わたくしことほうきはイレイナ様と暫しの間、話しをしました。
ずっと顔を合わせようとしなかったこと。わたくしがイレイナ様やカイ様を恨むどころか感謝していること。グールの頭をぶっ刺したまま飛ぶのはどうなのかということ。そして、どうやってカイ様を救出するかということを。
作戦が決まったところでイレイナ様には離れたところへ隠れてもらい、わたくしはカイ様がいる国に侵入しました。
わたくしが灰色の髪に瑠璃色の瞳をした悪い魔女とその仲間である黒色の髪に金色の瞳をした男性に呪いをかけられて、このような姿になってしまったと説明すれば物たちはあっさりとわたくしに同情しました。
「それで、魔女とその仲間はこの場所にやって来たのですか」
『ええ。魔女の仲間の男性は離れた場所で修理を手伝わせていますが申し訳ございません。魔女の方は取り逃してしまいました』
「そちらだけでも結構ですので差し出していただきたいのですが」
さっさとカイ様を救出してイレイナ様を安心させてあげたいのですが、本は身を横に振りました。
『それは不可能でございます』
「えっ」
『その男性は我々が処刑いたします。既にこの国で暴れた後に魔女を逃がした彼を処刑しようという話が上がっていたのですが、彼に修理された物の進言とその腕の良さからとりあえず記憶を封印して無理やり修理を手伝わせることにいたしました。しかしどのような人物か判明した以上生かしておくことはできません。なので残念ながら、あなたにお渡しすることは叶いません』
「……………………えっ?」
まさかのびっくり情報でした。事態は考えていたよりも深刻かもしれません。
一先ず、その男性が本当に魔女の仲間なのか確かめたいと駄々をこね、この国の成り立ちを説明されながらわたくしが案内されたのはお城の地下にある牢屋でした。光源と言えるものはろうそくのみ。その灯りは周囲を最低限照らすだけで、人が長時間いるのに適していないでしょう。
そのろうそくの傍に青年が一人。大きな音をこの地下牢に響かせていました。
わたくしは牢屋の扉を開けてもらい、その青年――カイ様に近付きました。
「…………おや、あなたは……誰ですか?」
わたくしに気付いた彼は手を止めてこちらに声を掛けてきました。
「ほうきと申します」
「えーっと、どこかでお会いしましたか?」
「いいえ、初対面でございます」
「そうでしたか。実はここに来るまでの記憶がなくてですね。自分の名前さえ分からないんです。知り合いだったら嬉しいなーって思ったんですけれどねー」
「…………」
「しかしあなたのことを見ていると安心すると言いますか、元気になると言いますか、なんだか不思議な気持ちになります。すみませんね、変なこと言ってしまって」
「……お気になさらないでください」
カイ様は本当に記憶を失っているようでした。しかしイレイナ様への想いは魂に刻み込まれているようで、彼女に似ているわたくしを見て顔を綻ばせておりました。そんな彼をすぐにでも助け出してイレイナ様のところに連れていきたいのですが、今はそれは叶いません。
今のわたくしにできることはカイ様の容態を確認するくらいでしょう。
「あなたはここで物を直していると伺いました」
「はい。記憶はないんですけど修理の仕方はなんとなく分かるんですよ。こうやってこうするんですよ」
『ぎゃーー!』
カイ様はそう言って手元にあった皿を割りました。修理…………?
