草原を抜けた先にその国はあった。
王立セレステリア。大きな壁に囲まれた大きな国だ。壁に囲まれている国を見ると赤い髪の少年と出会った国のことを思い出す。
彼は今何をしているんだろうな。あの国の近くを通ることがあれば再び訪れてみるのも悪くないかもしれない。
そんなことを考えながら俺たちは目の前の国に入るために門へ足を進める。
「ようこそいらっしゃいました。失礼ですがお名前を聞いても?」
「イレイナです」
「カイです」
「滞在期間はどれほどでしょうか?」
「三日以内には出ていくと思います」
「魔女名は?」
お答えしよう。
「黒曜の魔女です」
「あなたには聞いておりませんが」
「まず魔女じゃないですよね。何言ってるんですか?」
こちらをジト目で見てくる門兵とイレイナ。やれやれ、手厳しい。
思っていたより冗談が通じなかった以上、俺から言うことは何もないので二人の問答の間はおとなしくすることにしよう。
「もう一度お聞きしますが、魔女名は?」
「灰の魔女です」
「……灰の魔女?」
「?何です?」
「あ、いえ。何でもありません。失礼しました。では入国料として銀貨一枚をお支払いください」
とある国と比べて良心的な値段だった。
俺たちは入国料を払い、門をくぐる。
「王立セレステリアにようこそ。灰の魔女様、黒曜の魔女様」
彼は思っていたより冗談が通じる人間だったようだ。
俺たちが国に入ってから少し経った。
イレイナと二人で歩いていた筈なのに、いつの間にか俺は一人になっていた。
最初の内は「綺麗な街並みですねー」なんて言っていたのを聞いていたのだが、少しだけ目を離した隙にいなくなっていたのだ。
悪意とかは感じなかったので誰かに攫われたとかではないだろうし指輪に魔力を込めてどこにいるのかも分かっているから問題はないのだが。
きっと見たいところがあったのだろう。別に必ず一緒にいる必要もないし、好きにさせておこう。
俺も少し気になったところがあるので、そこに足を進める。
「いらっしゃいませー。お、お兄さん旅人かい?」
「はい」
「今お兄さんが手に取っているのはこの国で大人気の本でね、おすすめだよ」
「まあ、せっかくだし買いますか」
「全巻だね。まいどありー」
俺が気になった場所、それは本屋である。
本屋なんてどこの国にもあるが、店頭に置いてあった本が『ニケの冒険譚』だったから少し気になったのである。
イレイナは旅を出る切っ掛けになったこの本を鞄に入れているようだが、俺は家にはあるが持ち歩いてはいなかったなと思って購入することにした。
ちなみに帯には『この国の偉大な魔女様が大絶賛!』と書いてあった。イレイナと気が合いそう。
丁度良いと思い、俺は店主に質問を投げかけた。
「ところでこの国の建物の間には洗濯物がかけられてますね」
「かけられてるね」
「魔力の消費を抑える為に低い場所を飛ぼうとする魔法使いが文句を言ったりしないんですか?」
「しないねー」
この国では、魔法使いのほうきによる事故で建物に被害が出ないようにわざと低い場所を飛べないようにしているらしい。
魔法使いは魔法使いでない人に配慮すべきだとこの国では考えられているようだ。
「この国には魔法学校があってね。名前の通り魔法も教えているんだよ」
「それはそれは。珍しいですね」
「あ、でもあそこの先生や生徒じゃないお兄さんは入れないと思うよー」
「まあそうですよねー」
予約とかしてないのに部外者が中に入れるわけないか。気にはなるが入れない以上仕方ない。
俺は店主に礼を言ってからこの国の観光に戻った。
それなりに歩いたと思うが、この国は大きいのでまだまだ見るところがあるだろう。
楽しみだなと考えていると俺の目の前に魔法使いの青年が降りてきた。俺と同じくらいの年齢だろうか?
「こんにちは。あなたが灰の魔女さんと一緒に旅をしている方ですよね」
「そうですが」
「僕は王立魔法学校の生徒です。あなたにお願いしたいことがあって来ました」
「頼み事?」
「僕たちと協力して灰の魔女さんを捕まえてほしいのです」
ん?
