戦闘描写の難しさに頭を悩ませました。
それではどうぞ。
時間は進み、俺たちは十四歳となっていた。
ヴィクトリカさんからイレイナがついに魔女見習いの試験を受けるのだと聞き、俺は師匠に今まで休んだことのなかった修行を休むことを伝えてからこっそりその様子を見に行った。
筆記試験の方はもう終わっているらしく、実技試験の会場では魔法使いたちが今か今かと試験の開始を待ちわびていた。
魔女見習いになりたいという魔法使いは辺境と言われる平和国ロベッタにも多くおり、その中でも最年少であるイレイナは少々目立っていた。もし彼女が試験に合格したらロベッタにおいて史上最年少で魔女見習いになるのである。
周りの魔法使いにとってイレイナの存在は面白くないらしく、試験が始まった直後はそれぞれの標的は目の前にいるライバルであったが時間が経つにつれ、最年少である彼女に攻撃が集中し始めていた。
流石にこれはまずいかと思ったが、イレイナは攻撃を避けたり防いだりするだけでなく、逆に魔法使いたちを撃ち落としていった。
魔女見習いになれるのは基本的に最後まで残った一人のみ。
今回、最後までほうきで空に浮かんでいた魔法使いは灰色の髪に瑠璃色の瞳をした最年少の少女だった。
試験を最後まで見届けた俺は、帰り道の途中を歩く魔女見習いの証である桔梗のコサージュを付けたイレイナに話しかけていた。
「イレイナ、魔女見習いの試験に合格したんだってな。おめでとう」
俺は試験をこっそり見ていたことを少しの恥ずかしさから隠していた。
「あぁ、カイですか……。ありがとうございます」
少し考え事をしていたのかこちらに気付いていなかったイレイナはあまり嬉しくなさそうな表情をしながら言ってきた。
「どうした?せっかく最年少で魔女見習いになったのに」
「いえ、何でもありません……」
魔女見習いになったら普通は嬉しがると思ったけど何かあったのだろうかと不思議に思ったが、本人が何でもないと言っている以上無理にこちらから追及することもないだろう。
「これから魔女の弟子になって修行していくんだろ?」
「そうなりますね……」
魔女見習いが魔女になるには師匠となる魔女に認めてもらう必要があり、それがどれくらいの期間なのかは当人たち次第だから分からない。
だが、試験で見たイレイナの実力ならすぐにでも魔女になれるのではないかと思うほどのものであった。
「イレイナならすぐなれると信じてるよ。頑張ってな。何か困ったことがあったら相談するんだぞ」
「……はい」
応援する俺に対しイレイナは少し俯いた後返事をした。
少し妙な反応で不思議に思ったが俺たちはその場を別れたのだった。
イレイナと別れて少し後、俺はこっそりと彼女の後をつけていた。
この国のいろんな店でバイトをしている俺は人と関わることも多く、その中にはこれからイレイナが弟子入りを頼みに行く魔女たちもいた。
彼女たちは悪人ではないので問題なく弟子入りを引き受けてくれるだろうと思っていたが現実はそう甘くなく、イレイナは次々とこの国の魔女たちから弟子入りを断られていた。
イレイナが立ち去った後、俺は魔女たちに頭を下げて回っていた。
「お願いします。どうかイレイナを弟子にしてあげてください。彼女は小さいころから魔女になるのを目標にして努力してきました。最年少で試験に合格したことについて思うところはあるかもしれません。それでも、どうか彼女を弟子にしてあげてください」
必死に頭を下げる俺に魔女たちは頭を上げるように言い、彼女のことは悪く思っていない、弟子入りを断ったのは自分の実力不足だからだと申し訳なさそうに教えてくれた。
そんなことを繰り返し、ロベッタにいる魔女全員から話を聞き終わってすっかり日も暮れていたので家に帰ることにした。
帰り道の途中、俺を見つけたヴィクトリカさんが話しかけてきた。
「魔女たちから聞いたわよ。イレイナのために頭を下げてくれたそうね、ありがとう。でも師匠のあてはあるから大丈夫よ」
ヴィクトリカさんはこの国の魔女ではない実力のある魔女にイレイナを弟子にしてくれるよう頼んでくれたらしい。
それを聞いた俺は安心していた。これでイレイナは無事に魔女になれるだろうと。
俺はヴィクトリカさんに礼を言い、今度こそ家に帰っていった。
●
それからも俺は修業とバイトに勤しんでいた。
