雨上がりのじめじめとした空気の中、俺は荷車を引いて走っていた。
馬車くらいの大きさの荷車には、前いた国で俺たちが次に行く国に届けてほしいと依頼された蓋がされた木箱がいくつも載せられている。ついでにイレイナも乗っている。
「イレイナ―、乗り心地はどうだい」
「少し揺れますがほうきの操作に気を取られることなく景色を観れるのは最高ですね。カイが用意してくれたクッションのお陰で座り心地も問題ありません」
「それなら良かった」
たくさんの荷物と一人を乗せた荷車を引くのは大変じゃないかと気になる人もいるだろうが問題はない。イレイナが魔法を使って軽くしてくれてるし、このくらいの重さなら苦にならない。鍛えてますから。
「しかしこの木箱の中には何が入ってるんでしょうか」
「依頼主によると食料らしい。開けないように言われてるからね?」
「……分かってますよ」
変な間があったけどもしかして開けようとしてたのだろうか。もし開けて受取先の機嫌を損ねたら報酬が減るかもしれないから言って正解だったようだ。
今回の報酬は金貨十枚を受取先でもらうことになっている。食料を運ぶだけにしては大金だ。怪しい依頼だったが、誰かに取られる前に先に受けてしまうことにした。危険なことに巻き込まれそうになったらすぐに逃げるようにすれば大丈夫だろう。
俺たちは旅人だ。その国で起きる問題ごとに関わる必要はない。冷たい言い方かもしれないが、自分たちの身の安全の方が大切なのだ。
「お、あれかな」
俺たちがこれから訪れる国――魔法使いのための国が見えてきた。
門の前に着いた俺たちの前に、この国の門兵が出てきた。門兵にしては珍しく、三角帽子とローブを身に着けた魔法使いの装いをしていた。
「ようこそわが国へ。そちらの方は魔女様のようですけど、あなたは魔道士ですか?」
門兵は一度イレイナの方に顔を向けてから俺に質問してくる。魔女であるイレイナを見て本当に魔女かどうか確認されることは多いのだが、俺が魔道士かどうか聞かれるのは滅多にない。
魔法使いは基本的に自分が魔法を使えることを証明するためにローブや三角帽子を身に着けるのだが、俺はスーツを着ているだけだから
「はい。旅の魔道士と魔女です」
「ははあ、そうですか。失礼ですがお名前は?」
「カイです」
「イレイナです」
「カイ様にイレイナ様。なるほど。失礼ですがお二人は付き合っているのですか?それとも他に恋人でもいらっしゃいますか?」
「ん?」
「はい?」
こんなところで恋人がいるかどうか聞かれるとは……。これまた初めての経験だ。
俺たちが困惑しているのを感じ取った門兵は首を横に振った。
「失礼。邪な気持ちがあって聞いたわけではありません。ただ、魔法が使えない人間を恋人に持つ方ですと、この国に滞在されると不愉快な思いをされるものですから。それとカイ様は魔法使いだと分かるような恰好をすることをおすすめします」
「は、はあ……」
「それで、どうでしょう?」
「まあ、俺には恋人はいませんね……」
「私もいませんけど」
イレイナの答えを聞いて少しほっとした俺がいる。今まで訪れた国でこっそりと恋人でも作っていたらどうしようかと思っていたがよかったよかった。
俺たちの答えを聞いた門兵は頷いた。
「ではそちらの木箱の中身を確認させていただきます」
「一応依頼主から開けないように言われてるんですけど」
「それでも見させていただきます。おや、これは……」
「うわ……」
蓋が開けられた木箱の中を見てみると、きのこが隙間なく詰められていた。それを見たイレイナは慌てて荷車から降りた。
他の木箱の中身もきのこばかりだった。受取先の人はきのこ好きすぎでは?
