「三日間」というわけなので投稿も三日連続になります。
人は誰しも願いを持っているものである。
『魔法を使えるようになりたい』『永遠に若い姿のままでいたい』『過去に戻りたい』『周囲からもてはやされたい』『離れ離れになった家族に会いたい』
願いは人の数だけ存在する。完全に同一のものは存在しない。
人は願いを叶えようするものだ。その過程を見ていけば一人の人生を見ることができるだろう。
それは一つの物語。また、人の数だけ物語があるとも言える。
今回は、とある国を訪れた三人の男女の願いの物語だ。
●
いつものように旅をしている俺たちであったが何やら面白そうなものを見つけた。
「『あなたの願いを叶える国』ですか。ふうん……」
「願い。願いかあ……」
平原の真ん中にある国の門に書いてある文字を見て俺たちは自分の願いは何か考えていた。
今の生活に満足している俺はこれといって叶えたい願いはない。別に俺は無欲ってわけではないのだが……。願いがあるとするならばもっと強くなりたいとかだろうかね?
「ごめんくださいー」
「イレイナ―。置いてかないでー」
願いが決まったのか一足先にイレイナが門を開けたので俺は思考を中断して彼女の後を追って門をくぐった。
そうだな、俺の願いは――
●
「ここは……」
門の先には不思議な光景が広がっているだろうと思っていた。例えば人が一人もいなかったり既に滅んでいたりだとかそういった日常からはかけ離れたものだ。
だが今俺の目に映っているのは至って平凡な国の光景だった。
大通りを行き交う人々。大声で行われている客の呼び込みや値段交渉。噂好きの女性たちの立ち話。道を走り回る子どもたち。そこでは誰も彼もが平穏に暮らしていた。
ああ、この光景は見慣れたものだ。何故なら――
「カイ」
背後から名前を呼ばれる。聞き覚えのある声。毎日聞いている声。
「そんなところに突っ立ってどうしたんですか。早く荷物持ってください。重いので」
その声の主は中身がパンパンに詰まった大きな袋を持っており、持つだけでも精一杯なのか手が震えていた。左手の薬指には銀色の指輪が嵌められているのが見える。
「ああごめん。今持つよ」
俺は自然とその袋を持っていた。何故こんな袋を持っているかは分からなかったが、
彼女――声の主は灰色の髪をした瑠璃色の瞳の女性だった。ただその雰囲気は俺が知っているものよりも大人びていた。
「よし。それじゃあ帰りますか」
「帰るってどこへ?」
「何言ってるんですかもしかして頭でも打ちました?どこってそりゃ決まってるでしょう」
さも当然のように彼女は言葉を続ける。
「私たちの家に、ですよ」
俺は言葉を失った。
●
見慣れた街並みを見渡しながら歩く。やはりというかこの街……いや、国か。俺はこの国を知っている。忘れるはずがない。
「平和国ロベッタ」
「急に何ですか」
口に出すつもりはなかったのだが困惑している俺はつい呟いてしまい、隣にいる彼女の耳に入ったようだ。
「帰って来たんだなって思って」
「そうですね。長い長い旅の後。私たちはこの国に帰ってきました。そしてあなたは私に――」
――告白してくれました。
「……そっか」
「なんだか元気がないですねー。もしかして疲れてます?」
「いや俺は元気だし疲れてないよ。少しだけ考え事をしてただけさ」
「ならいいんですけど」
心配そうに顔を覗き込んでくる彼女に俺は目をそらしながら答える。
それ以降は特に会話をすることなく見慣れた道を歩き続け、見たことのない家の前に到着した。
「えーっと鍵は……。はい、開きました。先どうぞ」
扉を開けて先に入るよう促され、言われるがまま家の中に入る。
「立ち止まらないでください邪魔です。さっさとその袋をキッチンまで持って行ってください」
「キッチンってどこ?」
「本当に大丈夫ですか?さっきから変ですよ。はあ……。キッチンはあそこの奥です」
彼女が指さした扉を開ける。そこはダイニングのようで、食事をするためのテーブルと椅子が置いてあり、その奥はキッチンへと続いていた。
荷物を置いてから部屋の中を見回す。壁には俺とイレイナが写った写真が大きな額縁に入れられて飾られていた。他にも旅をしている中で撮った覚えがある写真もあった。
「ほんの少し前のことなのに懐かしいですよね。私もたまにそれを見て思い出に浸かってます」
「いや別にそんなんじゃ――」
「はいはい。昼食は私が作るのでカイは座っててください。あ、手伝いはいりませんから」