イレイナが魔女に弟子入りしてから約一週間後、バイト先である八百屋で店番をしていたら彼女がやってきた。
「いらっしゃいイレイナ、調子はどうだい」
「……ええ、特に問題ないです」
「本当に?それならよかった。じゃあこれ、俺からのサービスの野菜ね」
「……ありがとうございます」
「頑張れよー」
少し元気が無さそうだったがきっと魔女になるための修行が大変で疲れているんだろうと考えていた。
数日後、薬草を取って来てほしいと頼まれていた俺はそれが生えている森の中に足を運んでいた。
目当ての薬草を手に入れたので森の出口に向かう道の途中で誰かが立っているのが見えた。
近づいてみると、黒い髪を伸ばし、三角帽子とローブを着たいかにも魔法使いという姿をした女性が困っている様子で立っていた。
「何かお困りのようですがどうかしましたか」
「……あら?これはどうも。けれど私は特に困っていませんよ。魔女ですから」
「そうですか。確かに魔女のブローチを付けてますね。では俺はこれで」
「あぁその前に少し待ってください。この森の出口はどちらですか」
「……ひょっとして迷ってます?」
「いえいえ、迷ってなどいません」
頑なに迷っていることを認めようとしない彼女を連れてとりあえず森を出ることにした。
「ところで貴女はロベッタの魔女ではないようですけどもしかしてイレイナの師匠ですか」
「えぇそうですよ。あなたはイレイナのお友達ですか?」
「まぁ幼馴染ってやつですね」
それから俺は目の前の魔女、星屑の魔女フランさんといろんな話をしながら歩いていた。
彼女自身の話や俺の話。交互に話す形になっていた。
その中でフランさんが特に興味を持ったのがイレイナと旅に出る約束をした話、魔法の才能が高くなかった俺はゴウザン師匠の弟子になったことについてであった。
「あのゴウザンさんの弟子だったのですね。ということはやはりお強いのですか」
「俺自身強いかどうかは分からないですね……師匠に勝ったことないですし」
「それでも長い間あの人の下にいるのなら確実に強くなっていますよ」
「ははは、それはお世辞でも嬉しいですね。ありがとうございます」
そんな話をしながら森を抜けた後、また迷子になられても困るので彼女の住んでいる家まで着いていくことにした。
着いた先は先ほどまでいたのとは違う森の奥の木の上にある家だった。
「今日はありがとうございました。まさか蝶々を追いかけていたら迷子になってしまうだなんて……」
「やっぱり迷子だったんですね」
「やっぱりって何ですか」と言うフランさんに俺はついつい笑ってしまった。
「こちらこそありがとうございました。楽しい話が聞けて良かったです。これからもイレイナのことよろしくお願いします」
俺は軽く会釈してからバイト先に戻った。
森の中で迷子になっても魔法使いならほうきで空を飛べるから態々俺と一緒になる必要はなかったのではと気付いたのは後になってのことだった。
イレイナがフランさんのところに弟子入りして一ヶ月経った頃、いつものように師匠の所へ行ったら家の中でフランさんが師匠と話をしていた。
話の邪魔しないように静かに他の場所に移動しようとしたところで師匠が俺に気付いた。
「待てカイ。この星屑のはお主に用があってここに来たのじゃ」
「俺にですか」
「ええ、私はあなたに頼みたいことがあってここに来ました」
「はぁ……俺にできることなら……」
俺なんかよりも実力のあるフランさんが俺に頼みたいことなど見当もつかなかった。
「それはですね、あなたにはイレイナと戦ってほしいのですよ」
「……それはお互いの実力を知っておこうというわけですか?」
「それもあります。イレイナはあなたの実力について全く知らないようでしたし」
そうしてフラン先生はここに来た理由を語り始めた。
イレイナの両親から天狗になっているイレイナにきつい試練を与えてほしいと頼まれたが、仮にきつい試練を与えたとしても彼女は努力して達成してしまうのが容易く想像できる程の努力家であり、一人で耐えてしまうこと。だからこの一か月間はイレイナの我慢の限界を迎えさせるためにほとんど何も教えてないこと。
そして――
「イレイナは俺が約束を忘れてると思っている……ですか」
