魔法少女まどか☆マギカ 《円環の理》――この世界に幸あれ   作:ぞ!

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Ⅵ 98:1123690

 

 

 

 

 

「――ったく、見てらんねぇっつうの。この程度の魔女相手になに手こずってるんだか。いいからもうすっこんでなよ。手本を見せてやるからさ」

「杏子……」

「佐倉さん!? どうしてあなたが……」

「……えっと、わたしたち、けっこう、楽勝モードじゃなかったっけ?」

「…………」

「…………」

「……………………て、手際が悪いんだよ! アンタらは! だからアタシが手本を見せてやるっていってんだよ!」

「これがさやかちゃんがよく言うつんでれさんかぁ」

「……ツンデレおつ」

「佐倉さん、私、あなたのこと勘違いしていたみたいね。ただ素直じゃないだけだったのね」

「う……」

「う?」

「う?」

「う?」

「う、あああああああああああーーーーーーーーーーーーーー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「それにしてもさぁ、まどかって最近になって変わったよね」

 

 このところの恒例行事になりつつある、昼食風景。

 屋上で集まって車座になり昼ご飯をつついている最中、ふと思い出したようにさやかが言った。

 

「えぇ~? そうかなぁ」

 

 まどかが不思議そうに首を傾げると、さやかだけではなく仁美もまたうんうんと頷いた。

 

「あら、そうなの? 以前の鹿目さんのことは知らないから私からはなんとも言えないわね」

「私も、そうね」

 

 そう言ったのはマミにほむらである。

 まどかを含めてこの五人が、最近になってお昼を共にするようになったメンバーだった。

 もともとはさやかと仁美、まどかとマミとほむらとで別々に食べていたのだが些細なきっかけでこうして一緒に食べることが多くなった。 

 

「すっごく明るくなったよ。きっとあれだね、マミさんとの出会いがまどかを変えたのだ!」

「まぁ! お二人ともそういう間柄でしたのね! でもいけませんわ、お二方。女の子同士でなんて、それは禁断の、恋の形ですのよ~!」

「私とまどかはそんな関係じゃないわ」

「いやいや、なんでそこで転校生が口を挟むのよ」

「ま、まさか禁断の上に三角関係ですの!?」

「も、もうっ、いい加減にしてよ仁美ちゃん! わたしたちはそんなんじゃないんだから!」

「そうだそうだ! まどかは私の嫁になるのだー!」

「わたしは女の子のお嫁さんになんかならないよ!」

 

 わいわい。

 がやがや。

 騒がしい日常は、楽しい日常、それだけ早く過ぎていく。

 

「ふふ、相変わらず面白い子たちね」

「ええ」

「ずっと、続けていたいわね」

「……ええ」

「たった一人でも、大切な存在ができるだけでこんなにも世界は変わるのね」

「…………」

「今なら、あなたの気持ちもわかるわ。きっと、同じ状況になれば私も同じことを願う」

「…………」

「だから、もしも『次』があるのなら、その時もまた遠慮なく私を巻き込みなさいな。きっとどの『私』だって、あなたの手を拒みはしない。どんな結末になろうと、後悔なんて、しない」

「………………………………はい」

 

 きっと誰もがこの時を楽しいと感じていたに違いない。

 何度も繰り返したほむらでさえ、まだそう思う心が残っていたのだから。

 本当に、ずっとこんな時が続けばいいのにと、彼女は叶わぬことを思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ったく、今日の魔女には拍子抜けしたよねぇ。まさか戦闘開始一分で瞬殺とはさぁ」

「あはは、杏子ちゃんが最初から全開だったから。すっごくかっこよかったよ」

「……そういうアンタも、まぁ、ルーキーにしてはよくやってたんじゃない?」

「そっかなぁ? だったらいいなぁ、ありがとう杏子ちゃん」

「……ったく、アンタ、ほんと調子狂うなぁ」

 

