ハイスクールD×D Dragon×Dark   作:夜の魔王

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ポイント・オブ・ノーリターン

 あの後、レイヴェルはすぐに頭を下げて走り去った。

(理由は何となく予想がつくけどね)

 俺はイッセーほど鈍感ではないつもりであり、むしろ無口・無表情の相手との付き合いが多い分、他者の内心を計れるつもりだ。

 だからといって、その意に沿う行動をする気は無い。だってそうだろう? あいつは純血の上級悪魔で、俺はテロリストだ。接している事さえ有り得ないと称しても過言ではない。

 それに、勘違いだった場合の精神的ダメージがデカすぎる。

(人が人の気持ちを分かるなんて勘違い。どれだけ理解した気になっても、気になっただけで、所詮は思い込みに過ぎない)

 だから人は言葉を交わすのだ。

(そして俺は、自分からは言葉を紡ごうとしない臆病者だ)

 だからこそ、俺はこうしてテロリストをやっている。そして付け加えるならば俺がテロリストをしているのはオーフィスが理由ではない(・・)。しかし、『禍の団(カオス・ブリゲード)』に所属している理由はオーフィスで間違いはない。

 この二つは些細で多大な違いだが、正しく理解できる者は恐らくいないだろう。もしかしたら世界のどこかにはいるかも知れない。

 

 話題がズレた。ズレるような話題でもなかった。そもそもの話題は既に完結していた様にも思える。現状は俺が一人寂しく作業しているという状況だ。

「言葉にするのは簡単だけど、それが伝わるかというとそれはまた別の話。思いが伝わりあったら素敵だけど、それで幸せになれるかは別」

 誰にも聞こえぬ独り言を口ずさむ。

「幸せになれたとして、それがいつまで続くかは不明。けれど、それに終わりが来るのだけは絶対」

 全てのものには終わりがあるとはいうけど、それは少し間違っている。

「全ての結末が死だと、消滅だというならば、不幸は、絶望は、闇は、終わりも果てもない。たとえ幸福が、希望が、光がそれを祓おうと、それは所詮一時凌ぎ」

 何もしなくても絶望はそこらに溢れているというのに、希望は手を伸ばさないと掴めない。

「不満があるなら、変えるしかない」

 

 

 

 

 

 部活も終わり、一人帰路につく。逢魔が時の夕暮れを見上げる。

「嫌な空の色。(あか)くて(あか)くて(あか)くて(あか)い。まるで血の色だ」

 赤は嫌いだ。あの時(・・・)の事を思い出すから。

「ふっ、感慨に浸るだなんて、らしくない。俺は飄々(ひょうひょう)としているのがお似合いだろうに」

 シリアスはらしい時まで取っておけばいいんだ。

「さて、用があるならさっさと出て来い。こちとら貴様らと違って暇じゃないんだ」

「おっと、気づかれてたかい?」

 近くの電柱の陰から美猴が姿を見せる。

「気が抜けてるみてえだから気づかれねえと思ったんだけどよ」

「俺の場合、気が抜けてる方がかえって周りの気配に敏感になるんだよ」

「今度から気をつけるさ」

 気をつけて何をするつもりだと思ったが、些細な事なので置いておくことにした。

「で、要件を早く言え」

 いつの間にかこいつは俺へのメッセンジャーになってるな。

「ほら、ヴァーリの奴がこの前言ってただろ? 赤龍帝ん所と大王の対決の話さ」

「ああ……見に行くなら勝手にどうぞ。俺は行かないから」

「最後まで聞けって。それで、他の奴らが妨害しないように釘刺すことになったんだよぅ」

「それこそ勝手にやれよバカ共」

 俺はどうでもいいんだって。

「オーフィスも割と興味があるみたいだぜぃ?」

「オーフィスの名前を出せば俺が簡単に動くと思うのやめてくれる?」

 実際ほとんどの場合はそうなのだが、それが当たり前みたいになると堪忍袋の緒が切れるというものだ。

「すまねえすまねえ。ヴァーリの奴も分かる場所に立ってるだけでいいって言ってるし、もし戦闘になっても戦わなくてもいいからよ。それでどうだぃ?」

「……それなら、まあ」

 断るのも面倒なので、その条件であるならば付き合ってやってもいいだろう。

「でも、それでいいのか? 下手をすれば現悪魔政府とも戦闘になるかもしれないんだぜ?」

「ああ、別にいいのさ」

 ――お前さんが立ってるだけで、十中八九戦闘にはならねえだろうからな。

 美猴が立ち去り際に言った言葉は、俺の耳には届かなかった。

 

 

 

 

 

 グレモリーとバアルのレーティングゲームが何事もなく終わった後の文化祭当日。旧校舎でのオカ研の出し物は人気だった。俺の仕事はできる表仕事がないという事もあるが、専らチケット販売などの裏方である。

「はい、毎度あり」

 それだけの仕事なのだが、かなり憔悴している。

(部員目当ての生徒たちの熱気が凄い。これが若さか……)

 機械の如く売っているが、それでも精神力がガリガリと削られていく。

「朧、交代の時間だ」

「助かった。チケットももう少しで切れそうだったから、レイヴェルに追加発注を頼んでおいたから」

「ああ、分かった」

 イッセーと交代して、少ない自由時間に入る。俺の休憩時間は他の人との兼ね合いの結果、昼休憩を除けば最後に集中しており、このまま文化祭が終わるまで仕事なしである。

 

「ふぅ……」

 自由時間といっても、こういう雰囲気に馴染(なじ)むことのできない俺では喧騒(けんそう)の中に入ることもできず、立ち入り禁止の屋上で、フェンス越しに校庭を見下ろしていた。

「朧さん、こんな所で何をなさってるんですの?」

「いや、特に何も」

 誤魔化したわけではなく、何をするわけでもなくただ立っていただけなのだ。

(あれ、普通なら声をかけられる前に気づくんだけどな。祭りの熱気に当てられたかな?)

「それよりレイヴェル、ここは一応立ち入り禁止だぜ」

「その屋上にいる人にその事を聞きたくはありませんでしたわ」

「ククク、それもそうか。それで、何か用?」

「いえ、家庭科室に用事があったのですけど、上を見上げたら目に入ったんですわ」

「ふぅん?」

(気配は消したから、見つけられないと思うんだけどな)

 気配を消すという事は気づかれにくくなるという事であり、視界に入っても気づかれない様になる筈である。更に皆が同じ服を着ているこの状況では、遠目で個人を見分けるのはかなり難しい。

(まあ、透明になるわけでもないから、気付いたこと自体は妙でもないか)

「そういえば、家庭科室に行くって言ってたけど、何か作るの?」

「はい。労いの意味を込めてケーキでも作ろうかと」

 ああ、それはいいな。

「手伝おうか?」

「お料理、できるんですの?」

「基本なら一通り。足を引っ張らない自信はある」

 自炊生活が長かったのは伊達ではない。

「それでは、お願いします」

「了解」

 

 

 

 

 

 

 朧とレイヴェルとの合作のケーキは好評だった。持っていった際に何やらあったようだが、朧には詳細は分からず、レイヴェルと首を傾げあった。

 その帰り道、朧は懐かしい――というほど間を開けた訳ではないが――人と出会っていた。紫色の小紋に真っ赤な膝丈のプリーツスカート。

 

「お久しぶり、厄詠(やくよみ)葛霧(くずきり)ちゃん」

「お久しぶりです。黒縫朧さん」

 

 この直後、朧は行方不明になった。

 


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