とある学院のシュッツエンゲルとシルトとその周辺   作:癒月るな

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4月2日は閑さんの誕生日!

えーっと、その、昨日にはできてましたとだけ。


幻想では止まれない(閑×梨璃)

 今日4月2日は私、伊東閑(いとうしず)の誕生日だ。

 

 私がこの世に生を受け、日本の大財閥の1つである伊東家の娘となった日。一般的に誕生日とは世界に生まれた落ちた日を祝福するものではあるが、私にしてみれば日常と大して変わりはなかった。講義が返上されるわけでもなければ、ヒュージとの戦闘を免除されるわけでもないのだから。

 

 ただ今年は少しばかり(おもむ)きが違う。ルームメイトの彼女、一柳梨璃(ひとつやなぎりり)がいるためだ。明確に異なる部分を挙げるとすればその一点だけ。そう言い切れるくらいに彼女の存在は私自身に大きな影響を与えていた。

 

 開け放たれた窓からはどこか肌寒い春風が入り込んできていた。常ならば(わずら)わしく感じる外気も、寝起き特有の気怠(けだる)さも、彼女が祝ってくれることを思えば楽になったように感じるのだから我ながら単純なものだ。

 

 今は梨璃さんが使用している二段ベッドの下の階に2人で腰掛けている。いつもより早く目が覚めたのは彼女も同じだったみたいで、平日にもかかわらずこうしてゆったりと過ごせるくらいには時間的余裕があった。

 

「閑さんって紅茶が好みでしたよね? いっつも紅茶を飲んでましたし、大分前のお茶会でも好きだって言ってたのでお姉様と2人で選んできたんですっ」

 

「ありがとう梨璃さん。でも私への誕生日プレゼントなのに夢結様同伴で選ぶだなんて、あなたも悪い人ね」

 

「ええっ!?」

 

「ふふ、冗談よ」

 

 ずきりっ。彼女の一言に何かが(きし)む音がする。

 

 いつもなら真っ先に確かめるはずの茶葉の銘柄すら視界に入らないほどの痛み。それを抑えながら軽口を叩く。

 

「今日は閑さんの誕生日なんですから、私に叶えられることならなんでも叶えますよ!」

 

「そう。なんでも。なんでも、ね」

 

「あっ。もちろん“私にできる範囲で”、ですからね?」

 

「分かっているから大丈夫よ」

 

 にこにことしている彼女は知らないのだろう。私が彼女にどんな感情を抱いているかなんて。彼女と出会って私がどれだけ変わったのかなんて。

 

 舌の上で彼女の言葉を転がしながら考える。友人としての距離感ならどこまでだったら許されるのだろうか。

 

「それなら、抱きしめてもいいかしら?」

 

「へ?」

 

 彼女の返答を待たずに優しく抱擁(ほうよう)をする。直前の思考とは真逆の大胆な行動。こんなの、本当なら友人相手にやることではないのかもしれない。けれども私の存在をわずかにでも彼女に刻み込めればという思いが私を駆り立てた。

 

「あの、閑さん? これはいったい」

 

「なんだか人肌が恋しくなったの。ダメだった?」

 

「ダメじゃ、ないです」

 

「なら問題ないわね」

 

 パジャマ越しに感じる彼女の温もり。たったそれだけのことなのに心がぽかぽかとして、仄かな匂いに安らぎさえ覚えて。

 

「閑さん、大丈夫ですか? ずっと固まってましたけど」

 

「なんでもないわ、なんでも」

 

「? 変な閑さん」

 

「あなたにだけは言われたくないわね」

 

「ひどいっ」

 

 私が彼女のことを好きなのは私自身がよく知っている。だけど勝ち目なんてあるわけもなくて。彼女のシュッツエンゲルである白井夢結(しらいゆゆ)様は作戦行動30戦無敗を成し遂げた伝説的レギオン初代アールヴヘイムでヒュージとの戦闘で1番危険な役割であるAZ(アタッキングゾーン)を立派に勤め上げたお方。

