気持ちいい風を全身に浴びながら、緑一杯の草原を走る俺とほうきで空を飛ぶイレイナ。ふと上を向いてみれば、風に流される雲。俺たちと同じ方向に移動する雲を見て、旅の同行者が増えた気分に少しだけなる。
次の目的地に向かう途中、故郷の中にいるだけでは見ることのできない景色を今日も楽しんでいる俺たちであった。
しばらく進んでいると、俺たちを呼ぶ声が聞こえてきた。
声がした方へ振り向くと、一人の少年がこちらに手を振っていた。
何か用事でもあるのかと思い、少年の方へ近付いた。
「うわーい!来たー!」
「こんにちは」
「こんにちは、何か用かい」
「こんにちはー。特に用はないけど声をかけただけなんだー。お姉さん、魔女なんだー。凄いね。お兄さんも凄い速さで走ってたね」
笑顔で話す目の前少年。どうやら悪人ではなさそうだ。
「ここで何を?」
「幸せ探しをしてるんだー」
「お、中々面白いことを言うね。幸せはどこにでもあるけど見つけるのは難しい……的な感じかな?」
「いや……違うけど……。ところでお兄さんたち、今から暇?」
「俺たちは次の目的地に向かってる途中だけど時間に余裕があるし暇といえば暇だね」
「なら僕の村においでよ!」
そう言って彼が指し示した方角には小さな村があった。
「あなたが村長なんですか。どうも初めまして。イレイナと申します。こちらはカイ。旅人です」
「あ、どうも初めまして、エミルです――って、そういうことじゃなくて!僕が住んでる村って意味だよ」
「知ってます。冗談ですよ。気を悪くしないで下さい」
不貞腐れた少年、エミル君は両手に瓶を抱えていた。
瓶の中には白いがもやが入っていた。
「エミル君、それは何だい」
俺がそう聞くとエミル君は得意げに瓶の中身を教えてくれた。人や動物が幸せを感じた瞬間を魔力に変えて瓶に集めているらしい。
面白い魔力の使い方だ。
「開けてみても?」
「だ、駄目に決まってるじゃん!これは僕が好きな子の為にやっていることなんだから!お姉さんたちには触らせてあげないよ!」
「ほうほう」
「へえ」
「もしかして怒った?」
「いえ、ちょっと感心しました」
「俺もだね」
好きな子の為に……か。誰かの為に何かをできる人には好感が持てる。
気になるな。
「それで、好きなこというのは誰のことかな?お兄さんに教えてよ」
俺はエミル君の方にすり寄りながら聞いた。あ、ちょっと後ろに下がった。
「……僕の家で働いているニノっていう使用人さんだよ。いつも暗い顔してるから、僕が幸せにしてあげるんだ」
まるでプロポーズの言葉のようなことを言うエミル君。その笑顔は瓶の中に入っている幸せと同じくらいの幸せが含まれているのではないかと感じさせた。
それから俺たちはエミル君の村に行くことにした。
エミル君は魔法使いでほうきに乗れるだろうが、せっかくなので俺が背負って運んであげることにした。
「うわー!速い!」
「ほうきで飛んでるときとは違う楽しさがあるでしょ?」
「うん!」
俺の背中で目を輝かせるエミル君に俺も嬉しくなった。
彼は人を幸せにできる人間なのだろう。
「お兄さんはどうやってここまで速く走れるようになったの?」
「普段から過重力の魔法を自分に掛けてるんだよ。エミル君もやってみるかい?」
「え……いや、結構です……。あ、あれだよ」
エミル君が指を向けた先には小さな村があった。民家の数は数十軒程度で、住民全員と顔なじみなんてこともありえそうだ。
門の代わりであろう二本の木の間を通り抜けて村に入った。エミル君に案内されるまま進んでいくと、そこにはこの村一番の大きさを誇る屋敷の前まで来ていた。
「ここはこの村の村長の家かな?」
「そうだよ。そして僕の家でもある」
「へえ」
「エミル君は村長の息子だったのか!ということは次期村長ってわけか。さっきの言葉も間違ってはないね」
「そうなんだよ!……お兄さんは良い反応してくれたけど、お姉さんは反応薄いね」
「驚いた方がいいですか?うわーすごい、お金持ちなんですねー」
「うん……なんかもう、いいや……」
「ごめんねエミル君……君を馬鹿にしたいわけではないと思うんだけど……」
棒読みなイレイナに暗くなるエミル君、謝る俺。
「ところでエミルさん、その瓶はいつ女の子にあげるんですか?」
流石に気まずかったのかイレイナが話題を変えてきた。
彼女の狙いは上手くいったようで、エミル君は元気になっていた。