「……あの、もしかして彼女が何か犯罪でもしたのですか?」
「いえ、そうではなく僕たちはある方から彼女を連れてきて欲しいと言われてます」
「ああそういう……。そのある方というのはイレイナと会って何をする気ですか?」
「それは僕たちにも分かりません。ただ、事情を何も知らせずに彼女を連れてくるか強引に連れてくるように言われただけです」
「それで彼女は逃げたと」
「はい。もし僕たちだけでは彼女を捕まえることはできないようなら、あなたに協力を頼むようにも言われました」
「はあ……俺に……。その人は信用できるんですか?イレイナに危害を加えるような人物ではないと言えますか」
「はい。お願いします」
目の前の彼は俺を真っ直ぐに見つめて言ってきた。
何故イレイナに事情を知らせないで連れてくる必要があるのかは分からないが、少しでも危険だと感じたら彼女を連れて全力で逃げよう。
「分かりました。俺も協力しましょう」
「ありがとうございます」
俺は現在の状況やこの国の地図を見せて貰い、どう動くか決めることにした。
〇
理由は分かりませんが、私のことを捕まえようとしてくる生徒たちから逃げ続けて暫く経ちました。
途中から何人かは見かけなくなったので諦めたのでしょうか。人数が減った分、なおさら私を捕まえることなど不可能です。
そう油断している時でした。私の目の前に一人の魔法使いがほうきに乗って私の前に現れました。
黒い髪、金色の瞳で黒いスーツを着ている男性。そう、カイです。ほうきに乗るというか立ってました。
「やあイレイナ。良い天気だね」
「何ですか急に」
「ところで何も聞かずに俺たちと一緒にあるところに行かない?」
「行きません」
何故彼が生徒たちの方に加担しているかは分かりませんが、理由も聞かされないでついていくのは嫌だったので私は逃げました。
「やっぱりだめか。なら仕方ない」
後ろを見てみると、カイはほうきを操作してこちらに向かってきてました。
彼が相手だと私も全力を出さなくてはなりません。
私は杖を取り出していくつか魔法を放ちます。
「おおっと。危ない危ない」
しかしカイは苦も無く避けたり防ぎます。
「――君と君は――に、君たちは――に行ってくれ」
全部は聞こえませんでしたが、彼は一度停止して生徒たちに指示を出していたので今のうちに逃げることにしました。
「撒けたでしょうか」
生徒たちの姿が見えなくなってからもほうきを飛ばし続けたので暫くは見つかることはないでしょう。
なので今のうちにどこかに隠れようかと路地裏に入った時、それは間違いであったことに気付きました。
「ここで終わりです」
目の前にはほうきで飛んでいる生徒がいました。後ろ見ると、そこにも生徒が。
上には誰もいなかったので勢いよく上空に飛び出しました。当然追ってくる生徒たち。
今度は前方からも生徒がやってきました。
ならば左右のどちらかにと思いましたが、左右からも生徒が追いかけてきます。
今度は下かと考え、速度を上げて前方の生徒たちとぶつかりそうになる瞬間にほうきから飛び降り、ほうきを呼び戻す空中離脱をしようとした時でした。
「え――」
「捕まえた。あんまり危険なことはしないで欲しいかな」
誰かに抱きかかえられる感触。突然のことに驚いていた私の耳にカイの声が聞こえました。
どうやら私はカイに抱きかかえられているようです。
周囲の生徒たちから拍手をされます。
このまま抱きかかえられたままでいるのは嫌なので逃げ出そうと暴れますが、カイの腕はピクリとも動きません。
「こらこら、暴れない暴れない」
「むーっ!」
必死に動こうとしましたが、一人の魔女が目の前に現れたことで私の動きは止まりました。
「あ、先生……」
「皆さん、お疲れ様です。どうでしたか?実際に魔女を捕まえようとしても全く相手にならなかったでしょう?それに彼がいなかったら捕まえることなどできなかったのは理解してますよね。これが魔女や彼とあなたたちの実力の差です。年齢なんて関係ありません。そこにいる彼らは、あなたたちとは比べ物にならないくらいの実力者ですから」
彼女は微笑みながら私たちに言いました。
「お久しぶりです。イレイナ、カイ」
それは三年ぶりに会うフラン先生でした。
●
久しぶりに会うフランさんから学校で詳しい話をするからついてきて欲しいと言われた。
俺たちはフランさんの後に続いて王立魔法学校に向かった。
うーん。イレイナが魔女になる前もだったけど、この人のことを見てるとたまに頭が痛くなるんだよな。なんでだ?
