一人旅より二人旅   作:一撃で瀕死になる人

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※この話にはカイもイレイナも出てきません。

なんだこの話は……原作の登場人物誰も出てこないじゃないか……と思うかもしれませんがご容赦ください。


遥かな国の五十三番(前編)

 

 東にある国には大きな犯罪組織が裏で暗躍していた。

 武器や麻薬の密売、要人の護衛、暗殺など幅広く活動しており、顧客には国の上層部の人間もいる。

 

 その構成員の多くはならず者だが、組織によって拾われた子どもたちもいた。彼らは名前など付けてもらえず、番号で呼ばれていた。

 彼らは組織によって教育され、殺人や密偵のスキルを身につけさせられていた。

 

 当然人には向き不向きがある。こいつは武器の扱いが得意でタフだから切り込み役、あいつは変装するのが上手いから潜入役と適正に合った任務が割り当てられていた。

 しかし組織からすれば彼らの命は軽く、身代わりにされたり任務に失敗した時に簡単に切り捨てられてしまっていた。

 

 この国では貧富の差が激しく、貧しさ故に子どもを育てることが出来ないとまだ幼い子たちを道端に捨てる事態が多発しているので組織にとって人員は楽に手に入れることが出来るのだ。

 組織の大人たちは子どもたちを拾ったり教育するのはその前に拾った子どもにやらせることで働く量を減らし、自分たちは彼らが達成した任務で得たお金で遊んでいた。

 

 どうせ子どもたちは自分の意思というものを持つことなく死んでいく。それが汚い大人たちの認識だった。

 だが稀に任務に失敗することも、囮に使われても死ぬこともない者も出てくる。

 

 今回語られる『五十三番』もその一人である。

 

 

 

 

 

 

 五十三番は親の顔を知らない。まだ赤ん坊だった頃に捨てられ、組織に拾われ、他の捨て子たちと共に育てられた。

 

 名前など付けてもらえず、五十三番とだけ呼ばれる彼は組織の一員として働くのに必要最低限の知識や戦い方を叩きこまれた。

 子どもたちは試験の成績が悪かったり戦闘訓練で無駄な動きをすると年上の教育役に殴られたり蹴られたりするなどの体罰が待っている。何故殴ったり蹴ったりするのかはそれを行っている本人にも分かっていなかった。過去に自分がされ、誰も異を唱えることはなかったからそれが正しいのだと思っていたからだ。

 

 当然まだ幼い子どもにそれは酷というもので、最初は泣き叫んだり怒鳴ったりしたのだが、それは教育役からの体罰の激しさを増させるだけだった。抵抗が無駄だと悟った子どもたちは次第に感情というものを見せなくなってしまう。いや、感情というものを持とうとしなくなるというのが正しい。

 しかし五十三番は最初から感情を表に出すことはなく、ただ淡々と教育役から与えられた問題を解き、体を動かしていく。成績は優秀、戦闘力もすぐに教育役を超えてみせた。そんな彼のことを見ていた組織の大人が試しにと任務を与えてみた。

 

 その任務は組織の邪魔になる人間の暗殺だった。標的は国を裏から牛耳る組織を潰そうとしている余所者で、特筆すべきこともないただの正義感に燃えた若者である。仲間はおらず、突然いなくなっても探す者はいない。

 組織としては成功しても失敗してもどちらでもいい任務であり、五十三番の実力を測るにはうってつけだった。

 

 当時十歳にも満たなかった五十三番は特に何か言うこともなく朝から任務に向かい、昼になる前に帰って来た。

 組織の大人たちは怖くなって逃げだしたのかと思ったが、標的の死体の処理や証拠を残さないようにするために現場で待機していた掃除係――秀でた才能がなかったからこの係に任命された子ども――が彼はあっさりと任務を達成したことを伝えてきた。

 

 あまりの手際の良さに大人たちの一人がどんな手段で暗殺したのか尋ねてみると、返って来た答えもまたあっさりとしたものだった。

 

