とある学院のシュッツエンゲルとシルトとその周辺   作:癒月るな

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前回のバレンタインゆゆりりの続きです。

一柳隊も全員出るよ。


ゆゆりりで送るホワイトデー

 2月14日のバレンタインデー。白井夢結(しらいゆゆ)一柳梨璃(ひとつやなぎりり)はすったもんだの末に2人でチョコレートを作った。それから1か月弱、お返しの季節がもう目前に(せま)っていた。

 

 

「梅、相談があるのだけれど。バレンタインの日に私が梨璃と一緒にチョコを作ったことを覚えてる?」

 

 恒例のカフェでお気に入りの紅茶を片手に、夢結は吉村(よしむら)Thi(てぃー)(まい)に切り出した。素っ気のない風を装ってはいるが、手に持ったティーカップが小刻みに振動している。顔も漏れなく横に()れていた。梅はそれに気づきつつも、いつものことだとスルーして。

 

「もちろん覚えてるゾ! 梨璃と二水が興奮気味に周りに話してたしな」

 

「まったく、あの子たちは本当に」

 

「まあまあそう言うなって。それでホワイトデーのプレゼントを考えてるってところか?」

 

「っ、良くわかったわね」

 

「いや、誰でも分かると思うゾ」

 

 これで分からない人は相当な鈍感か話を聞いていない者かのどちらかくらいではないだろうか。

 

「それならバレンタインチョコを共同で作った場合のお返しはどうすれば良いか分かるかしら」

 

「うーん、お返しはするべきじゃないか? 梨璃ならホワイトデーにもお返しは持ってくるだろうし」

 

「やっぱりそうよね」

 

「それに夢結とのことで梨璃が頑張らなかったことは一度もないしな」

 

 彼女は笑ってそう言い切った。あの子が私のためにいつも一生懸命に頑張っているということにはこれ以上ないほど納得できる。それだけの功績をあの子は積んできたのだから。しかしその一方で、私はシルトの献身にしっかり応えられているのかと疑問に思うこともある。

 

 ──だからこそ証明することにしよう、今年のホワイトデーで。私こそが最もあの子のシュッツエンゲルに相応しいのだと。

 

 

§

 

 

「夢結様、考え直してください! ラムネ飲料とラムネチョコは全然違いますよ!?」

 

「ならどうしろと!!」

 

 かっこ良さげなモノローグを決めたはずの我らが夢結様は怨敵(おんてき)のヒュージと会敵したがごとき剣幕で後輩に詰め寄っていた。もはやルナティックトランサーが発動しているのではと勘繰られるレベルの癇癪(かんしゃく)であった。

 

 その原因は「いや、ラムネ飲料ならともかくラムネチョコはないじゃろ」という通りすがりのミリアムのド正論がクリティカルヒットしたことからである。そこは梨璃の誕生日の時みたいに『だが夢結様の用意したものなら梨璃はなんだって喜ぶと思うぞい』って言ってほしかった。真島百由とのシュッツエンゲルの誓いが彼女の乙女心を複雑に変えてしまったのかもしれない。

 

 頼みの(つな)の梅は今日も今日とて百合ヶ丘駅周辺地区の猫という猫をコンプするという、もふもふの使命を自前のアホ毛から受信した(あまね)く猫の守護者安藤鶴紗(あんどうたづさ)によって駆り出されている。

 

 そんなこんなで荒ぶる夢結様。事情を知らない周囲のリリィたちから物珍しげに遠巻きにして見られている様子も合わさって、動物園のライオンが脱走でもしたかのような様相を呈していた。

 

 かくの如き修羅ってる夢結様と見事エンカウントしてしまった郭神琳(くぉしぇんりん)は、ホワイトデーのお返しにラムネチョコという斜め下に尖ったセンスを発揮してしまっている彼女をなんとかして止めようと必死に言葉で訴えかけていた。けれども残念ながら状況は(かんば)しくないようだ。

 

「私を止めたいのであれば代案を示しなさい。それができないのならお退()きなさい」

 

 この女覚悟完了してやがる。ゴゴゴゴゴという謎の地鳴りが彼女を中心とした空間に響き渡っている。これには相対している神琳も思わず(ひる)んでしまう。今下手なことを言ったら殺されそうな気がするんですが。しかしそれでも梨璃が関わらなければ素直に尊敬できる偉大な先輩、そんな彼女に力を貸したいという純粋な思いが神琳を突き動かした。

 

 特型ヒュージと相対した時のように頭を高速で回転させる神琳。日常生活のなかでここまで頭を使ったのは雨嘉さんといる時以外では初めてかもしれないなどと現実逃避気味に考えつつも。しかして彼女は良案を思いついたのだった!