これのどこが修理なのかと尋ねようとしたのですが、次の瞬間割れた皿は元に戻っておりました。いえ、正確に言うなれば少しだけデザインが変わって前の姿の時より高価そうな見た目になっております。ええ…………。
『ふう、生まれ変わったような気分だぜ。ありがとよ兄ちゃん!』
気分ではなく実際に生まれ変わった皿はどこかへ飛んでいきました。
「一つ直したらまた次を直す。これを繰り返しているんですよ」
「休憩は取られていますか?」
「目が覚めてからずっと物の修理をしています。理由は知りませんがこれが俺のやるべきことなのだと感じています。休む気にはなりませんね」
そう答えるカイ様の目の下には薄っすらとクマが出来ていました。彼は昨日からあまり寝ていないはずですのでこのままだと体が壊れてしまうかもしれません。普段ならば限界が来そうならば休むのですが物に操られてしまっている彼にその判断は不可能でしょう。
『彼にはこのまま休まずに死ぬその時まで物を直し続けてもらいます。それが処刑方法でございます』
わたくしたちの会話を聞いて本が彼の状態について補足しました。今すぐに殺されるわけではないようです。わたくしは本に「そうですか」とだけ答えてカイ様の方に視線を戻します。
「あまり無理をなさらないでください。人も物も酷使しすぎると壊れてしまいます」
「心配してくれるんですか。ありがとうございます。けど大丈夫ですよ、まだまだ元気ですから。――フンッ!」
今度は今にも足が折れてしまいそうな背もたれのない椅子を盛大にぶっ壊しました。もしかしたら物に対する恨みのようなものを覚えているのかもしれません。
『ああん!私はあなたが前みたいに優しい人に戻れるって分かってるから!今はちょっと機嫌が斜めなだけだから!これも愛なのね!!』
椅子は暴力を振るってくるダメ男から離れることができない女性みたいな言い方をしておりました。カイ様はそういう男性ではございませんのでやめていただきたいです。
カイ様が睡眠不足であることや記憶喪失であること、それでもイレイナ様のことを忘れ切ってはいないことを知れただけでもよしといたしましょう。
後はどこか目立たない場所でイレイナ様からの連絡を待つことにします。
「それではわたくしは――」
「あ、そうだ。ここに座ってもらってもいいですか」
カイ様が何か閃いたのかわたくしの言葉を遮って背もたれのない椅子を指さしました。今直したばかりの椅子です。直すところは見ておりません。
「こうでしょうか?」
「あー……後ろ向いて座ってください」
「むむ、それならそうと先におっしゃってください」
「ははは。すみませんねー」
言葉足らずのカイ様にむくれながら言われた通りに彼に背を向けて座り直します。一体何をしようというのでしょうか。
「……おや」
「痛くないですか?」
驚いたことにカイ様はわたくしの髪を櫛で梳かし始めました。その手つきは優しく、丁寧だったのでとても気持ちいいものでございました。
「問題ありません。しかし何故このようなことを?」
「んー、なんででしょうねー。理由は分かりませんが無性にあなたの髪を梳かしてあげたくなったんですよ。不思議ですねー」
あなたにはそうさせたくなるような魅力でもあるでしょうか、と笑いながらカイ様はわたくしの髪を梳かしていきます。
いつもはイレイナ様がわたくしの整備をしてくださるのですが、時にはカイ様にしていただくこともございます。どこかに異常がないか確認し、少しでも気になるところがあれば直してくださいます。整備が終わった後、イレイナ様がわたくしに乗っている姿を思い浮かべたのか少しだけ嬉しそうに笑う彼の顔を見るとわたくしまで嬉しくなってしまいます。
主人とその大切な方に大事に扱ってもらえるわたくしは世界で最も幸せ物です。だからこそ、お二方の危機に頼ってもらえたのがとてつもなく嬉しいのです。
「よし、こんな感じですかねー」
「ありがとうございます。わたくしはもう行かせていただきます」
「はい、また会えるといいですね」
「……そうですね。またいつかお会いしましょう」
今度こそわたくしは牢屋から出ていきました。
『何やら親しげに話しておりましたね』
カイ様から離れて城の一階に戻った後、彼とのやり取りを見ていた本が尋ねてきました。わたくしのことを疑っているようです。
「そう見えてしまいましたか。わたくしは彼が記憶を封印されている様を見て楽しんでいましたよ。特に最後なんて彼にわたくしの髪を整えさせるのは楽しかったです」
『おお、そうでしたか!わたくしどものような力を使わずに人を使うその手腕、見事でございました』
わたくしが勘違いされて不愉快になったような顔をして嘘をつくと、本はこれまたあっさりと信じてしまいました。わたくしはどうも、嘘をつくのが得意のようでした。姿同様、持ち主に似たのかもしれません。この姿になってから嬉しい発見の連続でございます。
「これからの予定について考えたいのでしばらく一人にさせていただきます」
『分かりました。私はこの城にいますので何かありましたらこちらまで訪ねてください』
こうしてわたくしは城から出て物がいない場所を探してイレイナ様からの連絡を待ちました。
○
「――といった具合でした」
