魔法使いのための国で起きた魔法を使えない人々による反乱が発生。その調査に向かった魔法統括協会のエージェントが首謀者と思われる人物の日記を回収。
以下にその内容を記す。
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○月×日
俺の幼馴染から日記を貰ったので書くことにする。と書いてみたものの、どう書こうか思い浮かばないので今日の出来事を最初から書いてみることにする。
朝早くから起きて、ほんの少しの朝食を食べてから働きに出る。俺のような魔法の使えない人間は、小さい頃に簡単な計算や文字の読み書きを窓ガラスが割れて風が入り放題の学校で短い期間教わったらすぐに働き始める。
魔法使いである幼馴染は俺が働き始めてから数年経った今でも、きれいな学校でいろんなことを教わっているらしく、俺はたまにある休みの日に彼女から学校の話を聞かせてもらっていた。
どんな授業を受けたかやどんな魔法を使えるようになったかを楽しそうに語る彼女との会話は、労働で疲れていた俺の心を癒してくれた。
話が脱線してしまった。案外一度書き始めると止まらないものだ。
昼も当然働き続ける。昼食なんてものはない。俺たち
幼馴染はこのことに不満があるらしいが、俺はずっとこの生活をしているので何が不満かは分からなかった。このことを彼女に伝えると、とても悲しそうな顔をしていた。
夜になるまで働いたら、その日の給料を貰って大通りから離れたところにある家に帰る。
俺の家は魔法使いが住んでいる家と比べると小さいものであったが、俺には心地良い広さだ。いつもなら先に帰って来ている両親が明りを付けているのが窓の外から見えるはずなのだが、今日は家の中は真っ暗だった。
まだ誰も帰って来ていないのだろうかと思いながら家の中に入ると、突然明りが点いて俺の両親と幼馴染が「誕生日おめでとう!」と言ってくれた。
そこで今日俺の十五歳の誕生日であることを思い出した。毎日生きるために働いている俺にとって今日が何日であるかなんて数えていなかった。
いつもより量が多く、豪華な食事を四人で食べ、幼馴染が家に帰る前に誕生日プレゼントとしてこの日記帳をくれた。
彼女は「あまり良い物じゃなくてごめんね……」などと謝っていたが、俺が普通に暮らしていたら一生手に入ることはなかっただろう代物なのでとても嬉しかった。そのことを彼女に伝えると「ちゃんと書くんだよ」と笑顔で言ってきたので、今こうして書くことになった。
初めて日記を書いて疲れたので今日はここまでにする。
○月×日
初めて日記を書いてからだいぶ時間が経ってしまった。十五歳になったことで仕事の量が増えてしまったのが原因で、家に帰ってから日記を書く余力がなかった。
今日は久しぶりの休みなので幼馴染と初めて会った日について書いてみようと思う。
俺と幼馴染が出会ったのはまだ俺が学校にも行ってない頃、両親が働きに行って俺は家に一人で留守番をしていたのだが、空腹に耐えきれず食べ物を求めて外に出た。
どこかに食べ物が落ちてないかと歩き回っていると、大通りにあるパン屋の前で俺と同じくらいの少女がパンを食べていた。
俺はそのパンを見つめていると、こちらの視線に気付いた少女がどうしたら良いのか分からずにおろおろとした後、恐る恐るといった感じでこちらに近付いてきてパンを半分にちぎり、「あげる」と言って俺に渡してくれた。
欲しいとは思っていたが、まさか本当に貰えるとは思っていなかったので驚いた俺は何故か周囲を確認してから受け取った。パンを食べてみると、俺がいつも食べているものよりも何段階も
俺が
俺がパンを食べ終わったタイミングで少女の両親らしき人物が来た。二人は俺のことを見るなり少女に何か言ってから彼女のことを連れてどこかへ行ってしまった。幼い俺にはよく分かっていなかったが、俺の着ているボロボロの服を見て
そのことを分からない腹が満たされた当時の俺は一度首を傾げてから家に帰った。
翌日。俺はまたパンが貰えないかと再びパン屋の前を訪れてみると、少女は昨日と同じようにパンを食べていた。
