ゴーストスイーパー横島 極楽大作戦R!! ~復刻編~ 作:水晶◆
さて。
美神さんとの間に“日給30円”という破格の雇用契約を行ったおキヌちゃん。
東京に戻り『早速お仕事開始ですか~』と張り切る彼女であったが、それに美神さんが待ったをかけた。
ゴーストスイーパーという職務に対する知識や、現代知識の不足は当然のことながら、何よりも優先して処理しなければならない重大な問題があったのだ。
「一緒にGS協会に直接出向いて申請登録する必要があるのよ。おキヌちゃんは間違いなく美神除霊事務所(ウチ)の所員です、ってね」
「あ~、そっか。一応、浮遊霊だったけ、おキヌちゃん」
下手すりゃ、彼女の事を知らない同業者から祓われてしまう可能性もあるか。
幽霊を所員に、というのはさすがに珍しいそうだが、精霊や妖怪といった、いわゆる人外のモノを雇っている同業者はそれなりにはいるそうだ。
これが受理されれば、幽霊であるおキヌちゃんの身元が美神さんによって保証され、GS協会がおキヌちゃんを“人間社会で共に生きる”一員として認めたという事になる。
今後、おキヌちゃんが何かしらの問題を起こすような事があれば、それはおキヌちゃん自身と美神さんの責任となり、法に基づいて罰せられる。
おキヌちゃんにしてみれば、生きていた時代との常識のすり合わせで多少は苦労する事になるだろうが、俺としてはそこまで心配はしていない。
逆に、おキヌちゃんに対して何らかの問題を起こした者もまた、法によって罰せられる事となるのだ。
この辺りはオカルト法も絡んでくるので、厳密には生きている人間と全く同じ扱いとはいかないらしいが。
「霊障などによる被害者や、そういった人達の関係者。専門家であるゴーストスイーパーの中には、怨恨によってこの道に進んだ人もいるわ。
そうでなくとも、霊や妖怪といった人外のモノへ対して問答無用で排除すべきだ、って過激な思想を持った人もいるしね」
坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、ってことらしい。
「ま、そうと知っていて、それでも変なちょっかい掛けて来るような相手には――相応の目にあってもらうけど?」
ウチの若い子に手を出したらどうなるか、キッチリと教え込んであげないとねぇ。
そう呟いた美神さんは実に頼もしかった。頼もし過ぎるぐらいに。
これが、今から一週間前のことである。
「GS協会もお役所仕事だからネ、時間が掛かって当然よ。それでも申請から許可まで一週間ってのはかなり早いコトよ。
ナルホドね。それで今日はボウズ一人か。てっきりあの幽霊の子に愛想尽かされて捨てられたかと思ったのに」
にしししし、と。いやらしそうに笑ったオッサンの顔がムカついたので、俺はテレビの電源を落としてやった。
「そうだ。センセイはブラウスのボタンに手をかけているのよ! もう少し、もう少しよタカシ――って、ああッ!? な、ナニするかねボウズ! 今物凄くイイトコだったのに!!」
うるさい黙れ。
美神さんに捨てられるならまだしも、おキヌちゃんに捨てられるって。想像したらそっちの方が物凄くダメージがでかかったじゃねーか。
「あーもう。令子ちゃんに頼まれていた荷物を渡すからとっとと帰るよろし!」
客をほっぽり出して昼ドラにかぶり付きだったのはオッサンだろーが。
「まったく、これだからボウズはイヤよ。次は令子ちゃんかあの子とく来るね。むしろ令子ちゃんを寄こすね。
あの乳と尻とふとももは最高ね! 今日どんな服着てるか? 下着エロいかッ!? いい匂いしてるかッ!?」
カウンターを飛び越えてにじり寄って来たちっこいオッサンを片手で押さえつけて、俺は溜息を吐いた。
呪的アイテム専門店厄珍堂。その店主である厄珍というのが、今俺が押さえつけているこのオッサンだ。
馬鹿でかいサングラスをかけていて、ちょび髭を生やした胡散臭い小さなタ○リ。えせ中国人。そんな俺が抱いていたイメージ通りの人物だった。
その内面は想像の斜め上を行っていたが。
なんとゆーか。ひっじょーに、他人の気がしないのだ。
親父方の血縁者だ、と言われても納得してしまえる程に厄珍は――女好きだった。
「フッ、美神さんはいつも美人でエロくてやーらかくていい匂いがしておるに決まっっとろーが!
