彼を知る者なら誰もが口をそろえてそう答えるのだった。
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魔導王ルーデウス・グレイラット。
この名が知られるようになってからというもの、俺は以前にも増してその活動の幅を広げた。
それもそのはず、つい数年前まで一介の魔術師に過ぎなかった男が、突然、龍神の右腕という地位にまで上り詰めたのだ。
利用しようと思う輩が出てきても何の不思議もない。
普通なら、そんな奴らには一瞥もくれてやらないのが道理なのだろう。
ただ、そういう輩でも稀に、こちらにとってコネクションを広げる良い機会となる場合がある。
今日もそのうちの一つ、魔術ギルドのお偉いさんとの打ち合わせだ。
「──それでは、グレイラット卿、その手はずでよろしくお願いします」
「はい、承知しました」
今回は魔道具の生産や管理、俺との関係が深い地域への取引のあっせんについてなど、要は商談だ。
そしてそんな仕事には、世間話もつきものだったりする。
「ところで、卿はラノアでも指折りの愛妻家だと聞き及んでおります。羨ましい限りですな」
「指折りかどうかはともかく、愛妻家と呼ばれることは嬉しいですね。妻たちを等しく愛しているのは事実ですから」
「でしたら、今年の例のあの祭りにも参加されるので?」
祭り?
...収穫祭の時期はまだだし、なんのことだ?
「おや?ご存じなかったですか。今年から開催される、ラノア妻運び祭りのことですよ!」
へぇ~、妻運び祭りかぁ...
ってなんだそりゃ?
「つ、妻運び祭り、ですか?」
「ええ!最愛の妻を抱きかかえ、ラノア市街を一周する大レース。
行く手を阻む障害物を突破し、一着に輝いた夫婦にはラノアで一番の愛妻家という名誉と豪華賞品が贈られるのです。」
なん...だと...!?
公然と妻を抱きかかえることができて、しかも商品まで貰えるのか...
それに...ラノアで一番愛し合っている夫婦、悪くないな。
おもしろいじゃないか!
よし、参加してやろう。
見ていろラノアの夫妻たち、俺こそが愛妻家王ルーデウス・グレイラットだ。
「いいでしょう!私たちの愛がどれほどの物か、証明してみせます!」
お気楽なものだった。
勢い任せに放ったその言葉によって、その後家庭内での自分の立場が怪しくなるとも知らずに...
────数時間後
「──で、ボクたちまで勝手にエントリーしちゃったんだ?」
「ル、ルディ、いくらなんでも、それはちょっと...」
「ないわね」
家に帰って事情を説明すると、恒例の正座お説教タイムが始まってしまった。
「だ、だって、みんなと一緒に大会、出たかったんだよ...」
「だってもさってもないよ...もう...!」
「ルディがそう思ってくれるのは大変うれしいですが、こういうのは一度相談してほしかったですね」
「そうよ!私たち、家族なんだから。ちゃんと説明してほしかったわ」
...そうだよな。
完全に俺が突っ走ってしまった、こればかりは反省している。
「ほ、本当にごめん。出場は取り消しにしてもらうから、許してほしい」
「「「え??」」」
え??
「い、いや、出場辞退はしなくていいんじゃないかな」
「まぁ、ルディが望むなら、私も参加しましょう...
それに、出てしまったものは仕方ありませんからね」
「私も、出たくないわけじゃないわよ!」
意外や意外、三人とも参加の意を示してくれるとは...
え、本当にいいんですか?
俺、本気だよ?ラノアの中心で愛を叫ぶよ??
「ほ、本当にいいの?」
「ま、まぁ、さっきはああ言っちゃったけど、少し楽しみでもあるんだよね...
それに、優勝したらルディが愛妻家だってみんなに知ってもらえるんでしょ?」
「妻としても、それは喜ばしいことですね」
「ルーデウスがますます有名になっちゃうわね!」
「みんな...ありがとう!俺、頑張るよ!」
みんな乗り気のようだ。
よし、一丁格好良い所見せてやるか!
と、ここでロキシーから一言。
「でも、私たちは何をすればいいんでしょうか?
妻運び、と言われても正直ピンときませんが...」
鋭い指摘だ。
そう、この祭りのキモはそこにある。
「ええ、では、今から内容をお伝えします」
ラノア妻運び祭り。
参加条件は愛し合っている夫婦であること。
ラノア市街を三区間に分け、それぞれの区間に存在する障害を突破しながらゴールを目指すレース形式のイカれたお祭り。
最大の特徴は、、、走者が夫でなければならないということだ。
つまりこのレース、妻は走らなくてよい。
否、走ってはいけないのだ。
では、どうするのか?