 

「そうですね。ラムネチョコと一緒に、何か、小物でも渡してみるのはどうでしょうか」

 

「っ。なるほど、小物ね」

 

 後輩からの命懸けの忠言に鬼神のごとき紅きオーラを霧散させた夢結はそうそうに思案に(ふけ)ける。目の前で見事パーフェクトコミュニケーション判定を決めて首の皮一枚繋がった神琳渾身のガッツポーズと一部始終を見守っていたリリィたちの拍手喝采にすらも気づかないほどの集中力である。

 

 どうやら神琳はホワイトデーにラムネチョコはないじゃろ問題については既に諦めているらしい。今では「小物が良ければ良いんですよ」と先ほどの奇行など微塵(みじん)も感じさせない澄ました顔で振る舞っている。が、やはりと言うべきか遠い目をしている。

 

 ラムネチョコと小物か。確かに良いアイデアかもしれない。プレゼントした品のどちらかが好みに合わなかったとしてもリカバリーが効くでしょうし。だか、だかしかし。小物といっても何を送れば良いのだろうか。普段使いができるようなハンカチか、ポーチか、はたまた装飾品か・・・。

 

「・・・・・・分からない、私には分からないわ」

 

「夢結様!? 大丈夫ですか夢結様──!!?」

 

 その日夢結は髪ごと真っ白に燃え尽きたのだった。ラムネチョコに(なぞ)に絶大な信頼を寄せている時点でお察しである。

 

 

§

 

 

 そして時は過ぎ、ついにホワイトデー当日。

 

 一柳隊の控室にはいつものメンバーが集まっていた。人数分のティーカップに所狭しと並べられたお菓子の数々。これらを見るにホワイトデーに持ち寄った品々でお茶会を開いているらしい。

 

「神琳さん。これ、とっても美味しいです!」

 

「ほう、これはなかなかのもんじゃの」

 

「・・・・・・美味い」

 

「確かに美味しいですわね」

 

「生き返りますぅ」

 

「味もそうだけれど、香りも良いわ」

 

「夢結の好きな紅茶にも似てるしな」

 

「やっぱり美味しいね、神琳」

 

「あら、みなさんのお口にあったようで何よりです」

 

 神琳さんの故郷である台北(たいぺい)市、ひいては台湾はヒュージにより壊滅している。そのため台湾茶葉は元々少なかった生産量がさらに少なくなって、現在では非常に希少となっているらしい。それを今回なんと、神琳さんが伝手を辿(たど)っていくつか持ってきてくれたのだ。

 

 今は神琳さんが淹れてくれた台湾茶の1つ、東方美人茶に舌鼓(したつづみ)を打っていたところである。

 

「最後は楓さんだね!」

 

「はい! 何を持ってきたのか要チェックですね!」

 

「お手並み拝見といきましょうか」

 

雨嘉(ゆーじあ)さん、少し下がっていましょうか」

 

「そうだね神琳」

 

「どうせ(ろく)なものではないぞい」

 

「梅様、何かあったら頼みます」

 

「了解だゾ」

 

「ふふふ、梨璃さんのために(わたくし)が持ってきたのはこれですわ!」

 

 自信満々といった表情でそう言った(かえで)J(じょあん)・ヌーベルが明らかに普通ではないアタッシュケースから取り出したるチョコレート。だが、もちろん凡百のチョコではない。

 

「これは!?」

 

「「「「「「「「CHARM(チャーム)!?」」」」」」」」

 

「そう! 名付けて“CHARMチョコ”ですわ!」

 

