いろいろあって全然書けていませんが流石に今日何も投稿しないのはまずいだろうと焦っての投稿です。
お待たせしてすみません……。
一日目
「喫茶店のテラス席に座っていて欲しい?」
朝。俺が泊っている部屋をイレイナが訪れ、変な頼みごとをしてきた。
「はい。丸一日私が指定する席にいてください。暇ですよね」
「暇ではあるけど……。どうして?」
「ちょっと頼まれごとをされたのであなたにも協力してもらおうかと」
喫茶店のテラス席に座っているだけで協力したことになるとは一体何だろうか。イレイナに詳しく聞こうとしたが、話すほどのことではないらしい。
本当にただ座っているだけでいいらしく、危険なこともないようなので断る理由はなかった。
「んー、分かった。じゃあどこに行けばいい?」
「ありがとうございます。喫茶店の位置は――」
俺はイレイナから喫茶店の位置を教えてもらった。
早速喫茶店に行こうと思ったが、一日中何もせずに座っているだけなのは暇なので何か持って行くことに死よう。
イレイナに準備したら向かうことを伝えると、彼女は「よろしくお願いします」と言って部屋を出て行こうとしたが、途中で足を止めてこちらに振り返った。
「……変なことはしないでくださいね」
「?」
何故か彼女の顔はほんのりと赤かった気がする。
●
指定された喫茶店の指定された席。テラス席には先客がいた。
「本物……ではないか」
灰色の髪に瑠璃色の瞳。黒い三角帽子とローブを身に着けた、どこかの誰かそっくりのマネキンが座らされていた…………いや、なんか少し違うな……。
理由は分からないが俺はこのイレイナの姿をしたマネキンの向かいの席に座ればいいらしい。可愛いマネキンに相席してもらえる新しい商売だろうか。需要はあると思う。
「……ふむ」
マネキンとはいえイレイナが他の男性と一緒にお茶をしている姿は見たくないな。例え彼女に頼まれなくてもこの国にいる間は毎日ここに通うことになっていただろう。
いや、でも俺がここでマネキンとお茶を楽しんでいる間に本物のイレイナが他の男性とお茶をしていたとしたら……うぐぐ……。
「…………」
ネガティブな考えはしない方がいいのは分かっているが、ついそっちの方へ思考が行ってしまう。これ以上考えることは止めて今はイレイナを信じてここで一日を過ごそう。
鞄の中から紙とペンを取り出し、新しく作る魔道具について考え始めた。
「まずはどんな機能をつけようか……うーん……」
良い案というものはすぐに浮かぶものではない。時間はたっぷりあるわけだから焦らずゆっくり考えていこう。
「お待たせいたしました」
テラス席に来る前に注文しておいたサンドイッチと水が俺の前に置かれた。
「どうも。……ん?」
不思議なことに俺が注文した分に加え、コーヒーがマネキンの前に置かれた。
「これは?」
「毎日こうするよう頼まれております」
なるほど?よく分からないけどこのコーヒーをどうにかする必要はないのだろう。
さてさて、魔道具を考える続きをしよう。
なんかゲロ吐いている少女がいた。大丈夫だろうか。
二日目
宿に戻ってからイレイナにマネキンのことを聞いてみたが「見ての通りです。明日もよろしくお願いします」と言われただけだった。
今日も喫茶店のテラス席に座って作業を行う。昨日である程度の機能は考え付いたので、今日はどんな形の魔道具にするかを決めていく。
マネキンの前には今日もコーヒーが置いてある。誰も飲まないまま片付けられてしまうと考えると勿体ない気がするが、だからといって俺は飲めないのでどうすることもできない。いや、それでも飲むべきだろうか?
