は些細なことだったのだ。
小学校に行くときに、傘を忘れた。
本当に、それだけのことだったのだ。
夕立にあってずぶ濡れになって帰宅したわたしは、次の日に熱を出して寝込んだ。
四十度を超える高熱に魘されるわたしを見かねたパパは、すぐにでも病院に連れて行こうとした。
けれどその時わたしのママは妊娠していて、出産予定日を数日後に控えていて、いつ陣痛が始まってもおかしくない状況で、だから、パパはママも一緒に車にのせてわたしを病院に連れて行ったのだ。
――そうして、それは起きた。
陣痛が始まり苦しみ出したママ。
高熱にうなされるわたし。
気が急いたパパは、ハンドル操作を誤った。
結果は、無惨なものだった。
パパもママも潰れた車に挟まれてぺしゃんこになって死んだ。
弟になるはずだった命も、この世に生まれ出る前に消え去った。
……わたしだけが奇跡的にかすり傷だけで生き残った。
どうしてだろう。
どうしてこうなったのだろう。
決まっている。
愚図なわたしが傘を忘れたから、熱を出したから、だからあんな結末になってしまったのだ。
わたしは自分が大嫌いになった。
他人と過ごすことが恐ろしくなった。
もしまた、愚図な自分のせいで誰かが不幸な目にあったら――そう思うと、誰かと仲良くすることなど出来るはずもなかった。
ひとりで生きた。
誰かと関わることを避けて、できるだけ孤独を求めて過ごした。
寂しくて寂しくて、何度も泣いて、それでもひとりで日々を送った。
――そんなある時だ。
わたしの負の感情がそれをおびき寄せたのだろう。
下校途中、気付けばわたしは見たことも聞いたこともない異様な空間の中にいた。
そこで奇妙な姿をした人形のようなものに襲われ、避け得ない死を目前にしたわたしは、恐怖に怯えながらも心のどこかで、ああ、自分にはこんな死に様がお似合いかもしれないと、そんなことを思っていた。
けれど。
いつまでたっても、わたしにそれが訪れることはなかった。
いつの間にかぎゅっと閉じていた目をおそるおそる開き――そして、出会ったのだ。
『間一髪ってところね』
金色の髪の、とても綺麗な女の子。
不敵な笑みを零し、どこからか取り出した銃のようなもので怪物を撃ち倒すと、彼女はわたしに安心させるような笑みを向けて言った。
『もう大丈夫よ。あとは私に任せなさい』
彼女の戦う姿は思わず見とれるぐらいカッコよくて、綺麗で。
だから憧れたのだ。
『私は巴マミ。あなたと同じ、見滝原中の3年生。そして――キュゥべえと契約した、魔法少女よ』
彼女――巴マミに、憧れてしまったのだ。
それからのわたしは自らに対する戒めも忘れ、いつだって彼女のあとをついてまわった。
彼女は困ったような顔で笑いながらも、決して拒絶しなかった。
いま思えば、彼女も孤独の中で戦う日々に疲れていたのだろう。だから、きっと馬鹿な後輩のことも拒むことができなかったのだ。
彼女が魔女と戦う姿を見ていた。
彼女が使い魔と戦う姿を見ていた。
誰にも理解されず、誰も知らないところで、孤独に戦い続ける誇り高い彼女の姿を見続けたわたしは、彼女の隣へ立つに相応しい自分になりたいと思うようになった。
転校生が来た。
髪を三つ編みにして眼鏡をかけた、おどおどした様子の子。
なんとなく、自分と同じような雰囲気を感じて勝手に親近感を抱いた。
だからだろうか、彼女がクラスメイトに質問攻めにされておろおろしているのを見て、黙っていることができなくなったのは。
クラスで浮いているわたしがその中に割って入るのは、とても勇気のいることだった。
けれどマミさんの戦う姿を思い浮かべ、なけなしの勇気を振り絞った。
そうして、彼女に声をかけたのだ。
『あ、暁美さん。保健室、行かなきゃいけないんでしょ? 場所、わかる?』
そうして、わたしは彼女――暁美ほむらと友達になった。
ずいぶんと久しぶりにできた友達で、マミさんの前で浮かれきってはしゃいだのを、今でも覚えている。
ほむらちゃんもまた、わたしと同じように魔女に魅入られ危うく命を落とすところだった。
わたしが鈍くさいせいで助けるのが遅れて、軽い怪我を負ってしまったけれど、それでも大事には至らなかった。
マミさんとわたしが駆け付けた時には気を失っていたので、わたしたちの――というよりマミさんのだが――姿を見ていなかったのは、彼女のためを思えば良かったのだろう。