今度は俺の方から少女の方に近付くと、彼女は「また会ったね。今日はパパとママに見つからないようにあっちに行こ」と言って俺の手を引っ張って路地裏に入った。
誰もいない路地裏で俺たちは壁に寄りかかりながらパンを半分に分けて食べていたが、途中で少女が昨日急に帰ってしまったことを謝ってきた。どうして謝ったのか理解できなかった俺は「あ、うん」とだけ言ってパンを食べる手を止めることはなかった。
少女はそれで満足したのか今度は俺のことについて聞いてきた。しかしこれと言って何も知らない俺は適当に自分の生活のことについて話すだけだった。
俺の話を聞いた彼女は少し悲しそうな顔をした後、これからは毎日この場所で話をしようと言い出した。俺としてはパンが貰えれば良かったのでその場で了承した。
これが俺と幼馴染の出会いだ。昔を思い出しながら書いているといつもよりも時間の流れが早く感じる。明日に備えてもう寝よう。
○月×日
日に日に仕事量が増えていくばかり。数ヶ月振りの休みだ。
今回は前回の続きを書くことにする。
俺たちは毎日路地裏で会ってパンを食べながら話をしていた。基本的には少女が話し、俺が相槌を打ったりたまに質問するというものだったが、家で一人でいるよりは楽しい時間だった。その途中で俺たちは同い年であることも判明し、彼女は嬉しそうに笑っていた。また、彼女が魔法で玉を作ってそれを動かして見せてくれ、俺は初めて見る魔法に目を奪われた。いや、どちらかと言うと魔法を使う彼女に目を奪われたと言った方が正しいのかもしれないな。
いつしか俺が路地裏に足を運ぶ目的はパンではなく彼女と会うことになっていた。
俺が一人で出かけていることに気付いた両親は何をしているのか聞いてきたので俺は正直に答えた。俺が楽しそうに語る姿を見て二人は危なくなったらすぐに逃げることを条件に、これからも路地裏に行くことを許してくれた。
しかし楽しい時間も長くは続かず、俺たちはそれぞれ学校に通うことになった。少女はもう会えないのではないかと泣きそうな顔をしていたが、会う機会が減るだけだと訂正してやると一変して笑顔になった。
それからもお互いの学校が休みの日に会って学校での出来事を教え合った。魔法使いは俺よりも偉い存在だと教えらえれたことを話すと、彼女はそんなことはないと言っていた。「魔法を使える人も魔法を使えない人もお腹が空いたらパンを食べるし、一緒に楽しくお喋りができる。そこに違いはないよ」とのことらしい。
魔法使いである彼女と長い間話をしていた俺も同じ考えだった。この国の在り方には疑問を感じたりはするが、だからと言って不満かと言われればそんなことはない。こうして彼女と話をしていられれば十分だったからだ。
俺たちの関係は何年経っても変わることはなく、俺が学校を数年で卒業して働き始めてからも彼女と話をし続けた。彼女は友達がいないらしく、他に話をする奴がいないのか聞いても「私と話が合うのは君くらいなのよ」と言って顔を逸らされた。普段笑わない俺だったが、そんな彼女の様子を見て珍しく声を上げて笑ってしまった。彼女は俺の肩を叩いてきたが俺が笑い止むことはなく、次第に諦めていった彼女は「幼馴染と言える人は君だけなんだ」と開き直ったのか笑顔で言っていた。
この時の俺は幼馴染というものがどんなものかイメージがついていなかったのだが、彼女から幼馴染という単語が出たことで俺たちのような関係を言うのだなと理解できた。そう、魔法を使える彼女と魔法を使えない俺は幼馴染なのだ。俺の中で少女から幼馴染に変わった瞬間だった。
ある日、俺は滅多にない両親が二人とも休みの日に彼女のことを家に招いて二人に紹介した。両親は魔法使いである幼馴染のことを見て膝をついて頭を下げようとしていたが、彼女はそれを止めて自己紹介をした。
幼馴染の自己紹介が終わった後は、両親も慌てて自己紹介をしてから四人で椅子に座って話をすることになった。
話の内容はいつどこでどのようにして出会ったのかや、これまでどんな話を二人でしていたのかを軽くするだけだった。最初は畏まった様子の両親だったが時間が経つにつれて素の二人になっていき、最終的には俺と話すときと同じような態度で幼馴染と喋っていた。