だがそんなコトは教えてやらんっ。今日の下着は細かなレースの入った美神さんのお気に入りと一つであったコトなど教えてはやらんっ!」
「ぐ、ぐぬぬぬぬっ。そ、そんな事で勝った気になるんじゃないね! ウチのアイテム一つ貸してやるから詳細に教えるねっ!
下着持って着たら交換ね! 脱ぎたてだったら報酬弾むよ!?」
馬鹿なことを。厄珍、キサマなら分っているはずだ。
いかに金を積まれようとも、美神さんのぬくもりの残った下着はプライスレスであるとゆーことを!
厄珍堂を出て一路事務所へと帰還する。
美神さんから交通費は出ていたので、途中までは電車で帰ることにした。
事務所まで徒歩で帰れんこともなかったが、何億もする荷物をいつまでも持っているのはさすがに心臓によろしくない。
とはいえ、駅からはバスを使わずに徒歩で帰ったが。
浮かせた交通費に関しては、ちょっとした小遣いとして貰えることになっているから問題はない。今月はちょっと厳しいからな。
そうして、厄珍から受け取った荷物を事務所に届ければ俺の今日の仕事はお仕舞いとなる。
「まだ4時を過ぎたぐらいか。う~ん、これからどうすっかな~」
呪的アイテムの倉庫と化している一室に荷物を収めた後、俺はこーしてお茶うけを適当につまみながら、事務所のソファに腰を下ろしてくつろいでいた。
だが、さすがに一人ぼっちでは何もすることがない。
時折掛かって来た電話の応対をした程度だ。これにしたって仕事には違いないのだが、荷物を届けた時点であがって良いと言われているので、そこまで拘る必要はない。
「美神さん達が戻って来るまで居とくか? でも何時に戻るか分らないしなー」
あても無く待つのは結構な苦痛だ。
あらためて時計を見たが、まだ15分も経ってはいない。
「……よしっ、決めた!」
気合いを入れて立ち上がる。
ここ数日、現代社会に不慣れなおキヌちゃんへの案内やらなんやらで、俺のライフワークが滞っていた事を思い出したのだ。
幽霊とはいえ、おキヌちゃんは可愛い子であるので一緒にいるのは大いにウェルカムなのだが、それはそれ、これはこれ。
男たるもの常に新しい出会いを求めて行かねばならんのだ。
それに、幾多の死線を潜り抜けて霊能力に目覚め“スーパーヨコシマ”となった俺ならば、そろそろモテ男レベルが限界突破しているに違いない!
「ふははははっ! まっとれよーまだ見ぬねーちゃんたちーーっ!!」
いざ鎌倉じゃーー!
「武家政権は終わりを告げたーーっ!!」
行き交う人の波が大きくなり始めた駅前で、俺は人目もはばからずに泣いた。泣き崩れた。
おねーちゃん達からの蔑んだ視線や、嘲笑する様な視線、憐れみを込めた視線が次々と俺に突き刺さる。
“ママー、あのお兄ちゃんどうして道の真ん中で泣いてるの?”
“い~いアヤちゃん? 黙ってそっとしておいてあげるのが良い女というものなのよ”
30分間に30人にものおねーちゃんに声を掛けて、10秒も持った相手がいないってどーゆーことっ!?
おキヌちゃんや美神さんとは楽しくやっていけているから、今の俺なら大丈夫だと思ったのに……。
「モテ期が来たと。モテ期が来たと思ったのに~~っ! やはり顔か! 金か! 貧弱なボーヤなんぞに用はないとゆーのかーーっ!?」
そりゃあ、今までナンパして来て成功した事なんてほとんどない。
それでも、ひょっとして、もしかしたら、と。僅かながらでも期待があった分ショックもでかい。
「……くっそう。あ、あのねーちゃん俺が声を掛けたら無視したくせに!」
チクショーーッ、なんだかとってもドチクショーーッ!
