とある学院のシュッツエンゲルとシルトとその周辺   作:癒月るな

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たづりりの話。たづまいではない(ここ重要)
鶴紗さんの誕生日に梨璃ちゃんが健気で欲深い鶴紗さんに迫られる話。R15タグ注意。


とある猫好きにプレゼントを2つほど(鶴紗×梨璃)

 今日は私、安藤鶴紗の誕生日だ。普段は自分の誕生日になんて大した興味を持つこともないだろうが、今回だけは別。

 

「ーーどうして。どうして私なんですか? 普段は梅様とよく一緒にいるじゃないですか」

 

 そう咎めるように彼女、一柳梨璃は言った。どうして、どうしてか。彼女の言葉を頭で転がす。確かに梅様との日々も大切なものだ。彼女に出会わなければ、もしかしたらこうやって百合ヶ丘での日常を楽しもうという考えすら出て来なかったのかもしれない。

 

「そうだね。けど、私を『特別』から『普通』にしてくれたのは。ここにいても良いって思わせてくれたのは。他の誰でもない梨璃、あんただったんだ」

 

「た、鶴紗さん。でも私にはお姉様がっ」

 

「別に私を一番に思う必要はないよ。ただ、あんたの心の片隅に、少しでも私を置かせてほしいだけ」

 

 自分の気持ちに気づいた時には既に梨璃の隣の席は埋まっていて、それでも、どうしようもないことだと分かっていてもなお、この感情を制御できなくて。私は今こうして最低なことを言っている。

 

「もちろん梨璃が夢結様のことを思っているのは知ってる。ずっと一柳隊で一緒に戦ってきたんだから当然だよ」

 

「なら!」

 

「だけど!・・・・・・だけど、嫌なの。ようやく見つけたのに、自分の一生を懸けても護りたいと思えるような相手を。誰に指図されたわけでもない自分の意思で助けになりたいと思えるような相手を」

 

「・・・・・・鶴紗さん」

 

「だからさ、梨璃。嫌だったら拒絶してくれて構わない。そうしたら明日からはいつも通りにする、するからっ」

 

 わざわざ自分の誕生日の日に梨璃との2人っきりのデートを指定して、自身のブーステッドリリィとしての境遇すらも告白に織り交ぜて彼女に迫っている。こんな自分はきっとズルいのだろう。それでもーーもう覚悟は決めたから。

 

「「んっ」」

 

 様々な感情が心中で入り乱れていると一目で分かるほど難しい表情をした彼女は、けれども、私のことを受け入れてくれた。唇と唇同士が軽く触れ合う。

 

「・・・・・・ねえ、梨璃。拒まなかったっていうことはそういうこと?」

 

「っ・・・・・・」

 

「ごめん、少し意地悪な質問だった」

 

 今すぐにでも叫び出してしまいそうなくらいに興奮している胸中を必死になって押し隠しながら、私は確認のために梨璃に問いかける。ただそれが今の彼女にとっては酷な内容だったことを言ってからすぐに察して謝った。何を舞い上がっていたんだ、私は。これ以上彼女の心をいたずらに乱さないために抱き寄せる。私の体温を通じて少しでも梨璃の心が暖かくなってくれればという思いからだった。

 

 たとえ梨璃が受け入れてくれたとしても、彼女の心の中の大部分は以前として夢結様に占有されたままだ。優しい彼女のことだから大好きなお姉様を裏切ってしまったとでも考えて、苦悩しているのだろう。自分で選んだ道ではあるけれど、そのことに多少胸が痛んだ。

 

 私の人生で初めてのキスは甘美な甘さのあとにほろ苦い余韻が残るものとなった。

 

 

§

 

 

 あれからちょうど1年経って、今年も迎えた安藤鶴紗の誕生日。そんな日に主役の彼女はーー

 

「ーー今年の誕生日プレゼントは梨璃と一緒にバレンタインを過ごす権利が欲しい。・・・・・・それじゃあだめ?」

 

 不安げに紅い瞳を揺らしながら上目遣いで梨璃にプレゼントをねだっていた。寮の部屋で2人きりだということもあってか、常よりも甘ったるい声音と彼女たちの呼吸音だけが室内に響いている。

 

 初めは彼女の傍にいられるだけで良かったのに。彼女といると自分のなかでの欲望が際限なく溢れ出してくるのが分かる。もっと、もっと欲しい。もっとずっと一緒にいたい。

 