夕方になって幼馴染が帰った後、父が「良い娘だったな、またうちに呼んであげな。しかし、彼女に迷惑かけないようにするんだぞ」と言ってくれた。
両親に幼馴染のことを認めてくれて嬉しかった。
彼女との思い出を書いてると分かる。俺はきっと――
○月×日
いつの間にか俺たちは十八歳になっていた。毎日働いていると時が過ぎるのが早く感じる。幼馴染と毎日話している間は一日が長く感じられたのだがな。
今日は幼馴染が魔女見習いになるための試験を受けると言っていたので俺は頑張って休みを取った。試験はもう少ししたら行われるらしいので今のうちに日記を書くことにした。
魔女というのは魔法を使えない俺たちよりも偉い魔法使いの中でも一番偉く、その魔女になるためには魔女見習いになる必要があるらしい。
魔女になると俺なんかじゃ辿り着くことが出来ないような地位に就くことが出来るらしいのだが、普段からそういったものに興味を示していなかった幼馴染が何故魔女になろうとしているのか聞いてみると、「私は魔女になってこの国の歪みを正したいの。時間は掛かるかもしれないけど、いつか君と一緒に堂々と街を歩きたいからね」と彼女は真剣な表情で――それでいて優しさを感じさせる顔で自身の夢を語ってくれた。
幼馴染が俺のために魔女になろうとしている。そう考えた時、俺は今までにないくらい嬉しかった。
もしも彼女が俺を好きでいてくれているのなら。もしも彼女が魔女見習いの試験に合格したのなら。俺は彼女に告白したいと思う。
今は表立って一緒にいることは出来ないかもしれないが彼女の夢が叶えられたその時は盛大に結婚式というものを挙げてみたい。
――少し気が早かったかもしれないな。今はここまでにしておいて幼馴染の試験を隠れて見ることにしよう。
彼女は試験に受かった。いつもの路地裏で告白した。彼女は俺の婚約者になった。
(ここから先は線が大量に引かれていて解読不能)
○月×日
この前は嬉しさのあまりにいろんなことを書いてしまったが、恥ずかしかったので消した。
俺が婚約者――当時はまだ幼馴染だったな――の魔女見習いになるための試験を見に行った時、外で実技試験を行っていた。俺は魔法使いたちに見つからないように木の裏に隠れた。
既に何人かの魔法使いは脱落していたようで地面には悔しそうにしている魔法使いの姿があった。幼馴染はどうなったか空を見上げると、ほうきに乗って他の魔法使いに魔法を撃っている幼馴染の姿が見えた。
まだ落ちずに残っていたようだが、他の魔法使いからの攻撃に対応するのに精一杯といった感じで見てるこっちを心配させる動きだった。
このままでは落とされてしまうだろうと思っていた時、彼女と目が合った気がした。一瞬のことだったので気のせいかと思ったのだが、それからの彼女の動きは凄まじいの一言に尽きる。
まず目の前にいた魔法使いが放った火の魔法を紙一重で避けてから風の魔法で反撃して逆に吹き飛ばしていた。次に後ろから突撃してきた魔法使いを見ることなく魔力の塊で叩き落としていた。
次々と他の魔法使いを落としていき、残っている魔法使いは彼女ともう一人の二人だけになった。
幼馴染が火の魔法を放つと氷の魔法で凍らされ、風の魔法を放たれたらほうきで回避をする。そんな攻守の入れ替わりが激しい戦いをしばらく行っていた。
勝負が動いたのは彼女がほうきで高くまで飛び上がって太陽を背にした時だ。相手の魔法使いは彼女から目を離すまいと上を向いたが太陽の眩しさに目を薄めてしまい、その一瞬を見逃さなかった彼女が後ろに回り込み杖を突き付けたことで勝負は決した。
俺はいつもの裏路地で待っていると胸に桔梗のコサージュを付けた満面の笑みを浮かべた幼馴染が歩いてきた。
俺は片手を上げて挨拶をしてから合格おめでとうと言ってやると「ありがとう。君のお陰で私は夢に一歩近づけたよ」と嬉しそうに答えた。
どうやら魔女見習いになった魔法使いは魔女の弟子となって修行を積む必要があるらしい。俺は彼女に師匠にする弟子は決めたのか聞くと「ううん、まだ見つけてない。この国にいる魔女は私の考えに共感してくれる人はいないはずだから、私は国の外にいる魔女の弟子になるつもりだよ」と教えてくれた。
