「誕生日おめでとうイレイナ」
平和国ロベッタにいた時の話。私の誕生日には決まって同じケーキがお母さんによって運ばれてきました。生クリームといちごがふんだんに使われたケーキは、甘いものに目がない女の子には輝いて見えました。
いつ頃からその習慣が始まったのかは憶えていませんがそのケーキが美味しいことだけは確かです。
「どうかしら?」
「美味しいですよ」
「もう少し具体的な感想が欲しいところね……」
何故かお母さんは毎回ケーキの感想を聞いてきました。
「具体的にと言われましても……。うーん、去年のよりも美味しいような気がしますね」
「ならよかったわ」
なんとなくで言った感想……今思い返してみれば毎年言っていた気がしますが、それを聞いたお母さんは嬉しそうに頷いていました。
「ううイレイナ……そのケーキは……」
「はいはい。お父さんはこっちよ」
ケーキを食べていると何故か悲しそうな顔をするお父さんをお母さんがどこかへ連れて行ってしまいます。これもまた恒例行事でした。
二人は私の誕生日はいろんなご馳走を用意してくれました。普段は食べる機会のない料理なんかもありましたが、毎年私が一番楽しみにしていたのはこのケーキでした。このケーキを食べないことには誕生日を迎えたって気がしません。
魔女となって旅に出た後もそれは変わっていません。
○
ほんの少しの寒さを感じながら、窓から入った日差しで目を覚ましました。時計を見てみると普段よりも早い目覚めです。
今日は旅に出てから初の誕生日ですが、あまりそんな気がしません。旅をしていると毎日が新鮮なことだらけでなので今日だけが特別な日だと感じないのかも。
ベッドから起きて身だしなみを整え、カイが泊まっている部屋の扉をノックしました。
「おはようございます。カイ、起きてますかー?」
部屋の中から返事はありません。もしかしたらまだ寝ているのかと思いましたが彼は基本的に早起きなので、好きな時間まで寝ている私よりも遅く起きたことはありませんでしたね。ということは出かけているのかも。
「……おや」
扉の下の隙間に紙が挟まっていたのを発見。手に取ってみるとそこには、『今日中には帰ってきます』とカイの字で書かれていました。
やはりどこかへ出かけているみたいですね。ですが行き先は書かれていないので彼がどこへ行ったのかは分かりませ……あ、指輪があるので分かりますね。
「さて、一体どこに行ったんでしょうね」
指輪に魔力を込めてみると彼のしている指輪に反応してその位置が分かるのですが、ここは宿屋の中ですので指輪が示している方向には壁しかありません。普段の聡明な私なら事前に気付いたのですがまだ寝惚けているのかもしれません。
今すぐここを出てカイが何をしているか見に行きたいですが、ぐう……とお腹が鳴ったので近くのパン屋で朝食を買うことにしましょう。
「これとこれとこれください」
「はいよ。銅貨三枚ね」
「実は今日私の誕生日なんですよ。知ってましたか?」
「そうなんだおめでとさん」
「……それだけですか?」
「それだけだよ。さ、早く払いな」
「…………はい」
店主に銅貨三枚を払ってパンを三つ買った私は広場のベンチで座りながら食べました。もしかしたら割引してくれるかと思いましたけどそんなに甘くはありませんでしたね。
「――料はどうしましょうか」
おや。聞き覚えのある声が聞こえてきましたね。木の裏に隠れて様子を見ることにしましょうか。
「あん?――――でいいよ。ただし、アタシを満足させることが条件だな」
宿屋がある方角とは真逆の方からカイが歩いてきました。その隣には二十代後半くらいの女性がいます。
「ありがとうございます!」
「ま、それなりに楽しみにしておくかね」
楽しそうに話しながら二人は私が隠れている木の横を通り過ぎて行きました。
……やっぱり男性って胸が大きい女性の方が好きなんでしょうか。声が弾んでいる気がします。
なんとなく嫌な気持ちになりました。彼らがこれから何をするか気にはなりますが、もしものことを考えるとこれ以上カイのことを追う気にはなれませんでした。
○
「はあ……」
結局私は宿屋に戻ってすぐさまベッドに倒れ込みました。
「何やってんだろ。私」