「標的が部屋から出てきたところを胸に一撃入れただけでした」

 

 死体を確認させてもらうと死体には目立った外傷はなく、苦痛や恐怖で顔が歪んだりもせず、まるで気持ちよく寝ているようだった。

 教育係に聞いてみても子どもたちには殺人の仕方は教えているが、こんな殺し方は教えていないと言われた。だから一体どうやって殺したのか本人に聞いてみた。

 

「ワタシはただ、力を込めて胸を殴っただけ……です」

 

 五十三番は表情を変えることなく答えた。彼はただ事実を述べただけであったが、大人たちには隠し事をしているように見えた。

 

「嘘をつくな!そんな簡単に人は殺せん!」

 

 そのことに怒った男性が五十三番を殴ろうと顔面に向けて拳を振り下ろそうとした瞬間。

 

「…………」

 

 五十三番は男性の胸を殴り、殴られた男性の動きは止まった。殴りかかる態勢のまま動かない姿に後ろにいた別の男性は疑問を覚えて回り込んで顔を覗き込んだ。

 

「ひぃ!しっ、死んでる……!」

 

 先ほどまで怒りで顔を染めていた男性はその顔を穏やかなものにしたまま死んでいた。その光景を周りで見ていた者たちの間にどよめきが起きる。

 

「…………」

 

 たった今、人を一人殺したというのに五十三番は表情一つ変えることなく周囲の状況など気にすることなくその場を立ち去った。

 

 

 

 その夜。組織のボスや幹部たちによる緊急会議が行われていた。内容は五十三番についてである。

 

「五十三番の処遇についてだが……諸君はどう思う」

 

 組織の長である老人が幹部たちに問う。幹部たちの意見は二つに分かれた。

 

「あいつは仲間を一人殺しました!いつ我々に牙を向けるか分かったものではありません。即刻処分すべきです!」

「奴の利用価値は極めて高いです!今回のことは不問にすべきかと!」

 

 簡単に言えば、五十三番を許すか許さないかだ。どちらの言い分も納得できるものであった。

 少しの間お互いの意見のメリットとデメリットを出し合っていたが話は平行線のまま続き、部屋が静かになった頃にそれまで静観していた老人が口を開いた。

 

「どちらの意見も尤もなものだ。だから奴には危険度の高い任務をさせるのはどうだ。そうすれば死ぬ可能性も高いし成功したらしたで美味しいはずだ。反対する者はいるか?……いないようだな。それでは解散」

 

 老人のその一言によって今回の会議は終了を迎えた。

 

 こうして次の日から五十三番には暗殺や警備、囮など死ぬ可能性が高い任務を与えられるようになった。どの任務も基本は単独で行うものとなっており、常人ならば命がいくつあっても足りないようなことばかりだった。

 

 しかし五十三番はそれらすべての任務を無事に達成し続けた。

 

 

 

 五十三番が初めて任務を受けてから十年以上が経ち、子どもから大人になった彼には運命の出会いが待っていた。

 

 

 

 

 

 

 夜。

 

 五十三番は暗殺任務を終え誰にも見つからないよう黒い髪を靡かせながら屋根の上を跳んで帰っている途中、体に力が入らなくなってしまい屋根の上から落ちてしまった。

 

「…………」

 

 だがこのくらいで慌てるような男ではなく、音を出さないよう身動き一つ取らなかった。彼は体を休めれば回復するだろうと考えていた。

 もしも騒いで誰かに見つかって組織のことがバレたら余計な仕事が増えてしまう。それは彼にとって最善な行動と言えなかった。幸いなことに落ちた先は藪の中であり、動かなければ見つかることはない。

 

「誰かいるのかしら?」

 

 墜落した時の音を聞いたのか五十三番がいる藪の近くをうろつく誰かの声が聞こえてきた。 

 彼は一層息を潜める。しかし体は正直だったようで、彼のお腹の中から音が鳴った。

 