「今日のお昼ご飯を食べた後に渡すんだー。そうだ、お兄さんたちもご飯食べていきなよ。ニノちゃんが作る料理はとっても美味しいんだよ!」
「うーん、俺たちはさっきパンを食べたばかりなんだよね」
「じゃあニノちゃんに頼んで少なくしてもらうね!苦手な食べ物とかある?」
エミル君の中では俺たちが昼ご飯をいただくことは確定事項らしい。良い子ではあるけど人の話を聞かないところがあるな……。
イレイナは分からないけど俺はまだ食べれるし、断る理由もないからお言葉に甘えてしまおうか。
「俺は特にないけど、このお姉さんにはきのこを入れないように頼めるかな?」
「カイ?」
「お姉さんきのこ嫌いなんだー。うん、分かった。任せて!とっても美味しい料理を出すから!」
「楽しみにしとくよ」
本当に、良い笑顔で笑う少年だ。
というわけで俺たちは村長の家にお邪魔させていただいた。内装は特に派手というわけでもなく、庶民的といった感じだろうか。
ダイニングに案内された後、エミル君に椅子に座るように促された。
村長やエミル君の想い人の姿は見えないが、もうすぐ来るだろうとのことだった。
まあ少し待つくらいどうってことないなと考えていたら、後ろから物音が聞こえたので振り返ったところ、黒い髪をした小柄な女の子が立っていた。
「……あっ」
「こんにちは。君がニノちゃんかな?俺たちはエミル君の友達だよ」
「どうもこんにちは。――もしかして、東洋出身の方ですか?」
「えっ?あ、あの……」
突然二人から同時に質問されて困ったのか、エミル君に助けを求めるように彼を見た。
「そうだよー。彼女はニノちゃん。僕のお父さんがニノちゃんを東洋の国で拾ってきたんだ。そういえばお兄さんの髪もニノちゃんみたいに黒いけど東洋出身なの?」
「俺の父さんが東洋出身で俺自身は違うよ」
「へー」
そう。俺の父さんは東洋の出身らしいが、国を出てから母さんと出会い、ロベッタに住むようになったらしい。あまり思い出したくないのか、子どもの頃の話は滅多にしてくれなかった。
「それで、この家の使用人として働いてもらっている、と」
「は、はい……、村長様には大変優しくしてもらっております」
大変優しくしてもらってる、か。本気でそう思っているとは思えない。
「この村の村長、エミル君のお父さんは今どこにいるのかな?」
「えっと……今は書斎で、お仕事を……」
「ん。ありがとう」
「あの、何か、ご用でしょうか」
「ちょっと気になっただけだよ。仕事中なら邪魔するわけにはいかないね」
そんなやり取りをした後、ニノちゃんは目を伏せた。人と話すことが得意な子ではないらしい。
エミル君にとってはいつものことなのか、軽やかな足取りでニノちゃんに近付いて昼ご飯について聞いていた。どうやら魚の塩焼きらしい。そして、追加で俺たちの分も作ってもらうように頼んでくれた。
彼と話している間も、ニノちゃんの表情は暗いままだった。確かにエミル君が心配になるわけだ。
エミル君はプレゼントを渡したいと嬉しそうに言うが、ニノちゃんはそれを拒否しようとしていた。
何としてもプレゼントを渡したいエミル君は、「じゃあ、これは僕からの命令。これならどう?」と言って従わせていた。ニノちゃんも、「命令、なら……」と微かに笑っていた。
二人が料理をしている最中、俺たちは軽く雑談をしていた。
「夕食はどうしようか」
「今から料理が来るのにもう夕食の話をしますか……。いつも通り、どこかのお店で食べるかパンを買って宿で食べるかじゃないですか」
「そうなるか……。俺が作ったパンは?」
「それがあるなら最初から答えは決まってます」
なんて数分話していたら、「客人とは珍しい」と少しお腹が出ている男性が俺たちの向かい側に座った。四十歳前後であろう男性はきっとエミル君のお父さんである村長だ。
「こんにちは。イレイナといいます」
「こんにちは。カイです。エミル君のお父さんですか?」
「これはどうも。いかにも私が父です」
やはりそうだったか。まあ分かりきってはいたが。
この村について知りたかった俺たちは、一番詳しいだろうこの人と話すことにした。
俺やイレイナがこの村について質問し、村長がそれに答えていったが、この村はあまり特徴がない村のようだった。
得るものはほとんどなかったが、時間をつぶすには丁度良かった。
ようやくエミル君とニノちゃんが料理を運んで来てくれた。
