リアスは思わず消滅魔力を放った事に後になって後悔したが、自分の滅びの力が人間や並大抵の悪魔なら容易く消し飛ばしてしまうことは知っていたので、取り返しはつかないと考えた。
相手は人間(と悪魔のハーフ)であっても、
「今、なんて言った?」
今まで放ったときのまま目を伏せていたリアスだが、確実に直撃した感触が残っていただけにその言葉に驚いて目を開ける。
「誰が、主義も主張も不確かだと?」
その目に映った朧は先程までとは全く違った。
「誰が、何となく生きてるだけだと?」
目の前の朧からは生命が発するオーラも、悪魔のような魔力も普段通りにしか発生していなかった。だが、その体は薄闇色の影のようなものが包み、人間とは思えないほどの威圧感を発していた。
「何も知らん、絶望の一端も経験した事のない温室育ちの小娘が……知ったような口利いてんじゃねえぞ!!!」
先ほどのリアスの数倍の怒気を乗せた声と共に朧の纏う何かはその色を濃くし、朧の姿を覆い隠していく。
それを見て、感じて、背中に冷や汗をかいて思わず後ずさりしながらリアスは悟った。
(私は……彼の逆鱗に触れてしまった!)
目の前の、もう既存の何かとは思えないそれをリアスは睨む。正確には睨む以外の事をできなかった。一番の得意の滅びの力は最大威力を当てても通じず、かと言って逃げようと背中を見せられるような相手でもない。 朧の取り巻く何かがこれ以上ないほど限りなく濃くなり、更に別の何かに変化しかけた時である。
「リアスさま、朧さん、どうかなさいましたか?」
部屋の外からレイヴェルの声がした瞬間に朧を取り巻くモノは霧散した。
「また成り損なった……」
普段通りに戻った朧はそう言うと部屋を出て行った。
部屋を出た俺だが、今は少々自己嫌悪中である。
(あー……久しぶりにマジギレした。こんな有様じゃ他人の事とやかく言えないな)
そう思われても仕方ない態度を取りながら、そう思われることを嫌うだなんて。
「朧さん、お待ちになってください!」
「レイヴェル、どうかしたのか?」
後ろを振り返り、慌てた様子のレイヴェルに向き直る。
「一体何があったんですの? リアスさまは気の抜けた様子でへたり込んでいましたし、部屋の扉側の壁は綺麗に消えていましたし」
「ちょっと怒らせただけ」
「ちょっと怒っただけでは消滅魔力を使わないと思うのですが……」
それは俺もそう思う。
「余り気にするな。もう済んだ事だ」
「それならよろしいのですが……」
レイヴェルは納得いかないという顔をしている。
(そうだ、少し聞いてみよう)
「ねえレイヴェル。
「と、唐突ですね。まあ無いこともありませんが」
訊いた身でいうのもなんだが、それは意外だった。
「そんな恋する乙女なあなたに訊くけど、やっぱり好きな人には名前で呼んで欲しいものなの?」
「他の方のことは分かりませんが、少なくとも私はそう思います」
そんなものなのか。俺には分からんな。性別のせいか性格のせいかは知らないが。
「良く分からないな。好きな人に名前を呼んでもらうのが嬉しいのはわかるけど、その逆で傷つくのは分からないな」
「恐らく、距離を感じるのではないですか?」
ああ、そういう考えもあるのか。
「距離、距離ねえ……理解はできるけど共感はできないかな」
「そうですか」
「だってさ、好きな人と一緒にいられればそれだけで幸せじゃない?」
それができる人はそれ以上を求めるのだろうか。
「レイヴェルはどう思う?」
失礼なことに絶句しているレイヴェルに問いかけると、彼女は慌てた様子で返答を考え始めた。
「ええと、そうですね。確かに、好きな人と居られることは素敵なことだとは思いますが、一緒にいるとやはり、手助けをしたいなどと思うのではないでしょうか? 少なくとも私はそう思います」
「ふむ」
好きな人の手助けをする。それはつまり好きな人の役に立ちたいという事。それはとても素晴らしい考えだろう。
「レイヴェルはいいお嫁さんになれると思うよ」
日本人の古臭い感性に当てはめるとね。
「……ありがとうございます」
照れるレイヴェルには悪いが、俺には少し共感しかねる。確かに、俺も好きな人が困っていたら助けたいと思い、他人が行うそれも善意から来る行いであろう。
しかし、ヒネクレ者であり、まともな精神をしていないであろう俺はそれを少々曲解してしまう。これは俺以外は誰も思わない特殊な考えであり、誰かに押し付ける気もさらさらないと前置きしておこう。
何かを求めるという行為は現状に対しての不満であり、今を変える行為である。つまり好きな人に何かを求めるという事は好きな人に対する不満があると言える。
(まあ、不満がある事を悪いことだとは言えないが)
不満があるという事はそれなりの原因があり、それを直すためにそれをぶつけるのは良いことであろう。何事にも例外はあるが。
今の俺が好きなヒトに不満が無いのは相手が特殊中の特殊だからであり、やはり普通のヒトを好きになっていたのなら俺もその相手に何かを求めていたのかもしれない。
「あの、つかぬ事をお伺いしますが……」
レイヴェルが躊躇いがちに尋ねかけてきた。
「何かな?」
「朧さんには、好きな方がいるのですか?」
それはレイヴェルにしては随分と踏み入った発言であった。だからこそ、俺も
「いるよ。世界を敵に回せるほど愛しているのが」