「はい、どうやらイレイナは自分と一緒に魔法の練習をしていた男の子が練習に来なくなり、ロベッタにある店で働きだしたことであなたがこの国から出ることはないと思ってしまったのでしょう」
確かに師匠との修行は山の奥で行われているから基本的には誰も来ないから誰も言わなければ俺が修行していることは分からないだろう。
「だけどバイトしてる理由は誰かに聞けば分かったと思いますけど」
「どうやら彼女、そういったことを聞ける友人や知り合いがいないみたいで……」
「えぇ……」
俺に直接聞いてくれてもよかったのになぁと思ったが、もし立場が逆で自分にとって大事な約束を忘れられているかもしれないとなったら怖くて聞けないよなとも考えた。
「そこであなたの実力を直接見せつけることであなたが約束を忘れていないことを教えてあげてほしいのです。先ほどは戦ってほしいと言いましたが正確には戦って勝ってほしい、ですね」
魔法使いとしては半端な俺がイレイナと戦って勝つことで我慢の限界を迎えさせることと魔法をうまく扱える者だけが強いわけではないことを教えたかったようだ。
「でも俺がイレイナに勝てるかどうかは分かりませんよ」
「そこについては心配していませんよ。彼女は魔法使いとしか戦ったことがないでしょうしゴウザンさんからあなたの話を聞いていますので」
「師匠が?」
「そうじゃ。儂が鍛え上げたお主が今のその小娘に負けるなどありえない話よ。もし負けたらお主の顔を変形するくらい叩くからの」
「……しかし無形流は誰かを守るための流派ですよね」
「確かにそう掟に定めておる。じゃが自分から攻撃してはいけないとは定めてはいないのじゃ。第一、儂と修行するときはお主から攻撃することが多いじゃろうに」
「それは修業だから気にしてなかったのですが……」
そう言って俺は考え込んだ。
「あまり乗り気ではなさそうですね」
「まぁ……はい」
せっかく魔女に弟子入りしたのに一ヶ月間まともに修業をつけてもらえず、突然戦わされて負かされるなんて、まるでいじめてるみたいだと思った。
「あなたの考えていることは分かります。けれどこれはあなたとイレイナのためでもあるです。私が戦うでも良いのですがそれだと彼女はあなたに何も言わずに旅に出てしまうでしょう」
「そうじゃぞ、人生には辛いと分かっていても選択しなければならないことがある。それがたまたま今回だったのじゃ」
師匠たちにそう言われ、長い間悩んだ俺はフランさんの頼みを聞くことにした。
○
フラン先生に弟子入りしてから一ヶ月が経ち、一人で魔法の練習をしている姿をフラン先生に見られた翌日の昼間、彼女は私の肩を叩いて言いました。
「今から試験をするので着いてきてください」
その言葉に私は嬉しさを感じていました。
この試験でフラン先生に認めてもらえれば魔法を教えてくれると思っていたのです。
フラン先生に連れられてやって来たのは草原でした。
そこには先客がいました。黒い髪に金色の瞳をした少年です。
「カイ……ですか?なんでここに?」
なぜ彼がここにいるのか疑問に思っている私の隣にいるフラン先生は、いつもの笑みを崩さぬまま言いました。
「今からあなたには、彼と戦ってもらいます」
その言葉に私は困惑しました。
カイは私と一緒にお母さんから魔法を教えてもらっていましたが、ある日突然来なくなりました。
お母さんからは特に心配しなくても平気だと言っていましたが、今まで一緒に練習していた人がいなくなるのは寂しいものでした。
時間が進むにつれてその思いは薄れていきましたが、完全になくなることはありません。
彼が私の家に来なくなってしばらく経った後、彼がアルバイトをしているのを見かけました。
毎日働いている彼を見てもう魔法の練習はしていないだろうと決めつけていました。
昔にした一緒に旅に出ようという約束も忘れてしまったのでないかと不安になり、彼に質問することはできませんでした。
それからも彼と会うことはありましたが魔法を使っている姿を見ることはありませんでした。
自然と不安は確信となり、私は約束を忘れた彼に失望しました。
いつしか彼と話す機会も少なくなっていき、彼への対応も冷たいものになっていきました。
何度か私に話しかけてくれましたが、それがどんな内容だったのか思い出せませんでした。
「……冗談ですか?」
「おやおや。私がこんな真面目な場面で冗談を言うはずがないでしょう?」
