漸く三巻分の内容が書き終わり、投稿する勇気が出たので投稿再開です。
時計郷ロストルフ。
その美しい国は平原地帯にあり、中央の広場には国のシンボルなのか大きな時計台が立っている。
時計の針は十二時を指しており、それを告げる鐘が鳴り響いていた。
広場ではスーツに身を包んだ青年が片手にパンを持ちながら、目の前のベンチに座る女性を見下ろしていた。
女性は俯いて何も喋らない。目の前の青年への恐怖からだろうか?いや、違う。
「……お金ない」
「イレイナ、ちゃんとご飯を食べないと体に悪いよ。これ食べて」
「…………」
イレイナは無言でパンを受け取り、さほど時間を掛けずに食べ終わった。
「……ありがとうございます」
「どういたしまして。これからは財布の中を確認するんだよ」
イレイナは自分の所持金がなくなりかけていることに気付かなかったようで、先ほど演劇を観終わった後に寄ったパン屋で支払いをしようとした時にようやく気付いたらしい。
俺は使えるお金にまだ余裕があったから自分の分の他に彼女の分も買って渡したのである。ちなみに彼女が受け取ってくれるのに少々時間が掛かった。パンを食べ始めてから食べ終わる時間より長かった。
「ありがとうございます……。はあ……またカイに助けられましたね……」
「困ったときはお互い様だからねー。気にしなくてもいいよー」
「そういうわけにはいきません。私だってあなたがいなくても平気だということを証明してみせます」
パンを貰った後に言うセリフなのかどうかはともかく、彼女は何やらやる気を出していた。
「これから私はあなたがびっくりするくらいの大金を稼いできます」
「どうやって?」
「魔女の力でどうにかしてみせます」
「詐欺とかマッチポンプとかはダメだよ」
「…………分かってますよ」
随分と間があったな……。大丈夫だろうか。まあお金がないのは自業自得なところがあるのだが。
この前イレイナはチワワ男なるゴブリンっぽい見た目の男性と結託してお金を稼ごうとしていた。初めて見た時はどこにチワワ要素があるか分からなかったが毛を剃った後らしい。
真っ当に働いてお金を稼ぐならともかく、チワワ男改めゴブリン男が街の住人からお金を巻き上げ、イレイナがその一部を貰っていたのだ。ここだけでも十分問題なのだが、さらにイレイナが最後にそのゴブリン男を退治することで住民から報酬を貰おうとしていたのだ。大問題である。
その事情を知った俺は激怒。二人を正座させてから説教。そのまま街の住民たちに謝罪して奪った分のお金を慰謝料として少し多めに返したのだ。
俺としてはイレイナにはそういうことをして欲しくないのだが、彼女は手っ取り早く、楽にお金を稼ぎたかったらしい。それを聞いて俺はもしかしたら彼女は真っ当にお金を稼ぐ方法を知らないのではと考えた。
考えてみればイレイナは小さい頃から魔女になるための努力し、十五歳で魔女になって旅に出た。それまでの間にどこかの店でバイトなどはしていないだろう。魔女という肩書があれば訪れた国で高額な報酬の依頼をされることが多い。何ならさらに報酬を引き上げさせることもできるくらい魔女の力は凄い。
この金額に慣れてしまったらそこらへんにある店のバイトとして長時間誰でもできるような労働をして決して多いとは言えないお金を稼ごうなどと思わないだろう。だから占い師を名乗って詐欺に近いことをして金貨を要求しているのかもしれない。今までは誰かを不幸にはしてなさそうだったから何も言わなかったのだがそれがいけなかったのかもしれない。
俺だってそれなりに稼いではいるのだが、それは受けた依頼の報酬だったり自分で作った魔道具やアクセサリーなどを売っているからであって何か悪いことをしているわけではない。労働に見合った対価を貰っているだけである。
今度イレイナには俺の魔道具を売るのを手伝ってもらってお金を稼ぐことの大変さを知ってもらうべきかもしれない。
「…………む」
考え事をしている間にイレイナがいなくなってしまっていた。指輪に魔力を込めて位置を探してみると街の中を歩いているようで問題はなさそうだ。
彼女は稼いでくると言っていたがどんな手段でお金を得るのだろうか。俺をびっくりさせるくらい稼ごうとしているらしいので彼女から見せに来るのを楽しみに待っておくのもいいかもしれない。