 アタッシュケースの中には手に収まるほどの大きさのCHARM型チョコレートが9つ入っていた。そのどれもが遠目から見ても精巧さが光る逸品だ。

 

「っ・・・・・・すごいです、すごすぎます! 決戦兵器をチョコにするだなんて発想は盲点でした!」

 

「これ、全員分あるぞ」

 

「ほんとだ、アステリオンもある」

 

「私の媽祖聖札(マソレリック)もありますね」

 

「わー! すごいです楓さん!」

 

「ほー、小さいのに随分と細部まで(こだわ)っとるのお」

 

「・・・・・・負けた、負けたわ楓さん」

 

「夢結、ラムネチョコで勝てるなんて本気で思ってたのか?」

 

「さすがに皆さんが愛用しているCHARMだけしか用意はできませんでしたが、それでもなかなかのものでしょう?」

 

 お披露目を終えた楓は一柳隊の面々に得意気に語った。これには一同頷くしかない。恐る恐るびっくり箱を開けてみたら芸術品が入っていた時のような衝撃を全員が受けていたからだ。この瞬間、楓以外の一柳隊の思考は一致していた。今日の楓は頼りになる方の楓だと。

 

「お返しには私自身を渡そうかとも思っていたのですが。私、そこまで安い女ではないので今回は見送ることにしましたの」

 

「永遠に見送っておると良いぞい」

 

「そこで躊躇(ためら)うから楓さんは楓さん(笑)なんですよ」

 

「お黙りっ、ちびっ子1号2号!」

 

「でも楓のことだから等身大チョコでも作ってくるかと思ってたゾ」

 

「確かに楓さんならやりかねませんね」

 

「しぇ、神琳。さすがにその信頼感はどうかと思うよ?」

 

「楓は楓だからしょうがないでしょ」

 

「実際、バレンタインに大量の薔薇(ばら)を梨璃に送った前科があるものね」

 

「さすがの梨璃も顔を引き()らせてたからな」

 

「しかも夢結様との逢瀬(おうせ)の直後に、ですからね」

 

「ええ、もう少し空気を読んでほしかったわね」

 

「で、でも、そのあとにみんなでやったチョコ交換会は楽しかったですから!」

 

「無理にフォローに回らなくて良いよ、梨璃」

 

「じゃが梨璃の顔を見て思うところがあったから、今回はCHARM(チャーム)型のチョコにしたんじゃろ」

 

「ええ、ええ。バレンタインに関しては皆さんの言う通りですわね。さすがの私も薔薇を送った直後の梨璃さんの表情を見て、選択肢を間違えたなとは思っておりましたの」

 

 そう。バレンタインの日、夢結との共同作業生チョコを作るという夢のような時間を終えた梨璃の前に現れた楓。山ほどの、それはもう大量の薔薇を台車に載せてやってきた彼女の話を聞くに、どうやらこれがバレンタインチョコの代わりらしい。

 

 自分が3部屋ぶち抜いた豪華絢爛(ごうかけんらん)な1人部屋であるために、寮が本来相部屋であることを失念しているとしか思えない彼女のプレゼント。それを見た梨璃の表情筋はたちまち行動を停止した。

 

 楓さんからもらった薔薇の数々を死んだ目で部屋に持って帰った時のルームメイトの(しず)さんの顔といったらもう、それはそれは筆舌(ひつぜつ)に尽くし難いものがあった。・・・・・・バレンタインの日は本当に迷惑ばかりかけてすいませんでした閑さん。

 

 その後に一柳隊のみんなでお菓子を持ち寄り集まってパーティーをした。持ち寄ったといっても、今日とは違い事前に控室にある備え付けの冷蔵庫に仕舞っておいたお菓子を取り出しただけなのだが。この催しによって、梨璃はなんとか気持ちを持ち直したのだった。

 

「で・す・か・ら。今回はささやかながら梨璃さんの愛用しているグングニルのCHARMをチョコにして渡すことにしたのです」

 

「さすがはグランギニョルの社長令嬢! 考えることが違いますぅ」

 

「非リリィの方でも、欲しがる人は多いのではないでしょうか?」

 

「本物のCHARMは億単位は当たり前じゃからのう」

 

