魔法少女まどか☆マギカ 《円環の理》――この世界に幸あれ 作:ぞ!
彼女は、ずっと自分のことが嫌いだった。
自分のせいで事故を起こして、両親が死んでしまったからだ。
愚図な自分のせいで。
馬鹿な自分のせいで。
だからずっとひとりで過ごしてきた。
自分は愚図だから、また誰かを不幸な目にあわせてしまうかもしれない。
だから誰にも関わらないで生きていった方がいい。
そう思っていたのに。
彼女と出会った。
出会ってしまった。
そうしてやっぱり愚図で馬鹿な彼女は願ってしまったのだ。
一緒に――と。
今でもあの時のことを思い出せる。
忘れられるはずもない。
『これからはわたしも一緒です!』
あの時の彼女のことを。
――けれど。
けれども。
やっぱり、鹿目まどかは魔法少女になどなるべきではなかったのだ。
たしかにそれで救われたものもある。
巴マミという存在も暁美ほむらという存在も。
たしかに救われていたのだと思う。
しかし、その結果がこれだなんて、あんまりだ。
彼女の、たったひとりの、大切な、友達。
巴マミという存在と同じぐらいに大切だった彼女。
鹿目まどかがそうであるのなら、彼女もまた、いや彼女こそが魔法少女になどなるべきではなかったのだ。
ずっとなにも知らないままでいれば良かったのに。
『――――――――! これから一緒に――』
「……最悪の、目覚め」
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「今日のマミさん、なんだか調子が悪そうですけど、大丈夫ですか?」
「ええ、ちょっとね。どうも夢見が悪くて」
いつもの場所で集合し学校に向かう途中のことである。
顔色の優れないマミは、まどかからの言葉に額を抑えて大きく溜め息を吐いた。
それを見て、ほむらは黙ることしかできない。
間違いなく原因は昨晩彼女が告げた未来の話にあるのだろうから
あれだけ取り乱していたのだから、夢に見て魘されてしまうのも分かる。
申し訳ない気持ちはあるが、これも彼女の戦力を向上させるために必要なことだ。
彼女の錯乱した姿を見るたびに感じていた胸の痛みも、繰り返すうちに薄れていき、最近ではほとんど感じることもない。
あるのはわずかな申し訳なさだけだ。
そう、なってしまった。
いずれ何も感じなくなって、他人をまどかを救うためだけの駒としか見なくなってしまいそうで、怖くなることがある。
そうなってしまった自分は、果たしてそれでもまどかの隣に立つ資格があるのだろうか。
「おーい! おはよー!」
後ろから掛けられた挨拶に、ほむらはハッとして振り返った。
そこに立っていたのは、見覚えのある二人。
ショートカットの活発そうな少女とセミロングのお淑やかそうな雰囲気の少女。
美樹さやか。
志筑仁美。
まどかとほむらのクラスメイトである二人だった。
「あ、さやかちゃん! 仁美ちゃん! おはよう!」
「おっすまどか、転校生、マミさん」
「おはようございます、まどかさん、暁美さん、巴さん」
まどかの元気の良い挨拶に二人も笑顔で返す。
それをにこやかに見やっていたマミも、まどかに遅れて挨拶を交わす。
「なんだなんだ、転校生は挨拶してくれないのかー?」
「おはよう、志筑さん」
「あれ、転校生、私は?」
ぽんぽんとほむらの肩を叩いて自分を指さすさやかに、彼女は小さく溜め息を吐いた。
「……おはよう、美樹さん。いい加減その呼び方やめてもらえるかしら。私、一度もあなたに名前で呼んでもらったことがないわ」
「えー、でも転校生は転校生じゃん。文武両道で才色兼備でミステリアスな美人転校生。くぅぅ! どこまでキャラ立てすれば気が済むんだ、アンタは!? 萌え? そこが萌えなのか!?」
