すれ違い
修学旅行から帰ってくると、すぐに文化祭の準備である。と言っても、俺は意見を出さずに従うだけである。俺に発言権とか無いし。
もう一つ変わった事がある。レイヴェル・フェニックスが駒王学園に編入してきた。クラスは小猫とギャスパーと一緒であり、小猫とは犬猿の仲ならぬ鳥猫の仲である。つまり結構仲が良くない。けど仲はいい。矛盾しているようだけどこれでいいのである。
付け加えるならレイヴェルはオカ研にも入部した。客分がどうとか言ってたけど、それは俺には関係ないことなので、後輩として接することにしよう。
「と、言っても俺は後輩に接することなどまず無いのだけど」
「そうなのですか」
オカルト研究会の出し物――『オカルトの館』に使う小道具を製作しながら、衣装の寸法を計りに来たレイヴェルに対して交友関係の一端を明かす。
「部活に入ってない人にとって他級生と交流する機会なんて自分から作らないとほとんど皆無だよ。たった一二年の違いだというのに悲しいよね」
そう言う俺は同級生とも然程親しくないのだけれど、今はそれを言わなくてもいいだろう。
「そうですわね。せっかくの三年間なんですもの。できるだけ多くの方々と触れ合いたいですわ」
レイヴェルらしい言葉だ。
「それも個人の努力次第で何とかなる。幸いこの学校は治安のいい方だから心配も要らないしね」
一番の問題児がイッセーなのだが、これも言う必要はないだろう。
「ところで、朧さんは戦闘する割には体つきは細い方ですね」
ちなみに、呼ばれ方が変わっているのは入部した際に下の名でいいと言ったからだ。
「あー、そもそも腕力で勝つことは諦めてるけど、元々の体質的にあんまり筋肉付かないんだよね」
その事もあって肉体を鍛えるのは早々に諦めた。
「ところで、何で俺の体が細いって分かるの?」
返答によってはお兄さんただじゃ済まさないよ。
「えっと……私に兄が三人いるのはご存知ですわよね。その中でレーティングゲームに参加する長兄と三男であるライザーお兄様の体つきとテレビ局に勤める次兄の体つきは服の上からでも違っています。朧さんの体つきは次兄寄りですから、そう思いました」
「なるほどね」
理由が普通でお兄さん一安心だよ。
「まあ、俺も前線で先頭張って戦うタイプじゃないからな。どちらかといえば暗躍・諜報向きの裏方だし、付け加えると研究職も兼任してるからね」
「は、幅広いですね……」
「こういうのは器用貧乏って言うんだよ。出来る事は多いけど、突き抜けているものがない。俺を表すのに最も相応しい言葉かな」
金は腐る程あるんだけどね。
「そこまで言うと自虐に聞こえますが……採寸、終わりましたわ」
「ありがと。自虐っていうのも俺を表すのには相応しいかな。自分を大事にしたこと、あったかな?」
昔は妹、今はオーフィスと自分よりも優先順位が上のものがあったから、自分を大切にした覚えがない。
「大事にしてください。あなたが怪我をすれば心配する人もいるでしょう?」
「さあ、どうかな」
名前を挙げろと言われて自身を持って挙げられる名前はないかな。オーフィスは心配してくれるかどうか微妙だ。
「……ご家族は」
「いない。とうの昔に死んだ」
同居人は結構いるけどな。
「す、すいません。
「気にしてないが、もう訊くな」
余り言いたいことでも無い。
「それでは、失礼します」
「ん」
部屋を出るレイヴェルに背中越しに片手を振って応え、小道具が一つ完成した。
それと最近でもう一つの変化がある。イッセーに対する部長(ここではあえてこう呼ばせてもらう)の態度である。
イッセーに『部長』と呼ばれる事に大なり小なり傷ついて……ああ、
……失礼、取り乱した。大体戦争とは言わんが動乱中に恋愛するところだけ兄妹で似るんじゃねえよ。
そして、対岸の火事的な恋愛は
さっさとくっつけ。それ以外は望まん。破綻してもいいがそれだと後が
そして、終に限界が来た。俺にとっても部長にとっても。