「ですわね。それにCHARMを抱いて眠っている梨璃さんであれば大きく外れることはないでしょうし」

 

「? 楓さんにそのこと話してましたっけ?」

 

「え?」

 

「え?」

 

「「え?」」

 

『・・・・・・』

 

 嫌な間が生まれた。室内が一気に沈黙で満たされる。一柳隊の全員から一斉に(そそ)がれる視線。楓の頬を汗が伝った。

 

「・・・・・・これは」

 

「審議じゃな」

 

「楓、いくらなんでも(かば)いきれないゾ」

 

「さっきの感動を返してほしいんですが」

 

「楓さん、そこまで()ちていたなんて」

 

「しょうがないよ、楓だし」

 

「雨嘉さん、さっきと言ってること真逆になっていますよ。気持ちは皆さん同じでしょうけど」

 

「み、みなさん!? ここ、これは違うんです、きっと何かの手違いがあったに違いありません! 私と梨璃さんの仲を引き裂こうとする暗部の陰謀ですわ!!」

 

 当然のように楓の妄言に耳を貸すものはおらず。楓が持ってきたCHARMチョコを各自で回収してから撤収の流れとなった。

 

「続きは署で聞くからなー。夢結、こっちは大丈夫だから梨璃と一緒にホワイトデー楽しんでこい」

 

「そうね、そうしましょうか」

 

「なら私も手伝います、梅様」

 

「スクープの予感がするので私も」

 

「わしは百由様にバレンタインのお返しを(もら)いに行くとするかのう」

 

「雨嘉さん、私たちは寮に帰ってイノチ感じることにしましょうか」

 

「う、うん? えっと、神琳?」

 

「神琳、本音と建前が逆になってるゾ」

 

「雨嘉、絶対意味分かってないだろ」

 

「いや、あれは無知を装っておるだけじゃろ」

 

「これはイノチ感じますねえ。こちらも撮らなければいけないようです」

 

「二水さん。もし私たちに着いてくるのならーーもちろん、それ相応のご覚悟はできていますよね?」

 

 日頃から二水(ふみ)を“ふーみんさん”と呼んでいる神琳がにこやかに『二水さん』と呼んだ。威圧系のサブスキルにでも覚醒しているのではないかと疑ってしまうほどのプレッシャー。この女も目立ってはいないだけでガチである。

 

「はわわ」

 

「神琳も大概だな」

 

「それを言い出したら一柳隊のほとんど全員が当て嵌まると思うゾ」

 

「二水ちゃん大丈夫!? 今スタンプみたいな顔になってるよ!?」

 

 より具体的に言うのであれば、通信が切れたり敵が強かったりと想定外の状況に(おちい)った時によく使われるスタンプのような顔になっている。二水ちゃんがはわはわしている間に神琳さんと雨嘉さんはいなくなっていた。言葉通りイノチを感じに寮に戻っていったようだ。

 

「梨璃、私たちも行きましょうか」

 

「え、あ、っはい!」

 

 そうしてホワイトデーのチョコレートパーティーと称した一柳隊のお茶会は幕を閉じた。去り際に「私は無実です。悪いのはすべてゲヘナなんですわーー!!!」という楓さんの叫び声が聞こえてきたような気がしたが、恐らく幻聴だろう。

 

 

§

 

 

 CHARMメーカーのなかでもトップに君臨している「CHARMメイカーズ」の1つとして数えられているグラン・ギニョル社が自社のCHARM製造技術の粋を集めて開発した“CHARMチョコ”。

 

 そのクオリティーの高さと本物のCHARMと違って庶民でも手が届く安価な値段から世界中で人気を博し、後にグラン・ギニョル社の2〜3月の売上高がその月のCHARMの売上高と()るほどに巨大な市場へと成長していくのだが、それはまた別のお話。

 

 余談ではあるが、楓は早い段階から抜け目なく各国で「CHARMチョコ」のデザインの意匠権申請を行なっている。さすがは「百合ヶ丘の至宝」と(たた)えられる楓・J・ヌーベル。こうして彼女はまたひとつ、新たなる伝説を打ち立てた。その有能さを本命に対して遺憾なく発揮できればもう少し勝ち目があっただろうに。