テーブルの上に並べられていく料理を見て、においをかいで、エミル君の言っていたことは本当のようだなと思った。問題があるとすれば、少なめにしてもらった筈なのに結構な量があったことだろう。
エミル君が言うには、使われている魚が小さかったり、サラダの量も少ないらしい。それは他のと比べての話であって、一人前よりは少ないといったものである。
どうやら彼は少しズレているのかもしれないな……。
ニノちゃんが多かったら残してくれても良いと言っていたが、その隣でエミル君が俺たちを睨んでいた。僕の大好きなニノちゃんが作った料理を残すなんてふざけたことはしないよなあ?って感じ。少し怖いよ
俺がさっき食べた量は多くなかったからこれくらいは食べれるが、イレイナはキツそうだった。俺は他の三人にバレないようにイレイナの皿から料理を取って食べた。
「ごちそうさまでした。とても美味しかったよ」
「でしょ!ニノちゃんの料理は世界一美味しいんだ!」
「あ、ありがとう……ございます」
少し恥ずかしそうにニノちゃんはお辞儀をした。
そして食器を片付け始めたニノちゃんとエミル君を手伝おうかと思ったが、「お兄さんたちは座ってて」と言われてしまった。好きな子との二人きりの時間だからな、邪魔したら悪いだろうから大人しくしておこう。
イレイナは気になることがあるのか、村長にニノちゃんとどこで出会ったのかを聞いていた。
村長から語られたのは妻が家を出て行って家事が回らなくなった時に東洋の方で買ったということ。つまり、ニノちゃんは奴隷である。
ニノちゃんが奴隷であることを考えると、今までの態度についても理解できる。売り物として出され、故郷から離れた場所で働かされてるのだ。暗くもなるだろう。
問題なのは時折見せた何かに怯えるような態度。恐らく誰かに何度も怒鳴られたり叩かれたりした恐怖からくるものだ。その誰かとは考えなくても目の前の男だと分かる。
エミル君はニノちゃんは拾われたと言っていた。だが、目の前の男は奴隷であることは言っているらしい。これもエミル君の勘違いなのか、それとも奴隷の意味を理解していないのかは分からない。
「ねえニノちゃん、大きいお皿ってどこに仕舞えば良いんだっけ?」
「ひっ……!」
ぱりん、と音がした。
急に顔を出したエミル君にニノちゃんはぶつかってしまい、グラスを落としてしまった。
「—―何をやっているんだお前は!」
怒鳴り声をあげた村長は、ニノちゃんの胸倉を掴んで心無い言葉を彼女に浴びせていた。
エミル君が庇うが、「お前は黙っていろ!」と怒鳴られて俯いてしまう。
ようやく気が済んだのか、ニノちゃんから手を離し、「掃除しろ」と顎をしゃくった。ニノちゃんは何度も、何度も全員に頭を頭を下げてくる。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
「…………」
人権を尊重している地域では奴隷を禁止しているしている場合があるが、この辺りでは奴隷は認められているのだろう。
ここで怒りのまま目の前の男を殴ってみろ。そんなことしたら俺は傷害で捕まるか指名手配になって旅どころではなくなるだろう。ここではこの男が正しいのだ。なにもおかしくないのだ。冷静になれ。
俺は怒りと何もできない悔しさから強く手を握り締める。爪が食い込み、血が出る。
隣に座っていたイレイナが立ち上がり、割れたグラスの傍にしゃがんで時間逆転の魔法を掛けて元の形に直していた。
「今度は落とさないように気を付けてくださいね」と言ってニノちゃんにグラスを渡していた。
先ほどまでの怒りなどまるで無かったかのように穏やかな口調で村長が礼を言ってきた。
「ほら、お前もちゃんと礼を言え」
「……ごめんなさい」
「ごめんなさいではなく、ありがとうですよ。ニノさん」
顔を上げたニノちゃんは泣き出しそうな顔で、「ありがとう、ございます」
こちらの方に戻ってきたイレイナが俺の手にも魔法を掛けて怪我を直してくれた。
……己の無力さを恨むよ。
村長が書斎に戻りエミル君とイレイナは何か話をしていたので俺は皿洗いをしているニノちゃんの方に足を運んだ。
「ニノちゃん。少しだけ聞きたいことがあるけど良いかな?」
俺がニノちゃんに話しかけると、彼女は一度手を止めて困った顔でこちらを見てきた。
「えっと、あの、今はお皿を洗っている最中なので……ごめんなさい……」
「ああ大丈夫大丈夫。手は止めなくてもいいよ。なんなら手伝おうか?」
「い、いえ……」
