魔法少女まどか☆マギカ 《円環の理》――この世界に幸あれ 作:ぞ!
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――これは彼女の話だ。
自分のことが大嫌いだった彼女の話だ。
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「わかっているわよね、キュゥべえ――いえ、インキュベーター」
彼女の発した言葉に、その声の響きに彼は――この星の生物とは全く異なる起源を持つ地球外異星生命体であるキュゥべえは、全身の毛を逆立たせた。
それは普段の彼からは――いや、彼という種族の特徴からすればおよそ有り得ない反応であったが、そのこと指摘するものはこの場には居らず、彼自身も気付いてはいなかった。
「もちろん、分かっているさ。それが君との取引だからね」
彼女は月明りを背に立っている。
夜。
彼らがいるその場所は穏やかとは言い難い風が吹いている。
だがそれもまた当然だろう。
ここは都市内でも最高度を誇るタワーの屋上なのだ。
人が出入りすることを想定しておらずフェンスさえ存在しないため、風を遮るものなど何もない。
「そもそも僕が君の行うことに口を出せるはずもない。そちらこそ分かっているはずだろう」
――そう。
それ以外の返答など彼に、彼らに有り得るはずもなかった。
キュゥべえは――白い毛並みを持つ小動物のような姿を持つ彼は、彼女を見上げげる。
一見するとどこにでもいるような顔立ちの少女だ。おそらく人類の基準では標準以上には整っているのだろうが、それでも他から突出するほどではない。
体格にしてもこの年頃の平均的な少女のそれであり、別段特筆するほどのものではない。
ただ一点、彼女の纏う夜の闇よりなお黒く染まったドレス――まるで魔法少女のような衣装をのぞけば。
漆黒というより暗黒のそれは、可愛らしいデザインとは裏腹に見る物に不気味な印象を与える。
或いは――それはこの少女の内包するものが故になのか。
「ふふ……そう、それでいいのよ。私はこれでもあなた達に感謝しているのよ。だってあなた達は正しく私の願いを叶えてくれた。祈りを聞き届けてくれた」
彼女の漏らす空ろな、虚無的な笑い声に、キュゥべえは言いようのない身体の震えを覚えた。
それがなんであるのか、彼には分からない。
彼だからこそ分からない。
「その結果が、今の君でもかい?」
「ええ、そうよ。だってこれは自業自得だもの。私がこうなったことにあなた達は関係がない。今でこそこうなってしまっているけれども、それでも確かに代償に釣り合う対価は得たの。得ていたの」
少ない機会でありながら彼は彼女とは多くの言葉を交わした。そのためある程度は彼女に関する知識を有している。
そこから推測するに、その言葉は真実なのだろうとキュゥべえは思う。
彼女がそういった考えの持ち主であることを自分たちは幸いと思うべきか否か――キュゥべえは考えて、すぐに答えを出した。
人間達の言葉でいえば、不幸中の幸いと表現すべきであるのだろう。
ならば幸いであるのだ。
最悪を考えれば。
そう結論づけて、彼が黙考するうちに俯かせていた頭を上げた時、
「――――」
一瞬で身体が凍り付いてしまいそうなほどの冷たさを、キュゥべえは感じた。
なぜなら。
彼女が、空を見上げていたからだ。
一見すれば、ただぼうっと夜空を見上げているだけにしか思えない。しかし彼にはわかる。わかってしまう。
彼女の空虚な視線は夜空の、とある一点に向けられていた。
夜空の向こう側。天のさらに先。
おそらく人類では想像することすら出来ないであろう彼方に存在するのは――。
「き、君は――」
無意識に漏れた呟きに、彼女はその眼を彼に向けた。
まるでブラックホールだと、彼は思った。
「ふふ、ふふふふ、はは、あはははははははははははははは」
虚ろな笑い声が夜空に響き渡る。
そうして彼女は言うのだ。
いつものように。
この街を見下ろして、空を見上げて、宇宙を俯瞰して、
まるで、呪いのように。
「この世界に幸あれ」
それからしばらくして、彼女はこの世界を去った。
必然のままに。
彼女がいなくなった世界で、その遥か未来において、『死』の瞬間に彼は思いかえすことになる。
自らの種族を全て生け贄にして宇宙の寿命を飛躍的に延ばしたその時に。
自分たちが感情を持つきっかけとなったのは、きっと彼女と出会ったからなのだろうと。
あの時彼は、確かに彼女を畏怖していたのだ。