 探索早々に魔女を発見、そして撃破。

 あまりにも呆気なく終わってしまったため、彼女らは四人で夕食を食べに来ていた。

 場所は、以前にまどかがおすすめだと言っていたイタリア料理店。

 彼女は外食することが多いらしく、こういったお店をたくさん知っていた。

 しかもループの度に紹介する店が違うものだから、いつの間にかほむらもこの界隈のグルメに詳しくなってしまっていた。

  

「それにしても、本当にここのパスタはおいしいわね。私も一人暮らしだから外食することが多いのだけれど、ここには初めて来たわ。鹿目さん、よく知っていたわね」

「えへへ、もともと外食するのが多いというのもあったんですけど、むかし料理に熱中していたときがあって、レシピを研究するためにこの辺りのお店を歩き回ったんです」

「まどかのお弁当は、とてもおいしかったわ」

「そ、そう? ありがとうほむらちゃん」

 

 弁当だけではなく、実際に彼女のマンションで手料理を振る舞われたこともある。

 正直、同性として屈服するしかない味だった。

 有り得ないぐらいのおいしさだった。 

 

「あら、ならもしかしてケーキも作れるのかしら?」

「もちろんです!」

「私もケーキにはちょっとだけ自信があるのよ――って、そういえば鹿目さんには振る舞った時があったわね」

「マミさんに初めて会った時ですね。とってもおいしかったです!」

「じゃあ、今度はあなたが私にご馳走してくれるかしら」

「分かりました、楽しみにしていてくださいねっ」

 

 そんな二人のやりとりを黙ってみていた杏子が、ついと視線を逸らしてほむらに向けた。

 

「オイ、アンタ、料理は?」

「……そんなことをしている余裕があったと思う? そういうあなたは?」

「アタシは食べる専門なんだよ」

「…………」

「…………」

 

 顔を見合わせて、二人揃って溜め息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして。

 その時は、必ずやってくる。

 

「いよいよ、明日だね」

「……ええ」

「がんばろうねみんな!」

「……そうね」

「みんなで力を合わせれば、きっと倒せるよ!」

「……ああ、そうだね」

「それじゃあ今日は明日に備えて早く寝よう! おやすみ!」

「……おやすみなさい、まどか」

「……おやすみなさい、鹿目さん」

「……おやすみ、まどか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「起きている?」

「ええ」

「ああ」

「まどかは?」

「ぐっすり寝ているわ」

「ずいぶんと幸せそうな顔してるよ」

「……明日、まどかはできるだけ援護にまわす。私達の結論は、それでいいかしら」

「そうね、いいと思うわ。本当は鹿目さんを戦わせたくはないけれど、あなたの話を聞く限りじゃ、私達だけではどう足掻いても勝てそうにないものね」

「コイツが前に出て戦うのは、一番最後――それでいいんだろ」

「……………………ご」

「あやまるなよ、ほむら。アタシもマミも、全て納得した上でのことさ」

「だから、あなたが気に病む必要なんてないのよ」

「……………………」

「泣きたいんなら、ソイツの胸でもかりなよ。あいにくとアタシは誰かさんみたいに牛女じゃないんだ」

「……ちょっと、佐倉さん」

「まったく何を食べたならそんなに育つんだか。中学生でそれってどういうことなのさ。訳がわからないよ。きっとあと二十年もしたら垂れるね。絶対。間違いない」

「…………そう、あなたが私のことを嫌っていたのって、それが理由だったのね。納得したわ。そうね、あなたがそう思うのも仕方ないのかもしれないわねぇ」

「……オイ」

「なにかしら」

「……明日、アタシの前にはでないようにするんだね。うっかり突き殺しちゃうかもしれないよ」

「あなたこそ私の流れ弾でそれ以上胸が抉れないよう気をつけなさいな」

 

「…………………………くす」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 ――昔話をしよう。

 ずっとずっと昔の、わたしの話を語ろうかと思う。

 わたしがこうなる前の、なにも知らなかった日々のことだ。

 