わたし達のことがなければ、あんなこと、ただの夢だと思うはずだ。
実際にそうだった。
意識を取り戻した彼女に、貧血で倒れていたと説明するとすんなり彼女は受け入れた。
それから、まるで夢のような楽しい日々が続いた。
わたしに出来ることでマミさんのお手伝いをして魔女と戦い、ほむらちゃんと楽しい学校生活を送って、本当に夢のようだった。
それが崩れそうになったのは、とある魔女と戦っている時のことだった。
マミさんが、不覚をとったのだ。
倒したと思っていた魔女からの攻撃。
わたしは、とっさに彼女を庇った。
そうして致命傷を負って薄れ行く意識の中、ふと思ったのだ。
この幸せな夢をもっと見ていたいと。
『その想いは本当かい、鹿目まどか。君のその祈りの為に魂を賭けられるかい? 戦いの定めを受け入れてまで、叶えたい望みがあるなら、僕が力になってあげられるよ』
マミさんのお友達――キュゥべえの言葉がわたしの頭の中に響いた。
『教えてごらん。君はどんな祈りで、ソウルジェムを輝かせるんだい?』
思ったのだ。
ずっと永遠に、この幸福な日々の中に生き続けたいと。
そう――思ったのだ。
『契約は成立だ。君の祈りは、エントロピーを凌駕した。さあ、解き放ってごらん――その新しい力を』
そしてわたしは魔法少女となった。
そのときにはじめて、わたしはマミさんの隣に立つ資格を得たのだ。
今でもその時のことを思い出せる。
『これからは、わたしも一緒です!』
そう告げた途端、まるで子供みたいに大声をあげてわんわんと泣き出したマミさんの姿を。
わたしの魔法少女としての特性は、耐久性に優れるといったものだった。
つまり、生存性が高いということだ。おそらく死に行く中で契約したからだろうとマミさんは説明したが(実際、似たような状況で契約したマミさんもそういった傾向があるらしかった)、キュゥべえはそれに首を傾げていた。
あの時のわたしの願いの強さに比べて、その特性は弱すぎるというのだ。
たしかにわたしはマミさんに比べるとその他の能力が軒並み低かったが、それは才能の差なのだろうと考えた。
キュゥべえはわたしにはマミさんより才能があると言ってくれたが、とてもそのようには思えなかった。
それからはわたしも魔女と戦う日々が続いた。
けれど辛いとか怖いとか思うことはほとんどなかった。
なぜならば、その時のわたしには共に戦う頼れる先輩がいて、死力を尽くして守るべきたった一人の友達がいたのだから。
幸せな日々だった。
あそこで終わるはずの夢の続きだった。
ほむらちゃんをマミさんに紹介して、三人で過ごす時間が多くなった。
わたしの暗い性格も徐々に変わっていき、マミさんやほむらちゃんが言うには『本来』の明るさを取り戻していった。
ほむらちゃん以外にも、何人か友達が出来た。
さやかちゃんと仁美ちゃん。
楽しいお友達。
――けれどそんな日々も、あの時を迎えるまでのことだった。
ワルプルギスの夜。
最悪の魔女。
災厄の魔女。
戦った。足が折れ、腕が吹き飛び、目が潰れても、何度倒されようとも立ち上がり、必死で戦った。
どのぐらいの時間が経ったのか、永遠とも思える時が過ぎて、ようやく魔女は斃れた。
けれど、その時、その場所に立っていたのはわたし一人だけだった。
マミさんが死んだ。
ほむらちゃんが居たはずの避難所が根こそぎ吹き飛んでいた。
街のほとんどが、瓦礫の山に変わっていた。
そこに立っていたのは、わたし一人だけだったのだ。
そのとき、わたしは悟った。
あの夢のように幸せな日々は、終わってしまったのだと。
――だから、ここに、わたしの曖昧だった願いは、真の意味で確定した。
『わたしに、永遠の幸せを、ちょうだい』
そうして、わたしは永遠に幸福な日々を手に入れた。
気付けばわたしの目の前には、あの人の背中があった。
金色の髪の、とても綺麗な女の子。
『間一髪ってところね。もう大丈夫よ。あとは私に任せなさい』
理解がわたしの中を駆け抜けた。
自身の願いの正しい結果を、知る。
永遠に幸福な日々。
マミさんと出会ったこの時からワルプルギスの夜を倒したあの時、わたしの夢の始まりとそれが終わってしまったと認識したあの時までを何度も繰り返すこと。
それは永遠でなくてはならない。
