季節は冬である。雪が降り積もって辺り一面が真っ白になっている光景は好きだ。
気温もすっかり低くなっており、俺はいつものスーツの上からコートを着ていた。着なくても寒さに耐えられるが、着ない理由がないため着ることにしている。
マフラーを巻いたイレイナは現在パン屋で買い物をしている。イレイナは気付いてないが、マフラーは俺が編んだものだ。どこかの店で買ったものだと思っている彼女にこのことを旅が終わった後に打ち明けるのが楽しみである。あ、でも乱暴に扱われてから捨てられたりしたらショックだな……。
話は戻すが、イレイナがどのパンを買うか少々時間が掛かりそうだったので俺は近隣の店を見て回ることにした。
八百屋に肉屋、本屋などの店を見て満足した後は次に作る魔道具について考えることにした。
「どこでもパンを作れる魔道具……。いや、パンが焼きあがるまでの時間を考えたら魔力の消費量が馬鹿にならないからなしだな……」
イレイナは喜ぶだろうけど、現実的ではないな。
「建物の中から逃げるときに床や壁に穴をあける魔道具なんてどうだ……。よし、それでいこう」
別に誰かに渡したりしなければ犯罪に使われることはないだろうし問題はなさそうだ。名前はどうしようか。『開けるくん』は既にあるから……穴……丸……そうだ、『丸いくん』とでもしようか。
「ん?」
誰かが俺のコートの端を引っ張る。下を見てみるとロングコートを着た子どもがいた。フードを被っていたので顔は見えなかった。
「どうしたんだい?」
「お姉ちゃんを助けて……」
「……詳しく聞かせてごらん」
どうやらただ事ではなさそうだ。
「え、良いの?」
「良いよ。お兄さんが出来ることなら協力してあげるよ」
「えっと……その……どこから話したら……」
「最初からで大丈夫だよ。一度深呼吸してからゆっくりとで良いよ」
「うん。……わたしたちは山で暮らしていたの」
目の前の少女――ミリーナちゃんは自分たちの境遇について話してくれた。
以前は山で両親と姉の四人で暮らしていた。しかしある日、両親が狩りに出かけ、姉と二人で待っていたのだがその日のうちに帰ってこなかった。
翌日、この国の役人と三人の商人が彼女たちの両親の遺体を届けた。突然の両親の死にまだ幼い姉妹はしばらく泣き続けた。
幼い姉妹だけでは生きていくことは叶わないのは目に見えていたので、役人はこの国で保護することを提案。商人が両親の墓を作ってから彼女たちは国に連れていかれ、家や食事、お金が与えられた。
両親との死別――それだけでも十分悲しい出来事だ。しかし、ミリーナちゃんたちに起きた不幸はそれだけでは終わらなかった。
国に来てから数日後の夜、商人たちがナイフとたいまつを手に彼女たちの家に忍び込んだ。
最初に姉が見つかり、商人たちは姉に暴行を加えた。彼女が何を言おうと、何をしようと暴力が襲い続けた。
ミリーナちゃんは姉を助けようと商人が姉を殴るために一度置いたナイフを手に取り、商人の背中に刺そうとした。
その時、ナイフを握った彼女の手を大きな皺くちゃの手が包み込んだ。顔を上げるとそこには一人の老人がいた。
老人はミリーナちゃんの手を下げさせ、「その手を汚してはいかん。ここは儂に任せなさい」と言って商人たちを目に見えない一撃で気絶させていった。
姉の傷を老人は魔法で治し、姉にしか聞こえない声量で何かを言ってから気絶した商人たちを連れてどこかに去っていった。
呆然としていたミリーナちゃんは慌てて姉に近寄って大丈夫か心配したが、姉は「私がミリーナを守らないと……。この国の人たちから守らないと……」と虚ろな表情で繰り返し呟いていた。
それ以来姉の様子が変わってしまい、自分たちを心配してくれている国の人たちを威嚇するようになり、役人が置いて行った食事やお金を捨てるようになってしまった。
ミリーナちゃんは何度も声を掛けたが、「大丈夫、ミリーナはお姉ちゃんが守るから」と言葉は届かなかった。
そしてミリーナちゃんはこの国で見たことのない人物――俺のことを見つけて助けを求めたということらしい。
「なるほど……ね」
「わたしたちのこと、助けてくれる……?」
酷い話だ。彼女たちに襲い掛かった商人も、彼女たちを守れなかった役人も、後のことの面倒を見なかった老人も何もかも。
聞けばミリーナちゃんの年齢は十歳だという。姉は二つ上の十二歳。もっと周りが面倒を見てあげるべきだったのだ。
恐らく役人も老人も悪気はなかったのだろう――重要なことを見落としてただけで。
辛いことがあった時、誰かが傍にいてあげるべきである。生きるために必要なものを与えるだけや、助けた後に一言だけ言って去るのは間違いだと俺は思う。
だからこそ俺は――
「分かった。俺は君たちの助けになろう」
彼女たちの傍にいてあげるべきなのだろう。
「ホント!?やったあ!」
「だけど、お兄さんには一緒に旅をしている人がいるからその人にも話をしないとね。大丈夫、優しい人だから一緒に協力してくれるよ」
「うん!ありがとう!」
嬉しそうに笑う彼女の頭をなでる。おや?
