人はだれしも変化する。変化すればこそ、不変には価値がある。
愛し合う者たちの思い出もまた、その一つ。
※キッカ王国など、本編に記載のなかった部分はオリジナルで補完してあります。
なるべく世界観を壊さないよう配慮してありますのでご容赦ください。
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どんな辛辣なものでも甘んじて受け入れる覚悟がありますのでよろしくお願いいたします。
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暑い...暑すぎる...
ここ、ラノア王国は気候が安定している中央大陸の中でも北方に位置している。
向こうの世界よろしく、こちらの世界でも北方の地域は夏が短く、気温もさほど上がらない。
だが、今夏は異常気象と言わざるを得なかった。
今年のラノアは近年稀に見る暑夏だったのだ。
外に出ると感じるカッとした熱気、少し歩くとダラダラ流れる汗、萎れる麦穂etc...
どれも例年では考えられない出来事といえる。
あまりの酷暑に、普段はあまり俺の魔法で涼を取ろうとしないロキシーですら折れたほどだ。
「暑いですね...ルディ、もう少し寄ってもいいですか?」
「なんなら抱き着いてきてもいいんですよ」
「...では、失礼します」
おっ、意外と今日は素直だな、などと思っていると、ぎゅっと腰に手を回されロキシーの体温が伝わってくる。
子供たち曰く、氷魔法で部屋を冷やしている俺の身体はヒンヤリしていて大層気持ち良いそうだ。
ロキシーもその快感には抗えなかった様で、顔をふにゃふにゃさせながら俺の膝の上に後頭部を乗せてきた。
普段はあまりベタベタしてこない彼女だが、こういう路線もアリだな、、、
「今日のロキシーは随分と甘えん坊さんですね」
「ふふ、こんな私は好みじゃないですか?」
「そんなわけないですよ。むしろ嬉しいくらいです」
そう言いながら彼女の乱れた前髪を整えていると、不意に目が合った。
ガラスのような淡い瑠璃色の瞳に視線がすぅっと吸い込まれて離せない。
────美しい。
幼いころから知っている、だけど変わらない、慈愛に満ちたそれは彼女の大きな魅力だ。
たまらず、そっと彼女を抱きしめる。
「ヒゥッ...///」
驚いた様子だが、抵抗はしてこない。
「ロキシー。しばらくこのままでいてもいいですか?」
「はい。私も、このままがいいです」
トクトクと聞こえるか弱い心音が彼女をより一層愛おしく感じさせる。
以前ならそのままベッドに直行していただろうが、今日の俺はそうではない。
彼女に魅力を感じなくなったのでは断じてない。
夫婦の関係にはこうして二人の愛を確かめられる時間こそが肝要なのだ。そして、そこに肉体的な関係は必ずしも必要ではない。
お互いにそれを分かっているからこそ、穏やかなスキンシップで幸せを感じることができる。
──はぁ、しかし、こんな酷暑でなければ二人でどこかへ出かける気にもなったんだが...
大学も夏季休業中。せっかくロキシーもまとまった休暇がとれたというのに、これでは普段の休みと変わらないじゃないか。
どこか避暑地で休暇を満喫したいものだが...
あ、だったら...
「ロキシー、せっかくの連休ですし、今から出かけましょう」
「えぇ...?ルディ。今、ラノアは大半の地域が酷暑に見舞われているんですよ?遊びに行ける場所なんてそうそう無いと思うのですが...」
「ですから、国外へ!」
「ええっ!?」
異常気象が何のその。
こちらの世界に来てまで地球温暖化云々で頭を悩まされるのはまっぴらだ。
絶対にロキシーと連休を満喫してやる!
「こ、国外って、どこへ行く気ですか?」
「ふふふ、目的地は...キッカ王国のエルタリアス海岸です!」
そう!夏といえば海!
エルタリアス海岸は中央大陸では有名な景勝地なのだと、以前仕事でキッカ王国へ赴いたときに方々から聞いていた。
なんでも、海水の透明度が極めて高いらしく、浅いところであれば水面から海底までくっきり見えるのだとか。
キッカ王国に配属したルード傭兵団の報告では、大陸東部は異常気象に見舞われていないとのことだし、絶好の機会ではないか。
思えば、ロキシーとは夫婦になってから二人きりで遠くへ旅行に行く機会が無かった。
シルフィとは新婚の時に、エリスとは仕事の合間に色々なところへ訪れたものだが。
なら、ロキシーともそういったことをするのは当然のことだろうに...お互いの仕事を言い訳にして遠出するのを避けてしまっていた...
