セントエルモの火片   作:たこ焼き

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St. Elmo's fire
第1話


 ある所に双子の兄弟がいた。一卵性双生児。瓜二つの二人は仲良く育った。

 

 二人の関係が変わりはじめたのは小学生の時。

 趣味趣向が同じ兄弟は当然のように同じ部活へ入った。兄はそこで瞬く間に頭角を示したが弟は違った。ベンチ入りこそできたものの試合には中々出られなかった。

 

 全てが同じだった双子にもたった一つ、才能という残酷な違いがあった。

 

 弟も決して非才じゃない。並よりも優れた成績をいつも残していた。しかし、比較対象が悪かった。運動させれば全国大会、模試を受ければ全国一桁。そんな秀才の兄と比べられるうち、少しづつ彼の心は歪んでいった。

 

 

----------

 

 

 具体的な時期は覚えていない。

 だが、ある時から母親からの愛情が薄れていったのを覚えている。母の愛情、関心や期待と言った感情は全て兄に注がれていた。

 

 そうなると後は想像通りというか。

 自分の黒歴史を人の所為にしたくはないが、幼少期に親の愛を受けなかった少年が行きつく先は一つだ。

 

 俺は高校を卒業すると家を飛び出し、髪を似合わない金色に染めて、未成年なのに酒や煙草に手を出して、知り合いの家に居候して、毎日ふらふらとその日生きる金を稼いではバカ騒ぎをしていた。

 

 転機が訪れたのは、うだつの上がらぬ日々を過ごしていた22歳の夏。

 双子の兄から「会いたい」と連絡が来た。

 

 

 親と連絡を絶っていても、東京の大学に通っていた兄とは偶に連絡を取り合っていた。

 待ち合わせの喫茶店には既に兄が座っていた。疲れているようだった。店員は俺たち二人の顔を見て少し驚いた様子を見せたが、注文を取ると直ぐにいなくなった。

 

「悪いな、いきなり呼び出して」

 

 兄はこう切り出した。

 

「別にいい。で、なんのよう?」

 

 目の前には自分と瓜二つな顔。四年間異なる日々を送っていたにも関わらず、残酷なまでに似ている。髪の色さえ同じなら他人にはまず見分けがつくまい。

 

「単刀直入に言う。お前、働く気はないか?」

「あ? 別に今も働いてるよ」

「違う。スカウトだ。うちで働かないかってこと。正直、うちの会社人手不足なんだ。お前まだバイトだろ? 金だってあまりないだろ」

 

 『まだバイト』

 見下している様子がなくとも、ちくりと胸が痛む。

 兄は店員が運んできたコーヒーを一口すする。袖口から覗く時計は、今の俺では逆立ちしたって買えないブランド物だった。就職してまだ僅かなはずだが、金回りは良いらしい。

 

「そりゃ金は欲しい。でも、幾ら金に飢えても兄貴と同じ職場なんて死んでもごめんだ」

「それは俺と比べられるからか?」

「分かってんならわざわざ言うなよ」

 

 兄はごくりと唾を飲み込んだ。

 

「保証する。俺の会社に来ても、俺たちが比べられることはない」

「どういう意味だよ。素性を隠したとしても、こんだけ顔が似てたら比べられるに決まってる」

「ああ。これだけ顔が似ているからな」

 

 兄はスマホをテーブルに置いた。表示されているのは、黒髪の少年二人が仲良く肩を組む写真。俺たちが中学生の時の写真だ。

 まさに生き写し。その頃の俺たちは意図的に相手を真似る悪癖があったから、俺ですら見分けるのが難しい。

 

 なぜ兄がこの画像を見せてきたのか。なぜ兄が『比べられることはない』と断言したのか。その意図に気付くまで、さほど時間はかからなかった。

 

「兄貴…………まさか」

 

 兄は無言で頷いた。

 

 こうして、後に『あそこのプロデューサーは多重影分身が使える』『決して休まない鉄人』と揶揄される、二心同体プロデューサーが誕生したのであった。

 

 

 

 

 

 

 初めこそ『入れ替わり』に苦労したが、一つの受精卵から生まれた二人だ。取引先や担当アイドルからも疑われることはなかった。

 交換手帳の存在も大きかった。アイドルとの雑談、約束事から呟いた独り言まで手帳へ鮮明に記載して、入れ替わる日になると交換していた。

 

 だが、悪いことは長く続かないと良く言うもので、入れ替わり生活を初めて一年が経ったある日。

 ついにその生活に終わりが来た。

 

 

 

 兄が、車に轢かれそうだったアイドルを庇って死んだ。

 

 

 

 

 天井から目を落とし携帯を見る。メールが何件も溜まっているが確認する気は起きなかった。

 午後七時。もう二時間、なにもせず天井を眺めていたらしい。

 

「なんで死んだんだよ、兄貴……」

 

 兄がいないと俺は只の凡人だ。敏腕プロデューサーという肩書も、兄からの借り物に過ぎない。

 じわりと、瞳の奥から涙が溢れるのを感じた。散々泣いたのにまだ止まってくれない。

 

 じっとしていると、一昨日の出来事を思い出す。

 実家へ帰ると、母は俺を見て歓喜した。やっぱり死んでなかった。良かった、良かったと涙した。しかし、しばらくして中身が俺であることに気付くと、今度は一転して叫び出す。

 

『どうしてあの子なのよ! あなたが死んだら良かったのに!』

 