カイは寝ている私を起こすのは忍びないからと一人で街に出かけるなんてことはこれまで何回もありました。日用品を買ったり、旅先で手に入れた高価な品を売ったりしていると彼から教えてもらいました。
次は私も一緒に行きたいので起こしてくれと頼んだことがあるのですが、翌日一時間くらい部屋の扉をノックしても私は起きなかったらしく、ようやく目が覚めて扉を開けるととても疲れた様子の彼が目に入りました。
その時の私は「こんな朝早くからどうしたんですか。私はまだ眠いので寝かせてほしいのですが」と悪びれる様子もなく言いました。
起こさなければ起こしてと、起こせばまだ寝かせてくれと好き勝手言う我が儘な私に愛想を尽かして他の女性のところに行ってしまうのもおかしくないのかもしれません。
「この指輪を嵌める資格なんて私にあるんですかね……」
右手を伸ばしてその中指に嵌っている銀色の指輪を見つめながら疑問を口に出していました。誰かが答えてくれるわけでもないのに。
この指輪は私がカイと離れ離れになってもすぐに居場所が分かるように彼が作ってくれた魔道具で、いつもはこれを見るだけで元気が出てきますが今は逆に暗い気持ちになってしまいます。
本当は他の女性にこの指輪を渡したいと思っていたらどうしようと悪い考えばかりが頭の中に浮かんでしまいます。
「…………」
先ほどの女性。カイと仲良さそうにしていましたがどんな関係なんでしょうか。この国には昨日来たばかりなので過去にどこかで会ったことが女性なのかもしれません。
彼に直接聞けば分かる話なのですが聞く勇気が出てきません。そういう関係ではないとは思います。そうじゃなきゃ私と一緒に旅をしてくれるはずがありません。それでも怖いんです。彼が取られてしまうんじゃないかと……。
「別に彼は誰かの物でもないのに」
疲れているんでしょうね。らしくもない。少し眠ることにしましょう。
目が覚めたら実は全部夢だったということに期待しながら、私は瞼を閉じました。
○
「――イナ」
ん。なんですか。今新しい詐欺――じゃなくて商売で一儲けしているんです邪魔しないでください。
「おーい、イレイナ。起きてー」
「はっ!夢でしたか」
「おっ。やっと起きたね。おはよう」
目を開けると横向きのカイがこちらを覗き込んでいました。窓を見るともう日は落ちて外は暗くなっています。結構長い時間寝ていたみたいです。
「おはようございます。何か用ですか?ここは私の部屋ですよ」
「何ってそりゃ決まってるでしょ。今日は何の日か分かってる?」
何でしたっけ?まだ寝惚けているのか頭がぼんやりします。
「その顔は分かってなさそうだね……。大事な日なんだけどな……。ちょっと待ってて」
カイは一度部屋から出てまたすぐ戻ってきました。その手にはケーキが……え。
「カ、カイ……。そのケーキは」
間違いなく、毎年私が楽しみにしていたケーキです。そうだ、今日は――
「誕生日おめでとう。イレイナ」
ちゃんと憶えていてくれたのですね。
「夢じゃ……ないですよね」
「ん?現実だよ」
「そう……ですよね。はは、ははははは!」
「えっ、何。急に笑い出してどうしたの」
「いえなんでもありまはっははっは!」
「ええ……」
彼が忘れずにいてくれたことに嬉しかったのか、それとも安心したのかは自分でも分かりませんが私は笑いを抑えることができませんでした。
少しの間笑い続け、涙まで出てきてしまいました。涙と共に、心に残っていた暗い気持ちが出ていくような気がします。
ようやく笑いも引っ込み、恐る恐ると言った感じではありますがカイがハンカチを渡してくれました。
「大丈夫?」
「はい。心配いりません。これ返しますね」
「ならいいんだけど……。じゃあそろそろケーキ食べようか」
ナイフでケーキを切り分け、そのうちの一つを別のお皿に乗せて渡してくれました。
見れば見るほどこのケーキ、ロベッタで食べていたのと同じに見えますね。いろんな国に同じ店があるのでしょうか。
どれ一口。
「……美味しい」
見た目同様、味まで同じでした。いえ、正確には味の方向性は同じでしたがさらに美味しくなっていました。
「ならよかった。自信作だったんだ」
「え」
今何と?