であれば、今回こそは彼女にも楽しんでもらいたい。
この旅行を、一生の思い出になるものにしなくては。
「海、ですか。良いですね、観光目的で海へ訪れたことはあまりありませんし。
それに...ルディと二人っきりで旅行に行くのも、なんだか新鮮な気がします。」
そう言いながらはにかむ彼女の姿が、たまらなく可愛らしい。
「では、さっそく荷造りに取り掛かりましょう、ルディ」
「はい。その前にリーリャさんたちにも伝えておきましょう」
ところで、今我が家には俺とロキシーを除いて三人しかいない。
リーリャ、アイシャ、母さんだ。
シルフィはアリエルに招待されアスラ王国に、エリスは旧友に会うため剣の聖地に赴いている。
二人は明日の午後帰ってくるはずだから、俺たちが旅行でラノアを離れても問題はないだろう。
ちなみに子供たちは大学寮にいたり友達の家にお泊りに行っていたりと、何の偶然か全員しばらく帰ってこない。
あ、ロキシーがやけに甘えてくるのはそのせいか。
子供たちの前ではさすがにしっかり者のママで居たいのかな。
俺としては、仲睦まじい夫婦の姿を子供たちにも見てほしいものだが...まぁそれは置いといて、、、
リーリャたちへの報告を済ませて準備を整えてしまうとしよう。
────
キッカ王国。
王竜王国の属国に名を連ねる中規模国家。
シーローン王国の南部に位置し、西部には整備された交易路が、東部には首都を始めとした中枢機関が集まっている。
首都からさらに東へ下ると、世界でも例を見ないほど長い海岸線が続いている。
さらに近年は開拓が進んだことで宿場町が増えてきているのだとか。
その一部が今回の目的地、エルタリアス海岸だ。
エルタリアスとは、古代エルフ語で「青の海岸」を意味している。
綺麗な水面がまるで大空のように澄んでいるさま、大空の色をしているさまから名付けられたのだそうだ。
あちらの世界で言うなら、地中海のような群青色に近い海辺ものなのかもしれない。
転移魔法陣を使ってキッカ王国の東部へ転移してから数時間、隣にいるロキシーも随分機嫌が良い。
今回の旅行、楽しみにしてくれているのだろうか、、そうだったら嬉しいのだが。
「なにやら上機嫌ですね」
「ルディと二人で海に行くんです。楽しみじゃないわけがないじゃないですか」
「そうですね。僕も楽しみです」
よかった。彼女もそう思ってくれていたか。
「それに、、、少し、憧れていたんですよ」
「憧れ、ですか?」
「ええ、以前、ベガリット大陸の迷宮で、二人で冒険に行こうって話したじゃないですか。
今回は旅行で、冒険ではないですが...最愛の人とこうして二人きりで旅をするのは、冒険者時代からの夢だったんですよ」
そうか...あの時の話、結局叶わず終いだったもんな。
「でも、こうしてルディと一緒に異国の地を歩けて、私は嬉しいです」
さ、さあ、もう少しで着きますよ、と照れ隠しをしながら話を続ける彼女を追いながら、俺たちは宿場町へと足を踏み入れた。
もうすっかり十二時を回ってしまった。まずは腹ごしらえからだな、、、
────
「見てくださいロキシー!」
ルディが指さす方向には煌びやかに輝く青い海が広がっていた。
「わぁ...す、凄いですね...あんなに澄んだ海は今まで見たことがありません」
思わず感嘆の声を上げると、彼は急ぎ足に海の方へ向かっていく。
「ロキシーも早く行きましょう!ほら!」
「ふふ、そんなに焦らなくても海は逃げませんよ」
今日の彼は童心に帰ったのかというくらい元気ですね...
まるでブエナ村にいた頃の姿を見ているようで、少し懐かしい。
そんなことを思いながら、お互いに水際まで駆けていく。
「ん~!冷たくて気持ちいいですね」
ぴちゃぴちゃと音を立てながら果てしない海岸線を歩いていく。
ただ、波の音と二人の足音だけがそこにはあった。
普段の賑やかな日常からは想像もできないほど、ゆったりとした時間。
二人で手を繋ぎ、静寂の中のひと時を満喫する。
────幸せだなぁ。
会話が無くても分かる。きっと彼も同じ気持ちだ。
こんな幸せな時間が、いつまでも続けばいいのに...