魔女見習いに最年少でなった私と魔法の練習を途中で辞めた彼の実力の差は明白だというのに戦えと言うのです。
「フラン先生、いくらなんでもこれでは私が――」
「はい、始めです」
負けるわけがないじゃないですか。そう私が言い終わる前に私の隣から離れた彼女は、ぱん、と手を叩きました。
その瞬間私とフラン先生の間を何かが通り過ぎました。
「なっ」
慌てて何かが飛んできた方向を見てみると、カイの左手にはいつの間にか弓が握られていました。弓が握られていたということは私たちの間を通ったのは矢だったのでしょう。
一瞬考えてそう判断した次の瞬間、カイが目の前まで迫っていました。先ほど見た弓の姿はなく、右手に持った木刀を振り下ろす瞬間でした。
急いで私は魔法で防御しましたが、衝撃までは殺せず少し後ずさりました。
「何か言ったらどうですか。ぶっ飛ばしますよ」
ここまで一言も喋らないカイに少し苛ついていた私は距離を取ってから大きめの魔力の塊を撃ちました。
撃ちだされた魔力の塊は彼に当たる瞬間、左手に持っていた盾で受け流していました。
一発では駄目ならと魔力の塊のほかにも熱線や風の刃や岩石などで攻撃しましたがどれも防がれるか避けられてしまいました。
私の攻撃と攻撃の間にカイは少しずつこちらに近づいて来ました。
「嘘……でしょ……」
「どうしたのです?魔術試験で他を圧倒したあなたの実力はその程度ですか?大したことないですね」
驚く私にフラン先生はいつもの笑みを浮かべたまま穏やかに告げてきました。
その言葉に私が反応する前に、再びカイが目の前に迫っていました。
私は逃げるように瞬時にほうきを取り出し、全力で上空に飛びました。
空中にいればカイはこちらに攻撃してくる手段は限られるので、その間に冷静になって作戦を考えようとした瞬間のことです。
私の体を影が覆いました。今日の天気は晴れ。雲一つない良い空だというのに。
気付いた瞬間上を見上げれば、カイが彼の身長よりも長い、木でできた棒を私に振り下ろすのが見えました。
もう一度魔法で防御しますがほうきを浮かせようとしてもどんどん下に落ちていきます。
「痛っ!」
ついに地面に激突しました。体全体を魔法で防御していましたがその衝撃で一瞬動けなくなりました。
その一瞬が命取りで、カイは私の右手から杖を取り上げ、剣を私に突き付けることで勝敗は決しました。
初めて本物の剣を突き付けられた私は恐怖からか腰を抜かしてしまい、動くことができなくなったのです。
無表情で剣を突き付けてくるカイの顔を見て、私は自分の愚かさを自覚しました。
カイは彼なりのやり方で強くなっていたのに私は強くなることを諦めたのだと勝手に失望し、自分に勝てるはずないと高を括った結果完敗という結果。
そして、「何か困ったことがあったらすぐに相談するんだぞ」と彼はいつも私を心配してくれていたことを思い出しました。
そんな大事なことを忘れた私のカイへの普段の態度が、彼の怒りを買ってしまったのだと今更ながら気付きました。
フラン先生が私たちに近づいて、「あらあら。もうおしまい?」と嘲笑したことで、私の中で様々な感情が暴れ出し、抑えられなくなりました。
信じていた人に裏切られた絶望。カイに全く手も足も出なかった悔しさ。私だって頑張っていたのに、若いからという理由で疎まれ、避けられ、認めてもらえなかった悲しみ。信じてくれていた人を裏切ってしまった後悔。
様々な感情が入り乱れ、どうすれば良いか分からなくなった結果。
「う、ぐ……うえええええええっ……」
私は泣き出しました。
●
フランさんに頼まれた通り、イレイナと戦って勝つことはできた。
イレイナに考えさせる時間を与えないようにしたから勝ったが、冷静に対処されていたらどうなっていたか分からない。
ほうきで空に逃げられた時は危なかった。一回のジャンプじゃ届かないから咄嗟に魔法で足場を作ることで上を取ることができた。
そして、目の前で泣く彼女の姿を見て俺の頭の中が真っ白になり放心していた。
無形流は誰かを守るための流派。師匠から聞いた時から誰のために力を使うか決めていた。
話を聞いた時から良い予感はしなかったが、守ると決めた人を泣かせてしまったことへの後悔が俺を襲い、ただ立ち尽くすことしかできなかった。
