魔法少女まどか☆マギカ 《円環の理》――この世界に幸あれ   作:ぞ!

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Ⅱ 94:1123686

 

 

 

 

「それにしてもまどか。どうして私の自己紹介のとき泣きそうな顔をしていたの?」

「え? うーんと……それが自分でも分からないんだよね」

「そうなの?」

「うん、なんだかね、えっと……」

「……言い辛いのなら、別にいいわよ」

「う、ん……そうだね、言葉じゃ上手く伝えられなくて」

「…………」

「万力で心臓を締め付けられるのって、あんな痛みかも」

「ちょ、ちょっと、大丈夫なの!? なにか悪い病気なんじゃ――」

「あ、失恋の痛みに似てるかも!」

「ねぇ、それって実体験から来た言葉なのかしら?」

「え、いや、ごめん、わたしそういう経験ってなくって。想像だよ」

「そう、良かったわ」

「えっと……?」

「あなたを無碍にする存在の命といえど、粗末にするべきではないものね」

「う、うん……?」

「ふふ、まどかは相変わらずやさしすぎるわ」

「ねぇ、本当に、今日はじめて会ったんだよね、わたしたち?」

「…………どうなのかしらね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 雨が降っている。

 ざあざあとひっきりなしに降り続く様子は、まるで空が泣いているみたいだと彼女は頭のどこかで考えていた。

 冷たい。

 身体を打ち続ける雨粒は既に彼女の身体をその芯まで冷やしており、気を抜けば凍り付きそうだ。

 こんな状況でなければ、すぐにでも帰宅して熱いシャワーを浴びて温めるのに。

 しかしそれも、叶うことはない。

 

「ねぇ、あなた。いい加減諦めなさいよ」

 

 その声を、彼女は地べたに這い蹲りながら聞いていた。

 人気のない公園。

 破壊された外灯。

 光りの差さない一画で、雨に打たれ泥水に顔を浸らせ――ぐりぐりと押しつけられて舌先に感じる土の味に、朦朧としていた彼女の意識が現実に引き戻される。

 瞬間、冷え切っていた身体の芯に火が灯る。

 憎しみという名の炎が、燃え上がる。

 たとえこれがお決まりの、数えきれないぐらい行われている出来事の一つだったとしても、耐えられるものではない。

 憎悪する。

 憎悪する。

 憎悪する。

 何よりも誰よりも、自分の頭を踏みつけて地面に押しつけている冷たい声の主よりも、無力で、脆弱で、無様すぎる己を――暁美ほむらは憎悪する。

 こんなにも弱いから。

 こんなにも力が足りないから。

 だから彼女を救えない。

 いつまで経っても死に行く彼女を見ていることしかできない。

 

「あなたももう気付いているんでしょう? ワルプルギスの夜は――」

「黙れ! 黙れ黙れ黙れェッ――――――!!」

 

 泥水と一緒に叫びを吐き出した。

 そんなことはない。

 そんなことはありえてはならないのだ。

 だって、そんなの、ひどすぎる。

 それではあまりにも彼女が救われない。

 だから、そんな運命を否定するために、ほむらは何度もこの世界を繰り返しているのだ。

 

「この分からず屋がッ!」

 

 思い切り腹部を蹴り飛ばされる。

 地面の上を転がり泥まみれになりながら停止する。

 激痛にむせ返り吐き出される胃液には赤いものが混じっていた。

 痛くて痛くて仕方がない。

 ソウルジェムと身体の関係の秘密を知ってから痛みは遮断できていたはずなのに、どうしてかこの相手にだけはそれが通用しない。

 忘れてしまっていた戦う痛みに涙が零れる。

 それでも、ほむらは歯を食い縛り顔を上げる。

 この敵か味方かも分からない相手の顔を見上げ、睨め付ける。

 黒い髪を腰まで伸ばした、少女。

 特徴といえば不気味な暗黒のドレスをまとっているだけしかない、どこにでもいるような顔つきの少女。

 一瞬後には忘れてしまいそうなほど特徴のない平凡さ。

 こんな相手に、こんな相手にすら、自分は勝てない。

 忌々しげに、憎々しげにほむらを見下ろす彼女は一瞬気圧されたように顔を引いたが、すぐさま憤激に顔を歪ませる。

 

「ッ――――」

「あなたが!」

 

 なおも何かを叫ぼうとした彼女に先んじて、ほむらは声を張り上げた。

 

「これだけの力を持つあなたが! 私達に協力してくれれば、ワルプルギスの夜だって倒せるかもしれないのに! どうして! どうしてあなたはこんなことばかりしているの!」

「――――」

「私を憎いというならば、殺せばいい! あの魔女を倒した後でならば好きなだけ嬲って殺せばいい! だから、だから……!」

 