 G.E.H.E.N.Aにいた頃の私は孤独に慣れていたけれど、それはただ孤独だったから独りでいることに慣れていただけで、心から独りでいたいと思っていたわけではなかった。きっと私の精神はそこまで強くなかったのだろう。父親の罪を背負って実験動物としてゲヘナの実験に参加して、何度も何度も裏切られていくうちに、心に鍵を何重にもかけて、自分が傷つくことのないように固く閉ざしていただけに過ぎなかったんだ。普通の女の子なら当たり前に注がれるはずの愛情を十分に得られる機会がなかったからこそ、本当の私は愛に飢えている。今こんなにも梨璃を求めているのは、きっとそのせい。

 

「だ、駄目じゃないですけど。私とお姉様とバレンタインを過ごしたいっていうことですか?」

 

「違うよ、全然違う。私は、“梨璃と”、バレンタインを過ごしたいの」

 

「た、鶴紗さん?」

 

 『梨璃と』の部分を強調して彼女にも分かるように伝える。とはいえ、そんな簡単に彼女が承諾してくれるとは思っていない。私のわがままを通すために彼女を優しくベッドに押し倒して、その頬に手を添えた。いつもはみんなを引っ張っている梨璃だが、案外推しには弱いということはこの一年で彼女の身体を介して濃密に学んでいる。たまに反撃をされる場合もあるが、それも含めて楽しんでいる自分もいる。

 

 困惑した様子の彼女の唇に私の唇を優しく触れ合わせる。

 

「んんっ・・・・・・!?」

 

 そこからは獣のごとく強引に、壊れ物を扱うように繊細に彼女の口内を蹂躙した。最初は少し抵抗するような素振りを見せていた梨璃だったが、唇で唇をこじ開けて、舌を絡ませたキスを続けていくうちに段々それもなくなって、今では彼女の方から無意識にせがんできていることが口の中の動きから分かる。その様がまた愛おしく思えて、当初の目的さえも忘れてしまいそうになる。それでも、なんとか梨璃が呼吸困難になる前には唇を離せた。

 

「んぷっ・・・・・・はぁ、はぁ。かわいいよ、梨璃」

 

「んっ・・・・・・はぁはぁ、はぁ。た、鶴紗さ・・・」

 

 長時間キスを続けたからか、頭がかなりぼーっとしてふわふわとした気持ちになっている。それは彼女も同じなようで上気した肌を無防備にさらして、こちらに潤いを帯びた視線を向けていた。このまま襲ってやろうかとも考えたが、あくまでも今は彼女の説得が第一だ。彼女の呼吸が落ち着くのを待ってから、先ほどの話の続きを始めた。

 

「ねえ、梨璃。私と一緒にバレンタインを過ごすのは嫌なの?」

 

「っ・・・・・・今年のバレンタインはお姉様のためにケーキを作るって約束してるんです」

 

「ケーキを作るだけなら一日もかからないでしょ。別に四六時中一緒にいるっていうわけでもないんだからさ、だめ?」

 

 夢結様のことは頼れる上級生で、かけがえのない一柳隊の仲間だとは思っているが、こと恋愛においては別だ。梨璃を巡るライバルのなかでは一番の強敵と言っても過言ではない。もはや学院内で知らぬ者はいないと言っていいほどの知名度を誇るシュッツエンゲルとシルト。夢結様と梨璃。まあ、ここまで認知されているのは二水の新聞の存在が多分にあるとは思うが。それはともかく。

 

 深く繋がり合っている2人を見ていると、自分が本当に愛されているのか、不意に疑問に思う時がある。この関係を迫ったことも、梨璃にしてみれば迷惑でしかなかったのではないのかという憂いが鎌首をもたげているように思えてならないのだ。自分の境遇がたまたま彼女の同情を誘ったに過ぎないのではないのかと。

 

「ねえ、梨璃。私たちが付き合い始めて今日でちょうど1年になるんだよ?」

 

「それはそうですけど・・・」

 

「今日はね、付き合ってから1年目の記念日で、私の誕生日でもあるんだよ? だからプレゼントも特別なものが欲しい」

 