間違いを訂正することも手伝いを申し出ることもさせてもらえずに俺は椅子に座らされた。俺が大人しくしているのを確認してから彼女はキッチンの方へ姿を消した。
●
考え事をしていたらそれなりに時間が経っていたのか料理が運ばれてきた。
「昼はシチューにしました」
「美味しそうだね」
「美味しそう、ではなく美味しいんです。味わって食べてください」
「はは、そうだね。いただきます」
ウサギの肉が入ったクリームシチューを一口食べる。どこかで食べたことがある気がするがやはり美味しい。今すぐ感想を伝えるべきなのかもしれないが食べる手が止まることはなかった。
「ごちそうさまでした。美味しかった」
「それは分かってたのでいいんですけど早いですね。私はまだ半分以上入っているのに」
「美味しかったからついつい食べるスピードも上がっちゃったね。さて、俺は先に食器を洗っておくから食べ終わったら持ってきてね」
「はい」
立ち上がり食べ終わった後の食器を持ってキッチンに行って洗い始める。汚れが簡単に落ちるがいい洗剤を使っているのだろうか。
「これもお願いします」
「はいよ。ところでこれから何か予定ってあったりする?」
「ありませんよ。この後は夜になるまでゆっくり本でも読もうかと思ってました」
「それなら行きたいところがあるから一緒に来てもらってもいいかな?」
「いいですけどどこに行くんですか」
首を傾げる彼女に俺は答えた。
「俺や君の両親のところさ」
●
まずは彼女の両親に会いに来た。何故こちらが先かというと、単純にこちらの方が近かったからだ。
「あらイレイナにカイ君。近いとは言えよく来てくれたわね。お母さん嬉しいわ」
「イレイナ!何か嫌なことはされてないか!?されてたら我慢せずにすぐ言うんだぞ!」
「大丈夫ですよ。そんなことされてませんしカイはしません。そんなこと言うお父さんは嫌いです」
「どうも」
彼女の両親は俺たちを見るなり家の中に招いてお茶を出してくれた。昔飲んだ時と変わらない味だ。彼女の父親は落ち込んでた。
「それで今日はどうしたのかしら」
「カイが二人に会いたかったらしいですよ」
「あらあら」
「ちょっと!まあ間違いではないんですけど……」
誤解のある言い方に驚くが今は目的を達成することが先だ。
「今日は二人と話がしたくて来ました。話の内容としては俺たち二人についての思い出とかですかね」
「二人の?いいわねそれ。まずはあなたたち子どもの頃のことから話しましょうか」
「昔のイレイナもそりゃもう可愛くてな……」
俺たちは二人と過去のことや現在のことについて話をした。
昔の彼女は友達がいなくて心配だった、今は幸せそうで安心している。きのこが嫌いなのは今も変わっていない。早く孫の顔が見たい……など、だ。
いろんな話をした後、時計をちらりと見て思ってたよりも時間が過ぎていたことに気付いた。
「もうこんな時間ですか。すみません。俺たちはもう行きますね」
「次はカイ君のご両親のところに行くのね?」
「はい」
「ふふ、あなたたちと話せて楽しかったわ。それじゃあまたね」
「……俺も楽しかったです。それでは失礼します」
嘘偽りのない言葉を述べてから俺たちは次の目的地。俺の両親がいるところへ向かった。
家は近所にあるので移動に時間は掛からなかった。久しぶりに俺の家を見たが旅を出る前と変わりはなく、懐かしさが胸を打つ。
扉を前にして立ち止まった俺のことを無視して彼女は扉をノックした。
「ごめんくださーい」
「はいはいどなた?」
「そう、私です」
「ああイレイナちゃん。今開けるわね……ってカイもいたのね。おかえり」
「……まあねー」
扉を開けて出てきたのは金色の髪と瞳をした女性。俺が知っている姿と比べると少し皺が出てきただろうか。
「父さーん!カイとイレイナちゃんが来たわよー」
「なんだって?おお二人ともよく来たね。さあ上がって上がって」
呼ばれて家の奥から現れたのは黒い髪と瞳をした男性。よく見ると黒い髪のいくつかが白くなっていた。
家の中に案内されて俺たちは二人の後を着いて行く。その背中は昔よりも弱々しく見えて寂しさを覚えた。
先ほどと同じように椅子に座ってお茶を飲みながら話を始める。
「急に来るんだからびっくりしたよ。もし僕たちが外出中だったらどうしてたんだい」
「なんとなくいるって分かってたよ」
「親子の絆ってやつかしら?ふふ、それならカイが私たちに会いに来た理由も分かるわよ。私たちとただ話がしたかった。そうでしょ?」
「当たってるけど……」