「そうと決まれば……」
この国の観光をしておくことにしよう。面白いところがあれば後でイレイナに教えてあげよう。
●
現在この国ではある演劇が流行っている。
『二丁目殺人鬼』
先ほど俺とイレイナが一緒に見た演劇なのだが街のいたるところにチラシが張られていた。
実際にあった出来事をほとんどそのまま演劇にしたらしく、大まかに言ってしまえばセレナという女の子が殺人鬼になり、最終的に
殺人鬼という存在に魅力を感じるのか街を歩いていると「セレナマジやべーよな!」や「ああ、べーやーだよな!」といった具合に彼女について話しているのが聞こえてくる。何がどう具体的にやべーのかは話してなかった。
以前俺が訪れた国では丁度殺人鬼が毎日人を殺しており、その時の住民たちは皆襲われるかもしれないと怯えていた。そういう雰囲気が全くないのはきっとセレナがもうこの世にはいなく、自分に危害が加えられる可能性がないからだろう。
まあこの世にいない殺人鬼にいつまでも怯えて暗い雰囲気のままでいるよりは断然いいだろう。寧ろ国の名物として収入に繋げているのだから大したものである。
どこに行っても二丁目殺人鬼のことばかりで、そろそろ飽きてきたなーと思ったところであるチラシが目に入る。
『次の流行はこれで決まり!』と大きく書かれた下には新しい演劇の題名だろうものがこれまた同じように大きく書かれていた。
『五十三番』
題名からはどういった内容の演劇なのか分からないが、少し先に見える劇場には既に人が大勢入っていくのが見えたので俺も観てみることに決めた。
演劇のチケットを買って劇場の中に入る。俺の席は真ん中らへんで結構見やすい位置だ。
『まもなく開演でございます。お客様は席についてお待ちください』
これから始まるのだと思うとなんだかわくわくしてくる。カメラで写真を撮るのを禁止されているのが悔やまれる。
『お待たせいたしました。これより開演いたします』
『これは遥か東の国。海を越えた先の国』
『そこで起きた物語。一人の男の物語』
大人しく、ゆっくりと観ることにしよう。
●
「んー……」
劇場から出た俺は演劇の内容を振り返っていた。
東の国の犯罪組織で育てられた孤児『五十三番』は他者への関心が薄く、感情もほとんどなかった。しかしある日仕事の帰りにとある女性と出会い、彼女の家で、話をしている内に彼女のことが気になっていった。
それからというもの、五十三番は女性の家に度々訪れては彼女と話し、自分の知らない何かが胸の奥で大きくなっていくのを感じていた。彼はそのことを彼女に話そうかと考えたが何故か口にすることが出来ないまま時が過ぎていった。
しかしある日のこと。五十三番が女性の家の訪ねたところ、なんと家は燃えていた。彼は急いで家の中に入って女性を探す。
家の中に女性はいたが全身傷だらけで傷も深く、もう助からないのが分かった。女性に死んでほしくなかった五十三番だが、彼にはどうすることも出来ずに女性は死んでしまう。
怒りに燃えた五十三番は彼女を殺した相手に復讐してから姿をくらませた……というものだった。
演劇というものは時間が限られているので仕方のない部分もあるだろうが説明不足のように感じられた。犯罪組織ってどんなことしているのかや、五十三番が気になっていた女性を殺した相手は誰だったかがよく分からなかった。というかなんで番号で呼ばれてるんだってなった。復讐するシーンなんて五十三番役の男性が小物っぽい男性に斬りかかるだけで済まされていた。
一応買ったパンフレットには細かく書かれており、犯罪組織は孤児を番号で呼んでいることや小物っぽい男性は組織のボスらしい。とはいえ演劇を観た人全員がこのパンフレットを買うわけではないだろうから多くの人が何だこれってなりそうである。というか周りの席に座っていた観客はなってた。 シリーズものとしてやってれば話はまた別だったろうになあ。
『二丁目殺人鬼』に対抗しようとして焦ったのだろうか?あの作品の人気はこの国で起きたことだからってのがありそうだから流行が去るまで待つかじっくりと話を練るべきだったのではないかと思う。まあ俺が思いつくことで解決できるほど簡単な話ではなかったのだろうが……。
