ある人にとっては喜劇、またある人にとっては悲劇にも。
鏡のような舞台の上から、人は何を得るのだろう。
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どんな辛辣なものでも甘んじて受け入れる覚悟がありますのでよろしくお願いいたします。
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「エリス~、そろそろ発つよ~」
「今行くわ」
エリスはそう言いながら着慣れた旅用の外套をそそくさと身にまとい玄関にやってきた。
今回彼女は俺の仕事に同行する。
行き先はミリス神聖国だ。
エリスを連れていくほど危険がある場所ではないが、どうやら神子がエリスの事をいたく崇拝している様子なので連れていくこととなった。
俺も彼女には多大な恩義がある。
エリスを連れていくことが彼女の助けになるのなら、喜んで同伴させるというものだ。
今回もシルフィとロキシーはお留守番だ、もちろん子供たちも。
いくらミリスが安全な国とはいえ、何もないとは限らない。
シルフィたちがいるとはいえ、不安の芽は摘んでおくべきだろう。
それに今回は教皇との謁見や神子との接触など、慎重に事を運ばなければならない案件が多い。
「じゃあ二人とも、気をつけてね」
「うん、ありがとう」
「ルーデウスは私が守るから平気よ!」
「はい、エリスがいれば問題は無いでしょう。ルディ、クレアさんにもよろしくお伝えください」
「もちろんです」
そういえば以前、家族旅行でミリスを訪れた時、ロキシーとクレアはなにか話し込んでいた。
クレアはロキシーのことを存外にも気に入っているようだったし、それはこちらとしても歓迎すべきことだ。
「パパお土産よろしくね〜」
「ララ、ルディはお仕事でミリスに行くんですからワガママを言ってはいけません」
「ははは、分かったよララ。なにか甘いものでも買ってくるさ」
やったー、と嬉しそうな子供たちにロキシーは呆れ顔だ。
普段俺はあまり家にいないからな、このくらいの家族サービスは当然だ。
「じゃあ、行ってきます」
いってらっしゃ~い、と見送りの声を背に俺たちはミリス神聖国へ向けて出発した。
────二週間後
ミリスについてから、仕事は思いのほか順調に進んだ。
まずラトレイア家への挨拶、次いでクリフ先輩に顔を見せ、教皇との謁見について最終調整を行った。
その謁見も今日の午前中にすんなり終えてしまった。
謁見と言ってもそんな仰々しいものでは無い。
おかわりないですか、そうですかといった類のもの、要は定期連絡だ。
連絡手段があまり発達していないこちらの世界では、こういったマメな訪問が友好関係を保つのに重要なのだ。
神子も久しぶりにエリスに会えるということで随分嬉しそうだった。
というか、別人だった。
学生時代のアリエルを彷彿とさせるスラリとした身体、以前よりも伸びた身長、そして何より、あのふくよかだった顔から余分な肉が無くなっている。
柔らかな笑みが良く似合う美人だ。
「エリス様!お会いできて嬉しいです!」
「そうね。あなたも元気そうで良かったわ」
「はい。エリス様から教えていただいたことを毎日続けておりますゆえ」
ああ、なるほど。エリスがなにか吹き込んだのか。
おそらくは、鍛錬の方法と言った所だろう。
どおりで後ろに控えている神殿騎士たちも誇らしそうにしているわけだ。
「エリス様。私、エリス様に近づいているでしょうか?」
「ええ、もちろんよ。次に会う時は、もっとね」
そう聞いて、神子は飛び上がって喜んでいた。
オルステッドから聞いた話だと、本来なら彼女はそう長生きできないそうだ。が、彼女には幸せになって欲しい、切にそう願う。
神子との別れを済ませ、神殿を去ろうとしているとクリフに声をかけられた。
俺たちのことを待ってくれていたのだろうか、彼の気遣いにはいつも助けられるな。
「──そういえばラトレイア家にはもう行ったのか?たしかルーデウスの母君のご実家なのだろう?」
「ええ、もう挨拶は済ませてきました。母を連れてきていないことは残念そうでしたが、ラノアでも元気にやっていると伝えておきました」
「そうか。では帰る時も顔くらいは出しておいた方が良い。ミリス貴族はそういう所にうるさいからな」
「分かりました。ありがとうございます」
「例には及ばないさ。
──ああ、それにしても早くリーゼとクライブに会いt───」
と、家族の話もそこそこに別れの挨拶も済ませ、あとはラトレイア家への訪問だけだ。
────
「ルーデウスさん、エリスさん。ようこそおいで下さいました」
クレアは俺たちを客間に通し、丁寧に歓迎の言葉を述べた。
「ありがとうございます。クレアさん」
「あ、ありがとうございますわ…」
…エリスは相変わらずだ。
「それで、本日はどう言ったご要件で?」
「いえ、こちらでの仕事も終えましたので、お別れのご挨拶でも、と」