「ならよかったわ。そうねー何の話からしようかしら」
「せっかくイレイナちゃんもいるんだしイレイナちゃんが知らなそうなカイの話をしようか」
「とても興味があります。シンさん、教えてください」
「……それはやめて欲しいけどなあ」
それからしばらくの間俺の恥ずかしい話や隠していたつもりの話をずっと聞かされた。
驚かされるのが苦手で気絶したことがあるとか、苦いものや辛いものは苦手なのだとか、昔から一途だったとか、たまに違う自分に憧れるときがあったりとか。
話題一つ一つに盛り上がる彼らを見て俺はそっぽ向いてばかりだった。別に不愉快だったからではない。
窓の外を見てばかりだったので時間が過ぎていくのを感じられた。もう夕方になっていた。
「もうそろそろ夕食の時間ね。二人はどうする?ここで食べて行ってもいいけど」
「いや、俺たちはもう行くよ」
「そうか……分かった。カイ」
「何だい?」
椅子から立ち上がった俺に男性が声を掛ける。
「僕たちは君たちを応援しているよ。いつでも、どこでも」
「……ありがとう」
「ありがとうございました。お茶美味しかったです」
「あらお世辞かしら?でも嬉しいわね。また来てちょうだい」
玄関まで見送ってくれた彼らに軽く手を振ってから歩き出す。
「それじゃあ帰りましょうか」
面白い話が聞けてよかったです、と言う彼女に俺は立ち止まり、彼女の方を向いてから告げた。
「いや、もう一か所だけついてきて欲しいところがある」
●
最後に俺たちが訪れた場所。それは平和国ロベッタから少し離れた場所にある丘。その頂上に生えた一本の木。俺たちの旅の始まりとも言える場所。
俺は木の前でしゃがみ、背中を彼女に向ける。
「さ、おいで」
「えーっと……こうですか。ちょっと恥ずかしいですね」
「なに、誰も見てないさ」
彼女を背に乗せた俺はジャンプして木の枝に乗る。俺たちの体重で枝が折れないように魔法を掛けてあるから問題なし。
俺たちは二人して並んで枝に座った。
ここからは夕日がよく見える。
「綺麗ですね」
「何度見ても綺麗だね」
まさにあの時と同じ夕日だ。カメラを取り出しシャッターを切る。
写真を取り出す。うん、しっかり撮れてる。
カメラを仕舞い、静かに口を開く。
「俺は、行くよ」
「……そうですか」
「止めないんだ」
「こうなるって分かってましたから」
………………。
「この世界はきっと俺の記憶と願いから作られた夢のようなもの。『イレイナと一緒に暮らしたい』という夢、願い。楽しかったし嬉しかった。だけどいつかは夢から覚めないといけない。だから寂しくもあった」
「はい」
「今日はありがとう。料理を用意してくれたり付き添ってくれたりして」
「当然のことです。私はあなたの妻ですから」
………………。
「あなたと一緒に居られるだけで満足でした。けど、あなたは一度も誰の名前を呼びませんでしたね」
「まあ……ね」
「目を逸らさないでください。いいんです。それが正しいんだと思います」
そうしないと、俺は俺の心を守れそうになかった。少しでも彼女たちを本物だと認めてしまうと、俺はここに残ってしまいそうだった。
これはきっと悪魔の仕業だろう。以前訪れた国では悪魔のせいで既に滅んだ後だった。そこで唯一生き残ってた少女から話を聞いていた俺は、三日以内にここから出ないと死んでしまうことがすぐに分かった。これ以上ここにいることはできないんだ。
「君は……俺の記憶から作られた幻なんだろう?」
「そうですね。私はあなたが知っている私から作られています」
「そうか……それはごめん。……けど俺がここを出て行ったら皆消えるんだと思う。当然君もだ。今君はこうして俺と話をしている。生きていると言っても過言じゃない。けど消えるんだ。死ぬようなものだ。だから……ごめん」
「謝らないでください。前を向いてください。足を止めないでください。あなたができるのは本物の私と共に歩むことです」
彼女が木の枝から飛び降りたので俺も慌てて飛び降りて彼女を抱えて着地する。
「私たちは元々いなかった存在。だから気にする必要なんてないんですよ」
「…………」
「さあ、行ってください。あなたは――旅人です」
「イレイ――」
思わず彼女の名前を言おうとした俺の唇を彼女の人差し指が止めた。その仕草に少しドキリとしてしまう。
「駄目ですよ。私をその名前で呼んじゃ」
「……けど」
「けどじゃありません。うじうじしないでください。確かに私とはここでお別れです。全て消えるでしょう。けどここはあなたの願いから生まれた場所。ならばその願い、頑張って叶えてください。そうすれば私も少しは救われます」