そう、夫が抱えてゴールまで運ぶのだ。
運び方は自由。
おんぶにだっこ、はたまた肩車まで何でもござれ。
ルールはこれだけ、実にシンプルだ。
あ、ちなみに魔術は使用禁止だ。
だが、普段から鍛錬を怠っていない俺には何のハンデにもならないな。
「ルディがボクたちを運んでくれるの?」
「そうだ。結構な距離になるから、落としたりしないよう、しっかりと捕まっておくのがみんなの役目だ」
「うん、わかった」
恐らく、三人の体格なら運ぶのに大きな苦労はないだろう。
エリスは二人より体つきが良いから何かしら工夫は必要だろうが...
「それで、私たち三人いるから、一区間に一人ずつってことになるの?」
「そうなるな。区間の分担については追々話し合おう」
一夫一妻が多数を占めるラノアでは、三人の妻がいる俺は珍しい存在だろう。
ゆえに、今回は各区間ごとに交代しながら走ることとなった。
「それからルールについては────」
かくして、俺の愛妻家への道は幕を開けたのだった。
────数日後
場所はラノアの中心街にある大広場。
拡声器のような魔道具を持った司会の男の一言で、それは始まった。
[さぁさぁ始まりました!チキチキ!ラプラスの使いやあらへんで!ラノアで一番愛し合っている夫婦は誰!?第一回妻運び祭り~!!]
\うおおおおおおおおお!!/
うおおおじゃないんだよな。
なにやら聞いたことある言い回しに思わず突っ込みたくなる。
ふむ、それにしても想像以上に人が多いな、会場の盛り上がりもかなりのものだ。
ラノアの中心地にある大きな広場で行われるとあってか、市民だけでなく、冒険者や魔法大学の学生たちも興味深そうに集まってきている。
そんなことを思っている間も、司会は口上を続ける。
[──というわけで、栄えある優勝組には商業ギルドよりラノア特産の銘酒が「運ばれた奥様の体重分」贈呈されます!!]
お、奥様の体重分!?
主催者側は随分気前の良い賞品を用意したんだな。
「す、すごいね、ボクたちの体重分なんて...」
隣にいるシルフィも驚きを隠せない様子だ。
だが、これでもう一つ優勝を目指す理由ができたな。
勝利の美酒を味わうためにも、このレース、絶対に勝つ!
[それでは早速、出場者をご紹介しましょう!!エントリーナンバー1番!!〇〇夫妻!!」
選手の紹介が始まった。
各夫妻が紹介されるたびに会場から温かい声援が送られている。
ちなみに、今回の出場組数は俺たちを含めて二十組だ。
[そして、最後にご紹介させていただくのはこのご夫妻!
みなさまご存じの我らが魔導王、ルーデウス・グレイラット様、そしてシルフィエット婦人、ロキシー婦人、エリス婦人です!]
会場から今日一番のどよめきが起こる。
(あのルーデウス卿が参加しているのか...!?)
(やっぱり奥さん全員美人だなぁ)
(これは面白いものが観れそうだ)
ありがたいことに観衆も歓迎してくれているようだ。
────
[各組の紹介も終了したところで、いよいよレース開始の宣言に移らせていただきます!みなさま所定の位置にお付きください!]
さて、いよいよレースのスタートだ。
と、思っていると、、、
「「パパー!ママ―!がんばれー!!」」
客席から聞きなれた声がする。
ルーシーとクリスだ。
「見てろよー!パパ頑張って一位になるからなー!!」
すかさず格好良いパパモードで返事をする。
もっとも、子供たちの応援は俺にというよりむしろシルフィたちに向けられているのだが。
「赤ママ、一番手がんばれー!!」
「よく見てなさい!圧勝してやるわ!」
おお、かっこいい。さすが我らが赤ママだ。
ん?ララたちは水晶球なんかいじってなにしてるんだ?
「ララ姉、さっきから何してるの?ママたち応援しなきゃ」
「そ、そうだよ、、青ママがさっきからずっとこっち見てるよ...」
「静かにして。今、“見てる”から」
「見てるって、何を?」
「...!アルス、ジーク、今日パパの脚、死ぬ」
「「えぇっ!?」」
んん?アルスたちが何か驚いてるな...?
