今回、俺たちは海沿いにある面白い国を訪れていた。
「俺たちは旅人である」
何故分かりきったことを言っているか疑問に思う人もいるかもしれないが、これには訳がある。
俺は今『俺たちは旅人ではない』と嘘をつこうとしたのだが、俺の口からは真実が語られた。
この国は正直者の国といって、中に入ると嘘がつけなくなる不思議な国だ。
半年前から国王が持っている剣の力で結界を張っており、その結界の力で嘘がつけなくなったのだと説明された。国全体を覆うほどの魔力はどこから来てるんだろうか。機会があれば国王に聞きに行くのも良いかもしれない。
俺が来ているスーツは魔法の効果を軽減してくれる機能があり、最初は嘘をつくことが出来たのだが今はもう本当のことしか言えなくなってしまっている。
嘘をつこうとして本当のことを喋ってしまう感覚はなかなか面白いものだ。
「私は美しくあり、あり……私はとても美しい!」
隣にいたイレイナも嘘がつけないかいろいろ試していたのだが、今度は手鏡を持って自分の容姿を絶賛していた。
俺はそんな彼女を見つめていると、こちらの視線に気付いたのか睨まれた。
「なんですか。何か文句でも?」
「いや、その通りだなーと思ってただけ。俺もイレイナの容姿も心も美しいと思ってるよ」
「私は自分の容姿だけを言ったつもりですが……。まあ、ありがとうございます」
おやおや、後半部分は言うつもりなかったんだがついつい出てしまったようだ。
それにしてもイレイナは自分の心が汚いと思っているのだろうか。俺はそう思ったことないんだけれど、彼女は自己評価が少し低いのかもしれない。
検証も程々に、俺たちは国の中を観光することにした。
途中でいろんな人から話しかけられたり、すれ違う人の会話を盗み聞きしたりしていたのだが、相手に対して思っていることをありのまま喋ってしまうからか失礼なことを言われたり、剣吞な雰囲気に包まれている人たちが多かった。
「イレイナは俺に対して何か不満があったりする?」
聞くのが怖い質問ではあったが、俺はイレイナに尋ねた。もしイレイナが俺にしてほしくないと思っていることがあれば出来るだけ直すようにしたいとは思っている。
「カイに対してですか。うーん、もっとパンを作って欲しいとかですかね」
「そんなことかい?思ってたのとは違うけど分かった。次からはもう少し数を増やすことにするよ」
「カイはどうなんですか」
「俺がイレイナに対して不満に思っていることかー。……もっと俺に頼っても良いんじゃないかとか?」
「十分頼ってますよ。これ以上頼ったら私はダメ人間になってしまいます」
「俺は別に構わないんだけどなー」
俺がお金を稼いできてイレイナがお金の一部を使って笑顔になる。それを見た俺も笑顔になってさらにお金を稼ぐ。永久機関の完成だ!
そんな感じで俺は構わないんだけどイレイナ的には駄目だったようだ。
街を進んでいくと、この国で一番大きな建物――王宮が見えた。
王宮では若い国王が演説を行っていた。
手に持っているのはこの国に結界を張ったという剣だろう。俺だったら持ち歩きたくないと思うくらいには変わったデザインをしていた。
もしかして常に握っていないと効果を発揮しないのだろうか。風呂とかどうしてるんだろう?