●
平和国ロベッタのいろんな店でバイトするようになって料理を覚え始めた俺はお菓子作りにも挑戦するようになった。
クッキーやドーナツ、そしてケーキ。今はそれなりに自信があるが、当然最初は上手く作れなかった。
ケーキが作れるようになってからは毎年イレイナの誕生日にプレゼント代わりにケーキを送るようにした。……ヴィクトリカさん経由で。
「ヴィクトリカさん。これ皆で食べてください」
「あら。美味しそうなケーキね。もしかしてあなたが作ったのかしら?」
「はい。でもイレイナには内緒にしてください」
「どうして?」
「まあその何と言うか……サプライズ?毎年食べていたケーキが年々美味しくなっていってしかもそれを作っていたのが俺だったんだって驚かせてみたいんです」
「そうねえ……。私としてはタダでケーキを貰ってるわけだし断る理由はないわね。分かったわ。あの子には秘密にしておいてあげる」
「ありがとうございます」
「感謝するのはこっちの方よ。あとでなんて言ってたか教えてあげるわね」
「はい!」
不味いなんて言われたらショックだなあ、と考えていたがイレイナは美味しいと笑顔で食べていてくれたようでホッとした。
次の年も俺はヴィクトリカさんにケーキを渡し、イレイナの感想を教えてもらった。その次の年も。
イレイナは隠そうとしてるけど毎年楽しみにしているのだと聞いた時はあまりの嬉しさに口元が緩みかけたが平然を装ったが、ヴィクトリカさんにはバレていたかもしれない。
旅に出てから初めてのイレイナの誕生日。俺の代わりにケーキを渡してくれる人はいない。今度こそ俺の手で渡す時が来た。
作るケーキは今までと変わらないが、去年よりも美味しいもの。妥協は許されない。俺は旅人だからケーキの材料が揃わなかったり作る場所が見つからなかったなんてことにするつもりはない。
だから数日前から質のいい材料を見つけたら購入して魔法で凍らせて時間が経っても悪くならないように保存していた。イレイナには当日まで秘密にしておきたったから大変だったが無事に材料を揃えることができた。
あとはケーキを作らせてくれる場所を見つけるだけだった。今いる国は昨日着いたばかりでどこに何の店があるか把握しきれていなかった。
本当は夜のうちに宿を出て探しておきたかったが不自然なことをするとイレイナに怪しまれる可能性もあったので朝になるまで動かないことにした。
そして早朝。日が出始めた頃に起きた俺は素早く準備を済ませ、イレイナへのメモを残してから街に出かけた。
時間が時間なので大通りを歩いてる人は少なかったので、看板を見てそこにある店がどんな店なのか知ることができた。
八百屋、魚屋、肉屋。本屋に花屋に服屋。レストランやカフェなんかもあったが俺が探しているのはケーキ屋。やはり良いケーキを作るにはその専門の店のキッチンを借りるべきだ。
大通りを一通り見たが目的の店は見つからなかったので、その時丁度向こうから歩いて来た人に聞くことにした。
「すみません。この街のケーキ屋ってどこにありますか?」
「何だいアンタ。こんな時間からケーキを買うつもりかい?」
俺が話しかけたのは長い茶色い髪を後ろで一括りにした女性だった。
「いえ。ケーキを作りたいのでキッチンを貸してほしいんです」
「それは何のために?」
「今日は一緒に旅をしている幼馴染の誕生日なので最高のケーキを作って食べさせたいんですよ」
「ふうん。素敵な話だねそりゃ。いいよ。うちに来な」
「はい?」
「だから、うちに来な。この国唯一のケーキ屋のキッチンを貸してやるって言ってんだよ」
話を聞くと目の前の女性は若いながらもケーキ屋の店主であり、今は日課である朝の散歩をしていたところなのだとか。
俺は感謝を伝え、彼女の店に案内してもらうことにした。
店まで雑談をしながら向かっていた。主な内容は俺とイレイナについてであり、店主が興味深々といった様子で聞いて来たのだ。一番食いついたのは指輪についての話だった。こういったアクセサリーに興味があるのだろうか。
「アンタもそうだけどその幼馴染を幸せモンだねえ」
「ははは、その通りなのかもしれませんね。……あ、そうだキッチンの使用料はどうしましょうか」
「あん?そんなのタダでいいよ。ただし、アタシを満足させることが条件だな」
「ありがとうございます!」
「ま、それなりに楽しみにしておくかね」
そんな会話をしながら広場を通り抜ける。イレイナはまだ寝ているだろうか。きっと俺が彼女への誕生日ケーキを用意しているとは考えてもいないだろう。驚く姿が今から楽しみだった。