 陰鬱で臆病で愚鈍で、そんな自分のことが大嫌いだったわたしは、ある時、魔女に魅入られて命の危機に陥った。

 避け得ない死を目前にしたわたしは、恐怖に怯えながらも心のどこかで、ああ、自分にはこんな死に様がお似合いかもしれないと、そんなことを思っていた。

 けれど。

 いつまでたっても、わたしにそれが訪れることはなかった。

 無意識にぎゅっと閉じていた目をおそるおそる開き――そして、出会ったのだ。

 

『間一髪ってところ――』

 

『もう大丈夫――』

 

 それからのわたしは、いつだって彼女の後をついてまわった。

 憧れたのだ。

 それがとても綺麗だったから、カッコ良かったから、だから憧れた。

 臆病な自分にさよならしたかった。

 暗い自分にさよならしたかった。

 愚かな自分にさよならしたかった。

 

 一歩を踏み出す勇気を、もらった。

 

 だから、少しだけ頑張れるようになった。

 ほんのちょっとの勇気のおかげで、たった一人だけど友達ができた。

 ずいぶんと久しぶりにできた友達で、あの人の前で浮かれきってはしゃいだのを、今でも覚えている。

 

 もっと大きな勇気だってもらった。

 

 それがほんの少しなのだとしても、わたしだってあの人の役に立てることを知った。

 わたしの祈りは、きっと神様に届いたのだ。

 憧れた彼女と、たった一人の友達の彼女と、わたしと。

 きっとその時、わたしの世界は三人だけで完結していた。

 ずっと、永遠に、幸せな日々が続くと思っていた。

 

 ――だから、それに耐えきれなかった。

 災厄の魔女が去ったとき、そこに立っていたのはわたし一人だけだった。

 憧れたあの人が死んだ。

 友達だった彼女が死んだ。

 みんな死んだ。

 彼女達との大切な思い出があった街も、全部壊れた。

 幸せな日々は、その時、確かに終わったのだ。

 

 ――だから、願った。

 今度こそ、強く、心の底から。

 彼女達と出会ってからの夢のような日々を、永遠に終わりになんかしたくないと。

 

 そのとき、わたしの願いは真の意味で確定したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 そうして、またこの時がやってくる。

 ワルプルギスの夜がやってくる。

 決して明けない夜が、この街を覆い尽くす。

 

「ごめんなさい……私は、ここまで、みたいね。あとのことはよろしくね、佐倉さん、暁美さん、鹿目さん」

「……ああ、任せときなよ。だから、もう、アンタはゆっくり休んでいいんだ」

「ふふ……まさか、あなたの胸に抱かれて、そんなことを言われる日がくるなんて、ね」

「…………巴さん」

「『また』、会いましょう、暁美さん」

「っ…………ええ、『また』」

「ふふ……そういうことだから、鹿目さん、泣かなくてもいいのよ。きっと、また、会える、私達、会えるのよ」

「マミさん……うん、そう、だね……きっと、そうだよ」

「よろしく、ね」

 

「そんじゃ、アタシもマミのところに、いってくるよ。アイツ、一人だけだと寂しがりそうだから、ね」

「杏子……」

「本当は、言わないでおこうと思ったんだけど……感謝してる、ほむら。いつかの想いを思い出させてくれて、嬉しかったよ。『また』ね」

「…………ええ」

「まどか、アタシがダメだったら、次は、アンタの番だ。分かってるだろ?」

「うん……! 大丈夫、まかせてよ杏子ちゃん」

 

「まどか、どうし、て……?」

「ごめんね、ほむらちゃん。本当はね、マミさんや杏子ちゃんからほむらちゃんのこと、聞いてたんだ。こうなったら、もう、わたしが行くしか手はないんだって。ほむらちゃんは、無事なまま過去に送り届けてあげないといけないから」

「そんな、わたし、は……………………」

 

「…………どうして、こうなっちゃったんだろうね。こんなんじゃ、救われない。わたしなんか、どうでもいいんだよ。ほむらちゃんがさ、救われないんだよ」

 

「さよなら、ほむらちゃん。もう、会えなければいいのにね」

 

 最後に、何かを呟き彼女は空を駆け上がっていく。

 終わりという名の始まりに向かって。

 

 

 

 

 

 


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