 『特別』という言葉にあまり良い思い出はなかったけれど、梨璃と過ごす時間のなかでは、その言葉を何度も意識した。もし私がこの人の『特別』になれたらって。たらればの話でしかなかったとしても、それでも夢想せずにはいられない。

 

 梨璃と出会ってからの私は、守りたいものを見つけて昔よりも強くなれたとは思うけれど、同時に弱くもなった。私のなかで日に日に大きくなっていく彼女の存在。その一挙手一投足にさえ、どうしようもなく心を掻き乱されてしまう。ブーステッドリリィとして強化された代償で精神が不安定に陥ることも合わさって、言いようのない不安を覚えてしまうのだ。ちょうど今この時がまさにそう。それを彼女に悟られないようにひた隠しにしている。

 

「鶴紗さん」

 

「ん? どうした梨璃」

 

「何かあったんですか?」

 

「何もなかったけど」

 

「嘘です、そんなはずがありません。だって鶴紗さん、悲しい顔をしてるじゃないですか」

 

 そんなことを考えていると梨璃に勘付かれてしまったようだ。いつもは抜けている部分こそ目立つが、ここぞという時には鋭いところのある彼女。その感性に助けられた経験は幾度となくあるし、もちろん信頼もしているが、ことこの場においては逆風として作用しそうだ。

 

「そんなことないから」

 

「へー、そうなんですか。鶴紗さんが私のことを分かってくれているように、私もちゃんと鶴紗さんのことを分かってるんですよ?」

 

「それは知ってる」

 

 私自身もよく理解していることだ。夢結様ほどではないけれど、相当な時間を梨璃とともに過ごしてきた。そんな彼女が私のことを分かっていないわけがない。ないのだが、なんだか雲行きが怪しい。

 

「鶴紗さん、無意識なのかもしれませんけど。私の前だといつもふにゃふにゃした声なのに、今は外行きの時みたいな固い声になってますよ」

 

「な!?」

 

「えへへ、これも鶴紗さんの癖? なんですかね」

 

「ち、違うから!」

 

「もしそうなら、そんなに必死になって否定しませんよね?」

 

 梨璃に指摘されて思わず焦って否定してしまい、その発言すらもすぐに笑顔で取り上げられてしまった。声、声は見落としていた。それ以外の部分はおそらく完璧に取り繕えていただろうが、思い返してみると、確かに普段の彼女の前での自分は人様に到底聞かせられないような、甘えきった猫撫で声をしていたような・・・。

 

 ぐうの音も出ないとはこのことか。これ以上反論を重ねることもできるのだろうが、こうなった梨璃にはとてもではないが勝てる気がしない。それだけ、今の彼女には凄みがあった。

 

「鶴紗さん、何か思うところがあるのなら言ってください。そうしたら私も手伝いますから」

 

「っ・・・・・・」

 

 真剣見を増した彼女の瞳がこちらに注がれる。このままぶちまけてしまっても本当に良いのだろうか。このどろどろとした、自分自身でも制御できない感情を。梨璃の負担にはならないだろうか。面倒だとは思われないだろうか。そんな考えが脳内を駆け巡る。

 

「大丈夫ですよ。大丈夫、ですから」

 

 そんな思いさえも見透かしたように彼女は言った。ほんと敵わない。彼女のこういうところに惹かれたのだと改めて感じながら、私は意を決して口を開いた。

 

「急に不安になる時があるの。梨璃が私のことを本当に好きなのかって」

 

「わ、私はただ、梨璃の同情を買っただけに過ぎないんじゃないかって」

 

「夢結様との間に無理矢理割って入った邪魔者としか思われてないんじゃないかって」

 

「自信が、ないの。自分が愛されているっていう」

 

 自分で口にするだけで苦しくなるような最悪の想像、それをとつとつと話していく。そして、そう思ったからこそ。

 

「だから・・・・・・だからね、愛されているっていう証明が欲しかったの」

 

「梨璃が、私のことを愛しているんだって、私自身が胸を張って思えるように」

 

 引かれてしまっただろうか。私は多くを望みすぎていただろうか。梨璃に嫌われたりしないだろうか。そんな思いが渦を巻く。

 

 私が話を終えてから、しばらく難しい顔で黙していた梨璃はおもむろに声を発した。

 

「お姉様のことはもちろん大切です、それは今も変わりません」

 

 その言葉に鶴紗は不安に打たれたような心地がした。やっぱり私は厄介者でしかなかったのだろうかと。

 