大方、ララが占命術で変なことでも見たんだろう。
まぁ今のところ、ララの占命術はそこまで当たるってわけじゃないし、どうせろくでもないことだから気にしないでおくか...
「ま、まずいよララ姉!パパに早く伝えなきゃ!」
「パパなら何とかなるし、いいんじゃない?それに周りの歓声が凄くて声が通らないよ」
「よくないよ!アイシャ姉!こっち来て!」
「ん~?アルス君どうしたの?そんなに慌てちゃって~」
「実は...」
それにしても歓声がさっきより一層大きくなったな。
お、アイシャたちも必死に応援してくれてる、一生懸命に手まで振って...
なんて言ってるかまでは聞き取れないが、嬉しい限りだ。
「だ、だめだアイシャ姉、パパ全然聞こえてないよ」
「ララちゃん、お兄ちゃんがヤバくなるのはどのあたりから?」
「...ゴール直前」
「よし!そこまで先回りしようか!」
おや、みんなどこかへ走って行ってしまった。
あ、俺たちが走っているのがよく見えるスポットへ移動したのか。
アイシャはそういう所に気が利くからな。
ともあれ、もうすぐレース開始だ。
気を引き締めていこう。
────
[それでは位置について、、、よーい、スタート!!]
パァン!と合図代わりの火魔術が弾け、皆一斉にスタートする。
第一区間のペアはエリスだ。
彼女が一番手なのには幾つか理由があるが、最大の理由として、第一区間で他組と大きく差を開いておきたいというのがある。
俺の体力があるうちに、安定した走りで一気にケリを付けようという作戦だ。
彼女の体幹を十分に活かすため、この区間では肩車を採用した。
がっちりと肩車した彼女の姿からは不動明王のような凄みが感じられる。
他組はというと、、ほとんどがおんぶかだっこだな。
これは作戦勝ちの予感だ。
[さぁやってまいりました最初の関門!丸太のハードルです!
計十個のハードルを最初に突破するのはどの組か!?]
ハードルか、よし、俺の腿くらいの高さだな。
これくらいなら手を使わずとも超えられる。
一つ一つバランスを崩さないように超えていこう。
と、残り半分まで差し掛かった時、
[ああーっとぉ!最初の通過者だ!これは速い!!]
何っ!?
見ると、二メートルはあろうかという巨体が次の関門へと歩を進めていた。
たしかに、あの巨体ではハードルを越すことなど容易いだろう。
俺も急がねば...!
「ちょっとルーデウス!もっとスピード上げなさいよ!」
おっと、不動明王様からのご注文だ。
たしかに、上位集団には入っているものの、慎重になっていたせいか少し遅れ気味だ。
作戦通りにやらないとな。
「分かってるよ、エリス。じゃあ、次の関門まで一気に行くよ!」
ペースを上げ、先頭集団に食いつくようにそのまま第二関門へ突入する。
[やってきました第二関門、泥沼!膝下まである泥がご主人の体力をじわじわと削り取ります!!]
泥沼か、結構な深さだ。
俺も魔術でよく使うから分かる。
かなり粘り気がある泥だ、おそらく相当な体力を持っていかれるだろう。
よく見ると先頭にいた巨人ですら息も絶え絶え、奥さんにケツを叩かれているじゃないか。
ここは泥魔術の先達として手本を見せてやるか。
「よし!エリス、一気に突破するよ!」
「その意気よルーデウス!」
──と、思っていた時期が俺にもありました。
最初は軽快だった足取りも関門中盤で一気に失速。
かなりの体力を奪われ、鉛のような足をゆっくりと持ち上げ進むことしかできなくなっていた。
我ながら恐ろしい魔術を使用していたものだ...
だが、それは他の組も同じ様で、未だ通過者は出ていなかった。
「もう!じれったいわね!」
と、それまで何のアクションも起こさなかった不動明王がついに動いた。
むぎゅ、っと顔が柔らかいものに挟まれる。
こ、これは...!
エリスがその腿を締めてきたのだ。
そして客席から湧き上がるどよめき。
(お、おい見ろ!)
(ああ、ルーデウス卿が突然...)
((にやけだした!!))
あぁ、この感触、良い!
程よい力加減で癒される...