彼女の答えを聞いて俺はそうだなと納得するのと同時に、彼女がこの国を出ていくことに対する寂しさを覚えていた。どうやら顔に出ていたらしく「今はまだ出ていかないから安心して」と小さく笑っていた。
そんな彼女の笑顔を見て俺は今が告白するタイミングだと思い、これまでで一番の勇気を振り絞って告白をした。どんな言葉を言ったのかは書かない。
俺の告白を聞いた彼女は少し驚いた顔をした後、さっきと同じように小さく笑って「うん、喜んで」と受け入れてくれた。俺は嬉しくて大声を上げそうになったが、彼女が俺の唇に人差し指を当てて「けど、今はまだ私たちの関係を公に出来ないから婚約者ってことにしていてね」と呟いた。
まさかの恋人ではなく婚約者の関係になった俺たちだったが、彼女もそこまで俺のことを好きでいてくれたことがとても嬉しかった。
両親に報告しなければならないと彼女は帰り、俺も家に戻って両親が帰ってきたらこのことを伝えた。俺の両親は嬉しさから涙を流しながら俺たちのことを祝福してくれた。
両親がいて婚約者がいる――ああ、俺はなんて幸せなんだ。
○月×日
両親と婚約者が政府に連れていかれた。
婚約者が魔女見習いになってから半月ほど経った夜。家族全員が寝ている時にドアが強く叩かれ、父が開けるとそこには数人の魔法使いが立っており、国家反逆罪の疑いで連行すると言い出して俺の両親を連れ去った。
俺には意味が分からなかったから他の魔法使いに指示を出していた魔法使いの男に理由を聞いてみると「
その横暴な態度に対する怒りと両親を連れ去られたくないという思いから俺はその男に殴りかかったが、杖を一振りするだけで吹き飛ばされて気絶してしまった。
俺が目覚めた時は既に朝になっていて、家の中は荒らされており、俺以外には誰もいなかった。俺の目の前の床に紙が置いてあったので読んでみると、両親には取り調べをするから大人しく待っていろという命令が書かれていただけだった。
その日の仕事のことなど頭から消えた俺は家を出て大通りに向かうと、何やら国中がざわついているのを感じた。
嫌な予感を感じながら足元に落ちていた『号外!』と書かれた新聞を拾って読んでみると、俺の両親と婚約者が裏でつながって国を転覆することを企んでいたと書かれていた。両親がこのことを自白し、婚約者も既に連行されているとされていた。
あの三人がそんなことを企むはずがないと思っているのは俺だけだったようで、通行人たちからは「怖いわねえ」「
俺はこれから政府に乗り込む。この日記には俺の書きたいことを書いておいた。日記は俺の家に置いておくからもしも誰かがこれを読んだのであれば――どうか、俺のことはいいからあの三人を助けてあげてくれ。
(解読不能な文字や血、濡れた跡が十数ページにわたって続いている)
○月×日
両親と婚約者が殺された。
あの後政府のところに行ったら、「貴様もあの三人の仲間か!」とこちらの話を聞くことなく俺は牢屋に入れられた。始めのうちは何度も開けてくれだとか出してくれとか叫んでいたのだが、次第に疲れや諦めから声を出さなくなっていった。
牢屋の中には窓がないため、どれくらい時間が経ったか分からなかった。誰かが来ることもなく、何かが起こるわけでもなかったので俺はただ壁に寄りかかっているだけだった。
何十回目か忘れたが空腹であることを訴える音が腹の方から聞こえたところで、一人の魔法使いがやってきて牢屋の鍵を開けて「お前みたいな奴に金を払う奇特な奴もいるんだな。さっさと出ろ」と言って俺のことを追い出した。
何が何だか分からないまま外に出た俺に、俺と同じくらいの年齢の二人組の旅人が話しかけてきた。一人は和服の上からローブを着ている黒の髪と瞳をした男性。もう一人は三角帽子とローブを身に着けている金の髪と瞳をした女性だった。男性の方はシン、女性の方はエイラと名乗った。
彼らは話したいことがあると言ってから俺の家まで移動した。家の中は俺が出ていった時と何も変わっておらず、人が住むには難しいくらいに荒らされたままだった。
