とある学院のシュッツエンゲルとシルトとその周辺   作:癒月るな

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3月27日は藍ちゃんの誕生日! き、昨日予約投稿したので問題はないはず?


藍ちゃんとたい焼きと抹茶味

「らんー、まっちゃのたい焼き食べたーい」

 

 始まりはそんな一言からだった。お昼時を過ぎた頃、隊室にて数少ない休日を満喫していたヘルヴォルの面々に佐々木藍(ささきらん)の気まぐれが落とされた。

 

「いや、絶対最後まで食べれないでしょ」

 

「そんなことないもんっ」

 

「え〜? ほんとかな〜?」

 

「むー! なら恋花に見せてあげるからっ」

 

「藍ちゃん? やめた方が良いと思うわよ?」

 

「藍には、まだ早いよ」

 

「そうですね。藍ならあんこかカスタード辺りがちょうどいいと思うよ」

 

 小柄な身体に比例して子ども舌な藍を心配してか、次々と諭すような言葉が投げかけられる。甘いもの好きな彼女のことを考えての発言なのだが、どうやらこの子にはそのような意図までは伝わらなかったようだ。

 

「ぶー! 良いもんっ、らんひとりで買ってくるもんっ!」

 

 そうまくし立てた彼女は瞬時にルナティックトランサーを発動させ、慣性を無視した動きで外へと走っていった。その際にちゃっかりと、ヘルヴォルのリーダーである相澤一葉(あいざわかずは)が以前買い与えた財布も忘れずに持っていっている。藍はとっても賢いのだ。

 

「あ〜あ、行っちゃったね」

 

「どうします? 藍ちゃんが抹茶あんを食べられるとは到底思えないですけど」

 

「そうですね。ですが良い経験になるのではないでしょうか」

 

「良い、経験?」

 

「人の言うことを聞かない悪い子にはバチが当たるという話ですよ」

 

「ああ、たしかに経験してみないと分からないこともあるからね」

 

「そういうことなら、私も紅茶を飲みながら待っていようかしら」

 

 一見して小学生にしか見えない藍。ゲヘナの研究機関に長く在籍していたこともあり、世間一般の社会常識を身につけているとは言い(がた)い彼女。それでもすべての常識が欠如しているわけではなかった。買い物に行くくらいなら彼女一人でも十分にできるだろう。はじめてのおつかいの時にはヘルヴォル全員で彼女のことを見守っていたのだが、それはともかくとして。

 

「あれ、でも」

 

「? どうしたの(よう)

 

「藍さ。抹茶味食べて、発狂、しないかな?」

 

『!?』

 

 寡黙な初鹿野瑤(はつかのよう)の口から(つむ)がれる最悪の想像に和やかな空間は一瞬にして崩れ去った。藍のレアスキルである『ルナティックトランサー』は狂乱のスキルと言える代物。さらにこのスキルは希少であるがゆえに、何が原因で暴走するかも分からないのだ。

 

「たしかに!? 藍なら暴走しかねませんっ!」

 

「やばいやばいっ、市街地でとかっ、それこそ洒落(しゃれ)になんないでしょ! これ今すぐあの子のこと追いかけなきゃじゃん!?」

 

「あらあら、紅茶はまた今度みたいですね」

 

「行くなら、早くした方がいい」

 

「だよねっ! 藍はルナティックトランサー使ってたしな〜も〜!」

 

 室内で(くつろ)いでいた彼女たちは即座に立ち上がり、出かける準備のために室内を走り回った。休みの日のラフな服装から外着へと見る見るうちに着替え終わり、そこからさらに必要最低限の身支度を済ませる。この辺りの対応の速さはさすがエレンスゲの序列1位が率いるレギオンだと言えるだろう。

 

「それではみなさん、行きますよっ」

 

『了解!』

 

 

§

 

 

「まっちゃのたい焼き〜、どっこかなー」

 

 稚気に満ちた口つき。その主はもちろん、抹茶のたい焼きなるものを求めて外の世界へと飛び出した藍である。日中のそれなりに混雑している繁華街。けれども少女は人波のなかをするすると通り抜けていく。自身の体躯(たいく)を活かした体運びは見る人が見れば感嘆の声を漏らしてしまうこと間違いなしだ。

 

「えー。このお店にもないのー?」

 

「ごめんねえ、うちには白あんとつぶあんしかないんだよ」

 

「そうなんだー。おばちゃんありがとー!」

 

 ただ、それもこの場においては無用の長物だったようで。複数軒のたい焼き屋を渡り歩いてもなお、抹茶味のたい焼きを発見できていないようだ。顔馴染みの店主のおばちゃんにぺこりと一礼してから彼女は人混みにまた入り込んでいった。