「……そうでしたか。ありがとうございます」
「いえ、当然のことをしたまでです」
「感謝は素直に受け取っておくべきですよ。あなたはそれだけのことをしたのですから」
ほうきさんが情報取集のために国の中に侵入した後、まだ本調子ではなかった私は森の中に身を隠しながら体を休めていました。
そしてある程度時間が経ったら他の物にバレないよう魔法を使ってほうきさんの頭に直接声を掛けてカイの様子を報告してもらいました。
「あなたから見てカイは後どれくらい持ちそうでしたか?」
「睡眠不足なだけならともかく、休憩や碌な食事も与えられていなさそうでしたので長くは持たないかと……」
「そうですか……。本当はもう少しだけ休んで万全の状態でカイの救出に行きたかったですが仕方ありません。今から私もそちらに向かいます」
「はい。お待ちしております」
ほうきさんの返事を聞いてから魔法を解きました。
あの国で操られそうになってからまだ体調が完全に回復したわけではありません。しかし私は魔女です。最初から警戒していれば動くようになったとはいえ、物に負けるわけがありません。
それにカイから託された彼のジャケットもあります。これはいつも彼が身に着けているもので、外から掛けられる魔法の効果を軽減してくれる効果があるらしいです。つまりこれを着ていれば操られそうになっても先に物を壊してやれば大丈夫なはずです。
「……待っていてくださいね。今度は私があなたを助けてみせます」
私は彼のジャケットに袖を通しました。なんだか彼に守ってもらってるように感じられ、私の中に少なからずあった不安や緊張がほぐれていきます。
カイとほうきさんが待っている国に足を進めます。足を一歩進める度に彼らとの思い出を振り返ります。
ほうきに乗って飛ぶ私の横を走ったり空中に足場を作って跳ぶカイと次に訪れる国の話をする時間は私の密かな楽しみです。私一人でしたら退屈な時間もあったのでしょうが、彼と一緒ならそんな時間なんてありません。
これからも退屈なんてものと無縁でいるために、早いところ私の幼馴染を返してもらいましょうか。
国の中に入るための門が見えてきました。
「……とりあえず、カイには私の髪を梳かしてもらいましょうか」
ほうきさんだけやってもらうのはずるいですからね。
私は杖に魔力を込めて、盛大に門を吹き飛ばしました。
「お待ちしておりました。イレイナ様」
国の中へ足を踏み入れた私をほうきさんは出迎えてくれました。
「では始めましょうか。ほうきさんは私の後ろへ」
「仰せのままに」
私の敵はこの国に存在するほうきさん以外の全ての物です。人を操ることができるのが一部の物だけとは限らないので。
なので物に気付かれるように杖を真上に掲げて光の柱を出しました。夜空に突如現れた一筋の光はとても目立つでしょう。
私はここです。私を捕らえてみてください。捕らえられるものならですが。
『…………』
ぞろぞろと集まって来た物たちが私に向かって飛びかかってきますが魔法で吹き飛ばしていきます。私を操ろうとしているのか頭が少々痛みますが物を吹き飛ばしているのとカイのジャケットのお陰で今のところは支障ありません。
物たちはがむしゃらに突撃しても無駄だと悟ったのかありとあらゆる物が積み重なり、巨大な人型の化け物になっていました。
『…………』
「そういえば物たちの間で合体がブームらしいですよ。ちなみに今は小物っぽい笑い声をあげております」
「的が大きくなった上に一個一個吹き飛ばすより手間が省けるので助かります。小物は小物らしくさっさと吹き飛ばされてください」
『…………』
「イレイナ様、少々お待ちを。彼らの話を聞かせてください」
私は目の前の巨人に魔法を放とうとしましたが、巨人が何か喋ったのかほうきさんに止められてしまいました。
「む……。まあいいでしょう」
「ありがとうございます」
私が腕を下ろし、手出しする気がないことを確認したほうきさんは物と会話を始めました。私には何を言っているのか分かりませんので大人しく待つことにします。
この国にある物たちを作り、そして捨てたのは人です。それゆえに人は彼らに恨まれても仕方のないことです。
しかし、そんな彼らの恨みを受け止めてあげるのもまた人なのでしょう。物は人の願いを発端として作り出されます。ならば人も物の願いを叶えてあげるべきなのかもしれません。
彼らの願いを聞きたくても普通ならば物の声を聞くことは出来ませんが今の私にはほうきさんがいます。物の声が分かる彼女が願いを教えてもらい私ができる限り叶えれば彼らの恨みもある程度は消えることでしょう。
それにしてもさっきよりも頭痛が酷くなってきているような……。
「イレイナ様!」
『…………』
私が倒れそうになったのをほうきさんが支えてくれました。
「申し訳ありませんイレイナ様。精一杯彼らを説得しようとしたのですが、わたくしの言葉は届いてないようです。時間稼ぎもされてしましました」
「いえ……そんなことよりも――」
あの巨人を吹き飛ばしてもいいですか。そう聞こうとした私の眼前には巨大な掌が迫っていました。
このままだと私たちはまとめて押しつぶされてしまいますが不思議なことに恐怖というものはありません。
だって信じていますから。
そうですよね、カイ?