「いい、ルーデウス?一位でこの関門を突破したら、後で好きなだけやってあげるわ。だから、その...頑張りなさい!!」
「...!!おおおおお!!」
それまでの足取りが嘘のようにズボズボと力強く歩を進める。
他組は何が起きたのか分からない様子だが、俺の覚醒を見て焦ったのか皆一様に進みだした。
しかし、エリスの太ももに対する俺の執着になど敵うはずもない。
俺はそのまま泥沼を突破し、第一区間を一位で通過した。
────
第二区間との合流地点ではロキシーが今か今かと俺を待っていた。
エリスを肩から降ろし、すぐにロキシーを背中に抱える。
「よし、行くよ、ロキシー!」
「は、はい!」
去り際にふとエリスの顔を見ると、耳まで真っ赤だった。
観客の前で俺のために一肌脱いでくれたもんな、、、
「エリス、ありがとう。助かったよ」
「いいのよ。それに、かっこいいルーデウスも見られたから満足だわ。ほら、早く行きなさい!」
「ああ!」
第二区間をスタートした俺は後続との距離を保ちながらそのまま第三関門へやってきた。
[第二区間最初の関門、水濠です!深さ一メートル、全長二十五メートルのこの関門、走ってもよし!泳いでもよし!]
水濠か、どうしたものか...
「ロキシー、おぶったまま泳ぎますが大丈夫ですか?」
「はい!私のことは気にせず進んでください!」
ざぶざぶと平泳ぎのような泳法で対岸を目指す。
だが、こちらの世界に転生してからというもの、泳ぐ機会にはあまり恵まれなかった。
気が付くとさっきまで大きく開いていた後続との差もすっかり無くなり、先頭集団は団子状態になっていた。
ああ、今度からはこまめに泳ぐ練習もしておくか...
「ル、ルディ、このペースで大丈夫ですか?」
「はい、問題ありません。次の関門で勝負を仕掛けましょう」
結局挽回の芽は出ず、俺たちは四位にまで順位を落としてずぶ濡れのまま第四関門に到達した。
[第四関門!「愛を叫べ」!!奥様の魅力を大声で叫んで魔石を輝かせた組から勝ち抜けです!!]
おっと、今度は障害物じゃないのか。
魔石を光らせる?どういうことだ??
と、そこにスタッフがやってきて輝きを失った紫色の魔石を手渡してきた。
どうやら、この魔石は人の強い愛情に反応して発光する性質があるらしい。
それを利用して、妻への愛を魔石の発光で証明しろとのことだ。
よし、物は試しだ。
魔石を顔の前に近づけ、大きく息を吸い、叫ぶ。
「ロキシ――──!!愛してるぞおおおお!!!!」
...ポワッ
ほんの少しだけ魔石が柔らかい光を放つ。
ふむ、あの叫びでこの光量か...中々骨が折れそうだ。
「あ、あの、ルディ...」
後ろから今にも消え入りそうな声で呼びかけられる。
「どうしました?」
「その、周りの視線が...」
気が付くと、会場中の視線が俺とロキシーに集まっていた。
先陣を切って叫んだからだろうか、俺の告白に度肝を抜かれたからだろうか、あるいはその両方か。
方々から学生や若奥様方のキャーキャーという黄色い声も聞こえる。
俺、また何かやっちゃいました??
「我慢してください、続けますよ」
「そ、そんな...私、恥ずかしすぎて顔から火が出そうですよ...」
照れているロキシーも可愛いなぁ。
たまらず、肩に置かれている彼女の顔、その頬に口づけをする。
「アイラー!!大好きだー!!」
「絶対に幸せにしてやるー!!」
よし、他の組も思い思いに叫んでいることだし、俺も続くとしよう。
と思っていると...
ボワァァァァ!!
魔石が急激に発光を強めた。
これまでにない量の光が溢れんばかりに放出されている。
「な!?え?い、一体何が!?」
[ああっと!早速の通過者だ!!一番乗りは...グレイラット夫妻!]
\うおおおおおおおおお!!/
出来事のあまりのスピード感に会場騒然。
事態を把握できているのは主催者側だけの様子だ。
[説明しましょう!魔石が反応するのは人の「愛情」!つまり、いくら大声で愛を叫んだところで、そこに感情が無ければ意味がないのです!
いやぁしかし、さすがルーデウス卿!その本質を見極め、一発で強い愛情を引き出すことに成功した模様です!!]
ん?いや、その説明はおかしい。
俺は確かに愛を叫んだが、一発目はただ興味本位に言っただけだ。
強い感情は伴っていなかったはずなんだが...