「……ハァ、もういいや。大人しく帰るか~」
そうだな。今日はこの悲しさを慰めるために、フンパツして牛丼(並盛り)に卵を付けよう。
今日のライフワークに見切りをつけて、ポケットにある小銭を確認しながら俺が近くの牛丼屋へと向かおうとした――その時だった。
“クスクスクスッ”
どこからか聞こえて来る押し殺したような笑い声が気にかかり、俺は足を止めて周囲を見渡していた。
笑われるコト自体は珍しくはない。ナンパする度にそうなのだから。
だからこそ、普段であればそこまで気にしたりはしないのだ。
なのに――
「え~っと?」
この時だけは、なぜか俺はその相手の事がどうしても気になって。
視線の向こうにベンチに座って笑う彼女の姿を見付け――目が合った。
黒いセーターと白いパンツ、グレーのキャスケット帽を目深にかぶった少女だった。
少女と言っても背丈からは多分俺とそれ程歳は離れてなさそうにも思える。
俺に気付かれるとは思っていなかったのか。目が合った瞬会、彼女は一瞬ひどく驚いた様子を見せたが、
「ごめんなさい。でも、あれだけ断られ続けてめげなかったあなたの姿が面白くって」
軽く頭を下げた後、そう言って笑った。
「い、いや~、あはははは。きょ、今日はたまたま調子が悪かっただけさ!」
全体的に地味な感じの少女だったが、俺の美少女センサーは彼女を一瞬でAランク認定していた。
容姿? 美少女だったに決まっておろーが。
Aランクとは、胸のランクだ。
「……美少女と言われて悪い気はしないけど?」
しまったーっ! また口に出てたーーっ!? かんにんやーーっ!
「ダ~メ。女の子を傷付けた罪は重いわよ? これはしっかりと責任を取って貰わないとね」
怖いっ、この娘さんの笑顔がめっちゃコワいッ。
ハッ! まさか、これが美人局とゆーやつなのか!? どこからともなく黒ずくめのオッサン達が現れるのか!?
やめてーーっ!? ボクお金なんて全然持ってないんですーーっ!
なんてコトは全くなく。
彼女がお詫びとして俺に要求したのは「待ち人が来るまでの間、暇潰しに付き合って」との事だった。
そうして俺は、この見ず知らずの少女と呑気に駅ビル内でウインドウショッピングをしていたりする。
「あっ、あれ可愛いわね。アッチは……ちょ~っとサイズが合わないかな」
ブティック内を興味しんしんといった様子で見回る彼女に腕を引かれる形で、だ。
「あれなんていいわね。やっぱりコッチの方がこういった物のセンスが良いわよね! 何してるの? ほら早くっ」
「お、おう」
大人しめの娘(コ)かと思ったんだけど、結構活発だったんだな~。
うん。澄ましてる顔はちょっと冷たい感じがしたけど、笑ってる顔はやっぱり可愛いわ。
……え?
え? ナニこの状況。
うむ。俺の108の野望の一つ、可愛い彼女に腕を引かれてキャッキャウフフ、だ。
いや、でも、しかし……。
ありえん。ありえんぞこんな状況っ!!
そうだ、これはきっと夢に違いない。
こんな漫画の主人公みたいな都合の良い事が俺に起こるはずがないっ! ないったらないっ!!
スーパーヨコシマなんて伝説の存在でしかないんやっ。
でなければ勘違いだ。
きっと小学校の時みたいに“下駄箱に入っていたラブレターにヨッシャーと浮かれていたら、俺経由で銀ちゃん渡して下さい”みたいな!!
彼女が出来ると舞い上がっていた俺をどん底に叩き落とした、あの悲劇を思い出せッ。
「……そーだ、落ち着け忠夫。焦るな、見極めるのだ、冷静に慎重に見極めるのだ……」
「ナニをブツブツ言ってるの? あ、そっか。……楽しく……なかった?」
ぎゃーーっ!?
ち、ちがう! そーじゃなくて!?
「いやっ! 違うから! この状況が信じられんかっただけやから!」
だからそんな泣きそうな表情はヤメテーーッ!
あ、店員さん!? ナニその目は?
ああっ!? 周りのお客さん達の視線がっ! 視線が痛いっ!!
「し、失礼しましたーーーーっ!」
これ以上この場所に留まっていては俺の精神が持たんッ。
「え、あ? ちょ、きゃあああ!?」
人生二度目のお姫様だっこ!
でもこれまたぜんっぜん嬉しくないシチュエーションなのなッ!!