どれくらい時間が経っただろうか、正気に戻った頃にはフラン先生がイレイナを抱きしめていた。
「やめてくださいって言っているでしょう……!またそうやって私を騙す気ですか」
「――いえ、もう騙すのはやめます。全てを話しましょう。私自身も限界ですからね」
俺は二人に近付いて。
「すまなかった……」
正座をし、手のひらを地面につけて力いっぱい頭を振り下ろした。つまるところ土下座をした。
「えっ……」
頭を下げた状態だから顔は見えないがイレイナの驚いた声が聞こえてきた。
俺は頼まれたことだったとは言え、イレイナに危害を加えてしまったこと、辛い思いをさせてしまったことを謝罪した。
まだ謝りたいことはあったが、続きはフランさんの家に戻ってから話をすることになった。
俺のせいでイレイナは身動きが取れないらしかったので背負っていくことにした。
その重みは体の成長に伴い昔と比べて重くなったはずであるが、それが苦にならなかった。
それは強くなった証なのだろうか。
フランさんの家に戻り、フランさんはこれまでの経緯をイレイナに話していた。
「我慢ばかりしていては駄目ですよ。気に食わないことがあるのならば戦いなさい。嫌なものは嫌だとはっきり言えるようになってしまいなさい。適度にガス抜きをして、自分自身を守りなさい。そして、もっと周りを頼りなさい。あなたには、助けてくれる人がいるのですから。そうですよね」
最後にそう言ってフランさんはこっちを見てきた。急にこっちに振られてギョッとしたが、まだ言えてないこともたくさんあったから俺はイレイナの方に向き直った。
「イレイナ、俺は君との約束を叶えるために必死に修業した。旅に役立ちそうなことは何でも行ってきた。まだ師匠には勝ったこともないしいろんなバイトで習ったことが本当に役に立ちか分からない。それでも……それでも君が良ければ、一緒に旅をさせてはもらえませんか」
言いたいことを言いきった俺はイレイナからの返事を待った。
その間は一瞬であったはずなのに俺には何時間も経っているのではないかと感じられた。
「はい……!こちらこそ、よろしくお願いします」
イレイナは涙を流しながらそう言ってきた。
何か悪いことでも言ったのかと焦ったがそうではないらしかった。
イレイナは俺がヴィクトリカさんに魔法を教わらなくなった後、約束を忘れてしまったのではないかと思っていたこと、そしてそんな俺に失望してしまい、失礼な態度を取ってしまったと謝ってきた。
当然そんなことに気にしていないし、むしろ俺が彼女に誤解させてたことを謝るべきだろう。
「いやいや、俺も勘違いさせてたのがいけなかったって」
「いいえ、私が悪かったです」
「いやいや、俺が」
「私が」
「俺が」
何度も同じことを繰り返していたが、だんだんそれが面白くなり、二人で笑いあっていた。
「あのー、そろそろよろしいですか」
俺たちの会話に混ざることのできなかったフランさんが尋ねてくる。
「あら先生、いたんですか。気付きませんでした」
「いつの間にかいなくなっていたと思っていました」
冗談を言う俺たちにフランさんは涙目になっていた。一ヶ月イレイナに何も教えていなかったしこれくらいは許されるだろう。
三人で暫く談笑し、帰ることにした俺は家を出ようとした時、イレイナが声をかけてきた。
「カイ、今日はありがとうございました。おかげで大事なことが分かりました。必ず一緒に旅をしましょうね。約束ですよ」
「ああ、約束だ。必ず一緒に旅に出よう」
そう言うイレイナの顔は、昔と同じ笑顔だった。
イレイナが弟子入りしてから一年になる頃。
相変わらず俺は師匠と山の頂上の道場で模擬戦を繰り返していた。
「そこだ!」
「甘い!」
俺が全力で木刀を振るが師匠は読んでいたのか、躱してから蹴りを放ち、俺は吹っ飛ばされて壁に激突した。
「どうしたカイ!それで終わりか!」
「まだ……まだ!」
木刀をしまい、取り出した弓を使って一瞬で矢を放ち、追撃すべく再び木刀を右手に取り出し、接近して左から右に薙ぎ払うように振る。
「そんな攻撃儂には通用せん!そんなことお主も分かっているじゃろうに!再び吹き飛ばされたいか!」
矢を撃ってから武器を使った攻撃をする。この連携は何度も師匠に試し、毎回防がれていたことだ。
ならば今回も防がれて終わってしまうのか?
