すっかりブローチを探すことを忘れてた俺はイレイナに謝った後、宿屋の店主に頼んで厨房を借りてパンを作ることで彼女の機嫌を取っていた。
明日はエイデンと会う前にしっかりブローチを探しておこう。
明日は何を教えようかと考えながら俺は眠りについた。
次の日、エイデンとの約束の時間の前にイレイナのブローチを探すことにした。
だがどこを探してもブローチを見つけることはできないまま、約束の時間になった。
「先生、今日は何を教えてくれるのですか?」
「今日は体の動かし方について教えようと思う。エイデンは普段から体を動かす運動とかしてるかな?」
「いえ、特には」
「なら今日は体を動かしてみようか。鬼ごっこでいこう」
「鬼ごっこですか」
「俺が逃げるからエイデンは全力で俺を追いかけること。俺は今のエイデンが全力で出せる速さと同じ速さで逃げるから頭も使わないと捕まえることができない。質問はあるかい?」
「ないです」
「それと過重力は自分に常に掛けておくこと」
「今できました」
「なんだい?」
「僕はまだ一日中過重力を掛け続けられるほど使い慣れていません」
「あーそうだったね。なら過重力の魔法が切れたら一度休憩にしよう」
「分かりました」
「よし、それでは始め!」
その合図と共に俺はエイデンから逃げ始めた。
エイデンは必死に俺を追いかけたが普段からあまり運動しないせいかすぐに息切れを起こしていた。
それでも諦めずに追いかけてくる彼は良い眼をしていた。
俺は逃げながらカメラを取り出し、シャッターを切っていた。
何回かエイデンの過重力が切れ、その度に休憩を取って少ししたら再会と繰り返している内に夕方になっていた。
「よし、今日はここまで」
「はぁ……はぁ……ありがとうございました」
「今日はたくさん動いて明日は体が動かないかもしれないから明日は休みだな」
「分かり……ました……」
自分の体がもう動かず、明日に響くことが分かっているのかエイデンは特に反対することはなかった。
俺は動けないエイデンを背負って彼に案内してもらいながら彼の家に行った。
彼の家はこの国では珍しくもない建物であり、一般的な家って感じだ。
家の前に辿り着いて、彼を下ろして宿屋に戻ろうとしたら、家のドアが開いて赤い髪をした女性が出てきた。
「あら、エイデンじゃない。おかえりなさい」
「ただいま母さん」
「えっと……こちらの方は?」
「カイ先生!俺の先生なんだ!」
「あなたがカイ先生なのね。ありがとうございます。いつもは暗いこの子が昨日から元気になってどうしたのかと聞いたら貴方の名前が出たの。親として子どもの悩みを解決することができなくて残念ですけれど貴方にはとても感謝しています」
「気にしないでください。俺はただ彼に切っ掛けを与えたにすぎません。あなたが育てた息子のエイデンは強い子ですよ」
「先生……」
エイデンが感動した目で見てくる。少し恥ずかしい。
「彼はこれからも悩み事にぶつかるでしょう。その時こそ家族であるあなたの力が必要でしょう」
「はい。エイデンは私の宝物です」
「では俺はもう行きます。今日の彼は少し張り切り過ぎたので明日は動けないかもしれません。肉料理でも食べさせて力を付けてあげてください」
「先生、じゃあねー」
手を振るエイデンに俺も手を振り、彼の母親に会釈してから今度こそ俺は宿に戻った。
イレイナにブローチが見つからなかったことを報告してから俺は自分の部屋に戻った。
時間はあるのでゆっくり寝る支度を済ませ、魔道具の調整や作業を行ってから寝ることにした。
滞在四日目である。
今日はエイデンとの特訓は休みだから、相変わらず見つからないブローチ探しの後イレイナ達の様子を見ることにした。
屋根の上で風魔法の特訓を行っているようだ。
二人並んでいる姿をカメラに収めておいた。
声を掛けようと近付いた瞬間のことである。
イレイナはサヤちゃんの背後に回り込み、両手首を掴んで何か耳元に囁いていた。
俺は咄嗟に隠れた。なぜ隠れたのかは分からないけど隠れてしまったのだ。
ちらりと彼女たちを見るとサヤちゃんの顔は耳まで真っ赤だった。
もしやイレイナは魔法を教えるという立場を利用してサヤちゃんを誘惑してるのか……?
確かにイレイナは旅先で男性より女性に優しくしている姿をよく見るけどそういうことだったのか……?
男性より女性の方が好きということなのか……?