いくら考えても答えが出ないまま、目的地の学校についていた。
学校の敷地内に着地した俺の胸元らへんから声が聞こえた。
「……あの……もう下ろしてください……」
「…………」
どうやらイレイナを抱きかかえていることをすっかり忘れていたようだ。
「……ごめん」
「いえ……」
イレイナを下ろした俺はしばらく彼女の顔を見ることはできなかった。顔が熱い。
フランさんが生徒たちに課外授業の終了と宿題を告げてから俺たちの方に歩いてきた。
「あらあら。もっと続けてても良かったのですよ」
「先生、一度海底に沈んで下さい」
「…………」
そんな会話をしてからフランさんはずっと前にこの国の国王から誘われて先生をしていたことについて教えてくれた。
一年もの間、学校を休んでイレイナを魔女にしてくれたようだ。感謝してもしきれない。
その後はフランさんは学校を案内してくれた。
「私を捕まえようとしていた学生さんたちもここの……生徒ですよね」
「ええ。課外授業の一環として、事情を知らせずに私のところまで連れてくる、もしくは強引に引きずってでも連れてくること、もし無理そうなら黒い髪に金色の青年に協力してもらうように指示したのですよ」
「……どうしてそんなことをしたんですか」
フランさんは俺たちの肩に手を置いて。「あなたたちに会いたかったからですよ」と小さな声で言った。
この人には敵わないな。
「どうして私たちがこの街に来ているって分かったんですか?」
「イレイナ。あなた、この学校に勝手に入ろうとしたでしょう」
「……あ」
「え?」
入ろうとしたのか、無断で。
後でイレイナと話し合った方が良いかもしれない。
「私が学校に来た時にその話を聞いて思ったのです。ああ、イレイナたちに違いないって。すぐに私は門兵のところまで行って、本当にあなたたちが入国したのかどうかを確認しました」
「げ、あの門兵のところですか」
フランさんに見られるなら変なこと言わない方が良かったか?
「?どの門兵か分かりませんが多分そうですよ。入国記録には確かにあなたたちの名前がありました。今朝、入国したのですよね?」
「ええ」
「はい」
あの門兵はユーモアがあって仕事もできるパーフェクト人間かもしれないな。俺の戯言は書かないでくれたようだ。
俺たちが来ていることを知ったフランさんは成績優秀者の課外授業を利用することにしたらしい。理由は自分一人で探すのは難しいかららしい。
フランさんは扉を開けて俺たちを部屋に招き入れ、ソファに座るように促してきたので、俺とイレイナは彼女と対面になるように座った。
それからも俺たちはいろんな話をした。
旅の途中で誰と出会い、何をして、どんな思いをしたか。どんな景色を観たか、どんな料理を食べたか、どんな文化があったか。
旅を初めてからの三年間の思い出は途切れることなく口から出ていった。
話の途中でフランさんが、「そういえば、あなたたちはいつ頃この国を出るつもりですか?」と聞いてきた。
「……明後日の朝に出国しようかなと考えています」
「明後日ですか」
「ええ」
出国の細かい日程は決めていなかった筈だ。それなのに明後日と言った理由、恐らくフランさんと長時間一緒にいると別れたくないという思いが強くなるからだろう。
「明日の予定は?何かやらなければならないことはありますか?」
「明日ですか。いえ、別に何も……」
「俺もないですね。何か用事でも?」
「はい。明日あなたたちに手伝って欲しいことがあるのですよ」
「家の片付けとかですか?」
「いえ、生徒の指導を手伝って欲しいのですよ」
「…………」
「…………」
「生徒の指導を手伝って欲しいのですよ」
二回も言われた。
イレイナはともかく俺もか。俺は魔法を使えるとはいえ、誰かに教えられるほどだとは思っていない。
まあ俺一人でやるわけではないし大丈夫かと考えた。
それからも俺たちは話を続け、いつの間にか夜になっていた。
「あら。もうこんな時間。今日はこの辺にして帰りましょうか」
校舎から出た時にフランさんから自分の家に泊まらないかと誘われたがイレイナが断っていた。
俺としてはどちらでも構わなかったが彼女がそうするなら俺もそうしよう。
俺たちは宿を探しながら歩いていた。
空には綺麗な月が浮かんでおり、俺たちを照らしてくれている。俺はイレイナの顔を見た。
「どうしました?嬉しそうな顔をしてますけど」
「今日は楽しかったからね。それに、嬉しそうな顔をしているのは俺だけじゃないさ」
その顔は、良い表情をしていた。
「そうだ、学校に勝手に入ろうとしたことについて少し話し合おうか」
「えっ」