 

 一葉に教えてもらった通り、親切にしてもらった人には毎回お礼を欠かさないのだ。ちゃんと言いつけを守れて偉いと自分で自分を褒め称え「むふーっ」と自慢気な藍。あとは抹茶を見つけるだけである。

 

「まっちゃー、まっちゃー。まっちゃを食べたっ、たい焼き〜♪」

 

「美味しいたい焼きだよー。カスタードに抹茶のたい焼きもあるよー!」

 

「!? あったー!」

 

「おっ! いつもの嬢ちゃんじゃねえか、今日もたい焼き買ってくかい?」

 

「うんっ! まっちゃ! まっちゃのたい焼きひとつちょーだい!」

 

「なるほどな、たい焼きの新規開拓ってところか。その意気や良し! ちょいと待ってろ、ちょうど今焼いてるからな」

 

「わーい!」

 

 ついに抹茶味のたい焼きがあるお店を探し当てた彼女。例のごとくこのたい焼き屋でもお得意様のようだ。藍は慣れた手つきで財布からたい焼き1個分のお金を取り出しておじさん店員に手渡した。

 

 ちょうど新しいたい焼きを作るところだったようで、目の前でたい焼きの焼き板に生地の種が流し込まれていく工程を藍は特等席でキラキラとした目で見つめている。そういった彼女の子どもらしい一面を店員も好ましく思っているようで、強面(こわもて)に分類される顔をほころばせながら作業を進めていく。

 

「わー! たい焼きがまっちゃ食べてるー!」

 

「嬢ちゃんは本当にたい焼きが好きだよなあ」

 

「うんっ、らんたい焼きだいすきー! ヘルヴォルのみんなもすきなんだよ!」

 

「ははっ。そうかそうか」

 

 

§

 

 

「はむ・・・はむ・・・おいしー♪」

 

 できたてほやほやのたい焼き。しかも、あちらこちらを探し回ってようやく見つけた待望の抹茶味だ。その達成感も相まって、普段食べているお菓子よりも格段に美味しく感じるのだろう。お店の近くのベンチにちょこんと座って、小さな口いっぱいにたい焼きを頬張(ほおば)る彼女はいつになく満足気な表情をしていた。

 

 その様子を目にした通行人たちは続々と足を止め、たい焼き屋に押し寄せていた。これにはたい焼き屋のおじちゃんもほくほく顔だ。佐々木藍という存在はこうして日々東京地区のたい焼き屋の経済を回しているのだ。

 

「この混雑はっ、いたよ一葉!」

 

『分かりました。今すぐそちらに向かいます!』

 

 そしてそのことをもちろん知っているのはヘルヴォルのメンバー。これといった名物のない通りに不自然に人の流れが生まれているのを目敏(めざと)く察知した恋花は、人垣(ひとがき)の合間から藍の姿を視認してから無線機越しに他のたい焼き屋へ急行していた一葉へと連絡を入れた。

 

 それから彼女はなんとか人だかりをかき分けて、彼女たちが休日を返上する要因となった後輩の下まで近づいていく。

 

「藍!」

 

「もきゅ・・・もきゅぅ? 恋花ー?」

 

「良かったー、まだ食べて・・・・・・え?」

 

 人の波を抜けた恋花は、そこで初めて気がついた。藍の手に食べかけのたい焼きがあることを。そしてそのなかから緑色の生地が(あら)わになっていることにも。

 

「藍っ! あんた、抹茶食べれたの?」

 

「うん、美味しかったよっ」

 

「へ〜、そうなんだ。はあ、良かった〜」

 

「? どうしたの恋花?」

 

「いや、なんでもないよ。あ、あたしも抹茶買おうかな」

 

「恋花にもあげるー」

 

「え、ほんと?」

 

「うんっ、恋花つかれてるみたいだしー」

 

「ならありがたく〜」

 

 瑤の気がかりから始まった捜索活動ではあったが、今回は完全に徒労だったようである。それは藍の笑顔を見れば明らかだ。

 

 なんだかこの子の身の安全を確認したと同時にどっと疲れが出てきた。今日くらいはカロリーの4文字とはおさらばしても良いかもしれないなんて考えつつ、抹茶のたい焼きを求めて長蛇(ちょうだ)の列に並ぼうとしたのだが、なんと藍がたい焼きをくれるらしい。彼女の手元にある抹茶のたい焼きばかり気を取られていたが、たしかにたい焼きの袋が彼女の横に置いてある。

 

 けれども、あの藍が誰かにお菓子を分け与えるなんて。この子ももう立派に思いやりというものを身につけたのだろうか。などと冗談抜きで親目線での感慨に浸りながら、袋のなかからたい焼きを取り出した。おっ、ラッキー。焼き立てみたいだ。そのまま彼女の座るベンチの横に腰掛ける。