 

 

§

 

 

 まだまだ昼下がりといった時間帯。室内は窓から差し込む柔らかな光で満たされていた。ここは旧宿舎にある夢結の部屋。そのベットの上で彼女たちは(くつろ)いでいた。

 

「お姉様、電気はつけないんですか?」

 

「今日はいつもより日が入ってきているし、どうせなら自然の光を浴びた方が健康的でしょう?」

 

「っ! はい、その通りだと思います」

 

「ふふ」

 

「えへへ。でもなんだか新鮮ですね」

 

「そうね。あまりないものね、私の部屋で2人きりだなんて」

 

 彼女の発言通り2人だけしか存在しない空間。同居人の秦祀(はたまつり)に夢結が前もって相談したところ、『なら当日は空けておくから』と気を利かせてくれたのだ。不確定要素の楓さんや二水さんもセットで消えてくれたし、これで横やりが入ることもないだろう。

 

「そういえば梨璃」

 

「なんですかお姉様?」

 

「さっきのお茶会はどうだったかしら」

 

「か、楓さんのことですか?」

 

「いえ、そうではないわ。今日のお茶会は楽しめたかどうかを聞きたかったの」

 

「はいっ。それはもう!」

 

「そう。なら良かったわ」

 

「私が作ったブラウニーもみんなに好評でしたし、二水ちゃんが持ってきた駄菓子の詰め合わせもなんだか懐かしくて、ミリアムさんが作ってきたドイツのクリスマスの定番だっていうレープクーヘンでしたっけ? あのクッキーも美味しかったです!」

 

「みんな見事に違うお菓子や茶葉を持ってきていたものね」

 

「ですよね! 食べたことのないものもいっぱいありましたし」

 

「ええ。一柳隊は海外から留学してきたメンバーも多いから余計にそう感じたのかもね」

 

「それにそれに! お姉様がホワイトデーのお返しにラムネチョコを使った悪戯(いたずら)をするだなんて思ってもみませんでしたしっ」

 

「・・・・・・そそそ、そうね」

 

「? お姉様?」

 

「大丈夫よ。ただ今日は食べてばかりだったということに気がついただけだから」

 

「あ、そうですね。カロリーを消費するために明日からの戦闘訓練はいつもより頑張らないとっ」

 

 ラムネチョコ。そう例のアレである。当初はホワイトデーのお返しとして梨璃にラムネチョコを渡す予定ではあったのだが、神琳を始めとした一柳隊7名の尽力により、どうにか梨璃のお返しになることだけは避けられた。

 

 だがその代償として先ほども軽く触れたように一柳隊のお茶会でどう考えても個人で食べられる量ではないラムネチョコを消費することになったのだが。事情を知らない梨璃には夢結の精一杯のジョークだということにして誤魔化している。

 

 普段であれば梨璃も気づいたのだろうが、ホワイトデーというイベントに舞い上がっている今日の彼女ではどうやら違和感を見抜けなかったらしい。夢結の手元に紅茶があれば一発だっただろうが。

 

 そうして順当に梨璃へのお返しは小物だけということになった。一柳隊の皆さん、本当にお疲れ様でした。来年もまたよろしくお願いします。

 

 あれを食べた瞬間のみんなの顔を見たあとだと、梨璃にお返しとして渡さなくて良かったと心の底から思える。神琳さん、ありがとう。あの時あなたを()らなくて正解だったわ。・・・・・・やっぱりヤる気だったのか。ある意味で信頼の表れとも言えなくはないが、あれだけ頑張っていたのにこんな扱いの神琳は泣いていい。

 

 いや、それすらもダシにして雨嘉さんに(なぐさ)められて、したり顔をしている神琳も容易に想像できるので心配する必要もないのだろうか。

 

「ねえ、お姉様」

 

「なにかしら?」

 

「抱きつきたくなったので抱きついちゃいますねっ」

 

「きゃっ」

 

「すぅ〜、はぁぁあ」

 

「ちょっ、梨璃?」

 

「あぁ、お姉様の匂いがする〜」

 

「はあ。相変わらずね、私のシルトは」

 

