魔法少女まどか☆マギカ 《円環の理》――この世界に幸あれ   作:ぞ!

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Ⅶ 99:1123691

 

 

 

 

 

「暁美ほむらです。よろしくお願いします」

 

 そうして彼女はまた繰り返している。

 お辞儀をして、『彼女』に目を向ける。

 視線が交わる。

 呆っとした顔で、『彼女』は微笑むほむらを見ていた。

 そして。

 俯いた。

 俯いて、肩を震わせた。

 

 ――また、暁美ほむらと鹿目まどかの物語が始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わたしのこともまどかでいいよ、ほむらちゃん」

「そう、よろしくねまどか」

「それにしても、ほむらちゃんて変わった名前だよね。あ、えと、変な意味じゃなくてね。格好いい名前だなぁって」

「…………」

 

 

 

「私も魔法少女なの」

「え?」

「あなた達と一緒に戦うためにこの街にやってきたの」

「…………えと」

「ワルプルギスの夜を、倒しましょう」

 

 

 

「力を貸して、七篠タレカ」

「…………」

「たとえどれだけ繰り返そうとも、私は諦めない」

「…………」

「だから、お願い――」

「……ねぇ、暁美ほむら。ずっと昔、私もあなた達と一緒に戦っていたって言ったら、信じるかしら」

「そんなこと、一度も」

「そうね、『あなた』は知らないものね。ずっとずっと……昔のことだもの」

「七篠タレカ、あなたは……」

「詮無きことを話したわね……もう、失せなさい。二度と顔もみたくない」

 

 

 

「巴さん、話があるの。大事な、話が」

「――そんな、嘘よ、こんな、まさか」

「でも事実なのよ。ワルプルギスの夜は――」

「暁美さん、あなたは一体、何度繰り返して――」

「奇跡の確率は、決してゼロなんかじゃない」

「泣いても、いいのよ」

「涙を流したりはしない。だって魔法少女は、夢と希望を叶えるのだから」

 

 

 

「アンタがキュゥべえの言ってた私に用があるっていうやつ?」

「佐倉杏子、あなたの力を貸して欲しい」

「ワルプルギスの夜、ね。実在するんなら、二人がかりでなら倒せるかもね」

「倒してもいずれ蘇る、不死の魔女――それがワルプルギスの夜の正体」

「それが二週間後に来るっていう根拠は?」

「私の記憶をみて」

「――なんだよ……なんなんだよ、これ」

「…………」

「クソっ、ふざけんな、ふざけんなよ、アタシは、こんな、こんな――」

 

 

 

「――ハッ、見てられないねぇ。手本を見せてやるよ」

「佐倉さん、あなた」

「ふん、マミ、アンタとは一時休戦だ。ワルプルギスの夜を倒すまでは、仕方ないから協力してあげるよ」

「よろしくね杏子ちゃん!」

「ありがとう……杏子」

「チッ……ほんと、アタシってバカ」

 

 

 そうして、ふたたび。

 

 

「まどかは可能な限り、援護にまわす」

「ええ、そうね」

「ま、アタシがいればコイツの出番なんか、まわってきやしないよ」

「倒しましょう、ワルプルギスの夜を」

 

 

 そのときが。

 

 

「オイ、まどか。ちょっといいかい」

「佐倉さん、まさか」

「えっと……?」

「アンタは知っておくべきなんだ。たとえそれがアイツの意に反することだろうと。そうじゃないと、アイツがあまりに報われなさすぎるよ」

「そう、そうね……鹿目さん、あなたは知っておくべきなのかもしれない」

「ほむらちゃんの、こと?」

「!? アンタ」

「どうしてだろう……自分でも分からないけど、なんとなく、分かるんだ」

「鹿目さん……」

「だから、分かってる。マミさんや杏子ちゃんには、ホントは、ホントはね、そんなこと、して欲しくないけど、でも」

「いーんだよ、バカ。アタシらが自分の意志で、決めたことなんだからさ」

「そうよ鹿目さん。私、こんな幸せな気持ちで戦うのなんて初めて。もう何も怖くない。私、一人ぼっちじゃないもの」

「マミさん……」

「きっとどんな結末だろうと、絶望なんか、しない」

 

 

 ――やって来るのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ***********************************

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ワルプルギスの夜を迎えるその場所に、鹿目まどかの姿はなかった。

 

「オイ、ほむら、まどかはどうしたのさ」

「……あの子は、来ない」

「暁美さん、あなた、まさか」

 