脚本を書いたのは劇団の団長らしいのだが、『この話は昔訪れた国の骨董屋で買った本に書かれていた話を基に作った。五十三番の結末は書かれていなかったためこのような最後になった』とパンフレットには書かれていた。誰が書いたかは知らないけど、最後まで書いてくれてればもう少しマシな演劇になっていたのではないだろうか。五十三番がどうなったかそこまで知りたいわけでもないけど。
別にイレイナに観るのをお勧めするほどのものではなかったかなというのが総評である。後で俺が彼女に掻い摘んで話せばいいだろう。道中の暇つぶしとしては丁度いいはずだ。
次はどこへ行くか決めていなかった俺の足は無意識のうちに国の中心部の広部へと再び歩みを進めていた。顔を上げて時計台を見てみるともう少しで三時になるというところだった。少し早いがそろそろ宿を探してもいいかもしれない。空いている宿が見つからずに夜遅くまで国中を歩くなんてことにはなりたくない。
お金を稼ぎに行っているイレイナがいつ帰ってくるのかは分からないがこのことを伝えておくべきだろうと思い、指輪に魔力を込めて彼女の位置を探ろうとして――背後から誰かがぶつかってきた。指輪の自動防御が発動するほどの強さはなかったが勢いはあった。その誰かは俺の背中の方から手を回された。まあ……抱きしめられてると言った方が伝わりやすいか。
「…………どこにも行かないで……ください」
一体誰がぶつかってきたのかは見なくても、声を聞かなくても気配で分かる。
「俺はどこにも行かないさ。イレイナ」
「そんなの……そんなの簡単に信じられるわけないじゃないですか……!」
彼女の体に傷は付いていないが心が傷付いているのも分かる。
「俺たちは幼馴染じゃないか。今更君を置いてどこかに行くなんてことしないよ」
「幼馴染……彼女たちだって……」
だが彼女が傷付いて泣いている理由までは分からない。なんて声を掛ければいいのか分からない。
だから俺はそれ以上喋ることなく泣いている彼女の体を優しく抱きしめるくらいしかできなかった。
●
少し時間が経ち、一先ず泣き止んだイレイナをベンチに座らせ、俺も隣に座る。
「…………」
「…………何も聞かないんですか」
「辛いことや苦しいことは無理に言わなくてもいい。思い出すだけでも大変だろうしね」
本当は何を言えばいいか分からなかっただけだが、一応本心でもある。俺だって言いたくないことも、思い出したくないこともある。
だがこのままというわけにもいかない。
「…………」
「逆に口に出すことで気が楽になるのであれば幾らでも聞くよ」
「私は…………」
イレイナはそれ以降喋ることなく思い悩むように下を向いたまま座り続ける。俺は何度も彼女に掛ける言葉を考えては違うと切り捨てていた。俺にもっと勇気があれば今度は俺の方から彼女の体を抱きしめて慰めの言葉を掛けてあげることもできたのかもしれないが、なんとなく違う気がした。じゃあ何もしないのが正しいのかと聞かれればそれも違う気がする。きっと今の俺に正解を導き出すことはできないのだろう。
優柔不断な俺はただ彼女の隣に座って時々手を伸ばそうとしてやめるのを繰り返しているだけだった。
何もできないまま時が進み、日が落ちる時間になった。
このままだと野宿することになってしまう。
「……イレイナ。宿を探しに行こう」
「……はい」
イレイナは落ち着いてきたがまだ元気は戻っていない。それでもここに居続けるわけにもいかないので俺は立ち上がって歩き始める。イレイナも俺の服を掴みながら後ろを歩いている。
幸いなことに一つ目の宿で空き部屋がまだあることが確認でき、俺たちは泊まることができそうだった。
「部屋はどういたしますか?」
「なら別々で――」
「一緒がいいです」
いつも通り別々の部屋にしようとしたら後ろからイレイナの弱々しい声が聞こえてきた。
「お願いします……私を独りにしないでください……」
「……一緒の部屋でお願いします」
「かしこまりました」
俺は馬鹿野郎だ。こんなにも傷付いている幼馴染を放っておいてはダメなのに彼女を独りにしようとしてしまった。今の言動のせいで彼女はさらに傷付いてしまっただろう。本当に馬鹿な男だ。
