とある学院のシュッツエンゲルとシルトとその周辺 作:癒月るな
追記。
この作品を投稿してから数日後に公式でアップされた柳都奪還戦の第3話にて高須賀月詩から渡邉茜への口調が丁寧語で描かれていましたが、今作においては高須賀月詩の話し方や心情描写を変更していません。今後ふたりの物語を書き出す際には柳都奪還戦等の口調を参考に作成していきますので、その点については予めご了承ください。
「・・・・・・」
少しばかり散らかった室内。リラックスチェアに腰かけ真剣な表情で黙々と書物を読み込んでいる少女の名前は
頭から生えたハート型のフォルムを描いた特徴的な毛と、持ち前の茶髪を気持ち小さめのボリュームで左サイドアップにまとめた彼女は、百合ヶ丘女学院高等部の1年生ながら今なお伝説とされる初代の名を正式に受け継いだ外征旗艦レギオン、2代目アールヴヘイムにヘッドライナーとして所属する百合ヶ丘きっての実力の持ち主だ。
そんな彼女が今まさに瞳を輝かせて夢中になるほど読み浸っているのはホラー小説だ。ただの小説と見紛うなかれ。ホラー小説。そう、ホラーである。怪談や奇譚の類いに目のない月詩は“今年1番のホラー”と界隈で名を馳せている作品を何度も読み返していた。
「ふへ、やっぱり面白いなあ」
雰囲気を演出するためかカーテンを閉め切って、暗がりでも字を追える程度の最低限の明かりを
にたにたとした相好を無防備に
果たしてそこには月詩のシュッツエンゲルである
「うっ、まぶし」
長時間本を読み続けて暗所に目が慣れていたからか、あうあうと言葉にならない声を発すしかない月詩。彼女の目が急激に増えた光に慣れるのを茜は律儀に待ってから話を始めた。
「月詩ちゃん、何度も言ってるけど電気はきちんとつけてね? 私の心臓に悪いから」
「はーい! 分かった!」
「本当に分かってる?」
「もちろんだよ、あかねぇ! それで用事はもういいの?」
「ええ、依奈さんから聞きたい話は聞けたから」
「ふーん。それでどうだったの、千香瑠様の方は?」
「フラれたそうよ・・・・・・でも、悪くない表情だった。彼女は彼女なりの道を歩んでいるんだって分かったからかもしれないわね」
「そっか♪」
「随分と嬉しそうね?」
「うん! だって千香瑠様もわたしたちみたいに最高の仲間に巡り会えたってことでしょ?」
「ふふ、確かにそうかもね」
先日、アールヴヘイムと一柳隊、ヘルヴォルによるガーデン間の合同訓練がエレンスゲ女学園で行われた。一柳隊とヘルヴォルは全員参加。何かと多忙なうちからは天葉様と依奈様を。そこに百由様まで加えてのなんとも贅沢な布陣だ。親ゲヘナ派のガーデン相手には手厚過ぎるほどの待遇である。
至極当然のことながら反ゲヘナ派の百合ヶ丘が何の思惑もなく
1年前に起きた御台場迎撃戦にて第3部隊の隊長を見事務め上げた依奈に、副隊長として隊の中核を担っていた茜。彼女たちにとって同部隊に所属していた隊員は全員が死地を共にした戦友であり、レギオンメンバーほどではないにせよ特別な絆で結ばれていた。彼女たち第3部隊は主に世界的名門ガーデンの百合ヶ丘と、総合的に見るとトップガーデンに一歩劣るもののそれを感じさえないほどの武勇を誇る御台場女学校のリリィたちで構成されていた。エリートもエリートの集まりと言っていいだろう。
そのこともあってか
それに対して千香瑠はエレンスゲで正当な評価を得られず序列は84位と下位も下位。御台場迎撃戦後は彼女の
だが彼女の怒りも当然のことだろう。第3部隊での部下だったという理由からだけではない。御台場迎撃戦において千香瑠は依奈の手腕によってリリィとしての才能を飛躍的に開花させたと言ってもいい。であるにもかかわらず自分が目をかけた相手が不当に扱われ本来の実力を発揮できずにいる状況は彼女にとって業腹以外の何物でもなかったであろうことは想像に難くない。
そんなこんなでこの
「あ、そういえば月詩ちゃん。お菓子があるんだけど、一緒にどうかしら?」
「──っ! 食べる!」
「ならちょっと待っててね。お茶の用意もあるから」
「うん!」
あかねぇの言葉で読書タイムは本格的な終了を迎えた。ついさっきまで使っていた薄手の毛布を近くのスペースにぽいっと投げ捨てささっと立ち上がり軽く身体をほぐす。それから手に持っていた本を閉じて書棚に戻した。この間あえて栞は挟まない。何回も読んだから大体の内容は把握しているし、挟んでも挟んだこと自体を忘れてしまう時があるからだ。
いっちゃんは『そんなことやらかすのは月詩くらいよ』と言っていたが、栞を挟んだかどうか忘れる人くらいわたしの他にも絶対にいるし、頭を回すことが得意な彼女にしては失言だと思う。きちんとした論拠もなしにさも自分の意見が多数派といった体で語らないでほしい。そういった抗議の意味も込めて『データ量が足りないから出直してきてね!』と笑顔で返したら即座に手刀を叩き込まれた。いっちゃんは怒りっぽいところが玉に瑕なんだよね。
ま、いいか。どうでもいいことは忘れよ忘れよー。よし、今回はちゃんと本棚に本を収納できた! わたしってば偉い!