 俯いたままのほむらは、ゆっくりとその腕を持ち上げた。

 彼女の手に握られていたのは、桃色に輝く宝玉――ソウル、ジェム。

 

「テメェ! そんなことしたらアイツが――」

「魔力で、仮死状態にしてきたから、アレとの決着がつくまでは、持つ。もし多少のダメージが残ったとしても、仕方ないじゃない」

 

 杏子は胸ぐらを掴みあげられても、ほむらは顔をあげようとはしなかった。

 その表情は前髪に隠されて見えない。

 淡々と事実だけを告げるような彼女に一瞬で激高した杏子は、顕現させた槍を振りかぶって、 

 

「だって、仕方ないじゃない!」

 

 初めて聞いたほむらの悲鳴に、止まらざるを得なかった。

 

「こうでもしないとあの子は戦おうとする! 自分がどうなるのか分かっても戦ってしまう! 私がどれだけ止めても、ぜったいに止まらない! まどかなしじゃあの魔女に傷ひとつつけられないのだとしても、もう、しょうがないじゃない!」

「アンタ、もう、そこまで……」

 

 襟首をつかむ杏子の手に、濡れた感触があった。

 ほむらの顔から流れ落ちてきたそれを、彼女は一瞬、涙かと思った。

 けれどそれは、鮮烈な赤い色をしていた。

 ぐい、と無理矢理彼女を上向かせてみれば、ほむらの額には強く何かにぶつけたような傷がぱっくりと開いており、そこからドクドクと血が流れ出ていた。

 眦に溜まり、零れ、伝っていくそれを見て、杏子はまるで涙のようだと思った。

 

「クソっ、なんで、こんな」

 

 吐き捨てて、杏子はほむらを掴む手を離した。

 一度も視線を合わせようとしなかった彼女は、また、俯いて立ち尽くす。

 

「……………………」

 

 強く目を瞑って、杏子は空を仰いだ。

 青空などどこをさがしても見当たらない、暗雲蠢く不気味な空。

 災厄の前兆。

 もう、時間はない。

 

「消えろ」

 

 だから、決めた。

 目を開き、視線を戻して、杏子はほむらに告げた。

 

「……え?」

「今のアンタじゃ、使い物にならねぇよ。邪魔なだけだ。どこにでも、いつにでも、消え失せろ」

 

 その時の彼女の顔を、杏子は死ぬまで忘れないだろう。

 まるで親に見捨てられた子供のような顔だった。

 

「この時間軸は、この時間軸のアタシたちが、自分達の手で守る。部外者はとっとと消えなよ」

 

 今にも泣き出しそうなほむらは、次いで、マミに視線を向けた。

 

「……足手まといは、迷惑にしかならないわ」

 

 ほむらとは目を合わせぬまま、彼女は言った。

 その言葉を聞いて、ほむらは一歩、二歩、よろよろと後ずさり、

 

「ッ―――――――――」

 

 声なき声をあげて、走り去っていった。

 それをしばらく見送って、ぽつりとマミが呟いた。

 

「……ここに至って戦力半減とはね。参ったわねえ」

 

 やれやれと肩を竦めてはいるものの、その表情には怯えも絶望はない。

 

「ふん、別にアタシだけでも十分なんだけどね」

「おあいにく様、ここは私の街だもの。私が戦わないで誰が戦うというのよ」

 

 そうして、二人はくすりと笑みを漏らした。

 

「あそこまで追い詰められてるなんて、気付かなかったよ。いや、もうとっくにああなっていてもおかしくはなかったのかな」

「そうね。これまで持ったのが、奇跡だったのかもしれないわね。あの子、もともと打たれ強そうには見えないもの」

「それでも、アイツは――」

「ええ、そうでしょうね」

 

 彼女が去った方角をしばらく見つめて、やがて二人はその雰囲気を一変させる。

 友達を想うそれから、戦うためのそれへと。

 

「ま、アイツのことはまた別のアタシたちに任せることにして」

「さしあたって私達は目の前に迫った脅威を、どうにかしましょうか」

 

 そして彼女達は立ち向かう。

 彼女たちの運命へと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「杏子っ……巴さんっ……」

 

 ほむらはただがむしゃらに走り続けていた。

 行く当てなどどこにもない。

 それでも立ち止まることなどできそうもなかった。

 

 分かっていた。

 彼女達が本心で言っているわけでないことぐらい。

 なぜなら、ほむらを見る杏子の瞳は泣きたくなるぐらい優しかったから。

 なぜなら、ほむらを見ようとしなかったマミの両手は小さく震えていたから。

 

 彼女たちが死んでゆく様など、もう見ていたくはなかった。

 まどかが居なくては、どう足掻いても、そうなるしかないのだ。

 分かっていて、ほむらは彼女のソウルジェムを持ち出した。

 鹿目まどかの死を見たくないという、ただそれだけのために、彼女達が生き残る万に一つの可能性を奪い去ってしまったのだ。

 

 もう、駄目なのかもしれない。

 自分は、壊れかけているのかもしれない。

 しかしそれでも、走り続ける足が止まる気配はなかった。

 ひたすらにどこかへと向かい続けている。

 どこへ?