「そうでしたか。やはりあなたはパウロと違って礼節を重んじる御仁のようですね」
「あ、ありがとうございます」
クリフの言葉に従って正解だったな。
やはりラトレイア家もミリス貴族、こういったことには口うるさいのだろう。
「すぐにミリスを発つのですか?」
「いえ、あと2,3日は滞在しようかと。家族への土産などもありますので」
「それは良かった。では、よろしければこちらを」
クレアはそう言って近くの執事に目配せをし、2枚のチケットが差し出された。
「あの、これは?」
「はい。これは明後日、ここミリシオンの劇場で開催される演劇のチケットです。
ロキシーさんより、お二人とも普段からご多忙だと拝聴しております。せっかくの機会です、楽しんでいらして下さい」
「あ、ありがとうございます。ですが、こういった場に出る服などは生憎用意してきておらず…」
「それは問題ありません。私共がご用意させていただきます」
驚いたな。あのクレアが俺たちにここまで厚く礼を尽くしてくれるのも珍しい。
それに、ロキシーとの会話について話題を出してくるなんて。
ふむ、せっかくだ。ここは素直に厚意に甘えさせていただこう。
エリスも普段贅沢を好まない質だし、こういう時くらい日常では出来ない事をさせてやりたいものだ。
「そうですか、では、ご厚意に甘えさせていただきます」
────
ドレスなんて着たのはいつぶりだろう。
アリエルの戴冠式以来だろうか。
あの時は格式高い式典だったからあまり気に留めなかったけど、思えばプライベートでルーデウスにドレス姿を見せるのは彼の十歳の誕生日の時以来だ...
似合っているだろうか、彼は褒めてくれるだろうか、結婚してからこんなドキドキするのも随分久しぶりだ。
でも、不思議と心地悪くはない。
着付けが終わり、息を整えてからルーデウスの待つ部屋に入る。
瞬間──
ルーデウスの目が見開かれる。
な、何かおかしいところがあったのだろうか...
「ルーデウス、どう?似合ってる、かしら?」
「うん。すごくキレイだよ、エリス」
ブワッっと顔が熱くなるのを感じる。
嬉しい。彼に認められた、それに、キレイだって...
「ふ、ふん!ルーデウスも似合ってるわ!」
「ああ、ありがとう」
ルーデウスは何度も見たことのある正装姿だったが、普段のものと少し違って細かい装飾があしらわれており、それが彼の魅力を一層引き立てていた。
普段は演劇なんか全然興味がないけれど、彼と二人きりでこうしていられるのなら俄然楽しみだ。
────
エリスが部屋に入ってきた、と──
思わず目を見開いた。
レースをあしらった黒のドレスに高く纏められた深紅の髪がよく映えている。
落ち着いた印象を受ける見た目だが、情熱的な彼女の人柄がひっそりと秘められているのが服装を通して伝わってくる。
...一言でいえば、キレイだ。
素直に褒めると彼女の顔がかぁっと火照る。
何度も見た光景だが、その姿は何度見ても可愛らしい。
普段は芸術なんかに疎い彼女だが、幸いなことに今日の演劇は楽しみにしているみたいだ。
それに、今日の席は二階の前列、ボックス席。遮るものが何もない特等席だ。
クレアは気を遣って俺たちが二人になれる空間を用意してくれたのだろうか、ありがたいな。
「あと三十分くらいで始まるそうだから、俺たちも会場に向かおう」
「そうね」
会場はラノア国立演劇場、世界でも最大級の劇場だ。
劇場内に入ると、その豪壮たる内装に思わず息をのんだ。
細部に至るまで意匠の凝らされた彫刻、煌びやかなシャンデリア、場内は燦たる光に包まれていた。
「凄いわね、こんな良いところで演劇が観られるなんて...」
「そうだな、クレアさんには後でお礼を言わないとな」
そう言いながら彼女の手を引きつつ席へ向かう。
「A-3、A-3...この席だな」
「いい席ね。ステージがよく見えるわ。今日の演目は何だったかしら?」
「えーと、今日は...」
『─ラノア恋愛譚─ ジェラールとミレーヌ』
王女ミレーヌと守護騎士ジェラールのラブロマンスを描いた喜劇
「政略結婚を控え失意に沈むミレーヌ。そんな中、彼女はジェラールの支えに助けられ禁断の恋に落ちてしまう。
王女と騎士、本来許されるはずのない関係に憤慨した王は二人を僻地へ流し、二人の関係を断とうとする。
右も左もわからない王女に尽くす騎士、騎士のために奮闘する王女。
数々の苦難を乗り越え二人は成長し、ついに結婚が認められる」
という内容だ。
────
劇を観ていてひしひし感じる。
この話は私と、ルーデウスの半生そのものだ。
貴族の私と、家庭教師のルーデウス。
本来巡り合うはずのない私たちは、何の因果か出会ってしまった。
彼は家族の誰からも絶望視されていた私と真摯に向き合い、救ってくれた。
突然魔大陸なんかに転移して、右も左もわからなかった私を、彼は身を粉にしてまで守って。
先の見えない暗闇の中で不安だったのは彼も同じだったろうに...