うーむ。マネキンの分のコーヒーをどうするかは置いといて、新しいのを頼んで飲めるかどうか挑戦してみるべきかもしれない。
「すみませーん。コーヒーください」
前回飲んだのは何年前だったっけかな。その時はあまりの苦さにちょっとしか飲めなかったのに夜眠れなかった思い出がある。
「お待たせいたしました」
お、来た来た。昔に比べて俺も大人になっているはずだ。それじゃあいただきます。
今日もゲロ吐いている人がいた。なんで今日も吐いているのだろうか。
三日目
「……眠い」
昨日は全然眠れなかった……。コーヒーも二口飲むだけで限界だった……。
寝ようと思ってベッドで横になっても眠れないというのは肉体的だけでなく精神的にも疲れてしまう。徹夜するのとはわけが違う。
とはいえここで居眠りをするつもりはない。時間は有効的に使おう。
新しい魔道具については設計はほとんど固まり、後は作製していくだけなのでこの喫茶店でできることはない。
魔道具を作ることだけが時間を潰すということではないので、今日は別のことをしようと思う。
俺は紙とペンを取り出した。
「『吾輩は怪盗ネコキャットである』……これでいこう」
何をしているかというと、俺が怪盗ネコキャットとして活動した時のことを小説にしようとしていた。
「『吾輩が狙うは至高の宝。その姿を一目見ただけで心が奪われる。ああ、我が宝。今は奪われてしまっているが必ず取り戻す』……うーん……」
ちらりとイレイナのマネキンを見る。何物にも代えがたい宝、人、幼馴染。
「はあ……。流石にこれは恥ずかしい……」
誰に読まれても恥ずかしくない文章を考えるのは難しい。大体、怪盗ネコキャットなんてその場のノリでなっているだけなのだから、平常時に書こうとすると時間が掛かってしまう。
「…………」
ふとマネキンの頭を撫でてみる。本物ほどではないが触り心地の良い髪だ。
「おっと」
マネキンに手を叩かれてしまったが指輪の機能によって防がれた。はっはっは、甘い甘い。
「あだっ」
二撃目が頭に来た……しかもさっきよりも勢いよく叩かれた……。
マネキンには何か細工されたような形跡はなかったので、マネキンの腕は魔法で操られたと見るべきだろう。もしかしてどこかから見ている……?
またまた吐いている人がいた。いつも同じ人なんだけど……こわ……。
四日目
イレイナ曰く「マネキンの腕が動いた?あなたが変なことをしたんじゃないんですか?私は知りませんよ」とのことだった。確実に嘘である。
昨日は想定していたよりも書けなかったので今日も小説を書くことにしている。文章を考えるのは難しいけど結構楽しいかもしれない。
「…………」
『今回の舞台は海を越えたはるか遠くの島国。ここでは魔法が使えず、代わりに魔法のような道具に溢れていた』……書き始めはこんなものでいいだろう。
「『国に入った途端、吾輩の指輪に込められていた魔力が消えてしまったのを感じた』……ん?そういえば……」
マネキンの手を取って見てみる。
「指輪をしてない……」
イレイナの姿をしたマネキンは彼女の姿をそっくりそのままに模したものだが、右手の中指に指輪をしていなかった。なんでこれだけ?
何か意味があるのかとマネキンの両手をじっくり触ったりしてみたが、特に何かあるというわけでもなかっ――
「いてててっ!」
マネキンの両手が俺の手を握りつぶそうとしてきた。何なんだ一体……。
とりあえず小説の続きを書くか……。明日やりたいこともできたしさっさとキリの良いところまで終わらせてしまおう。
当然今日も吐いている人がいた。もう慣れた。
五日目
昨日、宿に戻った後イレイナに「マネキンとはいえ女の子の手をペタペタと触りすぎるのは良くないと思います」と言われてしまった。確かにその通りかもしれない。
今日はマネキンの指輪を作ろうと思う。俺たちがつけているような魔道具を作るわけではないので喫茶店でもできる作業だ。
ちなみに指輪をつけていない理由を聞いてみてもイレイナは何も答えてくれなかった。
魔法を使えば俺たちのと同じ見た目をした指輪を一から作り出すこともできるが、今回は材料を買ってきているのでそれを魔法で加工することにした。
杖を取り出し、魔法で銀色の金属を指輪にしていく。材料があるので時間も魔力もそこまでかからない。
「おや?」
完成した指輪を眺めていると背後から視線を感じた。振り向いていると毎日吐いていた少女が俺を見ていた。
「…………」
いや、俺というよりかは俺が作った指輪をじっと見つめていた。こういうアクセサリーに興味があるお年頃というやつだろうか。だけどこの指輪はイレイナのマネキンのために作ったものだからどんなに欲しがってもあげるつもりはない。
「さて」
少女の視線を無視し、マネキンの右手を取り、その中指に指輪を――ってなんかすごく抵抗してくるぞ!