それは、なんだか、ショック、だな。
〇
サヤさんに特訓を付け始めて三日目のことです。
サヤさんに風魔法を教えてお昼時になった頃、特訓を終えて一緒にお昼でも食べようかと話していた私たちの前にカイが現れました。
「もう特訓は終わったので見るものはないですよ」
「ははは、そうか……。それは残念だったな……」
カイは何だか元気が無さそうでした。
「どうかしましたか?」
「いや、なんでもないよ。ちょっとこの世の真実を知っただけだから。そのうち元に戻ると思うから」
意味が分かりません。
「カイさんも一緒にお昼どうですか?」
「ありがとうサヤちゃん。ならお言葉に甘えさせてもらおうかな……俺のことは置物だと思ってくれて良いから……」
「どうしたんですかね?」
「私が聞きたいです」
変になっているカイを連れて店に入った私たちはそれぞれ頼みたいものをを頼みました。
私は安い日替わりランチを、サヤさんはカルボナーラです。
カイは「なんでも良いです。俺は置物なので、あなたたちの邪魔をしないので。……なんで着いてきてしまったのだろう」なんて言ってたので私と同じ日替わりランチを頼んでおきました。
少しした後、料理が運ばれてきました。
今日の日替わりランチは以前食べたものと同じきのこクリームパスタでしたか。
前回はサヤさんにきのこを押し付ける……じゃなくてあげてましたが、今回はカイの皿にきのこを全部移しました。
「イレイナさん、きのこ嫌いなんですか?」
「イレイナはきのこ嫌いでその師匠のフランさんも嫌いだし母親のヴィクトリカさんも嫌いだよ」
「へえー」
なんでフラン先生やお母さんにまで飛び火してるんですか。
「ならイレイナさんが頼んだ料理にきのこが入っていた時はいつもカイさんが食べてるんですか?」
「そうなるね」
「イレイナさん、この前ぼくに偉そうに語っていたことは何だったんですかー。もー」
膨れっ面になるサヤさんに私は、「魔女になっても好き嫌いしちゃいけないなんて言いましたっけ?」とくすりと笑いながら応えました。
「イレイナは魔女見習いの時もきのこを食べないようにしてたよ」
「何言ってくれてるんですか!?」
「イレイナさん……」
そんな感じで私たちはお昼を食べ、それぞれやることがあるので店の前で別れました。
●
「と、言うことがあったんだよ」
「はぁ……先生の言いたいことがよく分かりません。正直どうでも良いんですけど」
イレイナ達と別れた俺はエイデンの家に遊びに来てた。
エイデンは筋肉痛のせいでベッドからなるべく下りないようにして、ベッドの上で魔導書を読んでいた。
「酷いことを言うなぁエイデン君。君は幼馴染が実は女の子好きだったなんて経験はないからそう言えるんだ」
「君付けはやめてください。面倒くさい先生ですね……。僕からすると、それは先生の勘違いなんじゃないかと思いますよ」
「何を根拠にそんなことを」
「その状況からすると先生の幼馴染は魔法を撃つ感覚を体で憶えてほしかっただけなんじゃないですかね。俺も母さんにやってもらったことありますよ」
「でもサヤちゃんは顔を赤くしてたし……」
「先生の幼馴染は美人なんでしょう?なので同性でも密着されて顔を赤くするかもしれませんよ。それかそのサヤちゃんって人の方が同性が好きなのかもしれませんよ」
「そうかなぁ……」
「きっとそうですよ」
「そうか……そうか!よし、なんだが元気が出てきた。今日はありがとうエイデン。お礼として俺が作ったパンを置いて行こう!家族皆で食べてくれ!」
「ありがとうございます。明日は普通のテンションでお願いしますよ」
答えを得た俺はエイデンの家を出ていった。
その日の残りの時間はこの国に許可を取り、露店を開いて俺が作った魔道具やアクセサリーを売ることにした。
商品を売る間、客にイレイナのブローチについて聞くが特に有益な情報はなかった。
滞在五日目
今日はエイデンと特訓なのでブローチを探した後、待ち合わせ場所に向かった。
エイデンは先に到着しており、既に準備万端らしい。
「じゃあ今日も一昨日と同じことをやるぞ」
「はい!よろしくお願いします!」
一昨日と同じく俺は国の中を逃げ回り、エイデンがそれを追う。
同じ速度で走るわけだが、体の動かし方が分かってきたのかその速度は前回よりも速くなっていた。過重力の持続時間も伸びている。
「良い速度だ!だがそれだけでは俺を捕まえられんぞ」
「いいえ、あなたはここで俺に捕まります!」
「むっ」
俺が角を曲がった先は行き止まりだった。
俺はここに来て日が浅いから地の利は向こうにある。
「だが、こんな壁!乗り越えれば何の問題もない!」
俺は壁を乗り越えようとした。
「させませんよ!」