だから、わたしはこの一ヶ月足らずだけしか生きられない代わりに、不死の特性を新たに得ることになった。
それらが、わたしの願いがもたらしたものだった。
歓喜した。
それこそまさに、わたしの望んだものだった。
未来など、いらない。
未知の世界など、なにが待っているか分かったものではない。
幸せ『かもしれない』未知の日々より、幸せ『である』既知の日々のほうが、その時のわたしにとっては何倍も価値があったのだ。
それからの日々は、ただただ幸せだった。
マミさんには、助けられた日の晩にキュゥべえと契約したことにして、以前よりずっと早くパートナーとなることができた。
事情を話すとキュゥべえはこころよく協力してくれた。
『いつか、きっと君は永遠に耐えられなくなる時がくる。その時は遠慮なく僕に相談するといいよ。きっと互いにとって有益な提案をできると思うよ。それまでは、自由に生きるといい。それはきっと君の糧になる』
そうして、わたしは何度も繰り返した。
そのうちにたくさんのことがあった。
ワルプルギスの夜を自分以外の犠牲なしに倒す最適解を見つけ出した。
杏子ちゃんという素直じゃない魔法少女のことを知った。
ときどきさやかちゃんが契約することを知った。
……魔法少女の真実を知った。
キュゥべえが何を目的としているのか、あの時の言葉の真の意味を知った。
けれど、わたしは絶望なんてしなかった。
彼のやり方は腹が立つけれど、それでもたしかにわたしは願ったものを手に入れたのだから。
魔法の存在がなければ、わたしはきっとマミさんと出会うこともなければ、ほむらちゃんと友達になることもなかったのだろうから。
繰り返すうちに、とうとうわたしは誰もが涙を流すことなく幸せなまま終わりを迎える道筋を見つけ出した。
さやかちゃんが魔法少女にならない。
マミさんが錯乱しない。
杏子ちゃんが友達になってくれる。
ほむらちゃんは相も変わらず日常の象徴でなにも知らずに笑っている。
そして、ワルプルギスの夜を、わたし以外は誰も傷付かず倒す。
そんな、最高の日々だ。
幸福が約束された永遠の日々だ。
その時わたしはたしかに幸せだった。
絶頂だった。
それは本当だったのだ。
――いつからだろう。
段々と、そんな『分かりきった』日々に、飽くようになったのは。
見るもの聞くもの体験するものに感情を揺り動かされなくなり、表情の作り方さえ忘れかけた。
そんな自分の心を震わせてくれるものを求めて、新しい刺激が欲しくて、料理や運動など様々なこと手を出し始めた。どれも最初は楽しかったが、次第にそれも色褪せていき、また次のものに手をつける。
やがて最適解であるはずの道筋からわざと逸れて、いつもと変わった日々を望むようにさえなった。
ループの度にその衝動は大きく強くなり、いつしか、醜く歪みはじめた。
ふとした時に大切なはずだった友達を傷つけたくなったり、憧れた先輩に真実を話して絶望させたくなったり、クラスメイトの三角関係を最悪の事態にまで発展させたくなったり、素直じゃない友達を裏切って悲嘆に暮れる様を見たくなったり。
気付けば、わたしのソウルジェムは濁りきる寸前だった。
わたしはようやく、自分が絶望しかけていることを悟ったのだ。
永遠に幸福な日々は、永遠の牢獄へと変わりつつあった。
しかしわたしはそこから決して逃れられないのだ。
死ぬこともできない。
逃げることもできない。
――そこから抜け出す術は、たったひとつの最悪なやり方しかなかった。
だからわたしは、わたしが本当に絶望してしまう前に、大切だった人たちを自分の欲望のために傷つけてしまう前に消えることにした。
幾度ものループ、何十年もの時間を使って自己暗示をかけ続けることで人為的な疑似人格を作り出し、その『わたし』に全てを任せ、本来の人格であるわたしは心のずっと奥底に潜み世界の傍観者となることを決めたのだ。
表の『わたし』の行動基準は、ひとつ。
すなわち、幸せな日々を作ること。
さやかちゃんは魔法少女にさせない。
マミさんに真実を知らせない。
杏子ちゃんを友達にする。
ほむらちゃんを魔法関係に関わらせず、何も知らないままの日常を送らせる。
そして、ワルプルギスの夜をわたしが倒す。
その頃には、あの魔女はわたしだけにしか倒せなくなっていた。