 

「ていうか、藍。こんなにたい焼き買えるお金持ってたっけ?」

 

「たい焼き屋のおじちゃんがくれたのー」

 

「え、なんで?」

 

「しょうばいはんじょーしたからだってー」

 

「ああ、なるほどね〜」

 

 たい焼き屋の列に改めて目を向ける。なるほど、藍がたい焼きを食べただけで、こんなにも集客効果が見込めるのなら無料で商品を分け与えてもおかしくはないのかもしれない。

 

 現にこうやってたくさんのたい焼きを美味しそうにいただいている彼女のお陰でお客が集まってきているようだし、当人もたい焼きをもぐもぐできて上機嫌。これが利害の一致というやつか。まあ、目の前の彼女はそこまで考えていたわけではないのだろうけど。

 

 というか何気に抹茶のたい焼きは初見かもしれない。やはり甘さ控えめで少しの苦味が来るような感じだろうか。藍ほどではないがわくわくしながらたい焼きに口をつけて。

 

 

§

 

 

『藍(ちゃん)ッ!』

 

「? みんな、どうしたのー?」

 

「あ、来た来た。遅かったね〜」

 

「・・・・・・。恋花様、無事なら無事と報告をしてくださいっ」

 

「あはは、今回はそこまで緊急でもなかったし、ね?」

 

「それでもですっ!」

 

「ごめん、ごめんて」

 

 たい焼きに殺到する人も(まば)らになってきた頃、ヘルヴォルのメンバーも現場に到着した。各々張り詰めた空気を身に(まと)っていたが、それも藍ののほほんとした雰囲気を見れば一様に霧散した。そうして余裕が出てくると当然たい焼きの袋にも気がつくわけで。

 

「えっと、これは恋花様が食べたということでよろしいのでしょうか?」

 

「ん? ああ、あたしも食べたけど、ほとんどは藍だね」

 

「そんな、まさか」

 

「結局つぶあんにしたの?」

 

「んー? らん、まっちゃ食べたよー」

 

「うそ、藍ちゃん抹茶味食べれたの?」

 

「藍、すごい」

 

「私の藍がここまで成長しているだなんて」

 

「ふふんっ。らんえらいでしょー!」

 

「あはは、それがさあ」

 

 藍の成長にそれぞれが感嘆の声を漏らし、本人も得意げ。抹茶を扱ったスイーツと言えば苦味と甘味の合わさった深みが特徴的。彼女が好きなお菓子は甘いもので、苦い食べ物ではお子様舌には合わないのだ。それならどうして彼女は抹茶のたい焼きをぱくぱくと美味しそうに食べていたのか。その答えはーー

 

「ーーこの抹茶味。めちゃくちゃ甘いんだよね」

 

「・・・・・・なるほど。それなら納得です」

 

「あらあら、抹茶菓子を出すのはまだ先になりそうね」

 

「千香瑠、それ食べたい」

 

「なら今度作ってくるわね」

 

「あたしの分もお願いね〜」

 

「分かったわ、恋花さん」

 

「んっ、らんも食べるー」

 

『それはダメ(です)』

 

「えー」

 

 抹茶スイーツに対する冒涜(ぼうとく)としか思えないほどの甘さのたい焼き。いったいどれだけ悪魔的なレシピなのか。いくらか甘めのものが好まれる傾向にある抹茶菓子でも限度がある。

 

 実際、疲れていて糖分を欲していた恋花の身体でもぎりぎりだったのだ。それだけで商品としてのやばさは分かるだろう。『・・・・・・カロリー、大丈夫かな』と遠い目で呟いていた犠牲者には心からの同情を禁じ得ない。もちろん藍の方は太らないので問題ないのだが。

 

「みんなのぶんもあるよー」

 

「そうそう、3人も食べなって」

 

「それでは遠慮なく」

 

「藍ちゃんからたい焼きを貰うだなんて、なんだか新鮮ね」

 

「藍、ありがと」

 

 しかし、恋花もただでは転ばない。ヘルヴォルの仲間とは幾度となく死線を駆け抜けた仲。もはや家族と言って差し支えないだろう。どんな局面だってみんなとなら乗り越えられる。だからこそ、高カロリーで死ぬときも一緒だ。そんな考えを心の奥底に仕舞い込み、笑顔で仲間に対してトラップを仕掛ける腹黒ギャル。こうしてヘルヴォル全員が高カロリーたい焼きの餌食(えじき)になることが確定した。

 

『はむっ・・・・・・甘っ!?』

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