『この国は死人によって占拠された。入るべからず』と国を囲う高い壁には大きな文字で書かれていた。
「……へえ」
「…………やっぱりやめない?」
俺たちは近隣の国では有名な国の門の前まで来ていた。
この国はグールという魔物の作り物を使って観光客を楽しませているらしく、この辺りの国の人たちが一番おすすめしてきた国だった。
グールとは簡単に説明すると動く死体のことであり、噛まれたりすれば自分もグールになってしまう恐ろしい魔物だ。
多分いきなり驚かせてきたり追いかけてきたりするんだろうな……。
「何ですか?もしかして怖いんですか?」
「…………」
乗り気ではない俺をイレイナは面白そうにからかってくる。
怖くないよ、本当だよ。あれ、声に出せてない……。
「まさかカイにこんな弱点があったとは……。ふふふ、楽しくなってきましたね」
「俺は全然楽しくないよ……」
はあ、とため息を零す俺をよそにイレイナは閉ざされたままの門の周りをうろうろとしていた。
イレイナのことを無理やり抱えて全力で別の国に走ったらダメかな?
「カイー、入口がありましたよー。早く入りましょーう」
どうやら入口を見つけてしまったらしいイレイナが声を掛けてくる。どうやら彼女の中ではこの国に入ることは確定事項らしい。
嫌々彼女のところまで行くと、門の横に小さな扉がついていた。しかも張り紙付きでだ。
『ここは既に死人によって乗っ取られてしまった。どうか入らないでほしい』
『しかし、我々のほかにもまだ生きている者がいるかもしれない。勇気のある強き者がいるのであれば、この国に入り、中にいる人々を助け出してほしい』
「ほほー」
「ええ……」
俺のやる気はもうゼロだ。
「危険かもしれないから中に入るのはやめない?」
「何言ってるんですか、私たちは今試されているんですよ。私は当然入りますよ、勇気のある強き者なので」
イレイナはそう言って躊躇することなく扉を開いて中に入っていった。
ええ……。
●
扉をくぐり抜けた先には平和な街……とは正反対のボロボロになった街の姿があった。建物はほとんどが壊れているし、道には瓦礫が積み重なったりしていてとても人が住める場所には見えない。
「……ほほー」
「イレイナ、俺から離れないでね」
「おや、おやおや。カイは甘えん坊さんですねー。カイこそ私から目を離さないでくださいね」
「…………」
甘えん坊さんの俺は特に何か言うわけでもなくほうきで空を飛ぶイレイナの後をついて行く。
まさか本当にこの国全体がアトラクションとしてこんな姿になっているのだろうか。それならこの国の人はどこで買い物とかしてるんだろう。もしかして地下に街があるとか?
そんなことを考えていると何かが道の端から飛び出してイレイナのほうきと正面衝突し、イレイナがほうきから投げ出された。
『ああああ……!』
「わあっ!」
「イレイナ!」
このままではイレイナが陥没した道の上にある水溜りに落ちてしまうので俺は跳んで彼女のことを空中で抱きかかえた。
「大丈夫かい?」
「カイのお陰で私は大丈夫ですけど……」
イレイナが視線を向けた先には水溜りの上で転がるほうき――と柄の先端に人間らしきものの姿。
男性のこめかみをイレイナのほうきが貫いていた。その男性は何故か両手に大きな剣を持っている上に上半身裸でマッチョとおかしな恰好をして水溜りの上にうつ伏せになって倒れていた。
……もしかして、殺った?いやでもそこまで速度は出てなかったような……。
俺はイレイナを下ろしてから男性に近付いて声を掛けてみた。
「あのー、その……」
『うー……』
どうやら目の前の男性は人間じゃなくてグールだったようだ。顔は腐っていたし、片眼が空洞で口からはよだれを垂らしていた。
これならお金で解決できるよな……?