「何!?」
今までは矢で牽制してから木刀での攻撃をするというものだった。
だが今回は違う。
「無形流はあらゆる武器を使う!ならばこれを使うのだって不思議ではない!」
師匠は矢を弾き、木刀による攻撃を当たらないギリギリまで後ろに下がって反撃を試みる。
そこで木刀を振ると見せかけていた俺は木刀をしまい、左手に隠して持っていた杖を師匠に突き付ける。
杖から放たれた魔力の塊は師匠の顔に直撃。態勢を崩した師匠の顔を右手で思いっきり殴った。
「ぐっ……」
今度は師匠が吹き飛ばされ壁にぶつかる。
師匠が態勢を立て直す前に詰め寄り、剣を突き付けた。
「俺の勝ちです」
「……見事じゃ」
俺は師匠に初めて勝つことができた。
「カイよ、よくぞ儂に勝つことができた」
「はい」
「これでもう儂が教えることはない。あとはお主なりの無形流を極めるのじゃ」
「はい」
その後、師匠は自分のことを語ってくれた。
師匠は旅人であったが、父さんが必死に頼み込んで俺の師匠となるようにしてくれたらしい。
長い間滞在することになったが特に不満はないらしいが、用が済んだ以上旅に戻ると言っていた。
「師匠は何故旅をしてるんですか」
「ぬ、儂は儂の守る者を探しておるのじゃよ。無形流は誰かを守るための流派じゃからの」
「……何年間旅をしてるんですか」
「三十年以上じゃのう」
「…………」
きっと師匠の性格に着いていける人がいなかったのだろう。結構騒がしい人だしこっそりエロ本持ってるし昼間にロベッタでスケベ心丸出しなナンパしてたし……。
「そうじゃ。お主のためにこんなものを用意した」
そう言いながら師匠は俺に包みを二つ渡してきた。
片方を開けてみると白いシャツやネクタイ、黒いジャケット、同じく黒いズボンとそれらに合うような革靴が入っていた。
「師匠、これは?」
「見たままじゃ。これを着ればどこかで働いている社員のようじゃ」
「…………」
気を取り直して俺はもう一つの包みを開けた。
先ほどの服とほとんど同じものが入っていた。違いはこちらの方が少し立派に見える気がした。
「あの……これは?」
「見たままじゃ。これを着ればどこかの家に仕えている執事みたいじゃのう」
どうやら師匠はスーツと執事服をくれるようだった。
「ありがたいんですどなんでこの二つ……?」
「秘密じゃ」
「もしかして最近こんな格好をした男性が登場するエロ本とか読みました?」
「……………………この馬鹿弟子がーー!儂がそのようなもの読むわけないじゃろ!貴様に相応しい服を用意してやったんじゃ」
「随分と間が長かったですね……」
図星らしかった。
一応師匠がただの服をくれるとは思わなかったから聞くことにした。
「この服って特別製だったりしますか?」
「その服は儂の知り合いに頼んで作ってもらったものでの。簡単には破けないし経年劣化もしないのじゃ。さらに受ける魔法を軽減する効果もある優れモノじゃ」
「それはすごいですね」
「それを作ってもらうには大金が必要での。今までのお主のバイト代の結構な量を使ったのう」
「バイト代って出てたんですか!?」
バイト代が出てたのはこの時初めて知った。
何年間も働き続けたわけだから大量のお金だったはずだ。
「そりゃ出るじゃろ。店の方もタダで働かせるわけにはいかないじゃろ」
「バイト代ってどれくらい残ってるんですか」
「このくらいじゃの」
そう言って師匠が出した袋にはまだまだ金貨が入っていた。
「思っていたより結構ありますね」
「そこはお主の頑張った成果じゃの。本来はもっと多かったのじゃぞ」
俺はそのお金を師匠から受け取った。