「えへへ。お姉様ぁ」

 

 ラムネチョコを巡るあれこれを思い返していた夢結に急展開。シルトに抱きつかれたままベットに押し倒されてしまった。大好きなお姉様の胸に顔を沈めた彼女はご満悦の様子だ。

 

 そうやっていつものように(・・・・・・・)夢結の視覚が、聴覚が、嗅覚が、触覚が彼女だけで満たされる。

 

 締まりのない顔が、甘ったるい声が、最近好んで使っている桜の花の香り(フローラルノート)と彼女の匂いが入り混じった独特な芳香(ほうこう)が、むちむちとした肌の感触が。

 

「お姉様って、どうしてこんなに良い匂いがするんですか?」

 

「私にも分からないし、それを言うならあなただって良い香りがしてるわよ」

 

「ふへへぇ、お姉様に良い香りって言われた」

 

「もう何度も伝えたと思うけれど?」

 

「それでも。嬉しいものは嬉しいんですっ」

 

「ふふ。梨璃は本当に素直ね」

 

「お姉様相手だからこうなっちゃうんですよ?」

 

「そう。そうなの」

 

「そうなんです」

 

 胸から顔を上げて私の目をしっかりと見つめて笑いかけてくる彼女。それにつられて私にも笑みがこぼれた。

 

 場所なんてお構いなしに好きあらばイチャついてくる梨璃。そんな彼女は2人きりになるとさらに甘えてくる癖がある。美鈴お姉様がいた頃の私でもここまで自分を(さら)け出せてはいなかっただろう。彼女のそういった部分も含めて愛おしく思えるのは、時とともに彼女との関係がさらに深まったからなのかもしれない。

 

 少なくない月日を重ねて、彼女はもはや素人だったとは思えないほどにリリィとして成長し、また上下関係や対立関係の枠にとらわれない繋がりを築いていった。どこまでも頑張る梨璃の直向(ひたむ)きさに魅せられた人、彼女の底抜けの明るさを居心地良く感じた人、彼女の信念に感化された人、今では多くの人が彼女の周りにはいる。

 

 もうシュッツエンゲルの契りを結んだ当初の梨璃とは違う。あの頃の彼女はリリィとしてのスタートラインにも立ててはいなかった。だから私は(たる)んでいた彼女にレギオンを作れと発破をかけたのだ。挫折(ざせつ)を知ることで彼女自身が足りないものに気づいてくれると信じていたから。まあ、まさか本当にそのままレギオンを結成してしまうとは思ってもみなかったが。

 

 ともあれ。彼女がリリィとして中々の存在になった今、こうしてイチャイチャすることも(やぶさ)かではない。けれどもその前にやるべきことがまだ残っている。

 

「梨璃、今日が何の日か覚えてる?」

 

「・・・・・・あっ!? ほ、ホワイトデーです」

 

「よろしい。それなら、これから私たちがすることは?」

 

「お返し交換です、ね」

 

「今回は何事もなく持って来れたのに忘れたら駄目でしょう?」

 

「す、すいません」

 

「大丈夫よ。別に怒っているわけではないから」

 

 しゅんとした彼女も可愛いけれど、バレンタインの時のような不幸な出来事に遭遇(そうぐう)しないように朝からずっと付き添っていた身としては彼女にとって幸せな思い出を今日という日に作ってあげたいという気持ちが強い。楓さんのような言い回しをするのなら、どんな梨璃でも素敵ではあるが笑っている彼女の方が私は好きだからだ。

 

「じゃあじゃあ! どっちから先に渡します?」

 

「そうね。バレンタインは梨璃に任せっきりだったし、今回は私からにしようかしら」

 

「お姉様がどんなプレゼントを選んだのか、今から見るのが楽しみですっ」

 

 元々バレンタインにチョコを渡すという選択すらも考えつかなかった私。だが今回に限ってはとても自信がある。ラムネチョコは不評ではあったが、あれで厄を落とせたと思えば悪くはないだろう。・・・・・・きちんと落とせているわよね?