「大丈夫ですか?」
『あー』
「大丈夫みたいですね。じゃあ先を急ぎましょう」
人じゃなくてグールだったことに安心したイレイナはグールの肩を踏みつけてほうきを抜こうとしたが、なかなか抜けない。
「カイ、お願いします」
「…………え、これに触らないとダメ?」
「ダメです」
「…………」
『ああ……』
結局俺はイレイナに代わってほうきを抜くことにした。今の俺は絶対嫌そうな顔してるだろう。
少し力を入れてほうきを引っ張ると、すぽーんと抜けてくれた。
『……うあー』
「うわ……」
「抜けてませんね……」
ほうきの柄の先端にはグールの頭が刺さったままだった。
足元を見ると、頭を失ったグールの体がビクビクと跳ねていた。グロイ。
「…………カイ」
「嫌だよ」
いくらイレイナの頼みといえどこればかりはなあ……。いくら作り物だとしても触りたくない。
とりあえず誰か見つけて謝ることに決めた俺たちは空を
イレイナはほうきに刺さったままのグールの口に石を詰め込んでから布で包んでいた。
「いつもより近くないですか?」
「こんなものでしょ――あっ、急にスピード上げないで」
●
結果的に言うと、人を見つけることは出来た。
何故かグールに見向きもされないまま俺たちが国の中を彷徨っていると、大きな家の窓から二人の人が上空にいる俺たちに手を振って助けを求めてきたのだ。
その家の庭には大量のグールがいたので窓から入らせてもらったのだが、助けを求めてきた二人は物騒な恰好をしていた。
一人はアナさんという、くしゃくしゃの茶色の髪をしたメガネの女性で、大きな剣を腰に据えていた。
もう一人はアンソニーさんという、甲冑を着た男性で、しばらく風呂に入っていないのか凄く臭かった。後で鼻栓でもしようかと思うくらいには。
軽く自己紹介をした後、イレイナが遠回しにグールのことを聞いていたが、どうやら俺たちが作り物だと思っていたグールは本物だったらしい。
外にいるグールが全部本物ということはつまり、この国を囲う壁や張り紙に書いてあることは本当だったということだ。なんてこった……。
イレイナがほうきを投げ捨てたので俺は地面に落ちる前に回収しといた。自分の相棒に何してるんだ。
この国で何があったのか武装した二人に聞いてみたところ、グールが蔓延りだしたのは一週間前のことらしい。
少し前にこの国を訪れて、作り物のグールを見たとある魔法使いが本物のグールを使った方が良いと言って、後日本当に本物のグールを連れてきた。本物のグールを見た民衆は大喜びし、導入することにした。
その時はグールの歯を全て抜いていたから感染などしないと思っていたようだが無事に(?)感染してしまい、現在の惨状が起きた。
何というか、いろんな意味で酷い話である。誰かが故意に感染を広げたのなら素直に同情できたんだけどなあ……。
生き残っているのはアナさんとアンソニーさんだけかと思ったが他にもいるらしく、アナさんに言われるがまま窓の外を見てみると街のいたるところに助けを求める看板が掲げられていた。
救助に行きたいが、この国にたくさんいるグールを何とかしない限りはそれも難しいだろう。だがアナさんたちはこの国が滅びる前はグールの研究をしていたらしく、秘策があるそうだ。
「まあ、建物の真下を埋め尽くすくらいのサンプルがあればな、グール対策の代物なんて簡単に作り出すことが出来るんだよ。つーわけで、こんなものを作ってみた」
そう言って一つの小瓶を俺たちに向かって掲げてきた。なんか赤黒い液体が入っていて嫌な予感しかしないんだけど。
「……なんですかそれ」
「こいつはグール避けの香水さ。あいつらは共食いを一切しない。だから、仲間と同じような匂いを発することが出来れば、恐らくグールを避けることは可能だろうと考えた。さほど鼻も良くないからな、嗅ぎ分けられないだろう。その思考の結果生み出されたのが、この香水だ。これを使えば匂いがある間はグールに襲われることはなくなる。完璧だ」
グールの匂い……絶対臭い、絶対完璧じゃない。
「……ほう。それは凄い」
「つまり一攫千金のチャンスだ。……ふふふ」
「いや、誰に売るんですか。もう滅びてますよこの国」
こういう人たちが多かったから滅んだんじゃないのか?