店主に案内されて着いたのは大通りから少し外れたところにあるケーキ屋だった。店内はお金やケーキの受け渡しためのカウンターとケーキが完成するのを待つための椅子やテーブルが置いてあるだけの質素な店であったが、清掃が行き届いていて埃一つない綺麗な店であった。
「んじゃこっちがキッチンだ。アタシは後ろで見ているから好きに使いな。今日は休業日ということにしておくよ」
俺は魔法で凍らせた材料を取り出して元に戻してからケーキ作りを始めた。
作業は滞りなく進み、生地を焼き終わって暫く冷ますところまで来た。
「ちょっと外に行ってきます。やり残したことがあるので」
「はいよ。ケーキの方はアタシが見ておくから好きにしな」
「ありがとうございます」
店主には俺が何をしようとしているのか分かったのか特に理由を聞くことはなかった。
俺は一度店を出て再び大通りに向かい、用事を済ませてから再び店に戻って来た。
その後はケーキ作りに戻り、長い時間を掛けながら完成させるのだった。
「……よし。これで完成だ」
「お疲れさん。一時たりとも気を抜かずにケーキを作ってるアンタの横顔を見てるだけで時間が過ぎちまったよ。そのケーキも味見をしなくても美味しいって分かる。ケーキを作るときの心構えみたいなのを一から学ばせてもらったよ。ああ、文句なしの大満足だ」
「大袈裟ですね」
「そうでもないさ。そのケーキはアタシがこれまで見てきた中でも一番を争うくらいのモンだ。まったく、アタシにもアンタのような幼馴染が欲しかったね」
「いい出会いがありますよ」
「だといいねえ」
完成したケーキを箱に入れ、店主にお礼を言ってから俺たちが泊まっている宿に戻った。
外は既に暗くなっており、これ以上遅くなるとイレイナに心配されてしまうので歩く速度を少し早めた。
一度自分が泊まっている部屋にケーキを置いてからイレイナがいる部屋の扉をノックするが返事がなかったので力ずくで開け、部屋の中に入ってから扉を魔法で直しておいた。
部屋のベッドの上ではイレイナがローブを着たまま寝ていたので起こすことにした。
「イレイナ。起きてイレイナ。おーい、イレイナ。起きてー」
何度か声を掛けることで、ようやくイレイナが起きたのだった。
○
「驚いてるねー。うんうん。その顔を見るためにずっと秘密にしていた甲斐があったというものだ。写真撮るね」
はいカシャリー、なんて言ってるカイを傍目に私は、毎年ひっそりと楽しみにしていたケーキは暫く食べられないかなーなんて考えていたのにそれを作ってたのは彼だったという衝撃の事実に半ば放心状態でした。数日前から準備していたというのにも全く気付いていませんでしたし。
「そして、そしてだよ。今年はケーキだけじゃないのさ」
ポケットから袋を取り出して渡してきました。なんだろうと袋を開けてみると中には栞が入っていました。銀色の金属で作られたものですが軽く、上部に開けられた穴には紐が通されており、紐の先端には綺麗な瑠璃色の宝石がぶら下がっています。
「今年はプレゼントも渡したいなと思って空いている時間に探したんだ。そして見つけたのがその栞。イレイナは本を読むのが好きだし丁度良いなって思ったんだ」
「なるほど」
そろそろ新しい栞が欲しいと考えていたので確かに丁度良かったですね。丈夫そうなので長く使えそうですし。
「改めて誕生日おめでとうイレイナ。今日はどうだったかな?」
「ありがとうございます。そうですね……」
感想を聞かれて少し考える素振りをします。そしてこれまでのことを振り返ってから答えました。
「まあまあ、ですかね」
「そっか。ならよかった」
数日前から準備してくれた幼馴染に対して失礼なことを言う私ですが、彼は私の顔を見て満足そうに微笑みました。
鏡で自分の顔を見たりはしませんがきっとそういうことなんでしょう。それでいいんです。
さてここで問題です。口では誕生日の気分はしないとか言いながらもしっかり意識しており、幼馴染が自分以外の女性と話してるところを見ただけで落ち込んでしまう早とちり。だけど実は自分の為にケーキを作ってくれたことを知って喜びと安堵を覚えた今日の主役とは一体誰でしょう?
そう、私です。この日を忘れることはないだろう私なのでした。
勿論本編も書いてます。まだ時間が掛かりそうですが(震え声)
カイがイレイナの誕生日に毎年ケーキを送っていたという話は以前から考えていたので書くことができてよかったです。
余談ですが次の年の誕生日もカイはケーキを作りました。旅をしていてもちゃんと毎年作ってます。