●
「…………」
いつの間にか物たちの姿がなくなっていた。
『…………』
いや、正確に言うといなくなったのは修理が必要な物と修理した記憶がある物たちだ。皿や時計、人形等がふわふわと俺の周囲を漂っていた。
綺麗に修理された物たちだ。俺がここで直した物と比べて完成度が明らかに違うのが分かる。しかしこれらは俺が直した物であるというのも分かるのだ。
漠然とした気持ちで修理していた今の俺と違い、記憶を失う前の俺はどんなことを考えながら物を直していたのだろうか。
「………おや」
物たちが牢屋の外に行ってしまった。俺はここで壊れた物を直さなければならないのだが、今は俺以外の姿はない。
少し前に話をした桃色の髪の女性のことが頭から離れず、外に行けばまた会えるかもしれないと考えた俺はこの場所から出ることにした。
階段を上り、城の外に出た俺の目に映ったのは遠くにいる多くの物が集まってできた巨人と、その巨人と何か話をしている桃色の髪の女性。さらにその後ろに――
「彼女は……」
灰色の髪に三角帽子、ジャケットを着た女性の姿がおり、俺は彼女から目が離せなくなっていた。彼女を見ていると桃色の髪の女性の時よりも全身に力がみなぎってくる。
ここからだと距離があるので顔はあまり見えないがきっと瑠璃色の瞳をしているのだろう。
「!」
灰色の髪の女性がふらついたのが見えた。その隙に巨人の手が動いたのが見えた。恐らく姉妹である桃色の髪の女性と灰色の髪の女性を叩き潰そうとしているのだろう。
「――ッ!」
どうやったのかは分からないが俺の手には弓と矢が握られており、そのことを認識した俺は思考することなく矢を弓につがえて即座に放った。
物を壊してはならない、物を直さなければならないという考えが頭の中を支配したが、矢は二人に迫っていた巨人の腕に当たり、巨人の腕は吹き飛んだ。
●
「イレイナ様!」
「分かってます!」
遠くから飛んできた矢によってわたくしたちは助けられ、その隙にイレイナ様は物でできた巨人に魔法を放ち、巨人をばらばらに吹き飛ばしました。
巨人の体の一部になっていた物たちは今ので力を使い果たしたのかもう動くことはないようでした。
「終わった……?」
「はい、そのようです。お疲れさまでした」
イレイナ様はまだ頭痛がするのか頭を押さえておりました。
『お待ちください』
そんなわたくしたちの前にまだ動く物たちが現れました。
「まだ残ってましたか。もう休みたいのでさっさと片付けましょう」
「イレイナ様。もう一度だけ話をさせてください」
「……分かりました。けれど今度は何を話しているか私にも聞かせてください」
「ありがとうございます」
今目の前にいる物たちに敵意がないのはイレイナ様も感じ取ったのでしょう。彼女は杖を仕舞いました。
こちらが話を聞く態勢に入ったのを察したのか時計が前に出てきました。
『この度は同胞が失礼いたしました。彼らは人に対する恨みが大きく、人を信じる心を忘れてしまっていました。そしてそれは私たちも同じでした。しかしある日、そんな私たちの前に一人の男性が現れました』
「それがカイ様ですね?」
『はい。彼は操られたわけでもないのに嫌な顔一つせずに自分から修理してくださいました。だから私たちはもう一度人を信じることにしたのです』
「しかし彼は無理やり修理をさせられておりました」
『他の物たちに人をもう一度信じよう、操るのはもう終わりにしようと言ったのですが耳を貸してはくれませんでした。なんとかこの国で暴れた彼の処刑を引き延ばすことはできましたが……』
「カイ様を助けていただきありがとうございました」
『いえ、受けた恩を返そうとしただけです。私たちももうじき動かなくなります。あなたたちの旅路に幸福があらんことを』
そう言って物たちはどこかへと去っていきました。恐らく誰もいないところへ行ったのでしょう。
「イレイナ様。一つお願いがあるのですが」
この国の物たちの話を聞いてわたくしは彼らを助けたいと思いました。