 五十三番が体に力が入らなかった理由は空腹だった。

 彼はターゲットを暗殺する機会をずっと探っており、三日間飲まず食わずのままだった。

 

「こっちの方から何か聞こえたような……」

 

 声と足音が近づいてきて彼の目の前の藪が掻き分けられた。

 

「見つけた!」

「…………」

 

 元気な声を出して覗くのは長くて和服を着た歳は五十三番よりも一つか二つ下くらいの可愛らしい黒い髪の少女。

 

「ちょっと待っててね!」

 

 そう言い残して少女はどこかへ行ってしまった。

 見られたからには彼女を消さなければならないと思う五十三番であったが上手く立ち上がることができず、座った体勢のままその場に留まることになった。

 

 

 

「はいこれ」

 

 少ししてから少女は戻ってきて手に持っているものを彼に差し出した。

 

「…………」

「そんなに警戒しなくても……。ただの握り飯よ。具は入ってないけど」

 

 五十三番は少女の顔を見て悪意がないと判断し、握り飯を受け取って一通りにおいを嗅いでから漸く一口食べた。

 

「……しょっぱいな」

「慣れてないんだからしょうがないでしょ!文句言わないで!」

 

 文句を言いながらも五十三番の食べる手は止まらない。

 

 彼は手に持った握り飯を素早く食べ終わると体に力が戻ってきて立つことができた。

 

「ちょっと、どこ行くのよ」

「……帰る」

「ご飯食べさせて貰っておいてそのまま帰る気?それは失礼ってもんじゃない?」

「……そっちが勝手にしたことだ」

「あ、何その言い草。もう怒ったわ。私の気が済むまで帰さないわよ!」

 

 顔を膨らませた少女が五十三番の服を掴んで離そうとしなかった。

 

「……少しだけだ」

「本当!?それなら私の話し相手になってよ。暇してたのよねー」

 

 どうしたものかと五十三番は考えたが、これ以上目の前の彼女の気分を害して誰かを呼ばれてしまう可能性があったので大人しく従うことにした。

 少女の方は本気で残ってくれるとは思っていなかったので驚き、喜んだ。

 

「そうと決まればこっちよこっち!ほら早く!」

「引っ張るな」

「そういえば自己紹介がまだだったわね。私はヒナタ!あなたは?」

「……五十三番」

 

 五十三番は偽名を名乗るか迷ったが咄嗟にいい名前が浮かぶわけでもなかったので正直に答えることにした。

 

「五十三番?変な名前ねー。まあいいわ。よろしくね」

 

 

 

 

 

 

 五十三番がヒナタに引っ張られて向かったのは特別大きいわけではないが小さいわけでもないこの国では一般的な民家だった。家に比べて庭がとても広く、離れたところに見える高い壁が四方を囲っていた。

 彼女に言われるがままの五十三番は家に上がり、彼女の自室の畳の上に座布団を敷いて座らされた。

 

「さっきは驚いたわ。庭を散歩していたら何かが落ちる音が聞こえたから何事かと思って見に行ったらあなたが藪の中で倒れていたのだからねー」

「そうか」

 

 ヒナタは五十三番に警戒する様子もなく彼の正面に同じように座った。

 

「それでなんであんなところに倒れていたのかしら?やっぱりお腹が空いていたから?」

「……まあそうだ。先ほどの握り飯は感謝している」

「あら、さっきは食べたら何も言わずに帰ろうとしていたけど今は言うのね」

「言う必要性を感じなかったからだ」

「何故?」

「どうせもう会うことはないからだ」

 

 五十三番がヒナタと出会ったのは偶然であり、彼には他人と交流しようなどという考えはないので二度と会うことはないと思っている。もう会わない相手にどう思われようが関係ないというのが彼のスタンスだった。

 飯を与えられ、家にまで上がらせてもらった今は多少の感謝を伝えなければならないのは彼にも分かっていた。

 