「…………」
「それにほら。あっちを見てください」
彼女に言われて国がある方を見ると、そこにはたくさんの人が全員手を振っていた。
「カイ君。イレイナをよろしくね」
「君にお義父さんと呼ばれたくはないが、イレイナを悲しませるのだけは許さないからな!」
「僕から言うことはもうないけど元気でね」
「ここじゃない本当の故郷であなたたちを待ってるわ」
彼らを見て俺の視界は涙でぼやけた。
「泣き虫ですね。まったく」
そんな俺に彼女は優しく笑いながらハンカチで涙を拭いてくれた。
彼女を下ろして顔を上げる。
「皆さん!今日はありがとうございました!楽しかったです!俺は幸せになってみせます!そしてまた、今日みたいな一日を過ごします!だから応援しててください!」
感謝を、決意を叫び、俺は進む。
さようなら。そしてまたいつか、未来で会えますように。
●
俺の願いから作られた幻のロベッタから離れれば夢から覚めるだろうと思って歩き続ける。もう日が落ちて夜になっていた。
「……まだ掛かりそうだな」
「いや、もう終わりだよ」
「――ッ!」
突如聞こえてきた声に、俺は剣を取り出して辺りを警戒する。
「そんなに警戒するな。私は今すぐお前を取って食おうなんて思っちゃいない」
ふざけた言葉を吐きながら姿を現したのは、頭から二本のねじれた角を、背中からはコウモリのような羽を生やした俺だった。
「悪魔か」
「そう、悪魔さ。そんなに睨まないでくれよ。んで、私が用意してやった国は面白かったか?」
「まあ面白かったさ」
「その割には出ていくのが早かったな。それでだがこれ以上先に行くと元の世界に戻れるぞ」
「引き留めようとはしないのか」
俺が以前聞いた話だとここに三日以上滞在してしまうと悪魔の養分にされるらしい。悪魔としても養分は欲しいはずだ。
「私は来る者を拒まないし、去る者も追わない。だけどお前には一つやってもらわないといけないことがある」
「俺がそれに素直に従う必要はない」
「お前と一緒に来た魔女。あいつのところに行きたくはないか?」
「……取引か」
俺と同様にイレイナも夢の中にいるだろう。彼女が戻ってこないとは思えないけど万が一の可能性もある。
これから何を言われるか分からないが、この取引に乗らないわけにはいかない。
「分かった。それで俺は何をすればいい?」
「簡単なことさ。お前にはある人間の夢の中に行ってその願いを叶えてもらいたい」
「何故俺が?」
「私にはできないことだからな」
人の願いを読み取ってそれを形にするだけの力を持っている悪魔ができないことが俺にできると言うのだろうか?不安だ。
「じゃあ早速だが今から行ってもらうぞ」
「ちょ、もっと詳しい情報を――」
「頑張れよ」
具体的に何をすればいいか教えられないまま、悪魔が指をパチンと鳴らすと俺の意識は落ちてしまった。
○
時は少し遡る。
頂上に木が一本生えた丘の上で一人の女性と悪魔が話をしていた。
「どうしてあいつを行かせたんだ?お前らは記憶を基にして作られた本物とほとんど相違ない存在のはずだ。本当は一緒に居たいんだろ?」
人の心が分からない悪魔に女性は答える。
「そりゃ一緒に居たいですよ。離れ離れになんてなりたくありません」
「ならどうして――」
「だからこそ、です」
追求しようとする悪魔の言葉を遮って女性は言葉を続ける。
「はあ?」
「好きな人に生きてほしい。この国にいるみんながそう思ってます。これって変なことですか?」
「……はあ。全く、理解できないな。まあこれについては私の失敗か。お前を作るときに
頭の後ろで手を組む悪魔に女性が笑顔で答える。
「私は感謝してますよ。だって、そのおかげで彼の想いを知ることができたんですから」
その笑顔は、とてもとても美しかった。
カイは願いが叶うまでの過程も大事にしています。なので一日で国を出ていく選択ができました。それでも偽のイレイナや両親が本気で彼を引き留めようとすれば出て行かなった可能性はあります。それをしなかったのは偏に愛です。
偽のイレイナも言っていましたが、カイの記憶から作られた平和国ロベッタの住人も、人格を持てるくらい本物の自分を見てくれていた彼への感謝の気持ちから最後は彼を見送りました。
悪魔は彼らの偽物を作っただけですので自由に動くことができました。悪魔としてもカイが残っても出て行ってもどちらでもよかったので気にしていません。