「…………はぁ」
ループの度に目の当たりにする美樹さやかのおかしな反応に、ほむらは脱力して溜め息を吐いた。
本当に、この少女は、どうしようもない。
ほむらがどう対応しようが頑としてその呼び方を変えない彼女の一徹さには呆れるよりも感心してしまう。
――せめて一度ぐらい名前で呼んでくれてもいいのに。
「決してアンタが羨ましいわけじゃないんだからね! 勘違いしないでよね!」
「ツンデレおつ、とでも言えばいいのかしら」
ほむらの口から出た言葉に、さやかは一瞬素に戻ってきょとんとする。
「あれ、アンタもしかしてそっち系?」
「それこそ勘違いしないでほしいわね。ただ友達にちょっとそういうのに詳しい人がいただけよ」
たとえば目の前の誰かさん、とか。
決して裏側の世界には関わってこない、日常の象徴である少女たち。
最近になってまどかと仲良くなったらしいクラスメイト。
「へぇ、意外」
さやかは目を丸くして本当に驚いたといった風に呟いた。
「アンタってまどかとマミさん以外に友達がいたんだ。なんか、ぼっちっぽいイメージがあったんだけど」
「余計なお世話よ、美樹さやか」
本当に。
毎回毎回、図星をつくのは止めてほしい。
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「――で、アンタがキュゥべえの言ってた私に用があるっていうやつ?」
真っ赤な林檎に豪快にかぶりつきながら、彼女はその少女に声を掛けた。
普段彼女が縄張りとしているところとは別の街の公園。
キュゥべえを通じて呼びされた彼女はその場所にやって来ていた。
外灯の上に器用に腰を下ろしていた彼女は、林檎の甘酸っぱい味を楽しみながら、姿を現した呼び出し主を見下ろす。
「アタシもさぁ、暇じゃねぇんだ。おまけにここはあのマミのテリトリーだろ。リスクもある。もしつまんない用だったら、分かってるんだろうね?」
そう言って彼女は射抜くような眼光を向ける。
だがそれに少女が動じた様子はない。
それを見て、まずは合格かと判断する。ここでたじろぐような相手であったなら、話をする価値もない。
そこで初めて、杏子はマジマジと相手の顔を観察した。
綺麗な顔立ちに綺麗な黒髪に、モデルのような体型、堂々とした佇まい。
正直、その恵まれすぎた容姿に同性として思うところがないわけではなかったが、まぁ、今はいいだろう。
「佐倉杏子。あなたの力を貸して欲しい」
その少女は前置きもなくいきなり用件を切り出した。
彼女――佐倉杏子もまた遠回しなことは好きではない。この率直さもまぁ、評価できるだろう。
相手が自分の名前を知っていることは少し予想外だったが、キュゥべえを通じて連絡を取ってきている時点でさほどおかしいことではない。
事前にある程度こちらのことも調べているのだろう。
その慎重さもまた、よし。
愚直なだけでは、ただの阿呆である。
「力、ちから、ねぇ。そりゃ一体なんのための力なんだい?」
「およそ二週間後、この街にワルプルギスの夜が来る」
少女から告げられた言葉に、杏子は怪訝な表情をつくる。
「ふぅん……ワルプルギスの夜ね。たしかに一人じゃ手強いが、二人がかりなら勝てるかもなぁ」
「…………」
「まぁ、それが都市伝説じゃなく実在するんだったら、の話だけどねえ」
そうは言っても杏子は全く信じていないわけでも、侮っているわけでもなかった。
たしかにそれの存在を誰も確認したことはないが、最後に姿を現したのが何十年も昔のことなのだから当たり前といえば当たり前の話なのだ。
しかし実在するのだろう、とは思う。キュゥべえもその存在を実在のものとして扱っていた。