もう少しで壁を登りきるところで向こう側からほうきが現れた。
そしてほうきは俺目掛けて突撃してきた。
「ぐっ」
当然横に避けようとしたが、俺を挟むように左右から魔力の塊が飛んできた。
魔力の塊に当たった俺はほうきによって地面に押し戻された。
そしてエイデンが俺に近付き、「捕まえました」と言って俺に触れた。
「見事だエイデン。君の成長は俺の予想を超えていた」
「ありがとうございます」
「君は力の使い方、体の使い方、頭の使い方、魔法の使い方を学んだ。これ以上俺から教えることはない」
「そんな……僕はまだまだです」
「今の君ならもう大丈夫だ。それでもまだ俺から教わりたいのなら今より強くなってみせろ。そしていつか俺と再会した時、また教えることにしよう」
「先生……はい!今までありがとうございました!」
「こちらこそありがとう。俺も学ぶことが多かった」
記念として写真を俺とエイデンで写真を撮り、その一枚をエイデンに渡した。
笑顔で写真を受け取ったエイデンは手を振りながら帰っていった。
少しだけ気になった俺は彼の後をバレないように着いて行った。
「おい魔道士見習い、最近何やら元気そうじゃないか」
「根暗なお前がどうしたんだ」
「何か言ってみたらどうだ?」
俺がエイデンと出会った初日、彼をいじめていた三人だ。
彼がどう出るか見させてもらおう。
「僕は……魔道士見習いなんかじゃない!僕はカイ先生の弟子エイデンだ!」
「なんだこいつ……今までとは違うぞ!ちっ、今日はここまでにしといてやろう!」
そう一人が言った後三人は去っていった。
今まで言い返せなかった三人に立派に言い返したエイデンに俺は満足していた。
俺が気にするまでもなかったようだ。
弟子とは一言も言わなかったんだが、まぁいいかと思いながら俺は炎のように赤い髪に背を向けて歩き出した。
きっとあの三人もエイデンのことを心配していたのかもしれない。
言い方や方法は悪かったがエイデンに怪我をさせたりはしていなかったし、言葉の端々に言い返させようとしていた部分があった。
彼らも根は良いやつなのだろう。それを表現する方法を探している最中なだけで。
近い将来彼らが本音を言い合えたのなら、良き友人になるかもしれない。
ただそれは旅人である俺は知りようのない未来である。
あの小さな炎のこれからに幸あれ。
宿屋に戻った俺にイレイナが「ブローチの行方は分かりましたので明日にはこの国を出ます」と言ってきた。
細かい経緯を聞いた俺は了承し自分の部屋に戻って支度を済ませた。
支度を済ませた俺は少し暇になり、カウンターにいた店主と飲み物を飲みながら話すことにした。
「あの子はね、妹がいなくなってからいつも寂しそうだったけどあんた達が来てからは笑顔が増えたよ」
「そうですか、まぁ俺よりイレイナのお陰ですね」
「あの子が楽しそうに話してくれることの中に、あんたもいたよ」
「それは嬉しいですねー」
俺たちがそんな話をしていると大きな泣き声が聞こえてきた。
この泣き声に含まれている感情は後悔だろうか。それとも嬉しさだろうか。またはそのどちらもか。
どれであっても彼女はこれから前を向いて歩いていけるだろう。頑張ることができるだろう。
「あんた達の宿泊代はタダにしておいてやるよ」
「おやおや、それはありがたいですね」
「これくらい、安いもんさ」
「彼女のこと、よろしくお願いしますよ」
「当然のことさ。と言っても、後一年もここにはいないだろうさ」
「彼女のこれからに乾杯、ですね」
そう言って俺はコップに入った水を飲んだ。
●
魔法使いの国を出てから半年が経っただろうか。
俺とイレイナは相変わらず旅を続けている。
次はどこに行こうかと考えながらイレイナと入った書店で、サヤちゃんの名前が載った新聞を見つけた。
その新聞を買った俺たちは宿に戻り、飲み物を飲みながら新聞を読んでいた。
そこには彼女のコメントが綴られていた。
彼女のこれまでの経緯や苦悩、旅人に救われた話など、感動的な話である。
そして最後にはこう書かれていた。
『故郷に帰って一人前になったら、大好きな旅人さんと置物さんに会いに行きます』
隣の灰色はプルプル震えている。
いやはや、感動的な話だったな。
俺はコップに入った水を飲んだ。
これにて魔法使いの国編が終わりです。
前回の話と同じく前編後編に二分割しましたけど今回は後編の方が短かったですね。
エイデンという名前には「助け、小さな炎」という意味があるらしいです。
最初は特に名前は決めないで書いてましたが、名前を付けたくなって探してみたところこれいいじゃん!ってなりました。今後出てくるかは不明です。もし出てくるなら七年後の話になるでしょう。
それでは、また次の話で会いましょう。