 過去へ?

 ここではないどこか?

 いつかでもないどこか?

 なにもかも忘れられる場所?

 

「――しょうがないなぁ、ほむらちゃんは」

 

 決まっている。

 暁美ほむらの行く当てなど、この世界にたった一つだけしかない。

 

「まど、か」

 

 ほむらは、ようやく足を止めて、見上げた。

 気付けばまどかを置いてきた彼女のマンションの前。

 まどかは、三階にある部屋のベランダの柵に腰掛け、呆然とするほむらを見下ろしていた。

 その目には、どうしようもないほどの優しさと、溺れてしまいそうなほどの悲しみ。

 

「えい」

 

 苦笑して、彼女はそのまま飛び降りた。

 外にいるほむらに向かって、生身のままで。

 

「まどか!」 

 

 慌ててほむらは彼女を受け止めた。

 既に変身している彼女にしてみれば、まどかの身体はクッションのような軽さだった。

 

「えへへ、お姫様だっこ。初めて、かな」

 

 ほむらに抱えられた彼女は、うれしそうな、はにかむような顔で笑う。

 しかしその目には変わらぬ底の見えぬ悲しみ。

 

「まどか、私」

「いいよ」

 

 震えながら開こうとしたほむらの口を、まどかは人差し指でおしとどめた。

 

「いいんだよ、ほむらちゃん。分かってるから。だから、ね?」

 

 ほむらの腕からおりて地面に立ったまどかは、笑って彼女に手を差し出す。

 ほむらはそれを見て、泣き出しそうな顔で、いやいやと首を振った。

 もうこの場所に居ることで答えなど出てしまっているというのに。

 それでも最後の抵抗をするように、ほむらは胸の前で握りしめた『それ』をなおも強く自らの胸に押しつける。

 

「ほむらちゃん」

 

 まどかは何も言わない。ただ、彼女の名を呼び、その真っ直ぐな目で彼女を見つめるだけだ。

 世界の全てを背負っているかのような、こちらまで悲しくなってくる瞳だった。

 それでいてなお、優しさを失わぬ瞳だった。

 

 無理だ。無理だった。

 そんな目で見つめられて、拒むことなど、抗うことなど、できるはずもない。

 

 俯いたほむらは、震える手で、おそるおそる、大切な宝物を扱うような丁寧さで『それ』をまどかの掌にのせた。

 桃色の、ソウルジェム。

 

「ありがとう、ほむらちゃん」

 

 ほむらは俯いたまま、ぶんぶんと大きく首を振った。

 その子供じみた仕草に、まどかはくすりと苦笑する。

 

「ねぇ、ほむらちゃん。あなたの口から、聞きたい」

「…………」

「わたしに、どうして欲しいの?」

「っ」

「あなたの言葉で、言って」

 

 ゆっくり、のろのろと顔を上げたほむらは、唇を強く噛みしめて泣くのを堪えるような顔で、告げた。

 

「たた、かって、まどか」

「うん」

「奇跡の、確率を、ゼロでなくするために」

「うん」

「戦って……まどかぁ……!」

 

 悲鳴のような叫びに、まどかは満面の笑みを浮かべて頷いた。

 

「うんっ!」

 

 世界が桃色の光りに満たされる。

 そうしてやがて光りが消えたときそこに立っていたのは、魔法少女だ。

 最強の魔法少女だ。

 ほむらにとってはいつだって最高で最強の魔法少女だ。

 

「行こうっ、ほむらちゃん!」

「うんっ……!」

 

 決して涙を流すことはない泣き顔で、ほむらは彼女の手を取った。

 そして、二人は暗雲渦巻く空へと飛び立った。

 彼女達の仲間が待つ、その場所へ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この世界に幸あれ」

「この世界に、幸あれ」

「この世界に、幸、あれ」

「この世界に…………………………………………」

 

 

 


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