そして実在するのであれば、おそらく倒すことも可能だろうと杏子は考えていた。
なぜならあの魔女はいまだに存在し続けているが、これまでに一度も倒されたことがないわけではないからだ。
それもまたお伽噺の領域になってしまうが、あの魔女を倒したという話はこれまでにも何度か耳にしたことがある。
だがそれでもなお語られ続けるワルプルギスの夜という存在。
そこから、杏子は一つの推論を導き出した。
「ワルプルギスの夜は実在するわ、佐倉杏子」
「ほー、一体その根拠はなんなんだい」
「経験から、と言っても今のあなたは信じてくれないでしょうね」
「あん?」
「ワルプルギスの夜はいまでも存在し続けている。けれど倒されたことがないわけではない。なのにその存在はなおも語られ続けている。そこから導き出されるのは――」
そう、つまりワルプルギスの夜とは、
「倒してもいずれ蘇る、不滅の魔女――それがワルプルギスの夜の正体」
杏子は、彼女らしからぬことに一瞬思考を停止させた。
それほどに彼女の口にしたことに衝撃を受けた。
まさか。
まさかまさか。
自分以外にこの結論に至る魔法少女が存在したとは。
「くっ……くっはは、あははははは! 驚いたよ! まさかアタシ以外にそこに辿り着くやつがいたなんてね! そうさ、その通りだよ、ワルプルギスの夜ってのはね、誰かに語られ続ける限り決して消滅しないお伽噺のキャラクター――舞台装置の魔女なんだ!」
杏子がこれほどまでに愉快な気分になったのはずいぶんと久しぶりのことだ。
「だからあの魔女を本当の意味で倒すには、ワルプルギスの夜という存在を誰もが認識しなくなる――忘れ去るしかないんだ。当然、そんなことは不可能さ。あの魔女は人々が忘れかけたころに必ずやって来る。そして災厄を撒き散らし、多くの人間にその記憶を刻み込み去っていく。だから、誰もあの魔女を真に倒すことなんてできやしないのさ」
よっと声を掛けて杏子は外灯から地面に飛び降りた。
そうして、初めてその少女と向き合った。
「もちろん、あんたも本当の意味で倒そうって言ってるわけじゃないんだろ?」
「ええ。今回だけしのげればそれでいい」
「たしかに、時期的にそろそろアレがどこかに現れてもおかしくはないと思っていたけどね、二週間後か。……その根拠は?」
「…………」
杏子の疑問には答えず、少女はただ黙って紫色の宝石のようなもの――ソウルジェムを差し出した。
その反応に、杏子は眉をよせる。
「キュゥべえ、いるのでしょう。彼女に私の記憶をみせてあげなさい」
「――いいのかい」
少女の言葉にどこからともなく白い生き物が現れる。
彼はふたりのそばまで駆けてくると、その感情の見えない瞳で少女を見上げた。
「それは僕にも記憶が流れてしまうというリスクをはらんでいるよ」
「ええ。どうせあなた、知っているのでしょう? いつの頃からかは分からないけれど、あなたは私のことを誰かから知らされている」
「…………」
「七篠タレカ」
「…………」
「まぁ、いいわ。たとえあなたがそれを知ったところで何が変わるわけでもない。それより早くしなさい」
「分かったよ」
ひとりと一匹だけでよく分からない会話を続ける彼らに、杏子は苛立った声を上げる。
「オイ、テメェら、さっきからなにを訳のわからねぇことを言ってるのさ」
「焦らずともすぐにあなたも知ることになるわ」
「……どういうことだ?」
「簡単なことよ。私の『これまで』の記憶をあなたに見せる。それでこちら側の事情はおおむね理解してもらえると思うわ」
なんでもないことのように告げられた事実に、杏子は驚きを隠せない。
記憶を見せる?