今日も動くマネキンは空いていた左手で俺の腕を掴んで止めてくる。結構力を入れてもビクともしない。そんなに嫌だったのか!?
なんとかマネキンの手から逃れ、この指輪をどうしようかと考える。
イレイナが毎日つけているのとほぼ同じ指輪だというのに拒否されるとは思ってもいなかった。せっかく作ったのだから捨てるのももったいない。
ならまだこちらを見続けているあの少女にあげるとしよう。そうしよう。
「あの――」
声を掛けようとしたがマネキンに手を掴まれ、止められてしまう。
今度は何だと思って顔を向けるとマネキンは右手ではなく左手を差し出してきていた。もしかして右手ではなく左手に指輪をつけてほしかったのだろうか。
中指に指輪を……また止められた。親指……人差し指……小指……駄目か……。となると残りは薬指。
「……邪魔されない」
これまでの抵抗は何だったかのように大人しく指輪をつけられたマネキン。表情は変わったりはしていないがどこか満足げに見える。
「左手の薬指……か」
以前訪れた国で会った、俺の願いから生み出されたイレイナも同じ指に指輪をつけていたのを思い出す。
俺とイレイナが結婚して一緒に暮らしているという夢。現実になってくれればいいなと何度も思う。
だけど、俺たちは旅の最中だ。今の関係を崩さぬよう、この想いは胸に仕舞う。
コップに口をつける。
「…………」
冷たい水が気持ちを切り替えさせてくれる。
よし、今日の作業に取り掛かろう。
「あの……お客様……」
「はい?」
「閉店のお時間ですのでご退出お願いいたします」
水を飲んだ後、気持ちが切り替わるまでずっとマネキンを見続けていたせいで外はもう暗くなっていた。
……冷たい水だけでは気持ちを切り替わらないのかもしれない。
そういえばいつの間にかこっちを見てた少女がいなくなっていた。用事があるのなら話しかけてくれればよかったのに……。
●
六日目
相も変わらず喫茶店にいる俺は今日は何をしようかと考えていた。
イレイナに頼まれたからずっとこの店にいるのだが、まだこの国を観光しきれていないので少しだけ時間が惜しいと思う。
ここには有名な観光スポットがあるわけではないし、マネキンとはいえイレイナと一緒にいれるだけで満足…………いや、やはり彼女本人がいいな。
とはいえ本人じゃないからこそできることもある。俺は紙とペンを取り出してマネキンの写生を始める。
絵は母さんにいろいろ教えてもらったしそれなりには描ける。
「ただ目の前の光景を描くのではなく自分の想像も乗せて描く……だったかな」
母さんが絵を描くときによく言っていたことだ。
初めて聞いた時は意味がよく分からなかったが、同じ光景をカメラで撮った写真と母さんが描いた絵ではそれぞれ違った印象を受け、理解することができた。
ある程度描き進めてから現実のマネキンと絵の中のマネキンを比較してみる。どちらも同じ印象を受ける。
やはりというか、俺にはまだ母さんのような絵を描くことは難しいようだ。
初日も思ったけどやっぱりこれイレイナ本人とは少し違う部分があるな。あんまりじろじろ見るのは良くないけど胸が――
――背後に誰かの気配。
「おりゃあああ!」
物陰から勢いよく飛び出してきた少女が杖をマネキンに向けて魔法を放ってくる。
俺は立ち上がってマネキンを庇った。
魔法を受けた俺の手に手錠が嵌められる。鎖で指まで拘束するものだ。
「ってあああ!なんで邪魔するのよ!」
「なんでって言われてもねえ……」
マネキンとは言えイレイナの姿をしているんだから危害を加えられるのを黙って見過ごすわけにはいかない。
「まだ邪魔するようなら、例え手錠を嵌められて抵抗できないからって容赦はしないわよ!」
「…………」
指に力を込めて鎖を壊す。腕に力を込めて手錠を壊す。思っていたより呆気なく壊せた。
「ひえっ…………ななな何よそそそそのくらいでビビるわけないじゃない!」