まあ俺みたいな今日初めて出会ったやつを隣に立たせたくないよな。とりあえず聞きたいことを聞くことにする。
「じゃあ聞きたいことなんだけど、誰か好きな人はいる?」
「え、い、いないです……」
哀れ、エミル君。
「エミル君のことはどう思ってる?」
「え、えっと……使用人の私にも優しくしてくれるお方だと……」
マイナスなイメージはないようだ。よかったよかった。
「ニノちゃんは何かしたいことは何かあるかい?例えばどこか遠くへ旅をしてみたい、誰かと一緒に遊びたいとか。何でもいいよ」
「い、いえ……特には……」
「将来の夢とかは?」
「あ、あの、先ほどから何を……」
そろそろ本題に入ろう。
「幸せって何だと思う?」
「…………分かりません。私はただの使用人ですから……」
やはり、か。
彼女は幼い頃に奴隷として売られ、あの男の家で過ごしてきたのだ。人としての幸せなんて分かるわけがない。
エミル君は頑張って彼女を笑顔にしようとしているようだが、今のままでは叶うことはないだろう。
彼女は俺たちに何度か笑みを見せていたが、嬉しかったり楽しかったからしたのではなく、相手を不快にさせないようにするために自然と身に着いてしまった偽物の笑みだったのだろう。
今の彼女の中身は空っぽだ。しかも、入れることができる量が少ない、栓が閉まったままの器である。この器に少しずつ中身を入れていくことで、栓を開けて中身を抜くことや許容量が増えていき、大きな夢や幸せを詰めることができるようになる。
言い方はおかしいが、栓が閉まったままの小さな器に一度にたくさんの中身を入れようものなら、中身を外に放出することができない器は内側から壊れてしまう。
少々ややこしい言い方をしたが、つまるところ今のニノちゃんだとエミル君が集めた幸せを見てしまったら、人としての幸せは自分には手に入らないものだと絶望してしまう可能性がある。
だから少しずつ、彼女に幸せを教えていってあげるのが良いだろう。
「うん、決まった。ニノちゃん、ありがとうね」
「は、はあ……?」
そうと決めた俺はまだ話し合っているイレイナとエミル君の所に向かった。
「プレゼントをあげるには絶好の機会じゃないですか?」
「!お姉さん、もしかして天才……?」
「ふっふっふ。もっと褒めてもいいですよ。あ、カイも褒めてくれてもいいですよ?」
「盛り上がっているところ悪いけど、それは駄目だ。一番やっちゃいけないことだ」
「え……」
「いきなり何を言い出すんですか?エミルさんが必死に頑張って集めたものなんですよ」
二人を部屋の隅の方に呼び、俺は先ほどのニノちゃんとの会話と俺の考えを二人に教えた。
「そんな……この瓶のせいでニノちゃんが絶望しちゃうだなんて……」
「…………」
エミル君は絶望したような表情をし、イレイナはあと少しで自分の発言が招くところだったことを想像したのかショックを受けていた。
「じゃ、じゃあお兄さん。僕はどうすれば良いのさ……教えてよ!」
「……正直俺にも何をすれば良いのか具体的には分からない。だから少しずつ彼女を奴隷から人にしていってあげてほしい」
「ど、どうやって?」
「そうだな……例えば二人でどこかに出かけてみるとか、一緒に遊ぶとかかな。後は何かプレゼントをあげてみるのはどうかな」
「プレゼント……」
プレゼントという言葉を聞いて、自分が持っている瓶を見つめるエミル君。
「この瓶は君とニノちゃんでたくさんの思い出を作って、幸せが一杯になった時にあげたら良いと思う。この後渡すプレゼントは、これとかどうかな」
そう言って俺は鞄の中から青い宝石がついたイヤリングを取り出してエミル君に渡す。
「これは?」
「見ての通りただのイヤリングだよ。彼女に似合いそうじゃないかな?」
「うん!……でもこれ貰っちゃって良いの?高いんじゃない?」
「良いの良いの。料理を作ってもらったお礼だと思って受け取ってほしい」
「お兄さん……ありがとう!」
その時丁度ニノちゃんが戻ってきた。
「さ、行っておいで男の子。彼女を守ってあげるんだぞ」
「う、うん!」
エミル君は小走りでニノちゃんの前まで行った。
「はい、ニノちゃん!さっき言ってたプレゼントだよ」
「え、えっと……」
「さあ、早くつけてみてよ!」
「は、はい……」
困りながらもイヤリングを耳につけるニノちゃん。うん、やはり似合っている。
「似合ってるよニノちゃん!今度一緒にどこかへ出かけようよ!」
「あ、え……村長様になんて言われるか……」