あ。
「もしかして、ロキシー?」
「ッッ!///」
ロキシーが俺の背中に顔をうずめる。
ははーん、そういうことか。
「全く...ロキシーは素直じゃないですね」
「も、もう何も言わず合流地点まで行ってください!あぁ...穴があったら入りたい...」
そのまま彼女の必死さに促されるように第三区間との合流地点に向かった。
────
「おーい!ルディ!こっちこっち!」
「パパー!早くー!!」
合流地点ではシルフィのほかにゼニス、リーリャ、リリ、クリスが待機していた。
「ルーデウス様、ロキシー様、お疲れ様です」
「ルディ凄かったね。さっきのやつ、こっちまで聞こえてきたよ」
「うん!パパ凄かった!」
「あはは、ありがとうみんな。でも、まだレースは終わってないからな。この調子でゴールまで行こう、シルフィ!」
「うん!」
「お二人とも、ご武運を」
「パパも白ママも頑張ってね!」
みんなの暖かい声援を背に受けながら、俺たちは出発した。
────
「...ママさ、分かりやすすぎ」
ドキッ!っと心臓が跳ねる。
「え、な、なんのことですか?リリ?」
「嬉しかったんでしょ?パパにキスされたとき」
「な!?ま、まぁ悪い気はしませんでしたが...」
「隠さなくてもいいよ。あの魔石提供したの、私だし」
え。
そ、そうでした、リリの魔道具に関する知識を侮っていました...
隠し通せるはずもありませんか。
「ふふ、お二人とも、睦まじい光景でしたよ。奥様も喜んでおいでです」
リーリャさんがそう言うと、ゼニスさんも静かに微笑んだ。
「うん!青ママ照れてて可愛かった!羨まし~!」
「もうクリスまで...あまり揶揄わないでください」
「え~!本心なのに~」
まぁ、ともあれ私は役目を果たしました。
シルフィなら、最後まで問題はないでしょう。
「──そういえば、他の子どもたちはどうしたのですか?」
「はい。ルーデウス様の雄姿を見届けるため一足先にゴール付近で待機しています」
ああなるほど、そういうことですか。
ということはララにはあの場面を見られなかったということですよね、助かった...
「ねえママ」
「どうしました?」
「なんか、ララ姉の占いでは、パパの脚が死ぬらしい」
「...え?」
────
「ゼェ...ハァ...」
「ル、ルディ、大丈夫?もっと楽な抱え方に変える?」
第三区間、第五関門、急勾配の坂が数百メートル続く、通称「冥府坂」。
なにかと有名なこの坂は、その厳しい勾配ゆえに、登っている途中で意識が冥府に送られそうになるためその名がついたそうな。
現在はその坂の三分の一地点。
シルフィは俺の腕に抱きかかえられている。
所謂お姫様抱っこだ。
区間の最初こそ、
(ヒューヒュー!熱いねぇ!)
(奥さんが羨ましいわねぇ)
などと温かい声援に包まれ出発した俺たちだったが、やはりこの坂は応えるな...
最初よりもかなりペースを落として、今はもう徒歩に近い。
順位はまだなんとか首位をキープしているが、いつ抜かされてもおかしくないといった状況だ。
「いや、大丈夫。シルフィが望んだ抱え方だしね。最後までこれでいこう」
「でも...」
「シルフィが応援してくれないと、俺も力が出せないよ?ほら、お願い」
「う、うん!ルディ、頑張って!」
シルフィはそう言って細い腕を俺の首に回し、ぎゅっと抱きしめてくる。
さっきよりも密着した分、重心が安定して進みやすい。
両手はふさがってしまうが、案外悪くない抱え方かもしれない。
それに、シルフィとの顔も近くて最高だ。
「ルディ!あと半分で登頂だよ!」
「ハァハァ...よし、一気に駆け上がって頂上で調子を整えながら次の関門を突破しよう」
「うん、わかった!頑張れ!」
おおお!動け俺の脚!
さっきからふくらはぎがピクピクしてるけど関係ない!
レースが終われば治癒魔術で解決だ!
しかも後続が俺に続いてペースを上げてきている。
ここで出し切らないと追い抜かれる!
「あとちょっと!もう少しだよルディ!」
「ハァハァ、あ、あともうちょっと...ハァハァ」
ミシミシと音を立てる脚、あと少し、あと少しだけ持ちこたえてくれ...
────着いた!