「見たところ特に問題はなさそうなのであなた方の入国を許可いたします」
「本当に見ただけでしたね」
「……きのこが嫌いだからずっと見ていたくないとか触りたくないとかではないですよ?」
「……そうですか」
きのこ嫌いの門兵は門を開けてくれた。
「おほん。ではあなた方の入国を許可しましょう――ようこそ。魔法使いのための国へ」
そう言って深々と頭を下げていた。
●
国の中に入った俺は依頼を達成するためにイレイナと別れて受取先まで向かった。
道の途中、この国の様子に目を向ければ少々異様なことに気付くのに時間はかからなかった。
普通に道を歩き、買い物をしている三角帽子やローブを身に着けている魔法使いが多く見られる。しかし道の端の方では魔法使いではない人たちがぼろぼろの服を着て隠れるように――魔法使いと関わらないように歩いているように見えた。
なるほど、門兵が言っていたことの意味が分かった。この国では魔法使いではない人の立場は限りなく低いのだろう。理由もなく魔法使いに頭を下げている姿は見ていて気分が悪くなる。
だからといって俺にできることは何もない。きっとここではこれが普通なのだろう。
「魔法使いの姉貴!へっへっへ、靴舐めますよ」
「キモ……」
「まあそう言わずに靴出してくださいよー。杖でも良いっすよ。ひっひっひ」
「近寄らないで変態!」
「報酬は先払いって感じすか!あざーっす!」
「ええ……」
逞しいのもいるんだな……。
「さて、ここが受取先か」
俺の目の前には年季を感じさせる酒場があった。木でできたドアを叩く。
「すみませーん。こちらに荷物を届けに来ましたー」
店の中から足音が聞こえ、ドアが開けられた。出てきたのはまさに酒場のマスターと言った風貌の五十代くらいの男性だ。
「……中に入れ」
「えっと、俺はただ荷物を届けに来ただけなので報酬さえもらえれば良いんですけど」
「さっさと中に入れ。お前らはブツを中に入れろ」
マスターがそう言うと店の中からぞろぞろと男性たちが出てきて木箱を店の中へ持っていく。
とりあえず俺もついていくことにした。
俺はてっきり酒場のカウンターで一杯何か飲ませてくれると思っていたのだが、酒場の奥の部屋に隠されていた階段を下りさせられている。
だから俺は前にいた木箱を運んでいる男性に行先を聞くことにした。
「あのー。俺はこれからどこに連れていかれるんすかね?」
「……どこってアンタ。俺たちのアジトに決まっているじゃないか」
「アジト……?」
一体何のことだろうか。なんで俺が知っていること前提みたいなことになってるんだ。
「おい、お前もしかして何も聞かされていないのか?」
俺の後ろを歩いていたマスターが聞いてくる。
「俺はただこの荷物を運ぶように依頼されただけなんですけど」
「……そうか。ここまで来てしまったら仕方ない。お前、名前は?」
「カイです」
「カイ、これから俺たちの言うことを誰にも喋らないと約束できるか?」
「……俺たちに危害を加えないと約束してくれるなら」
「ああ、約束しよう」
階段を下りた先にあったのは円形状の広い空間。中央には大きな円卓と椅子。壁にはいくつかドアがあるのでその先に部屋か通路がまだあるのだろう。
ざっと見ただけでも何十人もおり、全ての人がぼろぼろの服を着ていた。恐らく魔法を使えない人たちだろう。
先ほどの男性がアジトと言っていたが、ここでは何が行われているんだ?
マスターが円卓にあった一番立派な椅子の横に立った。
「お前ら、例のブツがたった今届いた。これより我々の計画は最終段階に入る」
「うおおおお!」
「ついにこの時が来たか!」
「これであの憎い魔法使いたちに一泡吹かせられる!」
この場にいた人たちの歓声を聞けば分かる。何か良くないことを考えているのだろう。あまり関わりたくないことだ。
円卓の上に俺がこの国に運んできたきのこが入った木箱が置かれた。マスターは蓋を開けてきのこを取り出した。
「なっ――」
驚きのあまり声が出てしまった。何故なら、木箱にぎっしりと詰まっていたはずのきのこを少し取り出しただけで底が見えたからだ。
木箱の大きさからみても底が見えるのは早すぎる。つまりこれは――
「二重底……!」
「そうだ。そして中身はこれらだ」
木箱から剣や銃といった武器や爆弾が取り出され、円卓に並べられた。
「お前ら。この男は俺たちの武器を届けてくれた旅人のカイだ。無礼な真似はするなよ!」
「「「へいっ!」」」
「あなたたちは一体何をしようとしてるんですか」
俺はとんでもないことに加担してしまったようだ。
「簡単に言うと反乱だ。俺たちを見下してきた魔法使いたちに対するな。そしてここは反乱軍『______』のアジトで俺がボスの___だ」
「反乱……」
「奴らは魔法を使えない俺らを