ソウルジェムにそんな機能があるなど、これまで聞いたこともない。
「本当かよ、キュゥべえ」
「まあ本来の機能ではないけれど、応用でそういったことも不可能ではないよ。ソウルジェムは君達の魂の器なんだ。当然、そこには記憶だって存在する」
「魂の……? オイ、それはいったい」
聞き逃せない言葉にキュゥべえへ手を伸ばすが、その直前、少女に止められる。
邪魔をするなと睨み付けようとした杏子は、しかし、彼女が自分を見つめる瞳に強い意志を感じとって、しぶしぶと諦めた。
「慌てないで。それもすぐに分かるわ。その後でならこの詐欺師を幾らでも痛めつけていいから」
「お、おぅ、そうか」
どうやら本気で言っているらしい言葉に、若干引くものを感じながらも杏子は頷いた。
「やれやれ。代わりはいくらでもあるけど、無意味に潰されるのは困るんだよね。勿体ないじゃないか」
「いいから、やりなさい。佐倉杏子の前にいますぐ私に潰されたいの?」
「分かったよ。やっぱり理解できないなぁ、人間の価値観は」
そうしてキュゥべえは、少女に言われ差し出した杏子のソウルジェムと彼女のソウルジェムを接触させる。
――その瞬間。
世界が光りに満たされた。
■■■■■
「ごめんなさい……こうなることが分かっていて、私はあなたを巻き込んだ」
「バカ、今さら……あやまるなよ。なにもかも……納得済みの上での、ことだっただろ」
「…………」
「アタシもさ、自分のこと、バカだなぁっておもうよ。それまで見ず知らずだったやつのために、報われることなんかないって分かってたのに、こんなことしてさ」
そう言って、力なく瓦礫の中に横たわる杏子は自嘲するような笑みを零した。
その姿は満身創痍と言っても過言ではないほどにぼろぼろで、彼女の手に握りしめられたソウルジェムにも、幾つもの罅が入っていた。
「でもさ、やっぱり、放っとけなかったんだ。もう、絶対に、誰かのためにこの力を使ったりしないって、思ってたのに……」
佐倉杏子の願ったこと。
愛し、尊敬する父の話を少しでも誰かに聞いて欲しかった。
けれどその結果は無惨なもので。
真実を知った彼女の父は杏子を魔女と罵り、壊れた。
壊れて、家族を道連れに死んだ。
佐倉杏子ひとりだけを残して。
『私』は、それを知っている。
何度も何度も、彼女から話を聞いた。
そしてその度に、杏子は誰かのための願いを口にする私を罵り、止めようとし、心配し、結局はいつだってこうやって駆け付けてくれた。
こうなることを、知っていて。
「アンタも、マミも……そしてあの子もさ、優しすぎたんだ……。いい子だよな、本当に。誰かのために、誰かのためにってさ……見て、られなかった……」
「…………」
「ホントはさ……ちょっとだけ、恨んでる。『魔法少女は夢と希望を叶えるんだから』って……なんでそんなこと、思い出させるかなぁ……。それさえ思いださなければ、アタシは……」
何かに思いを馳せるように深く目を瞑った彼女は、やがてゆっくりとその瞼を開いた。
その時には、もう彼女の目からはあらゆる弱さが消えていた。
「泣き言は、ここまでだ。ここからは、アタシらしくやる」
苦痛をむりやり作った笑顔で押し隠して、杏子はゆっくりと立ち上がる。
その手に握ったソウルジェムが、まるで太陽のように燃えだした。
それはまるで、全てを、燃やし尽くすかのようで。
「ごめん、なさい……」
泣いてはならない。
泣けはしない。
私の目は、永遠に乾いたままだ。
「泣くなよ」
私に背中を向けたまま、杏子は見当違いのことを言う。
もう何度も繰り返してきたことだ。
いまさら、なにをおもうことも、ない。
「泣いてなんか、いない」
「アンタの心がさ、泣いてるよ」
「っ………………!」
炎は、ついに杏子の全身さえも燃やし出した。
真っ赤な炎の中に消えていく彼女の背中。
「さっきのは、嘘だから。ホントのホントは、恨んでいる以上に、感謝してる。いつかの想いを思い出させてくれて、うれしかったよ」
振り向かないまま、彼女は天に向かって駆け出した。
逆さの魔女。
舞台装置の魔女。
ワルプルギスの夜。
この時、この場所では、きっと鹿目まどか以外には倒すことができない魔女。
「頼むよ神様……こんな人生だったんだ。せめて一度ぐらいさ、幸せな夢を見させてよ」
そうして、彼女は炎の中に消えていって。
それでも、何も変わらなくて。
だから、こうなる。
「ほむらちゃん。わたし、いくよ」