自身の目覚ましいほどの成長速度にぴょんぴょん飛び跳ね喜んでいると果物の匂いが漂ってきた。すんすんと鼻を鳴らす。どうやら紅茶ができたみたいだ。小走りで室内をぱたぱたと移動してテーブルに到着。椅子を引いて座り込む。あとは鼻歌を歌いながらあかねぇとのティータイムを待つだけ。
「〜〜♪」
卓上にはアンティーク調のティーセットといくつかの焼き菓子が気品のある洋皿に盛られていた。貝殻の形をしたマドレーヌにタルトを一口で食べられるサイズにしたタルトレット、黄色に緑に紫にとカラフルな色合いのマカロンなどなど。
「ふわぁぁ……おっいしい〜!!」
「そんなに美味しかったの? いつもと同じ茶葉のはずだけど」
「うん! こうやってふたりっきりで落ち着けるのも久しぶりだし。それにやっぱりわたし、あかねぇの淹れてくれた紅茶が大好きだもん」
「ふふ、そうなの」
「そうなの!」
「ラッシーよりも?」
「そこは断然ラッシーかな!」
「わたしの紅茶では物足りないってことかしら?」
「うっ、そういう意味じゃなくって……あ、そうだ! あかねぇがラッシーを作ってくれたら万事解決!」
「あらあら、月詩ちゃんは作らないのね」
「だってわたしは食事係だし」
くすくすとふたりで笑い合う。命の危険と日々隣り合わせのリリィ。その中でもトップに君臨する格付けSSSのレギオンのメンバーともなれば死を覚悟した経験も一度や二度ではない。だからこそ月詩は義姉である茜との大切な時間や仲間との何気ない日常をこそ尊んでいた。
自分が正しいと思ったら、その考えが間違っていたとしても突き進んでいく。その結果周りに迷惑をかけることも多々あるがそれでも、彼女の性質は善良だった。月詩をよく知る仲間や友人はそのことを真に理解しているからこそ、彼女がどれだけ問題行動を起こしても笑顔で、あるいは文句を垂れながらも進んで事態の収拾に乗り出す。それは彼女自身の人徳もあってのことかもしれないが。
紅茶も飲んだし、次はお菓子〜っと。どれにしようかと
「アールヴヘイムカラー!?」
「ええ、たまにはこういった趣向もいいでしょう?」
「最っ高!」
「というかちょっと待ってすっごい!? 亜羅椰ピンクにいっちゃんグリーンに樟美ホワイトまである!!」
「もちろん全員分のイメージカラーを用意してあるわよ」
気づいてしまえば一目瞭然。不規則に見えたマカロンの色彩はそのままレギオンメンバーたちを表す記号だったのだ。きらきらと目を輝かせマカロンひとつひとつをじっくりと見ていく。これは天葉様、これは若菜様、これはあかねぇ!・・・・・・──ちゃんと全員集合してるねっ。
「ほんと食べるのがもったいないくらい! あとでみんなに見せに行こっ?」
「そう言ってくれると嬉しいわ。それならいくつか被っている色もあるからその分だけ食べましょうか」
「そうだね!」
「・・・・・・正直ね、少し心配だったの。気づいてもらえなかったらどうしようって。ほら、月詩ちゃんって鈍いところがあるじゃない」
「もう、あかねぇはわたしをなんだと思ってるの?」
「わたしの幼馴染で、わたしの自慢のシルトよ?」
「えへへ〜、ならいいや!」
「我が
「シンプルが1番だからね〜」
難しく考える必要はない。わたしが楽んで、それであかねぇやみんなが笑えるのなら、わたしはそれでいいから。わたしにはそれだけで充分だから。
よーし、マカロンもある程度食べたしお次は本命のマドレーヌをいただこうかな〜。お皿ごと手元に持ってきてー、ぱくっと。