女性が魔法でテーブルと椅子を用意し、俺はそこに座って二人から事情を説明してもらった。それは俺に絶望を与えさせるものだった。
まず俺の両親が連れていかれたのは両親が国の外から来た二人組の旅人に『息子とその婚約者を国の外に連れて行って欲しい』と事情を説明すると同時に依頼したところをこの国の魔法使いが遠目から見ており、怪しいと思ったのか政府に報告した結果、政府の上層部が国家転覆を目論んでいると勝手に結論付けたのが原因らしい。
当然両親は容疑を否認していたのだが、自分たちの間違いを認める気がない魔法使いたちは二人を痛めつけて無理やり事実とは異なる罪を認めさせられた上に、俺の婚約者は誰かも吐かせられた。
政府は俺の両親や婚約者のことを悪人に仕立て上げて新聞社にこのことを広めるように仕向けた。俺が読んだ新聞がそれだっただろう。
俺が捕まっていた期間は一週間。その間に両親は
婚約者は俺が牢屋から出てくる前日に
両親が依頼をした二人組の旅人というのが俺に事情を説明した彼らのことであり、依頼を受けた二人は俺たちのことを受け入れてくれる国や魔女を探して国外に出て行き、戻ってきた時には全てが終わっていたそうだ。俺に会うためにこの家に訪れたところ、日記を見つけて俺のことを迎えに来たようだ。
話を聞き終わった俺はその話を信じることが出来なかった。さっき知り合ったばかりの旅人にいきなり俺の大事な人たちが死んだなどと言われて簡単に信じるなど……いや、信じたくないという思いから必死に否定した。
そんなの冗談だろ、俺を馬鹿にしてるんだろ、ふざけるのもいい加減にしてくれ、頼むから嘘だと言ってくれ。そんな俺の口から出てくる言葉に彼らはただ首を横に振るのみ。
彼らが婚約者が処刑されたことが書かれた新聞紙を取り出したことで俺は事実を認めざるを得なくなり、俺は地面に蹲って叫びながら頭を掻きむしった。俺が大声を出しそうになった時に止めた彼女はもうこの世にはいなかった。
どれくらいの時間叫んでいたのかは憶えていないが、叫びすぎた影響で喉が傷付いて口の中は血の味がしたし頭を掻きむしりすぎて血が大量に流れていた。
俺のことを心配したエイラが駆け寄ってきて魔法で俺の体の内外に時間を掛けてできた傷を一瞬で治した。己の無力さや魔法という力の強大さを見せつけられた気がした。その瞬間俺は激昂して彼女を殴ろうとしたが、シンが間に入ったことで俺の拳が彼の顔に入った。彼は何か言おうとするエイラを止めて「僕たちがもっと上手く動けていればこうはならなかった。謝って済む問題ではないのは分かっているが、それでも謝らせて欲しい。すまない……」と土下座をしていた。
俺はふざけるなと思った。お前たちがこの国に来なければこんなことにはならなかった、お前たちが早く帰って来ればこんなことにはならなかった、お前たちのどちらかがこの国に残っていればこんなことにならなかった、俺の体を治したように彼らのことも治してくれ――そう言ってやりたかったが、俺の口からは何一つとして言葉は出なかった。ただ彼の姿を見ていることしかできなかった。
ようやく俺の口から出たのは「顔を上げてくれ」という言葉だけだった。二人が悪いわけではないのは分かっていたが、だからと言ってお前らは悪くないだとか許すだとか言えるほど心に余裕はなかった。俺は無言で椅子に座るように促して話の続きをしてもらった。
二人はテーブルの上に大きな袋を置いた。中を見てみると、百人の俺が一生働いても稼げないくらい大量の金貨が中に入っていた。シンは「君はこの国でとても辛い思いをした。だからこの国から出て新しい幸せを見つけてほしい。どうか、お元気で」と言ってエイラと一緒に家から出ていった。
俺はその金を見つめたまましばらく動かなかった。シンはこのお金を持って国外に行って幸せになって欲しいと言っていた。たしかにこの国にいたままだと俺は幸せになることは出来ないだろう。しかし、だからと言って他の国でなら幸せになれるとは思えなかった。俺の幸せは大切な人たちと一緒にいることだった。