「言わなくても分かってますよ。私たちに任せてください」
「ありがとうございます」
いい主を持てて本当にわたくしは幸せ物です。
「しかし少し疲れましたねー。そこの門の前で休憩しましょうか」
「カイ様を迎えに行かなくてもよろしいのですか?」
「いいんですよ。カイですから」
そんなものでしょうか?イレイナ様はカイ様のことを心配している様子でしたので一刻も早く無事を確認したいはずです。
わたくしだけでもカイ様を迎えに行こうとしましたがイレイナ様がわたくしの服を引っ張って離さないので仕方なく門の前で休むことにいたしました。
休み始めてから時間が少々経った頃のことです。
「――おや」
「来ましたか」
城の方からこちらに歩いてくる人影が見えました。
「こんばんは」
黒い髪に金色の瞳をした男性――この国の物によって記憶を封印され操られていたカイ様でした。イレイナ様は彼に歩み寄ります。
「あまり女の子を待たせるのは感心しませんね。相手の子が不機嫌になってしまいますよ」
「これでも急いだ方なんですけどね」
「まあ今回は許してあげます」
「ははは、ありがとうございます」
お二人は楽しそうに話しておりました。イレイナ様は彼がここに来るのを分かっていたようです。ここで休憩していたのも彼に疲れを見せたくなかったからかもしれません。
「早速ですがここから出ましょう」
「ここからですか……」
カイ様は近くに落ちていた先ほどまで巨大な人型になっていた物たちの方を見ました。
「彼らを直したいと思っておられますか?」
「……今はあなたたち――君たちと一緒に居たい」
わたくしの質問に対し、彼は穏やかな顔で答えました。
「なら行きましょうか」
そう言ってイレイナ様はカイ様に背を向けて門の外へと歩き出し、彼もそれに続きました。
イレイナ様は門を通る直前、門の前にいたわたくしには彼女の顔がはっきり見えました。
それはそれは、とてもいい笑顔でございました。
よかったですね、イレイナ様。
●
「あー……」
門を通って国の外に出た瞬間、俺の記憶は蘇った。
「自分の名前は分かりますか?」
「俺はカイ。平和国ロベッタ出身でゴウザン師匠の下で修行し、現在幼馴染のイレイナと一緒に旅をしている旅人」
「大丈夫そうですね」
記憶を失っている間の記憶もある。俺はあれから休むことなく物の修理をさせられていた。俺の意思でないことに加え、疲労もあったため出来はあまりよくなかったが……。
「助けてくれてありがとうイレイナ」
「こちらこそありがとうございます。カイが私を逃がしてくれたおかげです」
イレイナは平然とそう言った。まだ余力が残ってそうだ。流石は灰の魔女様である。彼女の才能や努力によって蓄えられた力は俺が想像しているよりも凄いのかもしれない。俺も負けてられないな。
「カイ様が無事で何よりです」
「あなたは地下牢に来てくれた……」
「はい。わたくしはイレイナ様のほうきでございます」
「なるほど」
俺はほうきさんのことを見る。髪の色以外イレイナにそっくりだ。その落ち着いた雰囲気は持ち主よりも少し年上に感じさせる。
「二人並んでいると姉妹みたいだなあ」
「私の方が姉ですよね?」
「……さあ?」
「それもう答え言ってますよね」
「姉と呼んでくださってもいいんですよ」
ほうきさんが姉か……。なかなかいいのではないだろうか。俺が彼女のことを呼ぶとしたら、もしも許してくれるのなら――
「えーっと……義姉さん。今日はありがとう」
「……おやおや。ふふふ、どういたしまして」
ほうきさんは俺の言葉の意味が分かったようで、微笑ましそうにこちらを見てくる。俺は言ってから恥ずかしくなって目を逸らしてしまった。
「姉は私ですよ。そうですよねほうきさん」
イレイナは分かっていないようで、どちらが姉か気にしていた。彼女にもバレていたら恥ずかしさで死にたくなってしまうかもしれない。それなら言うなという話ではあるのだが言わずにはいられないのだ。それだけイレイナは魅力的な女性である。