「角……?」
「……わたしたち、獣人なの。もしかして嫌だった……?」
フードを取って不安そうな顔を見せてくるミリーナちゃん。その髪は金色で、白い肌をしていた。そして一番目立つのは頭から生えた羊のような角だろう。
「いやいや、少し驚いただけだよ。その角の可愛さにね」
「よかったあ……」
「じゃあ俺の旅の同行人のところまで移動しようか」
「分かった!お兄ちゃん!」
お兄ちゃん……お兄ちゃんか……。良いかもな……。俺は一人っ子だから新鮮な気分だ。弟か妹がいたらこんな風に呼ばれてたのかな。
「どうしたの?」
「何でもないよ、行こうか。ところで壁や天井に丸い穴をあける道具の名前が『丸いくん』ってどう思う?」
「凄くダサい!」
「凄く!?」
凄くショックを受けた俺はミリーナちゃんと手をつなぎ、イレイナがいるパン屋に向かった。
ミリーナちゃんの手は柔らかくて暖かった。俺の手とは逆だな。
●
道を進んでいると、向こう側から歩いてくるイレイナとその隣に見知らぬ男性の姿が見えた。
「あっ」
「……!」
ミリーナちゃんを見て驚いた男性は逃げるようにどこかへ行こうとする。しかし、ミリーナちゃんが男性の服を掴んだのでそれは叶わなかった。
「イレイナ、彼は?」
「この国の役人さんらしいですよ。魔女である私に依頼があるらしく、移動している最中でした」
「役人?そうか、彼が……」
先ほどの話に出てきた役人というのは彼のことなのだろう。ミリーナちゃんたちのことに対して負い目を感じているのだろうか。
「ところであの少女と手をつないでいましたけど彼女とはどんな関係なんですか?何も知らない少女に変なことでもしようとしてたんですか?警察に突き出しますよ」
え。
「いやいや、そんなこと考えてないよ」
「怪しいですね。その慌てぶりは特に」
「ミリーナちゃんとはさっきそこで会ったばかりで――」
「ちゃん?」
「俺が年下の女の子をちゃん付けで呼ぶの知ってるでしょ。俺は彼女に頼られただけ」
「ふうん……」
信じてないのか……やましいことは考えてないのに……。
「お兄ちゃん!この人がさっき話した役人さん!」
「お兄ちゃん?」
やばい、何故かイレイナの顔を見ることが出来ない。俺悪いことしてないはずなのに……。
「……ミリーナちゃん、君は天使のような笑顔で俺を地獄に叩き落とすね……」
「んー?」
「……皆様、もうよろしいですか?」
いつ会話に参加したら良いか分からなかったのか、困った顔をした役人がそう尋ねてきた。この状況を変えたい俺には渡りに船だった。
「良いですよ良いですよ。移動しましょうか、そうしましょう!」
「…………」
イレイナからの視線が痛い……。
俺たち四人は一緒に移動することにしたが、ミリーナちゃんが俺の手を掴んできたことで隣のイレイナからの視線がさらにきつくなった。本当に彼女に手を出そうとは考えてないって。だから犯罪者を見るような目でこっちを見ないで下さい……。
隣から発せられる気配に俺の限界が来そうだったが、その前に応接間に通され、役人とテーブルを挟んで向かい合う形で俺たちはソファに座った。……ミリーナちゃんは俺の隣に座った。彼女の反対側に座っている人物に腕を抓られた。痛いっス。
「それで、依頼とは何でしょう?あ、パンを食べながら聞いても?」
イレイナが尋ねた。え、パン食べながら聞くの?まあでも俺も小腹が空いてきたし貰おうかな。
「……どうぞ」
「どうも」
「俺もパンを貰っても――」
「あなたの分はありません」
「そっすか……」
パンが入っている袋に手を伸ばしたらぱちんと叩き落とされた。
結構強めだった。
「そして依頼内容ですが……」
役人はちらりとミリーナちゃんの方を見た。どうやら依頼内容は彼女に関係があるようで、あまり聞かせたくないらしい。
となるとどんな話かは見えてくる。
「ミリーナちゃんの姉の話ですよね?それならこの子にも聞かせてあげてください」
「しかし……」
「役人さん。わたしなら大丈夫だからお願い」
「……分かりました。依頼内容はあなたたち姉妹についてです」