「まど、か……」
「なんだかね、分かるんだ。アレはきっとこの時、この場所ではわたしにしか倒せない。だから、わたしがいかなくちゃ、ダメだったんだ。たとえそれでわたしが……」
「そんなこと、ない……」
「みんながわたしを援護にまわしていたのは、そういうことだったんでしょ?」
「だって、だって、それじゃあ……!」
「ごめんね、ほむらちゃん――」
最後に何かを呟いて、まどかは空に消えていく。
そして、また、私は繰り返すのだ。
■■■■■
「なんだよ……なんなんだよ、これ」
それは、『彼女』の――暁美ほむらの辿った、一つの軌跡と終わりだった。
救いなんてどこにもない、ある一つの結末だった。
こんなこと、有り得ない。
有り得るわけがない。
佐倉杏子という魔法少女が、あんなバカな真似をするはずがない。
偽物だ。
嘘だ。
「………………」
だが暁美ほむらは、何もこたえない。
ただその瞳だけが、事実なのだと訴えかけているようだった。
理解できない。
理解できない。
理解なんか、したくない。
この目の前の存在を、分かりたくなんかなかった。
怪物だ。
これは、佐倉杏子という存在を破滅へと導く化け物なのだ。
現に、見るがいい。
こいつの顔には、瞳には、人間らしい感情など欠片も浮かんでいないではないか。
まるで能面のような相貌。
「………………」
なのに。
ああ、なのに。
――どうして自分は、こいつが泣いているなんて思ってしまうのだろう。
「ッアアアア――――!」
佐倉杏子は暁美ほむらに背を向けて駆け出した。
自分を背後からのみ込もうとするなにかから、まるで逃げるように。
それを黙して見送る彼女は、相変わらず表情もなく。
彼女が泣いているかどうかなど、他の誰にも分かるはずがないのだ。
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そうしてまた、彼女は一人そこに立っている。
「あれは、ひとつ前の世界のことだったのかな」
彼女の足下に寄って、いつものようにキュゥべえは彼女を見上げた。
「ずいぶんと君は不安定だったんだね。暁美ほむらの方からコンタクトを取ってきたというのに、あれだけ痛めつけるとは。いや、それは今の君も同じなのかな。暁美ほむらに対してなんら行動を取っていないという点を思えば」
彼は、いつもより饒舌であった。
おそらく自分でも気付いていないだろう。
彼をしてそうさせてしまうほどの何かが、暁美ほむらの記憶にはあったのかもしれない。
「いつもいつも同じ行動をとると君でも飽きが来てしまうということなのかな。一体、君はこれまで何度この世界を繰り返してきたのだい」
その時になってはじめて、彼女は彼に視線を向けた。
だが相変わらず空ろなその眼にはなにもうつっておらず、呆っと虚空だけを見つめている。
「……そうね。ざっと百十二万三千六百八十八回、かしら」
「――――うん?」
「聞こえなかったのかしら。百十二万三千六百八十八回、よ」
「――――――――――――」
それは、なんという。
キュゥべえは絶句した。
彼ら人類の基準で考えれば、およそ九万年以上もの月日を生きていることになる。
それは、彼らインキュベーターが関わってきた現世人類の歴史よりも長い年月である。
それだけの年月を経たこの存在は、果たしていまだ人間と呼ぶことが出来るのだろうか。
「よく、それで絶望しないものだね」
「そうなる前に、対策をとったもの」
「擬似的な二重人格現象、かい」
「ええ。普段は仮想人格に全てを任せて、オリジナルである私は心の奥底で夢とうつつの狭間を彷徨っているの。私が表に出ていると、ソウルジェムの濁りが急速に進んでしまうから」
「そうやって魔女化を防ぐ手段があるとは、僕らにとっても想定外だったよ」
「あなた達は人間の心を知らなさすぎるわ。もっとも、そこまで理解できたのならばこんな辺境の未開惑星にわざわざ来る必要なんてなくなるのでしょうけど」
「道理だね」
おそらく、彼らにとっては不可能なことなのだろうが。
「それにしても、君がそうしてくれるのは僕らとしてもありがたいことだね。君には契約を守ってもらわなければならないのだから」
「ええ……分かっているわ。それが、この世界のためだものね」
だから、今日もまた彼女はそれを口にするのだ。
「この世界に幸あれ」
そして、また今回も彼女は暁美ほむらを痛めつけた。