「随分と悲しいことを言ってくれるわね」

「悲しい?何故だ?」

「私はね、気軽にお喋りができる友人なんていないからこうしてあなたと出会えて嬉しいと思ってるのよ」

 

 だから今日だけで終わらせたくないのよねー、とヒナタは淋しさが混じった笑顔を見せる。その顔を見て五十三番は何も言うことができなかった。

 

「まあこれは私の我が儘だからあなたは気にしないで帰っていいわよ」

「……もう少しだけ話を聞いてやろう」

「わあ!本当?」

「ああ」

 

 五十三番の一言にヒナタは花が咲いたかように笑った。

 

 二人は日が昇り始めるまで語り合った。ヒナタが話して五十三番が聞くだけのものだったが両者の顔に不満や退屈は見られなかった。

 

「あら、もうこんな時間。長い間付き合わせちゃってごめんね」

「別にいい」

「あなたと話すのは楽しかったわ。私が一方的に喋ってるだけだったけど。……またこうして話をしてくれるかしら?」

 

 ヒナタは不安そうな顔で俯いて尋ねた。

 五十三番は暫しの沈黙の後答える。

 

「……さあな」

「!」

 

 先ほどはもう会わないと言っていた彼が言葉を濁した。それがどういう意味なのか分からないヒナタではなかった。

 

「なら!……あれ、いない」

 

 ヒナタが顔を上げた時にはもう五十三番の姿はなかった。

 

 

 

 

 

 

 ワタシはあの少女――ヒナタと別れてから三十分経たずに組織に帰還した。

 任務を達成したことをワタシが報告する必要はない。後処理をする者が勝手に報告してくれるからだ。

 だからワタシが遅れて帰ってきたことを気にする者はいない。

 

「おや、五十三番。今頃帰ってきたのかい?もしかして夜遊びとか?」

「…………」

 

 どうやら一人だけいたようだ。

 ワタシと同じくらいの歳に見える茶色の髪の男はまだ暖かい季節だというのに外套と襟巻をして中折れ帽を被っている。

 どうでもいい。

 

「ちょっとちょっと。無視は酷いねえ。オレとあなたの仲じゃないか」

「……お前は誰だ?」

「四十九番だよ。まったく、これで何度目だか……」

 

 ワタシとこの男は何度も話をしているようだが憶えていない。

 

「お前とくだらない話をする気はない。ワタシは自室に戻る。邪魔をするな」

「つれないねえ。まあオレもこれから任務だから邪魔するつもりはないよ」

 

 四十……何番か忘れたが男は、「じゃあねー」と手を振りながら去っていった。

 

 

 

 組織からワタシに与えられた部屋には家具など一つもない。ただ横になって休むことができればいい。

 

「…………」

 

 目を閉じる。いつもならすぐに眠るのだが、今日に限ってはヒナタとの会話を思い出してしまう。

 

『私のお父様はこの国の偉い人なのよ』

『そうか』

 

 自分の父親について説明をして何になるのだろうか。分からない。

 

『あ、信じてないでしょ?』

『…………』

『ちょっと!何か言いなさいよ!』

『何と言えばいい?』

『そんなの自分の思ってることを素直に言えばいいの!さあどっち!!』

 

 その時ヒナタは大声を上げながらワタシの両肩を掴んで揺らしていた。

 

『信じてる』

『んー、本当かしら?怪しいわね』

『お前に言われた通りに言っただけだ』

『信じられないわねー。さあ、本音を言いなさない!』

 

 彼女が嘘をついていないのは分かっていたから信じていると言っただけだが何故信じて貰えなかったのか。分からない。

 

『…………』

『ごめんごめん、ほんの冗談よ。だから拗ねないで』

 

 分からない。この感覚は、初めてだ。

 

 

 

 

 

 

「あ!また来てくれたのね。嬉しいわ!」

「…………」

 

 任務を終えた後の夜。今度は自らの意思でヒナタの家を訪れてしまった。

 彼女は縁側に座って庭を退屈そうに眺めていたが、ワタシを見つけて笑顔になった。

 