 

 美鈴様との別離もあり荒れていた時期もあったが、今でもその実力に(かげ)りはなく。そんな人に猛アタックしてシルトとなり、夢結様の心をも癒やした彼女に告白したところで結果なんて見えている。それくらい誰から見てもお似合いの2人だから。

 

 ファンタズムなしで疑似的な未来予知を可能とする幻想論を提唱するほどに明晰(めいせき)な頭脳は冷静に私と梨璃さんが結ばれない(私では夢結様に勝てない)という結論を弾き出してしまった。自身の想いの強さとは裏腹に、なんとも呆気なく。

 

「もう大丈夫よ」

 

「えっと、まだ時間はありますけど」

 

「いいの、もういいから」

 

 抱き締めていた両腕を緩め、梨璃さんからゆっくりと離れていく。

 

 これで終わり。私の中での区切りはついた。これからは一友人として彼女のことを見守っていくことにしよう。先ほどよりも明らかに強くなった胸の痛みをあえて無視して伸びをする。今日は朝から実技だ。早めに身体をほぐしておいた方が良いかもしれない。

 

 

 彼女が梨璃に押し倒されるまであと5秒。

 

 

「ーーきゃ!?」

 

 背後からの予期せぬ衝撃。成す術もなくベッドに押し倒される。未だ野鳥のさえずりが聞こえている頃。この部屋には私と彼女だけ。

 

「梨璃、さん? 急にどうしたの?」

 

「今日は閑さんの誕生日なんですよ?」

 

「自分のことなんだから、それくらい分かってるけど」

 

「いいえ、閑さんは何も分かっていません」

 

「さっきも言いましたけど、今日はあなたが望むことを“なんでも叶えたいんです”」

 

「閑さんは、どうしたいんですか?」

 

「っ!?」

 

 桜を想起させるような()き通った笑み。

 

 なるほど、こちらの考えなどすべてお見通しというわけか。それにどうやら私の計算も間違っていたようだ。彼女の想いを計算式に入れていなかっただなんて。これで「氷帝」だなんて傑作だ。だけど不思議と悪い気分ではなかった。

 

「きっと、後悔するわよ」

 

「後悔なんてしませんよ。閑さんのことはよく分かっていますからっ」

 

「これでも私、結構面倒な女だし」

 

「面倒さで言ったらわたしも負けてませんっ」

 

「家のことで迷惑をかけるかもしれない」

 

「そういうのは一柳隊で慣れっこですしっ!」

 

「そう。ならーー」

 

 かくして、春を告げる桜によって氷は溶かされた。

 

 外から吹き込む陽気は彼女たちを祝福するように暖かかく、小鳥のさえずりが続々と祝砲のように聞こえてきていた。

 

 

 

 

 

 

 

「閑さんっ!」

 

「“梨璃”。毎回抱きつくのは勘弁(かんべん)してもらえないかしら?」

 

「えー、閑さんは私に抱きつかれるのは嫌いですか?」

 

「好きに決まっているわよ。けど、それとこれとは」

 

「なら良いですよねっ!」

 

「・・・・・・はあ、何を言っても無駄みたいね」

 

「えへへ。閑さんの顔が毎回真っ赤になるのがかわいくて、ついついやっちゃうんですよねっ」

 

「!?・・・・・・気のせいだと思うけど」

 

「えー?」

 

「っ、しょうがないじゃない。好きなんだから」

 

「はいっ、私も大好きです!」

 

「それは知ってるわ」

 

「いいえ! 閑さんが思ってる以上に私は閑さんのこと大好きなんですよっ!」

 

「そう。そのことも承知しているけどね」

 

「ええ!? もう少しわたしのありがたみを感じてくれても良いんじゃないですかー?」

 

「ふふ、梨璃さんったら。ずっと一緒にいるんだから、()(がた)さを感じる暇なんてあるわけないでしょう?」

 

「! それもそうですね!」

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