─安心してください。必ず送り届けます─
私が不安で押しつぶされそうになると彼は必ず寄り添ってくれた。
自分は心の安寧を求めるだけ。
その陰で彼にどれほどの心労をかけていたのかも知らずに。
彼は、私にとってまさしく騎士そのものだ。
だけど私は、この物語に出てくる王女と同じ。守られることしかできない。
大切な人が目の前で龍神にやられているのに、遠くで泣き叫ぶことしかできない。
彼は私を守ってくれたのに、私は、私は、、
あの時のことがありありと脳内に蘇ってくる。
...もう、とっくに後悔は終えたと思っていたのに。
彼と関係を持ったあの日のこと、小さな体に全てを託していた愚かな自分、成長できない未熟な心。
ボレアスの名まで捨て、過去の自分と決別したこと。
あれから私は強くなったはずなのに、、
でも、どうして、、
どうして、涙が溢れてくるのだろう...
彼を繋ぎ留めるために決闘までして、愛してもらうように迫ったのに...
あの時から、彼は私を認めてくれたはずなのに...
どうして、あの時の不安が蘇るのだろう...
「ジェラール、私のことはもう良いのです。あなたは自分の幸せを掴みなさい」
そうだ。ルーデウスも、自分の幸せのためならいつだって私を置いて行けたのだ。
「なりません、ミレーヌ様。貴方をお守りすることこそ、私の幸せなのです。
貴方のお傍にいられるのなら、それ以上の幸せなどございませぬ」
ああ、そうか。
「私は最初からミレーヌ様を」
ルーデウスは最初から私を、
「愛しているのですから」
愛してくれていたのだ────
─エリスは大切な人ですから。何があっても守ります─
ああ、馬鹿か私は。
彼の気持ちにたった今気づくなんて。
勝手に彼の気持ちに疑問を持って、、
今更それが不安の種になっているなんて。
決闘なんてしなくても彼は私を愛してくれていたのに。
────
いやー、良い劇だったな。
シナリオが俺とエリスの境遇に似てたこともあって、すこし感傷に浸る場面もあったが、おおむね満足できる内容だった。
一番驚いたのは途中からエリスがボロボロ泣いていたことだ。
それに、彼女は席を立ってから劇場の外に出るまでずっと俺の手を握って離さなかった。
そんなに感動したのだろうか。
「エリス、どうだった?あんなに泣いて、よっぽど感動したのか?」
冗談交じりに聞いてみると、エリスの反応は思いのほかしおらしかった。
「ええ、そうね。感動したわ。それに、」
それに?
「ルーデウスの気持ちも、やっと理解できたわ。
あーあ、私って、ほんとにどうしようもないわね」
「俺の気持ち?どういう──」
「ねえ。ルーデウス」
「...はい」
「愛してるわ。ずっと、ずっと前から。貴方が私を助けてくれた、あの時から」
「俺も、愛してるよ。エリスが俺を選んでくれたあの時から、ずっと」
本当のことだ。
エリスが俺を選んでくれたあの時から、俺にとって彼女は愛おしい存在になっていたのだ。
「私、これからもきっと間違える。シルフィみたいにはなれないし、ロキシーみたいにもれないわ。私、不器用だから」
「うん。わかってる」
「でも、ルーデウスは、家族は、どんなことがあっても愛してるわ。それだけは、間違えない」
「俺も、俺も愛してる。エリスも、家族も、みんな...!」
握っていた手をはなし、ぎゅっと彼女を抱き寄せる。
彼女も俺を力強く抱きしめてくれる。
耳元からは、嗚咽混じりの彼女の吐息が聞こえる。
「私、ルーデウスと結婚した時、不安だったの、、
だから、決闘して、貴方の気持ちを疑って...
でも、やっと理解できたわ。大好きよ!ルーデウス!」
「気にしないさ。俺にとっては、今のエリスが一番だ。
俺も、エリスを不安にさせるようなことして、ごめんな。」
続けて言う。
「エリス、俺を選んでくれて、ありがとう」
「なによ、それ。当り前じゃない...」
嗚咽混じりの声はとうとう決壊し、彼女は声を上げて泣いた。
────翌朝
ふと目覚める。
横ではキレイな赤髪の妻がすやすやと可愛らしい寝息を立てている。
目元は少し腫れぼったい。
...昨日散々泣いたからな。
昨晩、泣いていた理由や結婚した時の思い、お互いに全部さらけ出した。
結婚して子供もできたのに、未だに思うところはたくさんあったんだな。
人はいつだって未熟だ。
恋愛して、結婚して、子供ができて...
一家の大黒柱になっても、俺はまだまだ小さな存在だ。
だからこそ、目の前にある小さな幸せも大切にしたい、そう思う。
「んんぅ...ルーデウス、おはよう...」
目の前にいる、彼女も。
「ああ、おはよう」