「じゃあ今日はどんな話をしようかしら。何がいい?」

「好きにしろ」

「そういう人任せなのは困るわね……」

「それはお前も同じだ」

「これは一本取られたわね。よし、なら前回と同じで思いついたことから話していきましょう」

 

 それからヒナタはこの前と同じく楽しそうに喋り始めた。

 彼女が言っていた通り、頭に浮かんだことから喋っているからか既に一度聞いた話をまた聞かされたりもしたがワタシは口を挟むことはしなかった。

 

「私は毎日ここで何してると思う?」

「知らん」

「もう少し考える素振りを見せなさい!……まあいいわ。私はここで勉強しているのよ」

「勉強だと?」

「そう。私は将来この国をより良い国へと導くためにいろんなことを学んでいる最中なの」

「一人でか?」

 

 この家にはヒナタ以外の姿はなく、彼女以外の人間がいた痕跡も見当たらない。

 

「ええ。ここにはたくさんの書物があるからそれを読んで憶えて自分のものにしているわ」

「分からないところがあったらどうする。誰かに聞いているのか?」

「答えが出るまで一人で考えてるわ。ここに来れるのはあなたぐらいなものよ」

 

 ヒナタが住んでいるこの家は四方を高い壁に囲まれており、ここに訪れるためにはこの壁を乗り越えなければならない。扉や抜け穴といったものはないため普通であれば誰も中に入ることはできないだろう。ワタシは壁よりも高く跳んで中に入った。

 

「この国を良い国へと導くと言ったな。それはどういう意味だ?」

「よくぞ聞いてくださいました。今、この国は様々な問題を抱えているわ。それは何でしょう……とあなたに聞いたところで知らんの一言で終わりそうだから聞かないでおきましょう」

「……言う必要があったのか、それは?」

「こほん。問題の一部として貧困層の増加や麻薬、賄賂などがあるわ。他にもいっぱい。これらを放置してるとその先にあるのは悪人だけが得をする国になってしまうわ」

 

 国が抱えている問題はワタシにとって関係ないものだ。国がどうなるかだなんて気にしたことは一度もない。

 

「なんでこの国でそんなことが起こるのか。私はその原因となっているものをお父様から教えてもらったの。それさえなくなれば後は自然と正しい国になっていくらしいわ」

 

 その原因についてだってそうだ。考えたところでワタシがすることは何も変わらない。

 

「その原因を排除するために私は頑張っているってわけよ。もしあなたがいいと言ってくれるのであれば、あなたにも手伝って欲しい。……ははは、まだ二回しか会ってないあなたにこんなこと頼むのも変ね」

「……してもいい」

「……え?」

「だから、協力してもいいと言っている」

「へえ。もしかしてあなたって案外面倒見がいい方?」

「知らん。そんなことよりも早くその原因について話せ。時間を無駄に浪費するつもりはない」

 

 正直自分でも不思議に思う。以前のワタシなら誰かに協力を求められても任務じゃないからと断っていたはずだ。なのに何故ヒナタには協力しようと思ったのか。分からない。

 国を悪化させる原因よりもワタシの変化の原因を探ろうとしていると、ヒナタが頭を下げてきた。

 

「ごめんなさい。あなたを揶揄うつもりはなかったけど手伝うと言って嬉しくてつい言ってしまったわ」

「どうでもいい。そんなこと始めから気にしていない」

「ありがとう。それで原因についてなんだけど」

 

 もしかしたらヒナタと話したことが原因なのかもしれない。彼女と話し続けることがワタシを変化させているのかもしれない。組織で習ったことではこの仮説が正しいかは証明できない。

 だがこの変化は不快なものではなく、やめる気はしない。これからも時間を見つけてここを訪れるつもりだ。

 

 しかし、彼女の放った言葉は暫くワタシを悩ませることになった。

 

「この国を拠点としている強大な犯罪組織。殺人や詐欺、麻薬販売などを行っている組織が原因であり私の敵よ」

 