「……銃や剣を持ったところで簡単に魔法使いには勝てるとは思いませんが」
「んだとテメエ!俺たちを馬鹿にしてんのか!」「若いからって調子乗るんじゃねえぞ!」「今ここで試してやろうか!」
俺の疑問は彼らを怒らせてしまったようで、何人かが俺に怒鳴ってくる。
「やめろお前ら!カイの疑問はもっともだ。魔法を使えば銃や剣を別の物に変えて無力化するなんて容易いし、遠くから魔法を撃たれたら近付くのは難しいし、銃の狙いをつける暇もないだろう」
「何か策でもあるんですか?」
「当然だ。九割の確率で成功すると睨んでいる」
自信満々に頷くマスター。
「その策を聞いても?」
「駄目だ。もう一度聞くが、このことを口外しないと約束できるか?」
「……本当に俺たちに危害を加えないと約束してくれるなら、ですけど」
いつでもここから逃げれるように全身に力を込める。全力で走ればここを突っ切ってイレイナのところまで行くことは可能だろう。
「さっきも気になったのだが『俺たち』と言ったな。連れがいるのか?」
「……はい。俺と一緒に旅をしている魔女です」
俺のせいでイレイナに危害が及ぶのだけは避けたい。反乱軍の目的が魔法使いな以上、何も知らない反乱軍の手によって魔女である彼女に矛先が向く可能性がある。だからここで彼女の存在を隠すよりは公にして俺の関係者だと教えた方がまだマシだろう。
「なっ、魔女だと」「俺たちが憎む魔法使いたちの頂点じゃないか」「やっぱりこのガキ、俺たちの敵なんじゃないか?」
想像は出来ていたが、俺の発言に反乱軍の部下たちがざわつく。
「ほう、魔女と一緒に旅をしているのか。魔女名と名前、特徴は?」
「灰の魔女イレイナ。長い灰色の髪に瑠璃色の瞳の女性です」
「分かった。お前とその魔女に危害を加えないと約束しよう。聞いたかお前ら!灰色の髪に瑠璃色の瞳の魔女には手を出すんじゃねえぞ!」
マスターの一言によって騒がしくなっていたアジトが静かになった。
どうやらマスターは本当に俺たちに危害を加える気はないらしい。
「魔法使いは憎いんじゃないんですか?」
「ああ憎いさ。だがそれはこの国の、だ。国の外から来た魔法使いを理由もなく憎いと思うほど俺は視野が狭まったつもりはない」
「俺も魔法使いですが」
「そうか」
俺が彼らの憎む魔法使いだと明かしても、マスターの反応は淡白なものだった。マスターの言っていたことに嘘はなく、ちゃんとこの国の魔法使いとそうでない魔法使いの分別は出来ているようだ。
「……分かりました。あなたたちのことは誰にも言いません」
俺が黙っているだけでイレイナの安全が保障できるなら安いものだ。
「そう言ってもらえると助かる。俺たちも無実の人間は殺したくないからな」
「もう行っても良いですか」
正直な話、早くここから離れたい。俺たちがいる間はやらないとはいえ、反乱を起こすつもりの人たちと一緒にいるべきではないからだ。もしこの国の政府や魔法使いたちにバレたら俺も同罪になってしまう。それだけは避けたい。
「駄目だ。お前が俺たちのことをばらさないとは限らない。だからここにいてもらう。もしこの場所が見つかったとしてもお前は何も知らないままここを訪れて俺たちに監禁されていたと言えば罪には問われないだろう」
「……俺が帰らないとなるとイレイナが探しに来ますよ。そうなると彼女は誰かにあなたたちのことを喋ってしまうかも」
しばらくしたらイレイナは俺のことを指輪を頼りに探しに来ることだろう。そうなると反乱軍のことを知ってしまい、無理やりにでも俺のことを取り返そうとする可能性がある。そうなるとイレイナが誰かを傷付けることになるかもしれないし、傷付けられるかもしれない。俺は彼女には無理をしてほしくないのだ。
「何が言いたい?」
「朝から夜になる前まではここにいましょう。しかし、夜になったら俺は宿に帰る。これならイレイナはここに来る確率は低くなるし、一日のほとんどの時間俺を見張ることが出来ます」
この提案は反乱軍側からすればほとんどメリットがない。なんなら俺が彼らのことを誰かに喋ってからすぐにこの国を出る可能性もある。それが分からない人が反乱軍のボスなどやっていないだろう。
「ほう、面白い。気に入った」
「え、良いんですか」
意外にもあっさりとこちらの要求を呑んでくれたので、俺の方が声を上げてしまった。
「ああ。だが宿はこちらの方で用意したところで泊まってくれ。それとお前が外出している時は部下を一人つける。監視のためだ」
「なるほど」
「ついでに俺たちの計画を実行するのはお前たちがこの国を出ていった後にしておこう」
「そこまでしてくれるんですか」
「言っただろう。気に入ったってな」
このマスター、俺が思っていた以上に懐が広い。イレイナを危険なことに巻き込みたくない俺にとって、この国に滞在中に反乱が起こる可能性がないというのはありがたい。