国王は嘘が嫌いなようで、嘘をつくことは悪で本音を言うことが正しいと語っていた。
本音を言い合えば本当の信頼関係が生まれるとも語っていたが、国民たちの様子を見た限りそうとは思えなかった。
国王は悪い人ではないんだろうが、少し頭が固いのかもしれない。ところで国王は嘘をついたことがないのだろうか?聞きたいことが増えてくるな。
「イレイナはどう思う――って何やってんの?」
イレイナはスケッチブックを持った茶色の髪の魔女と話をしていた。喋っていたのはイレイナだけだったが。
「この魔女さんが私を魔法統括協会の魔女と勘違いしたようです。ちなみに魔法統括協会に所属している人は、胸に月をかたどったブローチをしているんですよ」
魔法統括協会は魔法についての事件なんかを解決する組織のことである。そういえば以前頼むように伝えた花畑はどうなったんだろうか。ちゃんと処理してもらってると良いのだが。
イレイナが魔法統括協会について説明してあげると、勘違いしていた魔女はスケッチブックに何かを書きだし、
『ごめんんさい人違いでした今のは忘れて!』
そう書いてあるスケッチブックを掲げてからお辞儀をして走っていった。
「魔法統括協会に何の用だろう?」
「さあ……。む?紙に書いた場合はどうなのでしょう?」
「紙か……ふむ」
俺は国王の演説に来ている国民たちが持っている看板を見た。
『王様素敵!』『イケメン!』『王様のお陰で彼女が出来ました!』『手に持ってる剣カッコいいですね!』『好きな女性のタイプを教えて!』『俺じゃダメですか?』
「……宿を探すついでに街の中を歩いてみようか」
俺たちは王宮に背を向けて再び街を進んでいく。
宿屋を探す最中、いろんなお店の看板を見るがどれも酷いものだった。
『新作できました!本当は前からあったものに新しい要素を加えただけです』『店長おすすめの新商品!美味しいよ!嘘です。ゴミです。くそです。食べたら死にます』『金貨三枚する高級アクセサリーが今なら金貨一枚!相場は銀貨一枚の安物だけど』『王様の持っている剣のアクセサリー!超ダサい!』
これは数あるうちの中の数個である。
どの店も後半に本当のことを書いているようで、それを消したり汚したりしたものが多くて読みづらいものが多かった。
文字でも嘘がつけないというのは分かったが、先ほどの演説を聞いていた人たちの看板に書かれていたことも本音だったのだろうか。
『激安宿屋!安いけど滅茶苦茶綺麗です』
そんなことが書いてある看板が立っている宿屋を見つけた俺たちは特に疑うこともせずに中に入り、部屋を取った。
「…………汚い」
看板に書いてあることとは裏腹に、用意された部屋は滅茶苦茶汚かった。こんなところに長居したら病気になるんじゃないかってくらいには酷かった。
嫌々荷物を置いた俺はイレイナの部屋を訪ねることにした。俺のところだけ汚いならまだ良いんだけど……。
「…………」
駄目だった。イレイナの部屋も同じように酷いものだった。看板に書いてあることで正しいのは前半の部分だけのようだ。
「……イレイナ、俺はここの店主と話をしてくる」
「銅貨一枚残さずふんだくって来てください」
「そこまでする気はないんだけど」
俺はカウンターにいる店主に文句を言うことにした。
「すみません、用意された部屋が汚かったんですけど」
「それが何か?」
店主は俺の言葉に何が問題があるか分かっていないような口ぶりで応えた。
「いや、看板に書いてあることと真逆じゃないですか。これって詐欺ですよ詐欺」
「そうは言われましてもねぇ。この国で嘘をつくことは出来ないんですよ、文字であっても」
「それは分かってますけど……。あなたはあの部屋を見て本当に綺麗だと思うんですか?」
「そこは人の価値観によって変わってきますよ。だから問題はないと考えておりますが」
この店主絶対に分かってやっているな。この国で嘘をつけないという事実や、人の価値観などという形のよく分からないものを使って俺の質問をのらりくらりとかわしている。詐欺師がやりそうな手口だ。
「俺はあなたの意見を聞いてるんですよ。答えてくれないならこの宿屋のことを国王に報告しますよ」
「国王があなたのような旅人の言葉なんぞに耳を貸すでしょうか。仮に国王に報告することが出来たとしても、この国に長く住んでいる私たちの言葉の方を信じるでしょう。無駄なのでやめた方が良いと思いますよ」
よく回る口だ。しかし店主が語ったことも事実だ。ただの旅人である俺の言葉を国王が簡単に聞いてくれるとは思えないし、どちらの言葉を信じるかとなったら自分の国民を信じるだろう。
「面白い話をしていますね」
「ん?」
「ゲっ、あなたは……」
どうしたものかと次の一手を考えていると背後から老人が話に加わってきた。執事服を身にまとい、片眼鏡を付けて背中が真っ直ぐと伸びている姿はどこか気品さを感じさせられた。
「えっと、誰です?」
「ワシはバトラという者でございます。以後、お見知りおきを」
「旅人のカイです。よろしくお願いします」
バトラさんは右手につけていた手袋を外して手を差し出してきたので握手する。
「なんで王宮の執事長であるあなたがこんなぼろ宿に……」
あっ、ぼろ宿って言った。
しかし王宮の執事長か。なかなか偉い立場の人じゃないか?