「いえ、姉はわたくしです。例えイレイナ様でもこれは譲れません」
「!?」
意外なことにほうきさんは姉という響きが気に入ったようだ。恥ずかしいからもう呼ぶことはないと思うが。
「イレイナ。俺のジャケットは役に立った?」
「はい。これのお陰で私は戦えました」
「そっか。じゃあそれを返してもら――あ、やっぱまだいいや」
イレイナが着ているジャケットを返してもらおうかと思ったが、彼女は少し残念そうな顔をしたのでやめにした。そんなに着心地がよかったのだろうか。まあ俺が今まで着た服の中でも一番の着心地なので仕方ないのかもしれない。
「そろそろ行こうか」
「操られている間ずっと起きていたようですけど大丈夫なんですか?」
「……正直言ってかなりきつい」
長時間起きていただけならともかく、物の修理に体を動かしたり魔力を使っていたので今はとても眠い。
「なら私のほうきに乗りますか?」
「えっいいの?迷惑じゃない?」
「迷惑だなんて思うわけないありませんよ。ほうきさんもいいですよね?」
「当然です。ただカイ様には過重力の魔法を解いていただかないとわたくし折れてしまいます」
「そうだった。危ない危ない」
杖を取り出して過重力の魔法を解く。あまりの眠さに忘れるところだった。
「ふわぁー。ここまで眠いのも久しぶりな気がする」
「ほうきの上で寝てもいいですけど落ちないでくださいよ」
「バランス感覚には自信があるから心配ご無用。いつも通りの速さで飛んでも大丈夫さ」
「カイがそう言うならいいんですけど落ちても文句は言わないでくださいね。ほうきさんに掛けた魔法が解け次第出発です」
「タイミングのいいことにもうじきのようです」
ほうきさんの体が半透明になっていた。彼女が元の体に戻ってしまう前に一言言わねばならない。
「改めて二人ともありがとう。二人が助けに来てくれて嬉しかったよ。これからもよろしく」
俺の感謝の言葉に対し、二人は同じように微笑んでくれた。
「「どういたしまして。これからもよろしくお願いします」」
疲れている体でも無意識のうちにカメラを取り出して二人の写真を撮ってしまった。後で見るのが楽しみだ。
ところで持ち主に似るってなんだかペットみたいだなあ。
○
森を抜け、草原の上でほうきを走らせているローブではなくスーツのジャケットを着ている魔女がいます。ほうきに横向きで座っている彼女の隣には同じように横向きに座っている青年がいます。その魔女と違う点を挙げるとするならば、すうすうと静かな寝息を立てていることでしょうか。
あまりにも疲れているのでほうきが多少揺れても目覚めることはなく、それでも落ちそうな素振りを見せない様子からは彼の体幹の強さが見て取れます。
「んん……」
「おや」
青年の頭が魔女の肩の上に乗せられました。彼の方から甘えてきているみたいだったので魔女はつい笑みをこぼしてしまいました。
「すう……」
「…………」
そんな何かが起こるわけでもない静かなひと時を大切なほうきの上で過ごしている二人組は一体誰でしょう?
そう、私たちです。
「夜明けですねー」
日が昇り始めて辺りが明るくなってきました。
誰かが聞いているわけでもないのに思ったことを声に出してしまいます。いつもならそれを聞いてくれる人がいるのですが、今は隣で夢を見るのに夢中のようです。寂しくないですよ?
「うーん……」
寝言でしょうか。彼がどんな夢を見ているのか気になるので聞き耳を立てることにしましょう。
……もしかして私の夢でしょうか。体を張って私を助けてくれる彼ですからもしかしなくてもそうですよね。
「…………サヤちゃん…………」
「…………………………………えい」
「――ぐえっ」
おやおやおや。何故かカイがほうきから落ちてしまいました。不思議ですねー。ふん。
…………馬鹿。
※カイの夢の中
「何か御用でしょうかサヤ様」
「お義姉さん!イレイナさんをぼくにください!」
「サヤちゃん…………」