「でも! だからって鶴紗さんとの関係がなくなるわけがないじゃないですか。私は鶴紗さんのことも大切なんですっ」

 

「私の前でだけ見せる甘えきった姿も、一柳隊のみんなの前で見せる自然な笑顔も、任務の時の真剣な表情も、猫ちゃんを見つけてはしゃいでいるところも、全部、好きなんです。大好きなんです!」

 

「鶴紗さんをもっと知って、もっと分かり合いたいと思ったから! だから告白もOKしたんですよ!?」

 

「なのに同情したから付き合ってくれただなんて、冗談でもそんなこと言わないでください!!」

 

「っ・・・・・・」

 

 私の駆られている思いを察してか、梨璃は言葉を尽くしてくれた。それらは私の言ってほしかった台詞。だけど、それではもう足りなくて。

 

「ならっ!・・・・・・なら一緒にいてよ。私を独りにしないで・・・っ」

 

 ・・・・・・私を置いていかないで。

 

「鶴紗さん・・・、分かりました。一緒に過ごしましょうか、バレンタイン」

 

「・・・・・・え?」

 

「ですから、一緒にバレンタインを過ごしましょう」

 

「ほんと?」

 

「本当です」

 

「嘘じゃない?」

 

「嘘じゃないですよ」

 

 彼女は私を優しく抱きしめて、子供をあやすように背中をさすってくれた。その段になってようやく、彼女が私の要求に応じてくれるのだと認識できた。でも、どうして急に。

 

「どうして?」

 

「あはは、その、とても、とても言いにくいんですけど・・・ーー」

 

 

§

 

 

 あの後、私は鶴紗さんに非常に重要な真実を告げた。それは彼女にとっては嬉しくもあり、複雑なものでもあったらしい。泣き疲れた彼女は緊張が解けたためか眠っている。

 

「それで、こうなってるの?」

 

「そうみたいです」

 

 ベッドに座った私の膝の上に頭を乗せて猫みたいに丸くなって眠っている鶴紗さんを見やりながら閑さんは言った。

 

「だからサプライズはやめておいた方が良いって言ったのに」

 

「閑さんはこうなるって分かっていたんですか?」

 

「強化リリィには副作用がつきものでしょ。鶴紗さんの精神が不安定になりやすいということさえ分かっていれば、ある程度の展開は読めるわよ」

 

「なるほど?」

 

 元々私はバレンタインの日に鶴紗さんにサプライズを仕掛けようと一柳隊のみんなを巻き込んで計画していたのだが、それがかえって彼女の負担になってしまったようだ。鶴紗さんの赤く腫れた目元を見るだけでもそれが分かる。今回のことは反省して次に活かすことにしよう。

 

 それにしても閑さんはやっぱり凄いリリィだ。リリィとして私自身が成長したからこそ良く分かる。断片的な情報だけで今の状況を導き出せるとは。私も一柳隊のリーダーとしてさらに頑張らないと。

 

「梨璃さん、彼女のことが大切ならきちんと見ておいてあげないと駄目よ」

 

「あはは、そうですね。今回のことで身に染みました」

 

 鶴紗さんの不安は私が想像していたものよりもきっと大きくて、彼女の話を聞いたあとでも全てを理解できたとは言えないのかもしれない。だから。

 

「これからはもっと、もっと言葉と行動を尽くしていくつもりなので大丈夫です!」

 

「それは・・・・・・彼女が大変そうね」

 

「?」

 

 私の積極さが全然足りていなかったために鶴紗さんには辛い思いをさせてしまった。だから今後は今以上に進んでどんどん鶴紗さんと関わっていくことにしよう。そう思って口に出したのだが、閑さんの反応は嫌に歯切れが悪かった。何かまた変なことを言ってしまったのだろうか。

 

 そんな考えが一瞬浮かんだが、鶴紗さんのかわいい寝顔を見ているとそれも霧散した。今はこの猫みたいに愛らしくて寂しがり屋な彼女の寝姿を堪能することにしよう。そうしよう。

 

 そうして迎えた翌日のバレンタイン、いつも以上にぐいぐいと迫ってくる梨璃とたじたじな様子の鶴紗の姿が写った写真がちゃっかり週間リリィ新聞の一面を飾っていたとかなんとか。

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