魔法少女まどか☆マギカ 《円環の理》――この世界に幸あれ   作:ぞ!

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Ⅰ 93:1123685

 

 

 

 ――そうして、彼女はまたこの場所に立っている。

 

「転校生を紹介しまーす」

 

 もう幾度繰り返しただろう。

 何度諦めようとしただろう。

 どれだけの夜を、時を、世界を越えて戦い、敗北し、失い、ここへ戻ってくることになっただろう。

 けれど回数など関係ない。

 幾千、幾億もの時を越えても彼女は決して諦めない。

 諦められるはずがない。

 だから、自らの力不足を、失敗を、愚かなる過ちを指折り数える必要などないのだ。

 

「暁美ほむらです。よろしくお願いします」

 

 お辞儀をして、そして『彼女』に目を向ける。

 『彼女』はいつも首を傾げて不思議そうな表情で彼女――ほむらを見つめている。

 以前に、訊いたことがあった。どうして自分をそんな顔で見ていたのかと。

 その時の『彼女』の答えはこうだった。

 

『えっとね、なんだかね、わたしね、ほむらちゃんとどこかで会ったことがあるような気がするんだ。不思議だよね、初めて会うはずなのにね』

 

 その言葉に、微笑みに、どれだけ自分が救われているか、救われてきたか、『彼女』はきっと知らないだろう。

 全てがなかったことになってしまっても、自らそうしてしまっても、『彼女』のどこかにその残滓が一欠片でも残っているかもしれない――そう思えるだけでこれからもほむらは絶対的な絶望と孤独に陥らずに済むのだ。

 もうどれだけ繰り返してきたのかも覚えていないけれど、きっと、そのはずなのだ。

 

「……………………」

 

 だから、ほむらは『彼女』に微笑みかける。

 うっすらと、ほんの小さな、口許だけの笑みだけれど。

 まだ自分は笑えるのだと、誰にでもなく証明するために。

 

 ――今度こそ救ってみせるわ、まどか。

 

 微笑まれた『彼女』は――鹿目まどかは、いつものように恥ずかしそうに俯いた。

 俯いて、わずかに肩を震わせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 暁美ほむらという少女は不思議な人だというのが、彼女――鹿目まどかの印象だった。

 綺麗過ぎてどこか冷たささえ感じさせる顔立ち。腰まで伸ばした黒く艶やかな黒髪。すらっとしたまるでモデルのようなスレンダー体型。背筋は常に真っ直ぐ伸ばされており、その立ち居振る舞いも堂々としていて様になっている。

 そして彼女の纏う雰囲気が、またその存在を際立たせていた。

 余裕があり落ち着きながらも、どこか秘められた猛々しさのようなものを感じさせ、まるで年老いた武道家のような少女だと、実際には見たこともないのにそんなことをまどかは思った。

 しかし彼女が不思議だと思ったのは、それが原因ではない。

 初めて会うはずなのに、どこかで会ったようなそんな不思議な感覚をまどかは覚えていたのだ。

 おまけに、なぜか自分を見つめて微笑みかけてくる。

 その時のことを思い出して、また恥ずかしくなる。 

 綺麗な人はずるい。微笑みひとつでこんなにも他人をドキドキさせることができるのだから。 

 

「――さん、鹿目さん?」

「えっ」

 

 掛けられた声にハッと顔を上げたまどかは、ようやく現状を思い出す。

 目の前には今し方思い描いていた件の少女。

 どこか心配そうな顔をしてまどかを見ている。

 

「あ、ご、ごめんねっ。保健室だよね、保健室」

「ええ、そうなんだけど――」

 

 気分が優れないという彼女に請われて、保健委員であるまどかが彼女を案内していたのだ。だというのに考え事をしていたせいで気付けば曲がり角をだいぶ通り過ぎてしまっていた。

 慌てて元来た廊下を戻り始めたまどかは、恥ずかしさを誤魔化すために何となく思い浮かんだ話題を振った。

 

「そういえば暁美さん、どうしてわたしが保健委員だって知ってたの?」

「早乙女先生に聞いたのよ。……それより鹿目さん。私のことはほむらでいいわ」

 

 その言葉に、この不思議な人とちょっとだけ距離を詰めることが出来たような気がして、まどかは嬉しくなって振り向いた。

 

「ほんと? だったらわたしのこともまどかでいいよ、ほむらちゃん」

「ええ、よろしく……まどか」

 

 ほむらは、まるで甘い砂糖菓子を舌先で転がすように彼女の名前を呼んだ。

 その口許にはやわらかな笑みが浮かんでいる。

 その一瞬。

 強い存在感を放つ彼女の姿が、まるで触れれば崩れてしまいそうなほど儚く見えて、思わずまどかは立ち止まってしまう。

 けれど、それは本当に一瞬のことで。

  

「――なにかしら?」

 

 儚さは再び彼女の強い気配に押し流されてしまう。彼女は和らいだ表情でまどかを見つめている。

 

「ううん、なんでも、ないよ」

 

 きっと気のせいだったのだろう。

 首を振ってそう思うことにしたまどかは、再び前を向いて歩き出した。

 

「それにしても、ほむらちゃんて変わった名前だよね。あ、えと、変な意味じゃなくてね。格好いい名前だなぁって」

 

 だから、まどかは気付かなかった。

 その言葉を聞いたほむらが、唇を噛みしめて泣きそうな顔をしていたことなんて。

 

 

 

 

 

 

「――ねぇ、まどか」

「ん、なにー?」

「私も、魔法少女なの」

「…………え?」

「近い未来に襲来するワルプルギスの夜を打倒するために、私はこの街にやってきたのよ」

「ええーーー!?」

「よろしく、ね」

 

 

 


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