役人はテーブルに二枚あるスケッチのうちの一枚を置く。そこにはミリーナちゃんに似た、角が生えている女の子が描かれていた。
「まずこの獣人の少女はエリーゼ。そちらにいる彼女の姉です。依頼内容はこの姉妹を一旦、国から出して欲しいのです――」
それからミリーナちゃんの知らなかった部分も含めての獣人の姉妹に起きた悲しい事件を語ってくれた。
俺がそこで初めて知ったのは彼女たちの両親は商人たちによって殺されたということ、当時の役人はそのことを知らなったこと、二人を助けた老人にお礼をしようとしたが自分にはやらなければならないことがあると商人たちを引き渡した後名乗ることもせずにすぐに国を出て行ってしまったことなどについてだ。
両親の本当に死因を知ったミリーナちゃんは泣きそうになっていた。それでも泣くことはせず、役人の顔を真っ直ぐと見ていた。
強い子だ。
「お願いします。どうか、彼女たちを救っていただけないでしょうか……」
辛そうな顔で俺たちに頼み込んでくる役人を見て、俺はイレイナの方に顔を向ける。
「この依頼はイレイナ宛てのものだ。どうするかはイレイナに任せるよ」
「あなたはそれでも良いんですか?私が断るかもしれませんよ。そうなったらあなた一人でやることになるんですよ」
「俺はイレイナの選択を尊重するよ」
「……実際にエリーゼさんのことを見てから決めさせてもらいます」
「分かりました。魔女様、どうか彼女をよろしくお願いします」
役人と別れた後、俺たちはミリーナちゃんを家の前まで送ることにした。彼女たちの家にたいまつを持った商人たちが入ったと聞いていたので、もしかしたら家の一部が燃えてしまったのではないかと思ったが特に目立った損傷は見られなかった。
「お兄ちゃん!イレイナさん!今日はありがとう!」
「私のことは名前で呼ぶんですね」
もしかしてお姉ちゃん呼びを期待してたのだろうか?ミリーナちゃんには既にお姉ちゃんがいるから無理なんじゃないかな……。
「どういたしまして。だけどまだまだこれからだからね。明日また来るから待っててねー」
「うん!」
俺たちに手を振ってから家に入っていくミリーナちゃん。それを確認した俺たちは窓に近付いて聞き耳を立てた。
「お姉ちゃん!ただいま!」
「ミリーナ!どこに行ってたの!心配したんだから!」
ミリーナちゃんと話しているのは姉のエリーゼちゃんだろう。
「ちょっと散歩してただけだよ」
「この国の人たちに何されるか分からないから家で待っててねって言ったじゃない!」
「……ごめんなさい」
「大丈夫、ミリーナはお姉ちゃんが守るから」
「お姉ちゃん……」
エリーゼちゃんは妹の身を案じるあまり、他人との接触どころか外出すら許せないようだ。以前、似たような人がいたことを思い出すな。
バレないように一瞬だけ顔を出して中を覗き見る。
ミリーナちゃんを抱きしめている少女がエリーゼちゃんだろうか。妹と同じ金色の髪と角が生えていた。
「……あら」
「ん?どうしたの」
「エリーゼさん……でしたか。先ほどパン屋で見ましたね」
二人で旅をしている俺たちに二人の姉妹がそれぞれ会っていたのか。奇遇だな。
エリーゼちゃんが持ってきたリンゴを二人で食べ始めたところで俺たちは家を離れた。
「さてイレイナ、君はどうするんだい?」
「依頼を受けることにします」
「そっか」
優しい彼女のことだ。あの姉妹を放っておくとは最初から思ってなかった。それでも依頼を受けると聞くと嬉しくなる。良い幼馴染を持てて幸せだよ。
「彼女――エリーゼさんのことは私に任せてください」
「え、俺もミリーナちゃんからエリーゼちゃんのことを頼まれてるんだけど……」
「カイはミリーナさんの方をよろしくお願いします。懐かれているようですし」
ミリーナちゃんは俺の依頼人であり、姉を助けてほしいとだけ頼まれた。依頼内容にミリーナちゃんは入っていない。
「理由を聞いても?」
「はい。今回の依頼はエリーゼさんを何とかすれば良いように思えますが、それは違うと私は考えています」
「ほほう」
「まず、傷付いているのはエリーゼさんだけではありません。なのでミリーナさんの傍にいてあげる人が必要です」