しかしこの臭そうな香水があればアナさんたちだけでも救助に行けるのではないかと思ったのだが、本物のグールを連れてきた魔法使いの男性のグールが強い上に香水が効かないから彼女たちだけでは無理らしい。
アナさんが言うには、そのグールは筋骨隆々で上半身裸で両手に剣を持っているらしい。
どこかで見た格好だ。
「……ぬ?カイ、布を取ってください」
「はいはい……」
「もしかして、魔法使いの男って、こんな顔をしてました?」
『ぬあー……』
俺はイレイナのほうきの先端に巻かれてた布を取ってグールの頭をアナさんたちに見せた。
二人はハイタッチをしていた。
「おまえたち最高だな」
「よく言われます」
俺はそんなに言われた覚えはない。
●
生存者たちを救助するための最大の問題が解決されたので、早速救助に向かうことになった。
出発するときにアナさんは自らとアンソニーさん、そして俺に香水をかけて作戦について説明を始めたのだが、俺はこの臭いに耐えるのに必死だった。イレイナはほうきについているグールを使うからと香水をかけられずに済んでいた。
「おええええええええええええええええっ……」
アンソニーさんが吐いていた。それを見た俺も吐きそうになったがギリギリのところで持ちこたえた。
俺は魔法で鼻栓を作って鼻に入れた。こんなことで魔法を使いたくなかったよ……。
準備が整ったのでイレイナに近付いたら距離を取られた。
「しばらく私に近寄らないでくださいね」
「…………」
グール、許すまじ。
それから俺たちは看板が掲げられている建物に行って、中に生存者がいれば救助していった。
しかし救助された人たちというのは一癖も二癖もある人ばかりで、
「待ってくれ……あと少しで一人チェスが終わるんだ……。チェック!」
「この本は俺様の宝物なんだ!だからこの本棚ごと持って行かせてくれ!え、作者?ユーノ先生だけど」
「未来が見える!この国は滅亡する!」
「この壺があればグールに襲われないよ。一つどう?」
「いないの!私のマドンナちゃんが昨日から行方不明なの!マドンナちゃああああん!」
こんな感じの人ばかりだった。本は全部燃やしておいた。
救助した人数が増えていくにつれてアナさんたちの態度は横暴なものとなっていき、最終的にはグールを見つけると斬りかかるようになっていた。
「イレイナごめん、少しだけ別行動するね」
「いくら香水の効果があるとはいえ一人で行動するのは危ないんじゃないですか?」
「大丈夫、基本的に空を跳ぶようにするし俺はグールに後れを取るつもりはないよ」
「……無事に帰って来てくださいね」
俺はイレイナたちから一人離れ、グールが来ることが出来ない家の屋根に座る。
暴徒と化したアナさんたちを見ていて少しだけ気分が悪くなってしまった。救助していくうちに傲慢になってしまい、ああいう態度になってしまうのは分かるのだがグールだって元々は人間だったのだ。
俺だって自分やイレイナの身に危険が迫ったのなら躊躇なく剣を抜くことが出来るが、人の形をしたものに刃を向ける気にはあまりなれない。
グールが一人でも残っていればまた感染が広がってしまう可能性があるのも分かってる。それでも、まともな判断力がない人たちが刃を振るう姿は俺的には好ましくない。
言葉や内心どう思っているかを聞かないふりして、行動だけを見れば彼女たちの行っていることは正しいだろう。それを受け入れられていない俺はまだまだ未熟だということでもある。
これからも旅をしていく中で同じようなことがあるかもしれない。だから徐々に慣れていくしかないのだろう。
……少しだけ気持ちの整理が出来たことだしそろそろ戻るとするかな。
「ワンワン!」
「ん?」
犬の鳴き声が聞こえたから不思議に思って下を覗いてみると、どうやら一匹の犬が三人のグールに追い詰められていた。
犬はまだどこか噛まれたりしたわけではなさそうで、必死にグールを威嚇している。
このまま放っておけば無残なことになるのは目に見えてるので俺は下に降りて犬の前に立つ。
犬は俺のことを敵ではないと判断してくれたようで、邪魔にならないよう後ろに下がってくれた。
「さて、少しだけ待っててね」
「ワン!」
グールに直接触れたり武器で殴ったりしたくない俺は杖を取り出して魔力の塊を撃ちだす。
まともに思考できないグールたちは避けようとすることなく魔力の塊によって吹き飛ばされる。
俺は辺りを見回し、他にグールはいないことを確認した。
「よし、もう安全だよ。えーっと、君の名前は……マドンナちゃんね」
「ワン!」
首についていたタグに書いてある名前を言うと、元気よく返事をしてくれた。
たしかマドンナちゃんを探している人がいたよな……。ならば連れて行ってあげるのが良いだろう。まあこんなところで置いていくわけにもいかないから探している人がいなくても連れて行くんだけど。