「若者を騙している小悪党を偶然見かけてしまいましてね。灸でも添えてあげようかと思っただけです」
「おっ――私はただ商売をしていただけで何もそんな……」
「ワシの言葉なら、国王様も聞いてくださると思いませんか?この宿屋はどうなってしまうんでしょうね」
「坊主!今日の宿泊費はタダにしてやるからこの人を止めろ」
本性を表した店主は俺に命令してくる。なんでそんな偉そうなのだろうか。まあ鬱憤を晴らす良い機会だ。
「はあ、それが人にものを頼む態度ですか?」
「……止めるように頼んでくださいお願いします」
「まずは謝罪が先では?」
「このガキ……。騙すような真似をして申し訳ありませ――申し訳ないなんて思っていませんよクソが!……あ」
嘘をつけないこの国では表面上だけの謝罪すらできないようだ。この国の接客業の人は苦労するだろうな。
「あなたに謝罪する気がないのは分かりました。まあ俺も鬼ではないので慰謝料をくれたらバトラさんに頼んであげましょう」
「チッ。幾らだ?」
「金貨二十枚」
「そんな大金ウチにはねえよ!」
「なら十枚で良いです。ありますよね?」
「ああもう持っていけ!こんなことになるならあんなこと書くんじゃなかった!」
「あ、今日の宿泊費もタダにするのを忘れないで下さいよ。最初はこんなことするつもりはなかったんすけどねー」
「…………」
俺は店主から金貨十枚を受け取って、カウンターから離れる。
店主の態度が気に食わなかったからついついやってしまった。だけど最初は宿泊費だけで勘弁しようと思ってたし店主の自業自得ってことにしておこう。
俺はこちらを睨んでくる店主の視線を気にすることなく、助けてくれたバトラさんにお礼を言う。
「バトラさん、ありがとうございました。あなたのお陰で話が上手く進みました」
「お気になさらず……と言いたいところですが、カイ殿に依頼したいことがあるのです」
「俺にですか。助けてもらった恩もありますし無理のない範囲なら手伝いますが」
「ここでは何ですのであなたの部屋に案内していただいてもよろしいですかな?」
「ん?大丈夫ですよ」
執事長ともなれば良いところに住んでるだろうしそこで話せば良いだけなのでは。それとも極秘のことだから誰かに聞かれる可能性が低いさっき出会ったばかりの俺の部屋の方が安全だということだろうか。
特に拒否する理由もないので俺はバトラさんを部屋に招いた。
部屋には椅子が一個しかなかったのでバトラさんには椅子に座ってもらい、俺はベッドに腰を掛けることにした。
「それで依頼とは?」
「その前にワシについてお話ししなければなりません。先ほど店主はワシのことを王宮の執事長と言ったじゃないですか。実はもう違うのです」
「え、そうなんですか」
確かに言われてみれば彼は一度も自分が執事長だとは言ってなかったし、店主に問いかけるように話しかけていたから嘘をついたわけではないということだ。
「ワシは執事長をクビになりました。あなたに出会う少し前に」
「今日ですか。それなら店主が勘違いするのも無理はないですね」
「はい。追放された理由は些細な行き違いと言いますか、今まで国王様に嘘をついていたのがバレてしまったからなのです」
「へえ、執事長でも嘘はつくんですね」
椅子に座っていても背もたれに背中を付けずに真っ直ぐと伸ばしている姿と同じように、嘘をつかない真っ直ぐな人かと思っていた。
「人間誰だって嘘をつきます。ワシの場合は国王様のことを考えてついた嘘だったのですが……」
「なるほど、嘘つきは部下にいらん!みたいな感じですね」
「そんな感じです。多分お分かりかと思いますが、ワシの依頼は国王様を説得してワシを執事長に戻すようにしていただきたいのです」
「依頼内容は分かりましたが何故俺に?」
「あなたならこの依頼を達成してくれるとワシの勘が囁いたからです」
随分と適当な理由だったからベッドから落ちそうになる。この国の人は信用できないとか旅人だから極秘に頼みたいとかそんなものだと思っていたのだが……。
「ま、まあそれくらいなら危険なこともないでしょうしその依頼、お引き受けしましょう」