それはそうだ。だから俺は明日ミリーナちゃんと一緒にエリーゼちゃんと話でもしようかと思っていた。
「次にエリーゼさんについてです。彼女は妹を守ることを第一にしています。私たちがミリーナさんと一緒にいるところを見られたら警戒されてしまう可能性があります」
「なるほど」
そこは考えてなかった。ミリーナちゃんが俺たちに心を許しているからエリーゼちゃんも心を許してくれるとは限らない。だから二人には分かれて接する必要がある。
「最後にミリーナさんについてです。私はエリーゼさんに人を信じられるようにしながら狩りでも教えて一人前にしようかと思っています。無事にエリーゼさんが一人前になったとしましょう。しかし、妹のミリーナさんは?」
「……姉に頼ってばかりとなり、負い目に感じるかもしれない」
イレイナはエリーゼちゃんを一人前にするつもりらしい。このまま俺がミリーナちゃんに何もしなかったら姉の足手まといになっていると考えてしまうかも。そうなったらあの姉妹に幸せは訪れない。
ミリーナちゃんのことも面倒を見る必要があるというわけだ。
「分かった。ミリーナちゃんのことは任せて」
「よろしくお願いしますね」
「よし、大事なことに気付かせてくれたイレイナ様には、私が今日の夕食を奢らせていただきます」
「ほうほう、それは素晴らしい。では参りましょうか」
俺たちはレストランで少し高い食事を取った。
〇
無人でリンゴを販売している屋台で良くないことをしようとしているエリーゼさんを止め、彼女と話をすることが出来ました。
最初は警戒している様子でしたが時間を掛けて私が旅人であることや獣人であることを気にしてないことが分かると警戒を解いてくれました。
レストランで彼女から話を聞いた後、私は一つ頼み事をしました。
「私にあなたを助けさせてください」
少々汚い手を使いましたが、エリーゼさんは承諾してくれました。
最初に彼女に狩りをするのに必要な弓矢を教えることにしました。少々準備が必要でしたがカイが手伝ってくれたのでそこまで苦労はしませんでした。
森の中に作った射的場にエリーゼさんを連れていき、弓矢の練習をさせました。今日が初日なので的にはまだまだ届きそうにありません。
昼になり、お腹が空いたので寒さに震えながら国に戻ってレストランで食事をすることにします。
「いらっしゃいませ。お好きなテーブルへどうぞ」
レストランに入ると暖かい空気と共にウェイターが歓迎してくれました。
私たちは言われたとおりに席に座ります。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
「ではこれとこれとこれと――」
到底二人では食べきれない量を注文していきます。あ、私が大食いってわけではありませんよ。だからウェイターはそんな目で見てこないでください。
「お待たせいたしました」
ウェイターが料理を持ってきてくれました。
おや――
「口に何かついてますよ」
「ん?ああ、これは申し訳ございません」
「仕事中につまみ食いですか。良いご身分ですね」
「最近良い新人が入りましてね。その新人が作った料理を先ほどまで試食しておりましたので。それではごゆっくりとどうぞ」
ウェイターは厨房の方へ戻ったので、私はエリーゼさんと食事しながら話をします。
「弓矢を触ってみてどうでしたか?」
「お父さんとお母さんは当たり前のように使っていたけど凄く難しいね……」
「努力していれば上手く扱えるようになりますよ」
「そうだね。そしたらミリーナを守ることも……」
「危ないので人には向けないでくださいね」
そんな会話をしている時、丁度近くを通ったつまみ食いをするウェイターが私たちのテーブルまで来ました。
「おやお嬢さん、あなたはこちらの魔女様から弓矢を習っているのですか?」
「……うん」
突然ウェイターに話しかけられたエリーゼさんは警戒しながら頷きました。
「それなら面白い話をしてあげましょう――あれは昨日のことでした。私が森の中を散歩していると魔女様が何かをしているのを見かけました」
おや?おやおや?
