魔女の遺影 作:魔女ξ紳士
私は だれからも 貰えなかった
冬が近い。
太陽の沈む時間が日を追うごとに早くなっている。
外気はそれに応じ冷え込んでいくため、近ごろは寒いと思う日が増えてきた。
地平線から発せられる夕焼けが、雪のように白い肌をほんのりと紅く染めている。
元気に遊びまわる年頃にしては傷一つないそれは、大事に育てられてきたことを窺わせる。
(寒い…)
木陰で冷やされた空気がひんやりと体を撫で、腰にまで伸びた白銀の髪をふわりと揺らしてきた。
辺りに耳を澄ますも、昼夜を問わず様々な音色を咲かせていた虫や小鳥たちはすっかりと鳴りを潜め、外は静寂に包まれているので、少しの寂しさを感じる。
今年の夏は短かった気がするので、もしかしたら雪が見られるかもしれない。
もし、雪が積もったら何をしようかな? なんてことを考えてみるが、うまく思いつかない。
なんたって、最後に雪を見たのは、もう三年も前、五歳の時の記憶なのだから。
…それに、その日のことを思い出そうとすると頭が痛くなってしまう。
無理に思い出そうとする必要はないだろう。雪が降れば思い出せるかもしれない。
私の中にある どこか 大切な記憶
今は忘れてしまっているけど、きっと、大丈夫。
そんなことを茫然と考えながら、椅子に座ったまま、まだ地に届くことのない足をぶらぶらと交互に揺らしてみる。
しかし、そんな理由もなく揺らしていた足も、すぐぴたりと止まることになる。
真っ白で綺麗な毛。
満月のように美しく輝く金色の二つの瞳。
すらりとした整った体型。
それらを兼ね備えた美しい白い猫。
私と同じ色の目を持つ白猫が、今日も屋敷の壁を伝って中庭へとやってきたのだ。
どこからともなく、のらりと出現するその白猫は、屋敷で働く召し使いや警備兵たちに甘え、えさをねだりに毎日屋敷へと通ってきている。
白猫が訪れたことに気がついた使用人たちはそれぞれが猫に対し手をこまねき、待っていましたとばかりに猫を誘っている。
白猫は使用人たちの方向へと赴くと、彼、彼女らからの撫でや抱っこの歓迎をされている。白猫は少し困っている様子を浮かべているように見えなくもない。
しかし、十分に撫で終えた彼らがミルクや煮干しを取り出し渡すと、次の瞬間には嬉しそうな顔に変え、ピンと生えた純白のひげを少し汚しながらも、幸せそうにそれらを次々と頬張っている。
その様子を見た使用人たちも嬉しそうに頷き、再び、母が子にやるような、慈愛の籠った撫でを白猫に再開するのだった。
白猫は、心なしか喜んでそれを受け入れているように見える。
しばらくして、中庭の椅子で私がその様子を眺めていたのに気づいたのか、白猫は顔をこちらに向け、彼らから抜け出し、四本足をゆっくりと歩ませ、私に近寄ってきた。
その白猫の行動と、進んだ先の椅子に座っている私に気がついたからなのか、使用人たちは、うやうやしくこちらへと頭を下げ、それぞれの職場へと戻っていってしまった。
白猫と自分に対する扱いの差に少しばかりつまらない気持ちになってしまい、無意識の内に机の上に準備された紅茶の入ったコップを人差し指で傾けたり戻したりと触ってしまう。
―――白猫が机の上へ飛び乗り、着地を見事成功させる。
視界に白猫が映り、ようやく器の中の液体が小さな波を左右に立て揺れていることに気がつくのだった。
「今日もみんなからごはんを貰いにきたのね?」
私が猫へ声をかけてみると、ごろりと喉を鳴らし、頭を白いワンピースの胸辺りにこすりつけ甘えてきた。柔らかに生える純白の毛は、ほんのりと山羊の乳の甘い匂いを放ち、鼻に漂ってくる。
白猫の首輪から薄い緑色の小さな包みが覗き、これは一体何なのだろうかという疑問が湧く。使用人たちが中の物をいつのまにか回収しているので何かは分からないが、おそらく飼い主が白猫をお世話してくれたことへのお礼として硬貨を何枚かでも入れているのだろう。
「全くもう。みんなお仕事で忙しいのだから、あまりお邪魔をしちゃいけないのよ? わかっているのかしら…」
……みんな忙しいのかな?
実は私は知らないのだ。
使用人のみんなに隠れてこっそりとお仕事を覗いて何をしているかを見てみようとしたことはある。
しかし、その都度に父や兄などの屋敷の住人に隠れているのが見つかってしまい部屋に戻るよう言われてきたので見たことがない。
でも、召し使いたちが屋敷で作ったのであろうクッキーを楽しそうに白猫へと渡しているのを以前、見たことがあるので、意外と暇なのかもしれない。
そう結論付け、ポケットから白猫の為にと用意しておいたスナック状のお菓子を渡す。
…良かった
食べてもらえないかと不安になったが杞憂だったようだ。
すんすんと臭いを嗅いだ後、口へと含んだ白猫は菓子を美味しそうに食べている。近くで嬉しそうな顔をされると何だか心が満たされる気がする。
…喜んで貰えたかな?
白猫はぺろりと幸せそうに口元を舐めると、満足したのか毛づくろいを始め出した。
ずいぶんとマイペースなやつだ。でも、可愛げもある。それがみんなから好かれる要因なんだろう。
割れ物を扱うかのように慎重にゆっくりと白猫へと手を伸ばし、優しく頭に手を乗せ微笑んでみると、白猫は首を傾げどうしたのかとこちらを不思議そうに見ている。
太陽は地平線の彼方に沈んでおり、先ほどより気温が下がっている。
これ以上は体に良くないだろう。私は残った紅茶を飲み干すと、白猫に背を向けて立ち上がり、自分の部屋に戻る前に背後の机にいるだろう白猫に声をかけてみる。
「じゃあね」
―――なおん
という肯定するかのような反応に、私は笑顔で白猫へと振り返り、別れを告げ部屋へと戻るのだった。
翌日 白猫は 屋敷の庭の中 独り哀しく ぽつんと死んでいた