「ありがとうございます。報酬は……後のお楽しみということでどうでしょうか」
「いいですよ。俺は既にあなたに助けられてますしどんな金額でも文句は言いません」
「それではまた明日訪ねさせていただきます」
「はい、それではまた明日会いましょう」
俺はこれから自分の家に帰るであろうバトラさんを宿屋の外までついていき、見送った。
バトラさんの姿が見えなくなったら俺は店主に頼んでキッチンを使わせてもらい、カゴ三つ分のパンを焼いた。
いつもよりも多く焼いたパンのうちの一つを店主に渡してからイレイナの部屋のドアをノックした。
「イレイナー、開けてー」
「はいはい。どうしましたか――ってパンじゃないですか。それもいっぱい」
「頼まれていたからね。はいどうぞ」
「ありがとうございます、これは今日だけでは食べきれないですね。うふふ」
「喜んでもらえたようでなりより。それと店主と話をしてきた結果、今日の分の宿泊費はタダになったし慰謝料として金貨を貰って来たよ。これ半分ね」
俺はイレイナにパンと金貨五枚を渡す。
「今の私幸せすぎでは……?やはりカイとの旅は最高ですね」
「お、嬉しいことを言ってくれるね。俺もイレイナとの旅は最高だと思ってるよ」
早速笑顔でパンを食べ始めてるイレイナを見て俺も笑顔になる。いつまでも見てられるな、写真を撮っておこう。
「何ですか?」
「美味しいかい?」
「はい。これなしでは生きていけない自信があります」
「そっか。ならこれからも作らないとね」
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翌日。イレイナは街を散策すると言ってきた。
「カイも一緒に行きませんか?」
「あーごめん、これから人と会う約束があるんだよね。ま、俺の分も楽しんできてよ」
「そうですか……。残念です」
イレイナが宿屋から出て言った後、バトラさんが来るのを待っている間に新しい魔道具作りに励んでいた。
今回作ろうとしているのは片手で持てる特殊な銃だ。
銃口の先には吸盤がついており、引き金を引くとこの吸盤を発射する。吸盤と銃はワイヤーでつながっており、引き金から指を離すとワイヤーを巻き上げる。
銃に魔力を流し続けることでワイヤーを伝って吸盤に魔力が行き、吸盤が壁や天井に張り付く。魔力を流すのを止めると吸着力が無くなるといったものである。
これを使えば立体的な機動をすることが出来る。
魔法使いはほうきに乗ることが出来るから必要ないように思う人もいるだろう。いやはや全くその通りだと思います。
けれどほうきを使わずにこれで移動するのを想像してみよう。格好良いと俺は思った。だから作ることにした。
名前はどうしようか。吸盤が壁や天井に吸着するから『
新しい魔道具の完成が近付いてきた頃、部屋のドアがノックされた。
ドアを開けるとバトラさんが立っていた。
「おはようございます」
「おはようございますというかもうそろそろ夕方なんですが……。こんにちは」
「これは失礼いたしました。報酬の方を準備するのに時間が掛かってしまいまして……。それで本日はどういたしましょうか」
「とりあえず王宮に行ってみましょう。国王様と話が出来ないか聞いてみます」
「かしこまりました」
そう言ってお辞儀をするバトラさん。気のせいか服が昨日より汚れてるような?
「バトラさん、ここに来るまでに何か事件でもありました?」
「いえ、何事もありませんでしたが」
「あら、そうですか」
俺の勘違いでそういう執事服だっただけなのかもしれない。「あなたの服汚れてますけど――あっ、元々そういう服でしたかすみません」なんて会話はしたくないからこれ以上は聞こうとは思わないが。
「ところでこれ見てください。今新しく作ってる新しい道具なんですけど名前は『
「……ワシ個人の感想は控えさせていただきたいのですが、正直に申し上げますとあまりネーミングセンスはよろしくないかと」
「!?」
カイが作ってる魔道具はフックショットみたいなものだと思ってください。