 

 夢結はベッドから一旦降りて、長机の真ん中にある2段目の引き出しから購入しておいた品を取り出す。それを少しばかり緊張した面持(おもも)ちでシルトに手渡した。

 

「はい、梨璃。これがあなたへのお返しよ」

 

「ふぁ〜! 開けても良いですか!?」

 

「ええ、もちろん」

 

 プレゼントを受け取った梨璃は律儀に包装用紙を破かないように注意しながら、慎重に包装を開けていった。

 

「これって・・・・・・水晶でできた天使!?」

 

「ふふふ。それだけじゃないわよ」

 

「え?」

 

「梨璃、窓際に置いてみなさい」

 

「わ、分かりました」

 

 その中から出てきたのは透明度の高い多角面のクリスタルで作られた天使がハートを抱いている吊るし飾りと吊るし台。

 

 部屋に置いても違和感のないくらいに愛くるしくデフォルメされた天使、水晶集めを趣味としている私のために手間隙(てまひま)かけて選んでくれたことは明白だ。それにシュッツエンゲルの守護天使ともかけているのかもしれない。いつでもお姉様が見守ってくださっているということだろうか。

 

 けれどもまだ何かあるようだ。お姉様に言われた通りに窓の近くの机に天使を吊るし台ごと置いた。すると──

 

「わぁ!」

 

「どう? すごいでしょう?」

 

「部屋のなかに、光が!?」

 

「サンキャッチャーと言ってね、太陽の光を浴びると小さな虹色の光のかけらを幾つも生み出すものなの」

 

「うわぁ。・・・・・・きれい」

 

 太陽を取り込んだサンキャッチャーを介して様々な色の光の破片(フラグメント)が部屋中に広がった。天使の吊るし飾りがゆっくりと回転するのに合わせて、それぞれの(きら)めきが意志を持ったかのように動き回っている。お姉様が明かりをつけなかったのも恐らくこれが理由なのだろう。

 

「何にするかは最後まで悩んだのだけれどね。結局梨璃の好きな四つ葉のクローバーと同じで幸運を運ぶと言われているもののなかから選んだの」

 

「〜〜っ・・・・・・お姉様!」

 

「何かしら? といってもその顔を見れば分かりきっていることではあるのだけれど、あなたの口から直接聞きたいわ」

 

「嬉しいです! お姉様にお返しを貰えるだけでも嬉しいんですけど、それがこんなに素敵なプレゼントだったらもっともっと嬉しいんです!」

 

「ふふ、それだけ喜んでもらえたのなら私も嬉しいわ。選んだ甲斐はあったみたいね」

 

「ありました! 大ありです! お姉様は本当の本当に私の大好きなお姉様ですー!」

 

 

§

 

 

 色合い豊かな光たちが寮の室内を舞台にして華麗に舞い踊り続けている。そんな幻想的な光景をバックグラウンドにできる程度には、梨璃の興奮は薄らいだようだった。

 

「落ち着いた?」

 

「あはは・・・・・・すいません、感情が抑えきれなくて」

 

「別に気にしなくて良いのよ」

 

「そうですよね。私が嬉しいとお姉様も嬉しいんですもんね?」

 

「黙秘権を行使するわ」

 

「えー! さっきは言ってくれたじゃないですかー」

 

 改めて言うとなると恥ずかしくなるのが人の(さが)。ほんのりと赤く染まった表情のお姉様は控えめに言っても、グッとくるものがあった。

 

「それで。梨璃は何を用意したのかしら?」

 

「話題()らすの下手ですよね、お姉様って」

 

「こほんっ。それで、あなたは何を用意したのかしら?」

 

「某RPGの無限ループ会話みたいですね」

 

「えっと、何かしらそれは」

 

「えっ、知らないんですか!? でしたら今度一緒にゲームやりましょう!」

 

「私はそういったものに詳しくないから足を引っ張るかもしれないけれど。それでも良いのかしら」

 

「良いに決まってます! そこまで難しくもないですし、私がお姉様と2人でやりたいんですからっ」

 

「なら次の休日はゲームをしましょうか」

 

「また予定が埋まっちゃいましたねっ」

 

「なんだかこの頃、まんまとシルトに乗せられることが増えた気がするわ」

 

「気のせいですよ、お姉様!」

 