彼らがいない人生に意味はない。俺はこのまま自殺でもしようかと思った。けれど、目の前の金を見て考えてしまう。
俺のような奴を出したくない。ならばこの金を使って俺が彼女に婚約者に代わってこの国を変えるべきなのではないかと考えてしまう。――いや違うな、これから俺が行おうとしているのは復讐だ。彼女の無垢な夢を言い訳にするわけにはいかない。
俺の恨みをこの国の魔法使いたちに晴らす。俺一人じゃ何も出来ないから仲間を集めよう。奴らを確実に殺せるような計画を練ろう。この国の魔道士、魔女見習い、魔女全てが敵だ。
だが忘れてはならない。俺の標的はあくまでもこの国の魔法使いであるということを。魔法使いというだけで憎むようなら、魔法を使えないというだけで
――この国に、俺たちに優しくしてくれた魔法使いはもういない。
○月×日
もうこの日記に書き込むことはないだろうと思っていたが、なんだか懐かしい気分になってしまったので書くことにする。
あれから三十年近く経った。俺と同じようにこの国の魔法使いを倒したいという奴らを集めて反乱軍『
俺はあの旅人が残してくれた金を使って酒場の店主として働く傍ら、この国を訪れた商人に武器や物資の調達を依頼していた。
今回は俺たちの計画の最終段階として武器を大量に注文していたのだが、それを届けてくれたのがあの時の二人を足して割ったような外見をした青年だった。名前はここに書くべきではないだろう。
その青年は俺たちのことを知らなかったらしく、反乱軍について説明してやると驚いた顔をしていた。あいつの話を聞いてみると女性と一緒に旅をしているらしく、ますますあの二人みたいだなと思ってしまった。
あいつには俺たちのことを漏らされてしまったら困るので朝から夜までアジトにいてもらうことにした。最初は一日中俺のアジトに監禁しようかと思っていたのだが、あいつのことが気に入ってしまったのかもしれない。こちらにメリットがない条件を提示してきたからだろうか、それともあの二人の面影を見出してしまったからだろうか。なんとなく、こいつなら信じてみても良いだろうと思ってしまった。
念のため、俺たちの中では一番を争うくらい有能なルビアに見張らせたが誰かに漏らすような素振りはなかったらしい。その報告を聞いた俺は自分の眼に狂いはなかったことに安心した。ルビアからは「珍しく嬉しそうですね」などと言われてしまった。
数日間あいつと一緒にいた仲間からの評判は良く、仲間に引き入れたいと思っている奴は多かった。しかし、だからこそ俺たちの戦いに巻き込むわけにはいかないと本気で勧誘をする奴はいなかった。俺だってあいつを仲間に入れるつもりはない。彼には幸せになって欲しかった。それだけのことだ。
ある日――今日のことなのだが――の早朝。いつもよりも早い時間にあいつが俺のところまでやってきた。どうやらこの国から出ていくようだ。その顔は暗かった。
あいつのことを見ていると昔のことを思い出してしまうので、あの二人に対する罪悪感からか少しだけ口を滑らせてしまった。俺の過去を聞かせるつもりはなかったので適当に誤魔化しておいた。
あいつが門の方に歩いて行くのを確認してから俺は仲間に明日の朝――列車に一番魔法使いが乗る時間帯――に列車を爆破、俺たちの反乱を始めることを伝えた。
今度こそ、もうこの日記にペンを走らせることはないだろう。これは俺のアジトの奥に置いておく。結果がどうあれ俺はここに戻ってくる気はない。
もしも誰かがこの日記を見つけたのなら、この国の現状を多くの国に知らしめて欲しい。
最後に、今までなんだか恥ずかしくて書けなかったことを書かせてもらう。
――俺ことスノフは、幼馴染で婚約者のレンのことを愛してます。今までも、これからも。
○
協会の上層部による議論の結果、途中で記載されていた旅人の名前や外見的特徴、内容の一部を添削して各地に存在する支部を通じて公表することに決定。
――魔法統括協会が公表した今回の事件の首謀者の日記が、黒髪に金色の瞳をした旅人や過去に国を訪れた二人の目に留まることはなかった。
花言葉
・スノーフレーク:『皆をひきつける魅力』
・レンギョウ:『希望』
・サルビア:『家族愛』