口は威勢のいい少女であったがその足はがくがくと震えていた。
「それで……容赦しない……だったかな?」
「あああああっ!」
威圧するように一歩前に出た俺に対し、少女は叫びながら魔力の塊……と呼ぶには練度が足りない青白い光を放ってきた。
俺はその青白い光を掴み……そのまま握り潰した。
「え……えぇ……」
勝てない相手であることを悟ったのか少女はへなへなと座り込んでしまった。戦っていたわけではないが決着はついた。
だが、まだやるべきことは残っている。
「どうしてイレイナを襲ったのか聞かせてもらおうか」
「……ふんっ!あんたなんかに教えるわけないでしょ!」
「…………」
なら気は進まないけど無理やりにでも吐いてもらうしかないか……。
「そこまでです」
「……イレイナ」
俺が求めているものとは別のものを今にも吐きそうなほど顔を青ざめている少女を脅すために銃を取り出そうとしたところにマネキンでない、本物のイレイナが現れた。
「私からの説明は後にします。今はここに書いてある場所へ行ってください」
「この子は君を狙ってきた。一緒にさせるわけにはいかない」
彼女が何か書かれている紙を渡そうとしてくるが、俺はそれを無視する。
「私が彼女に後れを取るとでも?」
「そうは言ってない!他にも仲間がいるかもしれないじゃないか!」
「落ち着いてください。私を狙っているのは彼女一人です。さっさとこのメモを受け取ってください」
「…………分かった。だけど少しでも危なかったら俺を呼ぶんだ」
「過保護ですか」
渋々イレイナから紙を受け取って喫茶店を後にした。
●
「それでここに来たというわけか」
「はい」
イレイナから渡された紙は、俺が今いるコーヒーショップまでの道のりと何故かおすすめのパン屋が書かれた地図だった。
パン屋を無視して入ったコーヒーショップの中には店主である男性しかおらず、イレイナからは何も聞かされていなかった俺は店主に事情を説明した。
「君が一緒に旅をしている魔女を襲おうとした子だが、あの子に暗殺するように指示したのは俺――」
――言い切る前に銃を向けた。
「まあそう焦らないで欲しい」
「…………」
「それに、ここで相打ちとなっても誰も幸せにはならないはずだ」
銃を向けたのは俺だけではなかった。
俺が銃を取り出す方が早かった。だが相手に向けたのは全くの同時だったと言っていい。
「あなたが引き金を引くよりも前に俺が撃てばいいだけです」
「なら俺は死ぬ前に君を殺す」
「できもしないことを言うものではないですよ」
「それは君に言えることではないかな?」
「……何の話ですかね」
やれやれと言った風に店主は肩をすくめる。
「君には無理だ。人を殺す覚悟が出来ていない。昔、俺が殺されそうになった時に比べたら微塵も恐怖なんて感じないな」
「…………」
「覚悟のできていない者が人を殺すとどうなると知っているかい?」
「……いえ」
「全員がそうとは言わないが、心が壊れる。殺した瞬間の感触や相手の顔、言葉なんかが頭から離れなくなる。四六時中その現象に悩まされ、最終的には罪の意識に押しつぶされてしまう」
「俺がそうなるとでも?」
旅をしている以上、危険な目に遭うことは承知の上だ。自分たちの身を守るために人を殺めることになることだってあるかもしれない。
そうなった場合俺の心がどうなるかは自分自身でも分からない。考えたくもない。
「可能性の話だよ。娘に年が近い子に人殺しになって欲しくはない」
「それが相打ちになってでも俺を殺そうとした人の台詞ですか?」
「銃を突き付けられればそうもなる。万が一娘に危害を加えられても困るからな。それに……」
「何ですか?」
「いや、何でもない。一先ず今回のことは誤解だったことを理解して欲しい」
ここまで嘘はついていない……と思う。信じてもいいかもしれない。
ようやく銃を下ろした俺は店主に促されるままカウンターの席に座る。