 まさかお姉様が『いいえ』の無限ループ会話を知らないだなんて。これは色々と仕込まなければいけないようだ。私がお姉様に教えられる機会なんて滅多にないし、これは嬉しい誤算だ。

 

「さてと。予定も決まったことだし、次は梨璃がどんなプレゼントを選んだのか見せて頂戴(ちょうだい)

 

「はい、お姉様もきっと気に入ると思いますよ」

 

 そう言って彼女は玄関付近に置いてあったリボンの付いた大きめの茶色いラッピング袋を両手に抱えて持ってきた。

 

「どうぞお姉様。ちょっぴり重たいので落とさないように気をつけてくださいね」

 

「重たい? まあ、分かったわ」

 

 梨璃が持ってきた袋を受け取る。確かにそれなりの重さだ。でも、この形はどこかで。リボンの結び目を解くだけで簡単に開けられたので中からプレゼントを取り出す。

 

「カメラ?」

 

「カメラです!」

 

 かわいいシルトからのお返しは赤茶色のお洒落なカメラだった。種類としては反射ミラーを取り除くことで一般的なものより小型軽量化されているという特徴があるミラーレス一眼だろうか。確か初心者向けだったわよね。

 

 こういった知識は二水さんが定期的に私たちに対してリリィに関連する様々な事柄を熱く語っているところから来ている。カメラの知識もリリィを撮影する上で欠かせないということで情報を日々収集しているらしい。彼女はあくまでリリィオタクといった姿勢を崩さないが、あれだけの見識を持っている時点で一廉(ひとかど)の人物だと言えるだろうし、一柳隊のブレインに学ぶことは上級生の私や梅ですらも多分にあるのだから彼女の知識量には純粋に感心するしかない。

 

 それにしても、まったく梨璃ったら。私も人のことは言えないけれど、また随分と高価なものを。はて、私のシルトはどうしてお返しにカメラを選んだのか? 私も彼女もそこまで写真を撮るような人間ではないし、一柳隊で言うとそれこそ二水さんの領分ではないだろうか。

 

「えへへ、お姉様の誕生日に贈ろうかとも思ったんですけど、ソメイヨシノの開花時期が3月中旬からだって聞いて思わず買っちゃいました」

 

「っ!?・・・・・・梨璃、あなたは本当に」

 

「これで色々な場所を撮りに行きましょう。お姉様と美鈴様の行きつけだったスポットとか、結梨ちゃんと遊びに行ったところとか、見たことのない綺麗な景色だとか、一柳隊の日常だったりとかでも良いですね」

 

 梨璃は笑顔で羅列していく。彼女のキラキラと輝く瞳はまるでこれから先の私たちの未来を映し出しているかのようだった。

 

「あ! まずはこの光が舞っている様子でも撮影しましょうかっ」

 

「梨璃、あなた撮影の仕方は分かるの?」

 

「あ、えっと、分かりません」

 

「もう。相変わらずかわいいわね、私のシルトは」

 

「でも二水ちゃんに聞いてくれば!」

 

「? 折角2人きりになれたのに他の女(・・・)のところに行く気なの?」

 

「お、お姉様?」

 

「これは少々お仕置きが必要なようね・・・・・・──」

 

 

 また少し日が経つと、今年もソメイヨシノの季節がやってくる。お姉様との繋がりの象徴。私の後悔の結晶。けれどもきっと、昔のように辛い記憶が呼び起こされることはないだろう。私の隣には梨璃がいて、一柳隊の仲間がいて。あの子たちとの幸せな思い出の数々で(あふ)れているのだから。

 

 それにお姉様と過ごした時間も決して悲しいことばかりではなかった。遠き日の宝物のような日々をふとした瞬間に思い起こし、それを(さかな)に梨璃と笑い合う。

 

 こんな立派な人がいたんだってことを忘れないように。私はもう大丈夫だってことを今は亡きあの人に伝えるために。




そういえば今年のバレンタインは誰もやりませんでしたよね。ゆゆりりでラムネチョコ。「梨璃が好きなラムネに、バレンタインのチョコが合わさって最強に見える!」って考えてましたよ・・・・・・主に夢結様が。
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