「何か怪しい実験をしているのかと思い、私は咄嗟に隠れました。こっそりと様子を窺ってみると、魔女様の手には弓と矢が……。そう、なんと魔女様は弓矢の練習をしていたのです」
「へえ!」
これはいけません。早く彼を止めなければ。
「あの――」
「何度も外しましたが挫けずに矢を放ち続けるその姿に私はとても感動しました。あ、これその時の写真です」
ウェイターがエリーゼさんに写真を渡しました。
「ホントだ!でもイレイナさん弓矢は上手いって言ってたような……」
「意地があるのですよ。このことは本人には秘密ですよ……」
本人目の前にいるんですが。私は杖を取り出してウェイターに向けます。
「人のプライバシーをばらすなんていい度胸してますね」
「これはこれは。誠に申し訳ございません」
「あなたの謝罪には重さが感じないのですが……。店長を呼びますよ?」
「それは困りますね。少々お待ちくださいませ」
そう言ってウェイターは厨房に行き、カゴを持って戻ってきました。良い匂いがします。
「こちらをどうぞ」
「これは?」
「こちらは先ほど出来上がったばかりのパンです。代金はいりません。私からのお詫びの品と言ったところでしょうか」
カゴの蓋を開けてみると、確かにパンが入っていました。それもたくさん。
「……まあ今回は特別に許してあげることにしましょう。私は優しい魔女なので」
「パンが嬉しかっただけじゃ――」
「何ですか?」
「う、ううん。何でもない」
「慈悲深き心に感謝いたします、魔女様。では私はこれで」
ウェイターが去った後私たちは食事を再開し、食べきれなかった分をエリーゼさんに持たせました。
「そのパンはくれないの?」
「おや、うっかり忘れてました。どうぞ」
ウェイターから貰ったパンをエリーゼさんに半分渡します。私の分が減ってしまいました。残念。
「なんかイレイナさんの方が多くない?」
「私も食べたいので」
「まあ他にも貰ってるから良いんだけど……」
このパンを後で食べるのが楽しみです。美味しいに決まってます。うふふ。
エリーゼさんの上達は早いもので、修行を開始してから五日が経った頃には的に矢が当たるようになっていました。私の教え方が上手いのでしょうか?もしかして私、先生とか向いてたりしますかね?後でカイに何か教えてみることにしましょう。
的に当てたご褒美として服を買ってあげることにしました。エリーゼさんは妹の分も買いたいと申し出たので「あなたが欲しいと思うものなら何でも幾らでもいいですよ」と言っておきました。
私たちは射的場から服屋に移動しました。
「いらっしゃいませー」
服屋に入って歓迎してきたのはあのウェイターでした。
「あれ、ウェイターさんだよね?どうして今日はここにいるの?」
当然の疑問です。
「たまには服屋で働くのも悪くないなと思っただけですよ。最近入った新人が今頑張ってるところでしてね。最高のものが出来上がりそうです」
「はあ、そうですか。とりあえずエリーゼさんと一緒に服を選んであげてください」
「かしこまりました。それではこちらへどうぞ」
「うん!」
エリーゼさんは警戒することなくウェイターについていきます。以前とは違い、人を信じることが出来ているように見えます。この調子なら問題なさそうですね。
「ところでイレイナさんにはどんな服が似合うと思う?」
「彼女の美しさなら何を着ても似合いますよ」
「そういうことを聞きたいんじゃないんだけどなー」
…………。