「あの魔女さんに娘のことを任せてある。詳しい話はこれを飲みながらにしよう」
店主がコーヒーをカウンターに置いた。たった今淹れたばかりなのだろう、湯気が立っていてきっと美味しいのだろう。
「俺コーヒー飲めません」
「……まだまだ子どもだな」
コーヒーがミルクに取り換えられた。コップを置く力が強かった気がする。ドンッ!とかいってた。だって苦いの苦手なんだもん。
美味しいミルクを飲みながら店主の話を聞くと、どうやら店主の娘が父親と同じようにスパイの仕事を手伝うようになったが素質が無く、汚れ仕事もやるこの仕事に関わって欲しくないとのこと。
だから追い出したいのだが彼女が納得できるような理由、つまり依頼の失敗が必要だったわけだ。
そこで店主が思いついたのが架空の依頼だった。過去の依頼を使って存在しない人物を作り、その人物を暗殺する依頼を作り上げた。
その人物の外見的特徴がイレイナとそっくりだったのが今回の事件が起きてしまった原因ということらしい。
依頼が書かれたファイルを見せて貰ったが、外見と魔女であること以外、特に経歴の中にある非道の数々はイレイナとは似ても似つかなかった。…………いや、俺が止めなかったらやっていたこともあるかもしれない。暗殺依頼を出されるかもと考えると怖いな。
ともかく、今回イレイナが狙われたのは本当に偶然の事故だったことが分かった。
何故この容姿や経歴の魔女をターゲットにしたのかも聞いてみたが、その魔女の暗殺は店主が失敗した依頼の中の一つであり、その時に惚れて今まで忘れることができなかったらしい。イレイナにはあんまり近付いて欲しくないな……。
「実はもう一つ架空の依頼があってな。こっちにしようか悩んだんだ」
そう言って見せて貰ったファイルの中には、黒い髪の男性と金の髪の女性の暗殺依頼が書かれていた。依頼者はどこかの貴族であるようだが、今はもう存在しないのだとか。
この二人は才能にあふれていたらしく、将来を期待されていたのだが、実家に嫌気がさしたのか駆け落ちした。他の家に取り込まれると脅威になるからそうなる前に始末して欲しいというものだ。
「これが俺の二回目の敗北でな。男性の方は君とは比べものにならないくらいの殺気と覚悟を見せてきたんだ。一度敗北を知った俺は強くなったと思っていたんだが、この時は少し漏らしてしまった」
真顔でそんなこと言われてもどう反応したらいいか困る。
先ほどの魔女の依頼もそうだったが一つ気になる点があった。
「さっきの依頼もそうですけど、この人たちの名前って何ですか?」
どちらの依頼書にも外見的特徴や経歴は書いてあったが、ターゲットとなる人物の名前だけは書かれていなかった。ターゲットの名前が分からなければ、似た外見の人でも本当に目的の人物か分からないのだから店主が依頼を受けた時は名前も書かれていたはずだ。
「俺はターゲットだった者のとはいえ個人情報を漏らしたりはしない。他のものは漏らしてもな」
「…………」
汚い話をしないで欲しい。
「説明は以上だ。何か質問はあるか?」
「いえ。ミルクごちそうさまでした。」
「……一つ聞きたい」
俺は椅子から立ち上がって店を出ようと扉に手を掛けたところで店主が呼び止めてきた。
「何でしょうか」
「人を殺した、またはこれから殺すだろうなって者を見たことはあるか?」
「まあ、はい」
「どんな人物だった?」
「そうですね……」
これまでのことを振り返る。旅をして、たくさんの人に出会った。
身分を超えて愛を育んだ一国の王女。
魔法を使えない人間は人間として扱われない国で、人間と認められようとしていた人たち。
昔、親のいない子どもたちを暮らしていた老人。
犯罪組織に拾われ、善悪の分からないまま大人になり、初めて親しくしてくれた少女から心を貰った男性。
生まれてくる場所が違ったなら、何もなければ幸せになれたであろう彼らは全員、深い絶望を心に抱えていた。