「残りは修業を付けた代金としていただく!」とか言われるかと思ってたが師匠は普通に渡してきて少し驚いたのは内緒だ。
「儂からはお主にやれるものは以上じゃ。あとは精々頑張ることじゃな」
「はい!旅の途中で出会うことがあったらまた手合わせお願いします!今までありがとうございました!」
こうして師匠は旅に出ていった。
山の頂上には誰もいなくなった家と道場が残されていた。
元々この山は父さんの所有物であり、父さんはたまにここに一人で来て体が鈍らないようにしていたらしい。師匠がいる間はこの場所を貸していたということだ。
俺は師匠に認められたことをまずは両親に報告しに行った。
父さんと母さんからは今までよく頑張ってきたねと褒められた。
次にイレイナに報告しにフランさんの家に行ったら、そこには魔女のブローチを付けているイレイナがいた。
話を聞いたところイレイナもフランさんに認められ、魔女になったらしい。
お互い師匠に認められたことを喜び、数日後に旅に出ることになった。
数日後の朝。
家を荷物をまとめ、師匠から貰ったスーツを着て準備を済ませた俺は両親に呼ばれ、二人の前に立っていた。
「カイ、ついにこの日がやってきたわね」
「うん」
「カイ、準備はできたかい」
「うん」
母さんと父さんの言葉に俺は頷いた。
毎日一緒に過ごしていた家族と離れるのは寂しいけど、また会うことができるから悲しくはない。
「これを持っていきなさい」
そう言って母さんが渡してきたのは一台のカメラ。
「これであなたの撮りたいものを撮ってきなさい。そしてその写真を私たちにも見せてね」
「ありがとう。絶対に良い写真を撮るよ」
「手紙も送ってね」
「絶対に送る」
母さんは俺を抱きしめた。
「カイ、これから危険なことがあるかもしれないけど、無理したら駄目だよ」
「無事に帰ってくるよ」
「そして大事な人のこともしっかり守ってあげなさい」
「当然」
父さんも俺を抱きしめた。
「いってらっしゃーい、元気でねー」
「元気でなー」
「そっちこそ元気でなー」
手を振って見送ってくれる両親に俺も手を振り返して平和国ロベッタの門まで歩いた。
門に行くまでの途中、見知った顔の人たちに門出を祝ってもらった。
俺も感謝を述べてから手を振った。
門の前で待っているとローブを着て三角帽子をかぶったイレイナがやってきた。
「お待たせしました。スーツですか、似合ってますよ」
「ありがとう、イレイナも似合ってるよ」
「ありがとうございます。それでは行きましょうか」
「その前に一枚写真を撮らせてほしい。門出の記念として」
「良いですけど、少し恥ずかしいですね……」
俺は門兵に頼んで二人並んで立っている写真を撮ってもらった。
「よし、それじゃあ行こうか」
旅の途中、楽しいことや嬉しいことに出会うだろう。悲しいことや辛いことにも出会うだろう。
二人ならば、楽しいことも二倍になるだろう。二人ならば、辛いことがあっても支え合うことができるだろう。
期待に胸を膨らませ、俺たちは一緒に門をくぐり、旅に出た。
これが、俺たちの長い旅の始まりである。
こうして二人は旅立ちました。ついでにゴウザン師匠も。
本当はもっと修行やバイトの内容についてやイレイナと戦った後の日常を書きたかったのですが、長くなってしまうので断念。番外編みたいな形でどこかに差し込む形になるかと思います。
たった二話(前編後編に分けただけで実質一話ですが)書くだけでも結構時間がかかりました。次の話がいつになるか分かりませんけど楽しみに待っている方が一人でもいらしたら嬉しい限りです。