この人なら少し信用しても良いのではと考え始めている俺がいる。
「分かりました。ではイレイナに宿を取れたことを教えに行かないといけないので宿の場所を教えてください」
「ここだ」
マスターは俺に宿屋の位置に印をつけた地図を渡してくれた。
「お前が外にいる間はこいつがお前を見張る。こいつは有能だぞ」
「ふっふっふ。よろしゃす!」
「!?」
さっき見た魔法使いの女性の靴を舐めようとしていた男だった。罵倒されて嬉しそうにしてたこの人も反乱軍だったのか……。
ま、まあ気を取り直してイレイナと合流しようか。いや、その前にやるべきことがあったな。
「ここまで荷物を運んだ報酬を下さい」
「……ほらよ」
投げ渡された袋の中には金貨が十枚入っていた。よしよし。
●
反乱軍のアジトから出てから指輪に魔力を込め、イレイナの位置を探った。
少し離れた位置にいるけど問題はない。人がいない屋根の上を行けば時間短縮ができるだろう。
俺は屋根の上に跳んでイレイナの方に向かっ――
「待ってくださいよー。俺はそんなに高くジャンプできないし、それだとこの国の魔法使い様に会えないじゃないですかー。やだー」
「…………」
屋根から降りて普通に歩くことにした。
時間はかかったが、イレイナの近くまで来ることが出来た。問題なのは――
「魔法使い様ー。はっはっは、そのローブ俺が洗っておきやすよー」
「汚い手で触らないで!」
「俺の心はいつも綺麗ですよ?」
「今は手の話をしてるんだけど!?」
「あ、そうっすねー。すいやせんでした!靴と杖舐めるんで許してください!しゃす!」
「ええ……」
俺の後ろで行われるこのやり取りだ。これで五回目。しかもギリギリで俺のことを監視できる距離でやるのだ。有能なのだろうけど俺の精神を削ってくるのはやめてほしい。
そろそろ六回目が来そうで怖かったが、無事にイレイナを見つけることが出来た。
「イレイナ」
「カイですか。なんか元気がないですね」
「変な物を見せつけられてね……」
「はあ……?」
首をかしげるイレイナ。あれは彼女には見せたくないな。早めに用件を言うとしよう。
「今日泊まる宿を取ったんだ。案内するからついてきて」
「早いですね」
「たまには早くても良いでしょ。さあこっちこっち」
俺は地図に付けてもらった印の場所に彼女を連れていく。その途中で俺はイレイナと雑談をすることにした。
「俺の方は荷物を届けて報酬を貰って来たよ。はいこれ半分」
俺はイレイナに報酬の半分――金貨五枚を渡す。
「良いんですか?」
「荷物を軽くしてもらったからね」
「あなたがそう言うなら仕方ないですが貰っておきましょう。ありがとうございます」
そう言って金貨を仕舞うイレイナ。隠そうとしているが嬉しそうだ。
「ところでイレイナは今まで何してたの?」
俺が質問すると彼女の顔が曇る。
「列車に乗ってました」
「列車?」
「地面に敷かれた鉄の棒の上を走る大きな乗り物です。この国の魔女が作ったそうです。どのような仕組みで動いているかは全く理解できませんでしたが」
「へー、ちょっと興味あるなー」
乗ってみたいし仕組みも気になる。
「乗るのはおすすめしませんよ」
「え、そうなの?」
「はい。不愉快でした」
「うーん?」
凄く揺れて酔ったとか?イレイナがおすすめしないと言うのなら乗らない方が良いのかね。
「この国を出るまでの間、俺はやることがあるから朝と夜以外は宿にいないよ」
「何をするんですか?」
「バイトみたいなものかな。イレイナは?」
バイトみたいなものであってバイトではない。正直に話したところで余計な心配を掛けてしまうだけだ。
このことについて詳しく聞かれる前に、明日以降のイレイナの予定を聞いた。
「この感じですと雨が降りそうですし、宿の中で過ごすことになると思います」
「この国を出発するのはいつにしようか」
「雨が止んだらですかね」
「了解。そうだ、少しの間指輪を預かっておくよ」
「どうしてですか?」
「新しい機能でも追加してみようかなと思ってね。ちゃんと返すからさ」
「……分かりました」
イレイナは少しだけ不服そうな顔をしてから指輪を渡してくる。指輪に新しい機能をつけようとしているのは本当のことであり、前からいろいろ考えていたのだが、なかなか時間が取れてなかったので丁度良かった。これならイレイナが指輪を頼りに俺のところに来ることはないだろう。
マスターが取ってくれた宿だが、これが結構立派で宿泊費も高いだろうなと思ったが、数日分マスターが既に払ってくれていたらしい。良い人すぎないだろうか。
途中で反乱軍の名前とボスであるマスターの名前が書かれていないのは仕様です。
十六巻と画集を読みました。面白かったです!
今はドラマCDを聴いています。まだ途中ですけど面白いですね!