どこをどー走ったのかさっぱり分らんが、本能的に人気の少ない所を選んでいたのか。
気付けば俺は彼女を連れて屋上まで上がっていた。
このビルの屋上は子供向けのちょっとしたアミューズメントコーナーになっている。
夕方という事もあって、周りの人影はまばらだ。
「ぜぇ~~、ぜぇ~~」
美神さんの除霊道具で鍛えられた俺の体力の前では美少女一人ぐらい羽毛に等しい、と内心高を括っていたわけだが。
周囲からの尋常ならざる視線やらプレッシャーやらのせいで、腕はパンパン、足はガクガクだ。
「……プッ、プププ。アハハハハっ、やだ、あなた凄い顔してるわよ?」
いや~~、喜んで貰えてうれしーなーーッ。
「ほら、じっとして」
そう言って、彼女はハンカチを取り出して俺の顔を拭いてくれた。そして、汚れてしまったハンカチを自分のポケットに戻そうとしている。
「……ハッ!?」
あまりの事にまた意識を飛ばしかけた俺だったが、さすがにこれには慌てて正気を取り戻す。
「いやいやいや。汚いって! 洗うなり弁償なりするから――」
伸ばされた俺の手が彼女の手に触れた。
その直後、俺の脳裏に見覚えのない光景が広がる。
しかし、それが何であるのかを理解する間もなく、彼女の声によって俺の意識は引き戻された。
「――夕日。ここからじゃ、あまり綺麗には見えないわね」
「……え?」
彼女の視線を追えば、建ち並ぶビルの谷間へと沈んで行く夕日が見える。
「もっと綺麗に見えたと思ったんだけどね。ねえ、あなったって夕日は好き?」
普段の俺であれば、ここで口説き文句の一つでも入れたのであろうが。
俺に問いかける目の前の彼女があまりにも儚げに見えて。
「いや、綺麗だとは思うけど。ほら、夕日ってなんか一日の終わりって感じがするから。
どっちかって言えば日の出の方が好きだな。始まり、って感じがしてさ」
だから、自然と真面目に答えてしまっていた。
……。
…………ぎゃあぁあああああああっ!?
なんじゃこのこっぱずかしいセリフは!? 俺か、この俺の口がゆーたのか!?
見ろ、彼女が目を開いて驚いたよーに俺を見ているではないかッ。
「な、ななな、な~んちゃって。ですよねー? こんなセリフは美形様にのみ許される言葉ですよねーッ!?」
だからお願いっ、そんな目で俺を見ないでーーっ!!
「――始まり、か。いいわねそれって」
え? あれ? 意外とポイント高かったのか? 否定するコトを言っちゃったのに。
「うん、今日は楽しかったわ」
あれからもう少し。
ベンチに腰掛けて他愛も無い事を話していた俺達だったが、彼女のこの言葉でその時間も終わりを迎えた。
そうか、そうだったっけな。
これは彼女の待ち人が来るまでの暇潰しだったんだよな。
立ち上がって背伸びをする彼女を見ながら、ぼんやりとそう思う。
「ああ、俺も……って、ちょっと待ったーーっ!」
何をしんみりしておるか横島忠夫!
彼女彼女って、一時間以上一緒にいたとゆーのにお互いの名前すら知らんとはどうゆーことだ。
切欠や理由はどうであれ、女の子の方から誘われたというこの奇跡を、ここでこのまま終わらせるつもりか!?
「そう言えばそうよね。すっかり忘れていたわ。私の名前は――」
名前は!?
「やっぱり止めた!」
「止めたって、そんな勿体ぶらんでも。じゃあ、俺の名――」
俺の名前は横島忠夫。そう続けようとした俺の口に彼女の指が当てられていた。
「一度目の出会いは偶然、二度目の出会いは運命って言うらしいじゃない? だったら、お互いの自己紹介は次に出会えた時にしましょう」
その方がロマンチックじゃない?
そう言うと、彼女は俺の口に当てていた指を離してニコリと笑った。
「え、あ――」
彼女のその表情に気を取られた瞬間、俺の眉間に彼女の指が触れ――
“また会えたらいいわねヨコシマ”
名乗っていない俺の名前を彼女が呟いた、そう思った瞬間に俺は意識を失っていた。
その後、目を覚ました俺の前に彼女の姿はなかった。
まさかな、と思って財布を見たが所持金はそのまま。身体にも特に変わった様な事はなく。
周囲を確かめてみれば、既に営業を終えたのであろう。ビルからは明かりがほとんど消えていた。
「……帰るか。ん、アレ?」
狐につままれたような気分のまま、屋上のドアに手を掛けてみれば――施錠済み。
「やっぱりこんなオチが付くわけね! そーだよなーーっ!! ぜったいナニかあるとは思っていたよドチクショーーっ!!」
結局、俺は一晩をビルの屋上で過ごした。
学校?
当然遅刻だ。クソ担任から居残りを命じられ、当然バイトにも遅刻した。
「許さん、許さんぞ名も知らぬあの女ッ。探しちゃる! 探し出して絶対に説教しちゃるからなーーっ!!」