そんな彼らを言葉にするなら――
「誰かを愛し、誰かに愛された人たち……でしたね」
「俺はどうなんだろうな」
「言われるまでもなくあなたも入ってますよ」
「……そうか」
話が終わったことを感じたので、今度こそ店の外に出た。扉が閉まる直前、「ありがとう」という感謝の言葉が聞こえてきた気がした。
○
ユーリィさんを送り出した後、いつもの喫茶店のテラス席でコーヒーを飲んでいると、向かい側に席にカイが座りました。マネキンは別の席に移動させておきました。
「協力ありがとうございました。あなたのお陰でユーリィさんに気付かれずに済みました」
彼女のポンコツぶりを見るに、私のマネキンだけでも問題なかったかもしれませんが、成功率は高い方がいいでしょう。
「…………」
目の前で水を飲む彼の顔は不満が隠せていませんでした。
今朝は私の横から離れようとせず、組織から追い出されたユーリィさんと話すのに彼がいると少々ややこしくなってしまうので遠くにいるように言ったのがそんなに気に障ったのでしょうか。
いえ、本当の理由は分かっていますが。
「今回のこと、あなたに何も説明していなかったことを謝罪するつもりはないですよ」
「それは……」
「別にあなたのことを信頼していないというわけではありません。必要がなかっただけです。ユーリィさんにスパイとしての実力があったら相談していたかもしれませんが」
彼女の父親から話は聞いていたので何も心配していませんでした。
念のためマネキンを身代わりとして用意して喫茶店に配置しようとしたのですが重要なことに気が付いてしまいました。
『マネキンとはいえ私がカイ以外の男性と一日中一緒の席に座ることになってしまう』
嫌です。私が見ている前でそんなことは受け入れられるものではありません。
なので彼に一日中一緒にいてもらうようにお願いしました。
そして私はその様子を監視するユーリィさんを監視していましたが、彼が髪や手を触った時はついつい魔法でマネキンの腕を操ってしまいました。
「さて、この国でやることは終わりましたし出発するとしましょう」
「はぁ……。分かったよ。ところであのマネキン、何で指輪だけしてなかったんだい?他は完璧だったのに」
さて、何のことでしょうね?
○(余談)
「そういえば絵を描いていましたよね?見せてください」
「はいどうぞ」
カイから手渡された絵を見ます。そこに描かれていたのは誰か?
そう、私(のマネキン)です。
「ふむふむ……」
あのマネキンには指輪の他に一つ仕掛けをしていましたが……なるほど、こっちにしましたか。
「いやー、カイ。あなたも男の子。分かってますよ全部。私には」
実はこのマネキンを作るときに少しだけ、すこーしだけ胸を大きくしました。
マネキンの通りの大きさで描いたら揶揄う。本物の私の大きさで描いたらその時はその時で「私の胸を思い出しながら描くなんて変態さんですねー」なんて言って揶揄う。そんな悪戯が閃いてしまいました。まさに悪魔的発想……!魔女ですが。
ふふふ、彼の狼狽える姿が目に浮かびま――
「イレイナ。大丈夫、大丈夫だから」
「えっ」
何故か優しげな眼をしたカイが両肩を掴んできました。まるで不安がっている子どもを励ますように。
「俺は大きさだけが魅力じゃないって分かっているから。自分を偽る必要なんてない」
「いえ、そういうつもりだったわけでは――」
「いいんだイレイナ!何も言わなくても……そう……大丈夫だから……」
何故かカイが泣きそうになってるんですけど。勘違いしてますし話も聞いてくれません。
却って私が惨めな雰囲気になっていることに納得がいきません。これも全部『虚構の魔女』のせいですね許すまじ。
今回の裏話として、ユーリィの父親の銃には一発も弾が込められていませんでした。
次回の投稿はもう少し早くできるよう努力します!!