きっかけはレイヴェルの母親からの通信だった。
何分お忙しい方なので(原因は『
ついでにイッセーに(オマケで俺にも)レイヴェルに悪い虫がつかないように言われ、それをイッセーが額面通りにすら受け取らず、守ると言ったものだから(俺は校内と登下校の途中ならと言った)、それに部長が過剰反応した。
後の出来事は言いたくもない。思い出すだけで不快になる。
「分かるか? そんな状態でもなければ俺とお前は一対一で話し合うことなどない」
逃げ出したリアス・グレモリーの元を落ち着いた頃を見計らって訪れる。
「何しに来たの?」
目元を僅かに赤く晴らしたリアス・グレモリーは俺を鋭く睨みつける。
「説教。こういう時貴様を責められるのは俺ぐらいだからな」
他は眷属は論外、アザゼルは……恋愛関連で頼るくらいなら切腹も辞さないかな。後はグレモリーの女性陣――母と義姉だが、彼女らとは直接の接点が無いに等しいので今回はおいておく。
「まず最初に、部長と呼べって行ったのは貴様だろ。なのにそう呼ばれて傷つくとはどういう了見だ?」
イッセーからすれば何故自分が責められているのかも分からないだろう――実際に分かってなかった。
「でも、他の子は……」
「他と貴様では立場が違うだろうが」
立場が違うという言葉は普通は立場が下の相手に使用される言葉だが、この場合は上の相手に使用される。
「主と下僕だ。そして奴が生まれた日本は異性のファーストネームを呼ぶだけで勘ぐられる土地だぞ。気安く呼べるか」
俺は対象を限定すれば呼ぶが、俺は例外だ。
「次に、イッセーが気づかないのはただ鈍いだけじゃなく、自分でその可能性を排除してるから」
「何で……?」
「何で排除しているのか、か? まあ予想でいいなら答えてやらんでもない」
何で知っているのかという質問だった場合の答えはイッセーがそのことで葛藤している姿を見ているからと答えよう。口に出してるから分かり易かった。
「『貴様程度が、この私の名前を気安く呼ぶんじゃねえよ』――多少変えてあるが、誰の台詞かは言わないでも分かれよ」
それはイッセーの命を奪った堕天使の言った言葉であり、今も彼を縛る茨である。
「あいつにとっての恋愛経験は、悲しいことに騙されていたあの一件のみ(だと思う)。それが良くも悪くも基準となって、あいつの中に居座り続ける。そして人が何かをするとき、成功した場合と失敗した場合――リスクとリターンを考える。そしてその秤は前例――最悪の破局が影響を及ぼしている。あいつは幸せな今が失われるのを恐れて一歩を踏み出せないのさ」
実際に交際して死んでる訳だし、慎重にもなるだろう。
「加えて、成功確率すらあいつは疑っている」
傍から見れば成功するのは一目瞭然なのだが。
「上級悪魔で次期当主の主様と、元人間で下級悪魔の下僕。これがどれだけ釣り合わないかは聞けば分かるだろ?」
「でも、イッセーは赤龍帝……」
「他人の評価はこの際どうでもいいんだよ。大切なのは本人がどう思っているかだ。それとも何か? 赤龍帝は縁結びの神様か何かか?」
(あれはどう考えても疫病神の
イッセーはドライグの力で窮地を何度か脱しているが、そもそも死んだ原因はあれだ。
「後、日頃から女子の評判が悪い。これだけの理由が重なれば『自分が
「だったら、私は……」
「最後に」
目の前のこいつの言葉は聞かない。それは俺の役割では無い。
「これは貴様ら全員に言えることだが、何でイッセーを責める?」
さっきのやり取りで俺が一番腹を立てたのはそこだった。
「イッセーがお前の気持ちに気がつかないからか? だとしたら
ああ腹立たしい。ここまで他人に怒ったのは初めてか?
「
そう言い切った瞬間、リアス・グレモリーの魔力が溢れ出した。
「さっきから黙って聞いていれば偉そうに……! あなたみたいな主義も主張も不確かな、何となく生きてるような者が、私は一番嫌いなのよ!」
怒声と共に彼女が出せる最大威力の消滅魔力が俺に直撃した。