そして引き寄せられたかのように、あの魔女はわたしだけを狙うようになった。
いつだったか、キュゥべえはそれを因果の糸の収束によるものであると説明した。
はじめはそうではなかった。
わたしが倒さずとも、誰かが倒す時もあった。
しかし多くの場合、不死の特性をもつわたしだけが最後まで生き残っていたし、最適解を見つけ出してからはほとんど単独であの魔女を倒していた。
ワルプルギスの夜は、わたしが倒す。
ワルプルギスの夜は、わたしに倒される。
その因果は繰り返すことにより絶対のものへと変わってしまったらしい。
けれど、どちらにしろ自分が戦わない道理はないのだ。
『わたし』の願いはいつだって、『わたし』が、そして彼女達が幸せである日々をつくることなのだから。
ゆえに『わたし』は――ループの度に記憶を消去されて繰り返す『わたし』は、永遠に幸福な日々を作り続けるのだ。
わたしの代わりの『鹿目まどか』として。
そうして、わたしは『名無しの誰か』になった。
それから、どれだけの時間が経ったのか。
一体どれほどの回数、この世界を繰り返し続けたのか。
それは起こった。
わたしは所詮、わたしでしかないということなのだろうか。
定めたはずの行動基準に、ほんのわずかにエラーが起こった。
本来、決してこちらの世界に関わらないはずのほむらちゃんが、知ってしまったのだ。
魔法の存在を。
魔女の存在を。
その時点でわたしが表に出て、どうにかしていればよかったのかもしれない。
けれどほむらちゃんのわたしを見る顔が、一生懸命うしろをついてくる姿が、あんまりにもいつかの誰かの姿に重なって、突き放すことなんてできなかったのだ。
些細なことだと思った。
『わたし』が、わたしが守ればいいと思った。
わたしは、なにも分かっていなかった。
どれだけ生きようとも、結局わたしはわたしでしかなかったのだ。
ほんの些細な失態で、全てを台無しにしてしまう。
パパやママ、まだ見ぬ弟が死んだときも。
この時も。
いつもの通りの結末だった。
マミさんが生きていて、杏子ちゃんが生きていて、そうしてわたしはワルプルギスの夜を倒して、この時間軸から消えつつあった。
泣きながらわたしを見守る人の中に、ほむらちゃんの姿があることだけが唯一の違いだった。
それだけ、だったのだ。
そのはず、だったのに。
『私も魔法少女になったんだよ! これから一緒に頑張ろうね!』
どうして、こうなったのだろう。
どこで歯車が狂ったのだろう。
分かりきっているのに問わずには居られない。
だって、そうじゃないか。
救われない。
ほむらちゃんは、暁美ほむらという存在は、決して救われないのだ。
わたしは永遠に繰り返すのだから。
わたしは永遠にワルプルギスの夜を乗り越えられないのだから。
『鹿目まどか』を救うという彼女の願いが叶うことなんて、永遠にないのだから。
幸せな日々を求めて魔法少女になったのに。
それで救われたものもたしかにあったはずなのに。
なのに、その結果がこれなんて、あんまりだ。
こんなことなら、わたしは魔法少女になんてなるべきじゃなかったのだ。
そうしてそれ以上に、暁美ほむらという女の子も魔法少女になんてなるべきじゃなかったのだ。
――ずっとなにもしらないままでいればよかったのに。
ねえ、諦めてよ、ほむらちゃん。
わたしだって、すきで、こんなこと、しているわけじゃ、ないんだよ。
もう二度と、その『ほむらちゃん』の顔なんて見たくないんだ。
だから、ねぇ、お願い、もう、諦めてよ。
でないと、わたし。
わたしは――
「この世界に幸あれ」
そうしてわたしは絶望した。
名無しの誰か――
***********************************
「もしかしたら君たちは誤解しているかもしれないけれど、僕らはなにも人類に対して悪意を持っているわけじゃない。僕らはそんなもの持ちようがないからね。全てはこの宇宙の寿命を伸ばすためなんだよ。暁美ほむら、君はエントロピーという概念を知っているかい?」
「…………」
「結論だけを言うなら、エネルギーはその形を変えるたびに徐々に失われていく定めにあるということさ。つまりこの宇宙が保有するエネルギーの総量は、時が経てばたつほど減少していくんだよ」
「…………」