「マドンナちゃん、行くよ」
「ワン……」
マドンナちゃんを持ち上げると少しだけ元気がなくなった気がする。ああ……臭いか……。少しだけ我慢してほしい。俺だって鼻栓してても辛いもの……。
指輪に魔力を込めてイレイナの位置を探してみると、どうやら国の門の前にいるようだった。
マドンナちゃんを抱えたまま向かうと、そこにはイレイナと生存者である数十人が集まっていた。
「ただいま」
「おかえりなさい。おや、その犬は?」
「さっきグールに襲われそうになっているのを見つけて助けたんだ。この子を探してたおばさんはいまどこかな?」
「あそこです。マドンナちゃんを見つけてないからこの国を出ていかないって言ってましたよ」
イレイナが指差した先にいたのは先ほどマドンナちゃんを探していたお金持ちみたいな雰囲気があるおばさんだ。
俺は彼女に近付いて声を掛ける。
「あの――」
「あら私のマドンナちゃあああん!会いたかったわ!もしかしてあなたが見つけてくれたの?ありがとうね!」
「クーン……」
彼女は俺の腕の中にいるマドンナちゃんを見つけると奪い取るかのように持って行った。心なしかマドンナちゃんが寂しそうに俺の方を見てくる。旅人の俺に懐かれても困るんだけど……。
「え、ええ。どういたしまして。これからは目を離さないでくださいね。まだ外は危険なので」
「分かったわ!」
一応念は押しておいたからもう大丈夫だろう。多分。
どうやら生存者は全員ここに残って国を復興させることに決めたようで、この国を出ていくのは俺とイレイナだけだった。
イレイナはアナさんにほうきについていたグールの頭を取ってもらっていた。よく触れるな……。
今回、イレイナのほうきは水溜りの上に落ちたりグールの頭が刺さったりと酷い目に会ったな。次の国に着いたらメンテナンスでもしておくか。
「結局、この国から出ていくのはあんたたちだけか」
「俺たちは旅人ですからね。いつまでも同じ国にいるわけにはいきません」
「それなら少しの間だけ残っても良いんじゃないか?」
「そうなったら出ていくタイミングを見失ってしまいそうですね」
一度手を貸したら最後まで面倒を見たくなってしまうから今のうちに国を出ていく――というのは建前で、本音を言うとグールが蔓延るこの国に長居したくなかったからだ。
グールに噛まれればグールになってしまうし、グール避けの香水だってこれからも効くかどうか分かったものではない。ハプニングが起きて再び感染が広がってしまうかもしれない。
そんな危険性があるところに長時間イレイナを滞在させたくない。
「まあたしかにな。よかったらさ、一ヶ月後くらいにまた来てくれよ。きっとあたしたちの国は元通り――いや、今まで以上に良い国になってるはずだ」
「…………まあ、気が向いたら、また来るかもしれません」
どう答えようか考えていたら、隣にいたイレイナが先に答えていた。
え、また来るの?復興してたら絶対に怖い思いをすることになるんじゃないか?いやでも気が向いたらだからもしかしたら来ない可能性もあるな。
イレイナの方をちらりと見ると、彼女は俺に微笑んできた。俺が怖がってるのを察したらしい。
なるほど、俺の余命は一ヶ月か。遺書でも書いておこうかな……。
●
一ヶ月後。
俺たちは再びグールが蔓延っていた国に訪れていた。
前回と同じように国の中に入ってみると、これまた前回と同じような国の光景が広がっていた。
「滅びたままですね」
「…………」
もしや何か問題が起きてこの国の人たちは全滅してしまったのだろうか。もしそうだとしたら悲しい現実を見てしまう前にこの国を出ていった方が良いのかもしれないな。
悲観的に考えていた俺の肩に誰かが手を置いた。
誰かと思って振り返ってみると――
『ああー……』
「おおおうっ!!??」
「え、ちょっ――」
そこにはグールがいた。
突然のグールの出現により驚いた俺は声にならない悲鳴を上げ、イレイナを抱えてから全力で上に跳んだ。
グールが絶対に来れない高さまで来たら、魔法で空中に足場を出して息を整える。
「はあ……はあ……。イレイナ、大丈夫?」
「急に抱えてきたので驚きましたが……。うわ、心臓の音が凄い……」
俺の心臓はもうドクンドクンとフル活動していた。危ない、あと少しで止まるところだった……。
「おや……。カイ、下を見てください」
「ん?」
イレイナに言われた通りに下を見てみると、誰かが俺たちに手を振っているのが見えた。
手を振っているということはグールではないだろう。なので俺はほうきを取り出してゆっくりと下に降り、イレイナのことも下ろした。
「一ヶ月ぶりだな」
俺たちに手を振っていたのはくしゃくしゃの茶色の髪をしたメガネの女性――アナさんだった。あの時持っていた剣を今は持っていなかったが、隣には先ほどのグールが立っていた。