隣で手を引いている彼と、いつまでも一緒に居られたらいいのに...
そう考えると、自分が長命な種族であることを少し残念に思う。
どうあがいたって、そんな願いは叶わない。
だからこそ、この時間は何事にも代えがたい尊いものなのだろう。
しばらく歩いた後、口を開く。
「ルディ、あそこの木陰で少し休みませんか?」
「あはは、少し歩きすぎましたね。そうしましょう」
そう言って足についた砂を払いつつ、少し大きめの木陰に腰掛ける。
サァっと吹く潮風が、日に当たって火照った体に気持ち良い。
「...」
「...」
お互いに言葉はない。
ただ、眼前に広がる広大な海を眺めていた。
波と風の音が心地良い。
一瞬、風が凪いだ。
「...ルディ」
「...どうしました?」
「その、、今日は、ありがとうございます。」
「いえ、僕がロキシーと来たかっただけなんです。お礼なんて、、、
それに、普段はお互いに仕事やら子供たちやらでこういった機会は取れませんでしたからね」
「そうですか。ふふ、ルディは優しいですね」
そんな何気ないやり取りをしつつ、彼の肩に身を預ける。
がっちりした、逞しい身体だ。
「思えば、ルディも随分逞しくなりましたね」
「毎日、鍛えてますから」
「ええ、分かっています。でも、そういう意味ではありません。
...ルディの変わりようには、大層驚かされます。私がふと気が付くたびに大きく変化していますから。
再会した時も、ララやリリが生まれた時も、今も。
成長が止まってしまい見た目の変化が少ない私たちのような種族には、無い特徴ですから」
子供たちもそうだ。
ついこの前まで私より背が低かったはずなのに、気が付くと追い抜かされていたりする。
そのたびに、過ぎた年月を実感する。
「そういうところが、少し羨ましかったりもしますが...」
「僕は、変わらないロキシーも大好きですよ。
初めて会った時から変わらない、優しい貴女が」
後ろから、そっと頭を撫でられる。
この手も、思えば昔に比べて随分大きくなった。
でも、優しい手つきだけは変わっていない。
「...変わらない方が良いことも、あるのかもしれませんね」
「ええ、そうです。ロキシー、いつまでも、変わらない貴女でいてください」
彼のその一言が、何度も心に響いた。
変わらない私、か...
気が付くと私は、おもむろに腰を上げ、彼の前に背を向けて立っていた。
────
ロキシーがにわかに腰を上げ、俺の前に立った。
気が付くと、日もすっかり落ち、キレイな夕日が水平線の向こうに呑み込まれそうになっていた。
「...ルディ、今日はここに着いたばかりで、あまり遊べませんでしたね」
「そ、そうですね。もっと泳いだりとか、出来たらよかったんですが...」
彼女はさっきからこっちに振り向く素振りを見せない。
機嫌を損ねてしまったのだろうか、と────
唐突に彼女が振り向く。
「では、明日はもっといっぱい遊びましょう!
私が満足するまで、付き合ってもらいますので!」
今日一番の笑顔でそう言った彼女の姿が印象的で、俺の頭から離れなかった。
そしてこの時、俺は「エルタリアス海岸」の本当の意味を悟ったのだ。
沈みゆく夕日が水面に移り、穏やかな波がその光を幾度となく反射させ、輝いている。
そして、あたり一面が夕焼け色に染まる中、彼女が、彼女だけが、瑠璃色の髪を揺らして微笑んでいたのだ。
そのあまりにもキレイな赤と青のコントラストに、思わず息を呑む。
「ルディ、どうしました?...ははーん、さては、ビビってるんですね?」
「んなっ、ち、違いますよ~」
「ふふ、嫌といっても、逃がしませんので!」
そのまま、来た道を二人で駆けながら宿に戻った。
どうやら明日は騒がしくなりそうだ、、、
エルタリアス海岸────
ここはまさに青の海岸。
俺とロキシーの、思い出の場所だ。
今後の更新について、活動報告に目を通していただけると幸いです。