「大丈夫!父さんには僕からちゃんと言うから。もし何かされても今度こそニノちゃんを守ってみせるよ!」
「いえ、でも……」
「これは僕からのお願い。命令じゃないよ」
「…………はい」
そう言うニノちゃんの笑顔は、ぎこちなさこそあれど、今度こそ本物のように感じられた。俺はカメラを取り出し、シャッターを切った。
「もっとゆっくりしていけば良いのに」
この村に入ってきた時に通った二つの木の前で見送りに来てくれたエミル君と、ニノちゃん。その耳には青い宝石がついたイヤリングがあった。
「ごめんね、でも俺たちは旅人だから。次の目的地まで行かなきゃならないんだ」
「……また会えるかな?」
「それは君次第かな。もしかしたら、君たちが旅行に行った先で偶然出会うことがあるかもしれない」
「!」
「ニノちゃんも元気にやっていくんだよ。困ったことがあったら、この小さなナイト君に相談してあげてね。喜ぶよ」
「は、はい……」
「よし、それじゃあね。あ、ニノちゃんを守るのは良いけど魔法を使って誰かを傷付けたりするのは駄目だよ」
「…………ありがとうございました」
こうして俺たちはこの村を離れたのだった。
少しだけ寄り道をしたが、良い出会いだったのではないだろうか。
将来彼らに会える確率はとてつもなく低いだろうが、不思議とまた会える気がする。その時が楽しみだ。
幸せというものは人それぞれ。幸せはどこにでもあるけどその人に合った幸せを見つけるのは難しいことだ。
身に合わぬ幸せは、時として身を滅ぼす。そうならないために、まずは小さな幸せから見つけていこう。
あの二人と次会う時は、いったいどのくらいの大きさの幸せを抱えているだろうか。
今はまだ分からない。
「おっと、危ないよ」
俺の後ろを飛んでいたイレイナが急に俺の背中に飛び乗ってきた。慌てて彼女が落ちないようにする。
「…………私は駄目な魔女です。昔読んだ本の結末を忘れ、ニノさんの状態に気付かず、逆にエミルさんに瓶を渡させようとしました。カイがいなければ最悪の結末になっていたかもしれません」
「そんなことないさ」
「いえ、そんなことあります。この前だってカイが気付かなければアルテミシアさんを助けることはできませんでした。私は、一人じゃ誰も助けることができない駄目な魔女なんです……」
彼女は、俺の背中の上で泣いていた。
「俺が気付けたのは運がよかっただけ。花の国の時だってイレイナがいなければ彼女を助けることはできなかったさ」
「しかし――」
「これ以上自分を卑下するのはやめてくれないか。怒るぞ」
「…………」
「俺は今までイレイナが駄目な魔女だなんて一度も思ったことはない。あの村長がニノちゃんの胸倉を掴んだ時、俺は自分の感情を抑えるのに必死だった。何もしなかった。だけどイレイナは割れたグラスを直し、俺が自分で付けた傷も治してくれた。ありがとう」
「…………」
「今の俺がいるのは君がいてくれたお陰さ。君がいなければ俺は旅に出なかったかもしれない。君がいなければこの旅の楽しさが分からなかったかもしれない。君と一緒だから俺はここまで来れたんだ。だからもう一度言うよ。ありがとう」
「…………」
「これでもまだ自分が駄目な魔女だと言うかい?」
「……いえ、もう大丈夫です。私らしくありませんでしたね。忘れてください」
「ははは」
イレイナは、何笑ってるんですかーと言いながら何度も頭を叩いてくる。痛くない痛くない。少しは元気が戻ったようで良かった良かった。
それからも俺はイレイナを背負いながら次の国へと向かっていた。
どれくらい経った頃だろうか。
「……すぴー」
「あれ?イレイナ?……寝てる……」
彼女は寝ているようだった。
「むにゃむにゃ……ありがとうございます……カイ……」
こちらこそ、本音を教えてくれてありがとう。これからも一緒に楽しく旅をしよう。
原作の今回の話、「瓶詰めの幸せ」の回答例みたいな話が六巻に出てきます。一部参考にさせていただきました。
ニノを奴隷から人間にすることの最大の壁はエミルの父親である村長でしょう。ですが、心優しいエミルならきっと大丈夫。けれど再登場はないかな……?
最後のシーンは悩みました。
カイが気付かなかったら助けることが出来なかったり大変なことになっていたことが二回あり、今回は自分が背中を後押ししてしまったことがダメージを大きくしたと考えています。原作と違い、救えたからこそのダメージですね……。