 血を吐くような思いで、ほむらはそれを口にしようとする。

 今まで決して言葉にしようとはしなかった、それどころか考えようとさえしなかったそれを、誇りも矜持もかなぐり捨てて、初めて口にする。

 

「力を……貸して……ッ! 一緒に、戦って……!」

 

 言った。言ってしまった。

 ついに、それを告げてしまった。

 どんな言葉が返ってくるのか、全く予想がつかない。

 ほむらにとって彼女は、そういった存在だった。

 何が目的でどんな事情があって何を思っているのか。何一つ分からない理解不能の魔法少女。

 ずっと、ずっと、そうだった。

 

 暁美ほむらと彼女――七篠タレカという魔法少女の関わりは古い。

 それこそ何十というループを遡ってようやく初めての出会いに至るほどなのだ。

 彼女は最初の頃はほむらの前には姿を現さず、影から声を投げかけてきた。

 

 ――鹿目まどかに関わるな。

 ――鹿目まどかは諦めろ。

 ――いい加減に見苦しい。

 ――あなたのそれは子供の我が儘でしかない。

 ――どれだけの時を繰り返し、全てを台無しにしてしまえば気が済むのか。

 

 ループするにつれ分かったのは、方法は不明だが彼女もまた時間を繰り返している、或いはその記憶を受け継いでいるということ。

 そしてほむらの行動をどこかから監視しており、自分が薄々感じていた痛い箇所を的確に突いてくるということ。

 

 初めは忠告や警告、非難であったそれは、ループを繰り返す内に直接的な暴力に変わっていった。

 その時に、七篠タレカが最強の名に値する魔法少女であろうことを身をもって知らされた。

 だがタレカはほむらを痛めつけ心ない言葉を浴びせかけることはあれど、その行動を阻害したり他の魔法少女に干渉したりすることはこれまでのループで一度もなかった。

 だからほむらはいまだに彼女が敵であるのか味方であるのかをはかりかねている。

 ほむら自身にとっては、おそらく敵なのだろう。

 だがほむらの価値基準は鹿目まどかであり自分はその勘定には入っていない。ゆえに、ほむらのまどかを救うための行動に干渉しないタレカは敵とは言い難かった。

 

 七篠タレカは、隣町の平均的な学力の学校に籍をおいている一つ年上の少女であることは既に調べはついている。

 不登校の引き籠もりで、これまでのループで登校している姿を目にしたのは指で数えられるぐらいしかなく、屋外に出て活動するのももっぱら夜間に限られており、それさえも極端に少ない。

 一体彼女は何を願いどんな力を得たのか。

 なぜこの時間を繰り返しているのか。

 どうしてほむらのことが気に入らないのか。

 全てはいまだに謎のままだった。

 

 だから、ほむらの言葉を聞くなり能面のような無表情になって無言で去っていくのを見た時も、奇妙な納得だけがあった。

 

 

 

 

 

 

 ――やっぱり私は彼女が理解できない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「――やっぱり、鹿目まどかというキャラクターは消し去るべきなのかしら」

 

 いつのまにか定番となってしまったタワーの屋上に、彼女は立っていた。

 その物騒な言葉とは裏腹に、彼女の表情には何も浮かんではいない。

 雨が止んだ曇り空をぼうっと眺める彼女の瞳は、ここではない遠いどこかを見つめているようであった。

 

「――なんだって?」

 

 彼女の口調があまりにも何気ないものであったから、まるでふと思いついたことを口にしただけのような雰囲気であったから、一瞬、キュゥべえはその内容を理解するのが遅れた。

 それゆえ直後に理解が訪れた時、彼は思わず聞き返さずにはいられなかった。

 彼らにとって彼女が口にした言葉は、それだけ重大な意味を含んでいたからだ。

 

「それは、つまり、」

「冗談よ」

 

 続く彼の言葉を遮って、彼女は言った。

 

「ええ、冗談。そうに決まっているわ。だってそれじゃあ、この世界は救われない。永遠に救われないままになってしまう」

「そう。その通りだよ。そんな結末を僕らは望んではいない。だから君にはきちんと契約を守ってもらわなければ」

 

 たとえそれが、いつ反故にされてもおかしくない一方通行の約定であったとしても。

 彼は、彼らはそれに縋るしかない。

 

「この世界――宇宙のためだものね。鹿目まどかは鹿目まどかのまま、最後までその役割を全うさせる。それが、きっと、最良の運命。――そのはずなのよ。そう、決めたはず」

 

 己に言い聞かせるように、彼女は何度も何度も頷く。

 キュゥべえはそれを黙って見上げていることしかできない。

 

 そうして、やがて。

 彼女はぼんやりとした顔で夜空を見上げて。

 それで、言うのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この世界に幸あれ」 

 

 

 

 

 


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