「──??」
「月詩ちゃんどうしたの? 急に思案顔になって」
「・・・・・・これってあかねぇが作ったマドレーヌじゃないよね? 樟美のでもない」
「よく分かったわね、これは千香瑠さんが作ったマドレーヌよ。依奈さんたちが帰って来る時に、お土産にって直接貰ったらしいわ」
「そういうことか〜。美味しいね、これ」
「ええ、優しい味がするわね。もしかしたらわたしの作ったマドレーヌよりも美味し──」
「それはないかな!」
「ふふ、月詩ちゃんならそう言うと思ったわ」
「当然だよ。たとえ樟美のでもあかねぇのマドレーヌには勝てないもんっ」
「それはさすがにシュッツエンゲル
「わたしにはあかねぇの作ったお菓子がナンバーワンでオンリーワンなんだから仕方ないの!」
「なるほど。それなら致し方ないわね」
「うんうん!」
口にしてすぐにいつものマドレーヌとの違いを見抜いた月詩。彼女のこういう直感はたまに並外れている時があるから侮れない。この場合だと少々意味合いが変わってくるだろうが。
そこからしばらく談笑が続いた。紅茶やお茶請けをつまみながら時折漏れる笑い声。そこには疑似姉妹の心温まる光景が広がっていた。たまに騒がしくなるのはご愛嬌だ。
そんななか先ほどのやり取りを思い出した茜はちょっとした好奇心からシルトに問いかけた。
「そういえばどうして、あのマドレーヌがわたしたちの作ったものじゃないって分かったの?」
「えっと、それは・・・・・・ふたりの作ったお菓子をわたしが見分けられないはずないし、それに」
そこで彼女は言葉を切った。考えなしに行動することも多い月詩にしては珍しく、頬を染め、しおらしくこちらを見つめている。
「それにマドレーヌは──あかねぇが初めてわたしに作ってくれたお菓子だもん」
だから忘れるわけないと、彼女は恥ずかしげに、にへらとした表情で大切な宝物を扱うかのように言った。・・・・・・覚えてて、くれたんだ。あの頃は今とは違って全然料理もできなくて、お菓子もそれなりのものしか作れなかったのに。
驚きから思わず言葉を失っていると急に気恥ずかしくなったのか彼女はわたわたと
「い、今のなし! なーし!!」
「恥ずかしがらなくてもいいのに。月詩ちゃんのそういうところ好きよ」
「っ、ありがと」
「月詩ちゃんはわたしのこと好き?」
「え、も、もちろん好きだよ!?」
「だーめ、目を逸らさないの。こっちを見て」
椅子から立ち上がり正面に座る彼女の両頬に手を添えて、ゆっくりとこちらを向かせる。やはりというべきか月詩ちゃんの表情は明らかに茜色に染まっていた。わたしよりも彼女の方が茜という名前が似合っているように思えて、なんだかおかしかった。
「ほら、言って?」
「わ、わたしは、あかねぇのことが・・・・・・好き、です」
「よろしい。わたしも好きよ、月詩ちゃんのこと」
「このままだと月詩ちゃんの頭が
「えっ、あーっと、この前聞いた話なんだけど。いっちゃんが依奈様に──」
今日もあかねぇに翻弄されながら1日が終わっていく。いつもはここまでじゃないんだけどね。ちょっと今日は刺激が強過ぎた気がする。温くなった紅茶に口を付けて心を落ち着かせながら思考を巡らせる。最近一緒に居られなかったし、口にはしないだけであかねぇも寂しかったのかな。そうだと嬉しいな。
それからもあかねぇとの会話を続けていると素敵な考えが浮かんできた。もしかしたら今頃、千香瑠様たちもマドレーヌをお茶請けにお茶でもしてるのかも。そう考えるだけでまた笑顔の花が咲いた。