 母のことは嫌いだったが、それでも流石にこたえた。心のどこかで、『母は兄貴を愛しすぎているだけで、自分への愛情も持っている』と期待していた所為かもしれない。

 母のヒステリックに喚く声が鼓膜に張りついて離れない。

 俺を庇う父の手を振り切り、俺は実家を飛び出し東京に帰った。高校を卒業して家を飛び出した時のことを思い出した。

 

(あいつの言う通りだ。俺が、死ぬべきだった。駄目な俺に最後まで優しくしてくれた兄貴が、なんで死ななきゃいけないんだよ)

 

 もう兄の体は焼かれたのだろうか。

 思えば、俺は兄から貰った恩に何一つ報いてこなかった。

 

「ごめん。ずっとずっと……迷惑かけて、心配かけて。ごめん」

 

 涙が目尻から零れて枕を濡す。止まるように手で抑えても効果がなかった。

 

 ふと、歌が聞こえた。部屋のテレビからだ。

 だがおかしい。俺はテレビの電源なんて入れていない。

 

 歌は俺が何度も繰り返し聞いたアイドルたちの楽曲だった。誰が歌っているのか気になって、体勢を変えてテレビを見る。

 写っているのはまごうことなき、俺たちの担当アイドルたち。

 だがその歌声は、表情は、まるで本来のものと程遠い。

 どうしてテレビが勝手に付いたのかなんて疑問はふっとんで、テーブルのリモコンを掴み音量を上げる。

 

 一言で表すのならば曇っていた。プロデューサーを失った所為なのか、眩いばかりに輝いていた彼女たちの魅力は曇っていた。

 それでも、そんな状態でも――前へ進もうと歌う彼女らの姿には心を打たれた。

 

 自分より年下の彼女達が、自分と同種の哀しみを背負う彼女たちがこんなにも頑張っているのに、俺はベッドの上でべそをかいているだけ。

 

 俺はなにができるのか。なにをすべきなのか。

 答えが出る前に家を飛び出していた。

 

 

 

 

 事務所の前に着いたのでタクシーから降りる。アイドルたちを励ましたいという一心で考えなしに来てしまったが、どうすれば良いのか分からない。

 アイドルたちに俺の存在をバラすつもりは毛頭ない。もしそれをバラしてしまえば、兄への信頼に傷がついてしまうからだ。自分という存在を悟られずに、彼女たちへエールを送る方法はないか。

 

 数瞬の迷いの後、手紙を書くことを思いついた。

 死んだ兄が残した手紙という形にすれば、俺の存在を悟られずに済む。

 

 近くのコンビニに入って紙とペンを買い、イートインスペースで思いを綴る。

 それはアイドルたちへの感謝の手紙(ファンレター)

 

 彼女たちのお陰で――――兄と彼女たちのお陰で俺は少しだけ自分を好きになることができた。

 

 原稿用紙が何枚あったって足りない量の感謝を、数枚の紙にまとめる。書き終えると2時間も経っていた。一人一人にそれぞれ書いていたら思ったよりも時間がかかった。

 もう生放送の収録は終わっている時間だ。急がないと事務所に彼女たちが帰ってくるかもしれない。

 

 早足で事務所を目指す。別に俺が郵便受けに直接入れずとも郵送で良いのだが、手紙を書き終えた高揚からか、それとももう務めることができない283プロを一目見たかったからか、引き寄せられるように体はそこへと向かった。

 

「あ……」

 

 口からそんな間抜けな声が漏れた。

 事務所の前に停まった見慣れた車からは、見知った顔が何人も降りて来る。なんの因果か丁度、彼女たちも事務所へ帰ってきたらしい。

 体を翻し背を向ける。彼女たちに気付かれるわけにはいかない。

 

 そのまま立ち去ろうとした時、やけに柔らかい風が体を包んだ。そして風は俺の持っている封筒を宙へ攫うと、どんな奇跡が起きたのか中身の紙を取り出して彼女たちの前まで運ぶ。

 

「えっ、これ……プロデューサーの字。ちょっと、みんな見て」

「本当だ……でも、どこから?」

 

 背中に彼女たちの視線が刺さるのを感じる。

 靴音が自分の方に向くのに気付いて、俺はたまらず駆け出した。

 

 自分の愚かさとか浅はかさを嘆きつつも全速力で走る。彼女たちは逃げたことに驚いたのか一瞬立ちすくんでいたが、直ぐに俺を追いかけてきた。

 

 冗談じゃない。たとえ死んでも『二人一役』だけはバレてたまるか。

 

 そんな思いとは裏腹に、距離はぐんぐん詰められる。

 

 俺も成人男性並の運動能力は持っているつもりだったが、相手は日々きついトレーニングをこなす現役アイドルだ。その程度じゃ勝てるはずがない。瞬発力はともかく持久力は段違いだ。

 二百メートルほど粘ったが、とうとう肩を掴まれた。

 

「ちょっと! どうしてそんなに逃げるのよ!」

 

 夏葉の声だった。それなりの距離を走ったのに息切れ一つしていない。

 肩で息をしながらも顔だけは見せるまいと手で顔を覆う。だが、後ろから次々アイドルたちが追いついてきた為、これ以上の抵抗は無駄だと悟った。

 

 意を決して両手を顔から離す。

 

「うそ…………!」

 

 俺の顔を見たアイドルたちは一様に息を呑んでいた。その顔を見た俺は、この状況をどうやって乗り切ろうか考えていた。




ノクチルはSSR持ってないので出ません(逆ギレ)
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