「お久しぶりです。アナさん」
「いやあ、少し挨拶しただけなのに驚いて凄い高くまで跳ぶんだから驚いたよ」
「…………もしかしてそのグールってアナさんが?」
「ああ、あたしたちが新しく作ったグールだ。噛まれても感染はしないから安心してくれ」
それからアナさんはグールの手や首を動かしながら俺たちが出ていった後の話をしてくれた。
あの後、特に問題が起きることなくグールを全て片付けることが出来たので次に建物を直そうとしたが、最終的に面倒だしこのままにしておいた方が雰囲気があって良いという意見にまとまり、一部の区画だけは人が住めるように直して後はそのまま利用することになったらしい。
アナさんたちはこの国を再び観光地にするべくこれまでのよりもさらに本物に近いグールの偽物を作り、国のいろんな場所に配置していつでも観光客を迎える準備をしていたところで俺たちが来たので挨拶がてら驚かすことにしたということだ。
グールを作るのに時間を掛けてしまったので復興はまだ終わっていないが、一ヶ月前に言った通りに以前よりも良い国になりそうだと嬉しそうに語っていた。眼を見た感じ、お金のことばかり考えているようだったが。
「無事に復興できそうなのは良いんですけど俺はそういうのは苦手でして……」
「男のくせに情けないこと言うなよ。グールがそんなに恐ろしいか?」
「いえ……グールじゃなくて急に驚かしてくるのがダメです……暗闇の中でいきなり目の前に現れるとかいつの間にか後ろに立っていたとか……敵意とか殺気とかなら気付けるんですけどね……」
ただの化け物とかなら何も怖くないんだけど、俺の意識の外から驚かしてくるのだけが昔から無理なんだ。この前の本物のグールはうめき声を出しながら歩いていたからまだ大丈夫だったんだが今回のは急に来たから驚いてしまった。本当に心臓に悪いからやめてほしい。
それから俺たちはアナさんに案内してもらい、以前助けた人たちの元気な姿を見ることが出来た。マドンナちゃんと再会した時なんて、ものすごくしっぽを振って俺に跳びかかってきて飼い主のおばさんに少し嫉妬された。他にもグール避けの香水をまだ使っている人や、懲りずにエロ本を集めたり壺を売ろうとしてくる人たちなんかとも一言二言話をしてから写真を撮らせてもらった。なるべくグールは写らないように工夫するのは大変だった。
臭い以外は誰もグールになっていないようで安心した俺たちは、またしてもその日のうちに国を出た。国を出る際に、イレイナはアナさんから何かを貰っていたが俺には見せてくれなかった。
「またいつか訪れるの良いかもしれませんね」
「俺は別に……」
「さっきのカイは面白かったですね。まさか変な声を上げて上空に逃げるとは」
「…………」
人間誰しも怖いものの一つや二つはあるさ……。旅人とはいえ普通に生きてたら意識の外から驚かされるというのは滅多にないはずだ。だから克服とかする必要はないしする気もない。克服するために何回も驚かされたりしたら今度こそ死んでしまう自信がある。
「よく一人だけで逃げたりしないで私のことも連れて行きましたね。私だったらカイのことを置いて行く自信がありますよ」
「物事の優先順位があるからね。どんな時でもそれを忘れるつもりはないよ」
「ということは私の優先順位は高いと……ほうほう」
俺はイレイナがいたからこうして楽しく旅が出来ているし、師匠から教わった
「そうそう、だから助けてほしいときはいつでも呼んでね。必ず駆け付けるから」
本当はずっと一緒にいるのが良いのかもしれないが、彼女にだって一人になりたいときや依頼なんかで一人になってしまうこともあるだろう。俺だって魔道具を作ったりお金を稼いだりする必要があるからずっと一緒にはいられないのだ。
けれど俺はイレイナから助けを求められればすぐに駆け付けるつもりだし、俺が出来る限りの手伝いもするだろう。多分彼女だって俺が助けてほしいと言えば助けてくれるだろう。俺たちはそうやって今まで助け合って来た。
これからもその関係は変わらないだろう。俺にとってその関係は非常に心地良いものだ。
叶うならばいつまでも助け合っていける関係でいたいものだ。
●
その日の夜。宿で寝ていた俺はトイレに行きたくなって目が覚めた。
部屋にあるトイレで用を足し、再び寝ようと思ってドアを開けると――
「わあ!」
そこにはグールのお面を着けたイレイナが杖から光を出し、そのお面を下から照らして俺のことを驚かせてきた。
「どうです?驚きました?」
「…………」
「…………気絶してる」
こうして俺は守ろうとしている人に殺されそうになったのだった。
カイの弱点が判明する話でした。これを書くために原作と違う結末を用意したと言っても過言ではありません。
次の話が二巻分の内容としては最後になります。