春と夏の間の中途半端な時期のこと。
俺たちは広葉樹の森の中を通っていた。
この森は特に木が多く、空の色を見ることは叶わなかった。
ほうきで飛んでいるイレイナは木にぶつからないよう左右に動くが、枝に三角帽子が引っ掛ってしまった。
後ろから走っていた俺はその帽子を取ってイレイナに被せた。
「ほらよ」
「ありがとうございます」
それからも俺たちは森を進み続けた。
少し経った後、道が開けたと思ったらそこには広い花畑があった。
その花畑には様々な種類の花が咲いており、どれも見た目は綺麗なものばかりだ。
「うわぁ……」
「……こんなに大きな花畑は初めて見たな」
隣を飛んでいるイレイナはこの光景に心を奪われているようだ。
俺たちは花畑の上を進み続けた。
少しの違和感を俺は感じながら。
「あら……」
俺たちは広大な花畑の中に人がいるのを見つけた。
イレイナはその人物の下に向かい、声を掛けていた。
俺も彼女の後を追い、話を聞くことにした。
そこにいたのは俺たちと同じくらいの年齢の女の子。
彼女はこの花畑を管理するためではなく、花が好きだからここに訪れたのだと言う。
この花畑は誰にも管理されることなくたくさんの花を咲かせているらしい。
近くにある国、言い換えれば俺たちが向かっている国の周りでは花畑には絶対に千切れない恋結びの花が咲いているという怪しい言い伝えもあるのだとか。
「あなたもここでその花を?」
「いいえ」
そう答える彼女の一瞬見えたその表情は、人間性を感じさせない、形だけの笑顔だった。
「……え?」
「はっ……違うの。この花を……あなた達がこれから向かう国に届けてほしいの」
そう言いながら彼女はイレイナに花束を渡そうとする。
その花束はたくさんの白い花の中と一輪の黄色い花が入っていた。
そこで俺は彼女たちの間に入り、その花束を遠くに投げ飛ばした。
「あら……酷いことをしますわね。悲しいわ」
「ちょっとカイ、何するんですか」
「イレイナ、少しずつ後ろに下がりながら彼女に全力で時間逆転の魔法を掛けるんだ」
「いったい何を言って――」
「早く!」
俺の言葉に驚きながらもイレイナは魔法を使いながら花畑の外に歩いて行った。
俺たちが向かっている国の名前は花の国。
花屋でバイトしたこともあり、国の名前になるくらいだからその国の花を調べておくべきだと思って前に滞在していた国で調べたのだ。
当然、花の意味についても。
彼女が渡してきた花束。その中に入っていた白い花の意味は『私の愛は生きています』だ。そして一輪だけ入っていた、多分紛れ込ませた黄色い花の意味は拒絶を意味するものである。
ここで花畑を見た時から感じていた違和感の正体にも気付いた。
この花畑に咲いている花は、魔力を持っていない人間に対してのみ作用する魔力を放っているのだろう。
その魔力に毒された人はこの花畑まで誘い込まれ、最終的にこの花畑の栄養となってしまう。
俺はそう結論付けた。
魔力を持っている俺が何故違和感を感じたのか。それは俺が着ているスーツのお陰だろう。
師匠から貰ったこのスーツには受ける魔法を軽減する効果がある。
もちろん、花は魔法を撃っているわけではない。だがそれでも害のある魔力にスーツが反応したのだ。
だからいつもとは違う違和感を感じていたのだろう。
「何をする……やメロォ!」
時間逆転の魔法を掛けられた彼女の口から出るのは彼女のものではない言葉。
意思を持った花によって操られた彼女の周りから蔦のようなものが生えてきてイレイナに襲い掛かる。
「させるわけないだろ!」
俺は右手に持った剣で蔦を切っていく。
蔦の数は増えていき攻撃は激しくなるばかり。
「イレイナ、まだか!」
「もう少しです!」
剣だけでは対応できなくなってきたので左手に盾を出し、右手で切り、左手で受け流したり押し返した。
イレイナの方に行きそうな蔦だけは確実に対処し、俺に向かってくる蔦は致命傷になるもの以外は余裕のある時だけ防ぐようにしていた。
俺の体に傷が増えていくが弱音を吐くことはできない。集中を乱してはならない。
どのくらい経ったか分からないが、ようやく蔦による猛攻が収まった。
俺は花束の中で倒れている彼女に近付いて急いで背負い、イレイナの下に戻った。
「大丈夫ですか?」
「こっちは大丈夫だ。イレイナの方は?」
「カイが守ってくれたので怪我はありませんが魔力が残り少ないですね」
「歩けるか?」
「なんとか……」
「危険な目に会わせて済まなかったな……」
「今回は良いですけどこんな無茶はもうしたくないですね……」
「……ありがとう。イレイナがいなかったら彼女を助けることはできなかった」