 犯罪組織は過去に複数存在していた。今は一つの組織に吸収されたか壊滅させられた。だからこの国に犯罪組織は一つしかない。

 

 それはまさしく、ワタシが所属している組織だ。

 

「…………」

「どうかしたの?」

 

 ワタシは組織の者だ。組織に拾われ育てられ、恩を感じているわけではないが組織のために働いている。

 だがヒナタに協力することは組織に敵対するということだ。組織を裏切ることなど考えたことがなかった。

 組織とヒナタ。どちらにつくのが正しいのか分からない。

 

「おーい。大丈夫?もしかして怖くなっちゃった?」

「……いや、大丈夫だ。その……お前に協力するのはいつだ」

「ん?具体的なことは何も決まってないからまだ何もしなくても大丈夫よ。将来的な話ってだけ。でも時が来たら手伝ってね。約束よ」

「……そうか。ワタシはもう帰る」

「え。あ、ちょっと――」

 

 ヒナタが何か言う前にワタシは立ち去った。

 

 ワタシはこれまで組織にとって正しいことを行ってきた。

 組織の敵の暗殺や要人の護衛、抗争の際に一番槍として戦ったりもした。

 組織に対する忠誠心はない。上層部に慕っている人間がいるとかでもない。それでもいつ命を失ってもおかしくない任務をこなすのが当たり前となっていた。

 それを疑問に思ったことはなかった。今日この時までは。

 

 組織に対して敵対するつもりのヒナタのことを報告するのが組織に所属している者のあるべき姿だ。

 しかしそうする気にはなれない。

 

「おやおや。五十三番じゃないか。こんなところで突っ立って何をしているんだい?」

 

 いつの間にか組織まで戻っていたようだ。

 入口の前で立っていたワタシの背後から外套と襟巻をして帽子を身に着けた男が声を掛けてきた。

 

「ああ……お前は四十……二番だったか。少し考え事をしていただけだ」

「オレは四十九番だって。四十二番は五年前の抗争の時に心臓を刺されて死んだでしょ」

「お前が何番だろうとどうでもいい」

「そうかい。あ、そうだ五十三番。前聞くの忘れてたけどこの恰好どうだ?海外から取り寄せたんだけどなかなか似合ってるんじゃないか?」

「知らん。鏡でも見ていろ」

「冷たいねえ……。まあいいさ。それじゃあねー」

 

 やれやれとため息をついてから男は先を歩いて行った。無駄な時間だった。

 

 

 その後ワタシは部屋に戻って寝ることにした。ヒナタと組織のことを考えて眠れないかと思ったが、ワタシの意識はあっさりと落ちた。

 

 

 

 

 

 

 それからも五十三番は何度もヒナタの家へ足を運んだ。ヒナタは彼に会う度にいろんなことを教えた。

 

「魔法使いって知ってるかしら?」

「知らん」

「まあこの国に魔法使いはいないからね、一応。だから知らなくても仕方ないわよ。昔外から優秀な魔法使いが来たらしいんだけど……いえ、何でもないわ。それで魔法使いってのはね――」

 

 ある日は彼が知らない知識を披露した。

 

「あなたってあまり女性から好かれるタイプじゃないわね。無愛想だし。ほら、さっき教えたのやってみて」

「……へいへいへーい、そこのお前。これからワタシとお茶でもどうだ」

「めっちゃ棒読みじゃない!表情も変わってないし!台詞も勝手に変えないで。三点」

「本当にこれが本に書いてあったのか?」

「書いてあるわけないじゃない。嘘よ嘘」

「…………」

 

 またある日は真面目な彼を揶揄ったりもした。彼はいつも通り表情を変えることはなかったが

 

 四方を高い壁に囲まれた家で過ごしているヒナタにとってこの時間は何物にも代えがたい大切な時間であった。永遠にこの時間が続いて欲しいと密かに願った。

 

 

 

 だがその願いは叶えられることはない。

 

 

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