従業員から鍵を受け取って部屋に入って荷物を置き、備え付けの椅子に座る。今日の夕食は途中のパン屋で買ったパン――イレイナの好物だ。
「美味しい?」
「…………よく分かりません」
大好きなパン、それも一番美味しそうなのを買って来たのだがその味も分からないくらいショックを受けている。どうしたものか……。
「……ちょっと用を足してくるね」
「…………」
一人で考え事をするためにトイレに行こうと立ち上がったのだが、テーブルを挟んで向かい側に座っていたイレイナも立ち上がった。
俺が歩き出すと彼女も歩き出す。トイレの方に向かうと彼女も向かう。別の方向に進むと彼女もそちらに進む。……俺の後ろから離れようとしない。
嫌な予感を感じつつトイレに入ってドアを閉めようとするが、イレイナが入ってこようとしたので止める。
「イレイナ。俺トイレがしたいんだけど……」
「そうですか」
「……もしかして先に使いたかった?」
「いえ」
「…………トイレくらいは一人にさせて欲しいんだけどなあ」
「嫌です」
おうう……。
●
どうやらイレイナは傍に誰かがいないと駄目らしく、トイレや風呂について来ようとするのだ。まだ付き合ってもない女性に裸を見せるのもよくないので一人にさせてもらうよう説得し始めたのだが、泣きそうな顔をされたので別の方法を考えた。
その方法とはほうきさんを呼び、俺がトイレや風呂に行ってる間や逆に彼女が行っている間、彼女の傍に寄り添ってもらうというものだ。最初は難色を示されたがそれ以外は一緒にいると伝えることで渋々とだが了承してくれた。
ほうきさんはイレイナの身に何が起きたのか全て知っているからか特に何かを言うわけでもなくただ一言、「承知いたしました」とだけ言ってイレイナの傍にいてくれた。
イレイナは魔法にそこまで魔力を注いでいなかったのか俺たちが寝る時間になる頃にはほうきさんの体は半透明になっていた。
「カイ様。イレイナ様をよろしくお願いします」
「それは分かってるけど……どうすれば……」
俺は一人になっている間、どうすればイレイナに元気を与えてあげられるか考え続けていた。しかしいい考えは浮かばなかった。
ほうきさんにイレイナのことを頼まれてもその期待に応えられる自信がなく、彼女から視線を逸らしてしまう。
「大丈夫です。あなたなら」
ほうきさんは両手で俺の手を優しく包み込んだ。
「このように手を握って傍にいてあげるだけでいいんです」
「…………」
「お二人はこれまで一緒でしたね。それは、これからも変わることはありませんよね?」
「……うん」
俺の答えに満足したのか、ほうきさんは微笑んだ。
「無理に何かをする必要はありません。これまで通り一緒にいることこそが彼女のためになります」
「…………」
「もう一度言います。イレイナ様をよろしくお願いします」
「……分かった」
そこでほうきさんは元の姿に戻ってしまった。俺は心の中で感謝しながらほうきを壁に立てかける。
「……終わりましたか?」
俺たちが話し終わるのを待っていたイレイナが話しかけてくる。とても眠そうに目をこすっていた。
「終わったよ。もういい時間だし寝ようか」
「はい」
ベッドは二つあり、そのうちの一つにイレイナが入る。俺はその隣に椅子を持ってきて座る。
「一緒に寝てはくれないんですか」
「俺が入ったら狭いからね」
「…………」
「イレイナ、手を出して」
「……はい」
イレイナはベッドの中から右手を出してくる。俺はさっきしてもらったように、その手を両手で包み込むように優しく握った。
「一人で寝るのは怖い?」
「…………はい。目が覚めたら私は一人取り残されてしまってるんじゃないかと悪い考えばかりが浮かんできます」
「じゃあ、さ。寝てる間はこの手を握りっぱなしにしなよ。そうすれば俺はどこにも行かない。君は一人にならない」
「いいんですか……?」
「いいよ」
俺がそう言い切るとイレイナは俺の手をじっと見つめ、彼女の方からも弱く握り返してくれた。
「なら……お願いします……」
安心したのかイレイナは目を閉じてすぐに寝始めた。規則正しい呼吸音が聞こえてくる。
「おやすみ、イレイナ」