「その果てに待つ熱的死を防ぐために、僕らはずっと結末を覆すことのできるなにかを追い求めてきた。そうしてついに見つけたのが、君たち魔法少女が持つ、魔力と呼んでいるものだよ。僕たちは、知的生命体の発する感情というものをエネルギーに変換する方法を生み出したんだ」
「…………」
「ところが、当然といえば当然の話なのだけれど、僕ら自身にそんなものは存在していなかった。僕らにしてみれば無駄にしか思えない機能がそんな結果をもたらすとは、想定もしていかったんだ。だから代わりを探すべくこの宇宙の様々な生命体を調べ上げて、ついに君たちを発見した」
「…………」
「君たち地球人類が生まれ死ぬまでに生み出し続ける感情エネルギーは、一個体が生きる上で必要とする物的エネルギーをはるかに凌駕する。君たちの存在は、宇宙を救う鍵となりうるんだよ。とくにソウルジェムに変換された君たち第二次成長期の少女の魂は、絶望に落ちてグリーフシードへと変じる際、不条理というしかないエネルギーを生み出す」
「…………」
「暁美ほむら。この広大な宇宙にいったいどれだけの文明が存在しているのか、それらが今この瞬間にどれだけのエネルギーを消費しているのか、君は理解できるかい? もし理解できるなら、僕たちを非難するという選択肢なんて生まれるはずないんだけど」
「…………」
「僕たちは何も強制しているわけじゃないだろう? きちんと対価を与えて、君たちの同意を得たうえで契約しているんだ。それだけでも十分に良心的なはずだよ」
「…………」
「君たちだって、遠い将来この星を離れて僕たちの同胞となったとき、終焉を迎えた宇宙を引き渡されても困るだけだろう? それを考えれば、契約の際の対価を得た上で、かつ将来的な利益も受けとれるわけだから、支払った損失以上に有益な取引だとわかるはずなんだけど」
キュゥべえは――いや、インキュベーターという名の地球外異星生命体は、力なく座り込み呆けたように空を見上げる彼女、暁美ほむらに自分たちのことを長々と説明していた。
あたりは薄闇に包みまれている。
それも宜なるかな。
太陽は天を突く暗黒のなにかに隠されてしまっているのだから。
「……それで、まどかのエネルギーは、回収できたの」
どれだけの沈黙が続いたのか、やがてぽつりとほむらは呟くような問いかけを発した。
相変わらず、呆けた表情で空を、そこに存在するかつて鹿目まどかであったものの成れの果てを見上げていたが。
「少なくともエントロピーなんていう問題がどうでもよくなるぐらいはね。もっとも、それとは別の意味でも、どうでもよくなってしまったけれどね」
それは彼らの目的を完全に遂げたということであるのに、彼の声には、どこか途方に暮れたような色が混じっていた。
「……こうなることを見越していたの?」
「まさか。鹿目まどかがこれほどの力を秘めているとは予想だにしていなかったよ。もし分かっていたのなら、彼女を魔女にさせたりなんてしなかった。上手く隠しおおせていたものだ。さすがイレギュラーというところかな」
「……イレギュラー?」
「そう、君と同じさ。暁美ほむら。時間遡行者――暁美ほむら」
「…………」
「君はまた繰り返すのかい? 僕としては是非ともそれを推奨するけどね。この宇宙はもう終わりだよ。彼女の魔女化の際に放出された暴力的なまでのエネルギーで宇宙空間自体が壊れかけているし、それを免れたところで、じきにこの宇宙の因果は崩壊する」
「…………」
「終わりも始まりもない、真の永遠になるのさ。鹿目まどかの人生が幸福に満ちていたわずかな期間を、この宇宙は永遠に繰り返すことになる。エントロピーの問題など無意味さ。もうじきこの宇宙が未来に進むことはなくなるのだから」
「…………」
「円環の魔女――いや、最早あれは魔女なとという生易しい存在じゃない。僕らはあれを、こう呼ぶべきなんだろうね――《円環の理》、と」
「…………」
「さあ、どうするんだい、暁美ほむら。このまま絶望して彼女と一緒に永遠の迷路を彷徨うのか、あるいは円環の理にのみ込まれ彼女そのものの世界で永遠に幸福な日々を送るのか、それとも――」
「…………」
「もう時間は残されていないよ。じきに円環の理が宇宙を満たす。さあ――暁美ほむら。君は一体どの選択肢を選ぶんだい」
「…………」
「…………」
「私は」