「……こちらこそありがとうございます。私だけでは彼女の容態に気付かずに花束を受け取って誰かに渡していたことでしょう。カイがいなければ私は間接的に誰かを死なせていたかもしれません……」
「そっか……とりあえず移動しよう。ここに長居するのは危険だ」
そう言って俺たちは花の国に向かって歩き出した。
俺の背中で眠っている彼女の感触が、人の命を救うことができたことを実感させてくれた。
数時間歩き続けてようやく花の国に到着した。
俺たちが門を通ろうとした時、若い門兵が声を上げた。
「アルテミシア!アルテミシアじゃないか!お前、アルテミシアに何をした」
アルテミシアと呼ばれた彼女の兄だろうか。
妹に危害を加えたんじゃないかと睨みつけてくる。
「この子はこの国の近くにある花畑で捕まっていました。そこに偶然通りがかった俺たちが救出しました」
「そう……か……」
「この子を家まで送ってあげたいのですが、案内していただけませんか?」
「分かった、俺が案内しよう」
彼は詰所に行ってから、「こっちだ」と言って彼らの家まで案内してくれた。
アルテミシアさんをベッドに寝せてから俺たちはテーブルに着き、詳しい話をすることにした。
「妹を助けてくれて感謝する。そして先ほどは無礼な真似をした」
「特に気にしてません。えーっと」
「ソロルだ」
「ソロルさんが妹を大事にしているのは分かりましたから。ただ彼女は何故あの花畑に?」
「それは……」
ソロルさんが語ってくれたのは彼が妹を愛しすぎた結果、彼女に窮屈な思いをさせてしまい、それにうんざりした彼女が家を飛び出したのではないかということだった。
「俺はどうすれば良かったんだ……妹を、たった一人の家族を他の連中に取られたくなかった。俺を置いて行ってほしくなかった……」
項垂れるソロルさんになんて声を掛けようか考えていた時、隣に座っていたイレイナが立ち上がった。
「馬鹿馬鹿しいですね。そんなの、考える必要もありません」
「なら一体どうすれば!」
「アルテミシアさんを信じてあげれば良いんですよ」
「アルテミシアを……信じる?」
「そうです。あなたと彼女はこの世でたった一人だけの兄妹です。あの花畑で話した彼女はとても優しそうな女性でした。そんな彼女が、例え誰かを好きになったとしても、あなたを置いていくことなんてありえないでしょう。今のあなたは彼女を信じていません。そんなあなたと一緒にいては、この先どう頑張っても彼女が幸せになることはありません」
一呼吸置き、イレイナは「だから、信じてあげましょう。彼女のことを」と優しい顔で言っていた。
「そうか……そうだよな……俺が信じてあげなきゃいけなかったんだ……済まなかったアルテミシア」
彼は立ち上がり、妹が寝ているベッドまで歩き、静かに泣き始めた。
それを見た俺たちは音を立てないように家から出ていった。
〇
次の日。
思っていたより早くこの国を観終わった私たちはその日のうちに国を出ることにしました。
「おや、あれは」
「ん?あぁ」
私たちが見つけたもの。それは幸せそうに笑いながら歩いているソロルさんとアルテミシアさんでした。
アルテミシアさんを見つけたこの国の住民である男性が彼女に声をかけていた。
彼女は笑顔でそれに応え、ソロルさんも嫉妬したり怒ることもなく笑顔のままでした。
その様子をカイはカメラで撮影してました。盗撮では?
「もう大丈夫そうですね」
「ああ。イレイナのお陰だね」
「あの花畑はどうするつもりですか?」
「あそこへの道を封鎖し、魔法統括協会に依頼を出すように言っておいたよ」
どうやら昨日宿屋の中で別れた後、門兵さんたちの詰所に行っていたようです。
「しかし昨日のイレイナの言葉はすごかったなー。信じてあげろ、か。熱弁だったなー、俺も使おうかなー」
「恥ずかしいのでやめてください」
昨日のソロルさんは私に似ていました。
信じるべき人を信じていなかった昔の私。
だからこそ馬鹿馬鹿しいと言ったのです。
人を信じることができれば、一緒に笑うことができます。一緒に悩むことができます。支え合うことができます。
それを教えてくれた人がいました。
「イレイナは誰を一番信じてるの?やっぱりフランさん?それともヴィクトリカさん?」
少し自己評価の低い彼に向かって私は答えます。
「秘密です」
今までの話と比べると短い話でした。
漫画版の場合、アルテミシアの意識がまだ残っており、イレイナが彼女と出会った時点ではギリギリ救出することができると考えました。少し強引でしたね。
イレイナは基本的に誰かへの好意を素直に表に出すことはない子だと思っています。可愛いですね。