それと同時に視界に入った光景、それは晴れやかなゴール前の直線ではなく、地獄だった。
────
「よし、最終地点前に着いたね!ララちゃん、お兄ちゃんはどの辺りで脚やっちゃうの?」
「...あそこ」
ララちゃんが指差した先にあったのは...あ、そゆことね...
「あは、あはははは」
「ど、どうしたのアイシャ姉!?」
「は~。良かったねアルス君。お兄ちゃん、大怪我とかはしないみたいだよ」
「え?そ、そうなの?」
「うん!でも、明日はしばらく歩けないだろうねぇ、あはは」
「ア、アイシャ姉なんで笑ってられるのさ!」
「だってぇ、ほら、あれを見てみて」
アルス君の身体を持ち上げ、ゴール前の最後の関門を見せてあげる。
その関門を視界に入れると、不安げだった顔がたちまち呆れた顔に代わっていった。
「ア、アル兄...何が見えたの?」
ジーク君の問いかけに、アルス君は可愛らしくポツリと返す。
「...足つぼ」
────
「あはは!やったねルディ!足つぼだよ、楽勝だね!」
シルフィが俺の腕の中で明るく笑う。
だが、それとは裏腹に俺の顔からは血の気がサァ───っと引いていく。
まずいまずいまずい。
今の脚のコンディションであの凶悪な形状の足つぼを踏み抜いたら...
考えただけでも恐ろしい...
だ、だが、みんなにパパの格好悪い姿を見せるわけにはいかない!
「よ、よし!行くよ、シルフィ!」
「行っちゃえルディ!」
二十メートルはあろうかという足つぼ地帯、意を決して一歩目を踏み出す。
ミシミシミシッ!!
「~~~~っっ!!」
痛い痛い痛い痛い!
この苦痛をあと数十回...?
嘘だと言ってよ!
「ちょ、ルディ大丈夫!?」
「シルフィ、やばい。痛すぎて歩けない...」
「ええ!?気をしっかり持って!ゴールまで着いたらボクの治癒魔術で治してあげるから!ほら!」
ぺちぺちと頬を叩くシルフィに促され、もう一歩踏み出す。
ミリミリミリッ!!
「いだだだだ!!」
今までの疲労に鞭を打つかの如き激痛。
軽いとはいえ女性一人を抱えているのだ、足裏に係る圧力も尋常ではない。
もう、限界だ...
ごめんみんな、ここで折れる弱い俺を許してくれ...
後続に追い抜かれ、優勝は無理かと諦めかけていたその時、
「「「パパ頑張れーー!!」」」
「ルディ!あと少しですよ!」
「ゴールは目の前よ!」
ああ、みんな...!
そうだよな、父親はこんなことでへばっちゃ駄目だよな。
うおぉ...あれ?
必死に応援している家族の中で、一人の少女だけが呆れた顔でこちらを見ている。
...ララ?
なんでララが?
...ま、まさか、レース前にララが占いで見ていた光景って、俺がレースに負けるこの瞬間だったの、か?
恐る恐るララと目を合わせると、
ニヤッ...
あ、あれは!!
「やっぱり私の占いの通りだった」の顔!!
そうはさせんぞ!
お前の掌の上で踊ってなどやるものか!
その運命を変えて、俺はラノアで一番の愛妻家になってみせる!
「シルフィ!」
「は、はい!」
「一位でゴールしたら、俺にキスしてくれ」
「え...もちろん!最初からそのつもりだよ」
「そうか、ならよかった」
「えへへ」
よし!行ける!!
次の瞬間、会場は今日一番の歓声に包まれた。
────数時間後、グレイラット邸
「今日のルリィはかっこよかっらよ~!」
「うん、ありがとうシルフィ。でも、今日はその辺にしとこうか」
「え~!らめらよ!あんな量のおさけ、早くのみきらなきゃ...ムニャ...」
すっかり出来上がっちゃったな。
とりあえず毛布を掛けといておこう。
「でも、治癒魔術を用いてもしばらくまともに歩けなくなるほどとは、ルディは無茶しすぎです」
「あはは、確かに脚はしばらくの間死んじゃいましたが、結果オーライですね」
それに、結局ララの占いの通りにはならなかったしな。
俺は運命すら変える強いパパなのだ!
(結局、ララの占いの通りになってしまったのですね...)
(結局、ララの占い通りになっちゃったのね...)
二人のわずかな溜息は手元のグラスの中に静かに消えていくのだった。
今回は作風をガラッと変えてみました。
正直、初の試みなので上手に書けてないと思います。
よろしければ感想等いただけると、とても参考になります。