セントエルモの火片   作:たこ焼き

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第2話

「うそ……どう、して?」

 

 夏葉は目を皿にして驚いている。追いついてきた他の面々もそうだ。口をあんぐり開けて、目の前の光景が信じられないと慄いている。

 

 未だ治らない動悸。むしろ走っている時よりもペースが上がっている。背中から吹き出した汗が寝巻きのシャツを湿らせる。

 今逃げたら幽霊ということで彼女たちは納得してくれないか――。なんて馬鹿な考えは思考の隅に追いやり、夏葉の顔を見つめる。

 

 兄ほどではないが、俺の頭の回転は悪くないはず。

 栄養不足の脳をフル回転させてたどり着いた答えは、至極単純なものだった。

 

「えっと……私に用ですか?」

 

 そう、他人の振りだ。

 とぼけた顔で呟くが彼女たちは俺の言葉が聞こえていないのか、俺目掛けて飛び込んできた。

 

 夏葉だけなら良かった。だが、次いで飛び込んできた、めぐる咲耶甘奈あさひ。お前たちはダメだ。

 状況はまさしくラグビーユニオンのモールのそれで、俺は突撃された勢いでどこぞの壁に押し込まれる。

 

 それはある種の幸運であり、不幸であった。

 

 壁のおかげで倒れることはなく、アイドルたちが怪我をすることはないが、押し込まれたことでもう逃げ場はどこにも無くなった。

 こう密着されていては振り解いて逃げるという最終手段も使えない。

 

「ちょ、ちょっと! なんですかいきなり!?」

 

 アイドルに対して普段使わない敬語を使う。演じるのは近所に住む冴えないサラリーマン。想像するのは不良高校生にカツアゲされるシチュエーション。

 

「馬鹿っ! 私が、みんながどんな思いだったと思うのよ!」

 

 顔を上げた夏葉の目尻がきらりと光る。

 

「と、とりあえず、離れてください」

 

 みんなを引き離そうと優しく肩に手をかける。しかし、彼女たちの体は強力な磁石のようにくっ付いて離れない。

 

「ううぅ……プロデューサー……」

「……すまない。しばらくこのままで居させて欲しい」

「プロデューサーさん……甘奈、頑張ったよ? 甜花ちゃんも、プロデューサーさんが企画してたライブを成功させるんだって必死に……だから、少しだけ……」

 

 三者三様に想いを語る。

 胸が痛んだ。今すぐ抱きしめたい思いが込み上げてきた。

 だが、できない。それは兄に対して余りにも不義理であるし、これからの彼女たちのことを考えてもするべきでない。

 きっと、もうすぐ新しいプロデューサーが雇われるから。

 

 四人と対照的なのはあさひだった。この場で最年少である彼女はパッと俺から離れると、目をキラキラ輝かせて聞いてきた。

 

「プロデューサーさん凄いっす! どうやって生き返ったんすか!?」

 

 鼻息荒く聞いてくる彼女を見ていると良い意味で調子が狂う。

 

 

 

 

 さて、形はどうあれ俺は励ましの手紙を渡すことには成功した。家に帰り冷蔵庫のビールを開けてコンビニで買ったつまみで晩酌だ――――などと行くはずもなく、俺はアイドルたちに拘束され事務所へと連行されいた。

 

 ソファに座らされる俺。果穂とあさひを除く(残ろうとしたが年齢が年齢の為帰った)アイドルが俺を囲うようにして立つ。驚き、困惑といった感情はもう収まったようで、しらを切り続ける俺を無言で睨んでいた。

 

 人によってはこの状況に興奮を覚えるかもしれないが、俺にそんな趣味はない。

 デスクに座るはづきさんは静観。アイドルたちに任せるらしい。

 対面にある俺のデスクは……一体どうなっている。無茶苦茶じゃないか。整頓された机はどこにもなく、あれが自分のものと信じたくない。

 恐らく犯人である摩美々を睨む。彼女は俺の書いた手紙を読み込んでいた。

 

「それで、もう一度どういうことか説明してもらえますか?」

 

 千雪が切り出す。

 事務所へ連れられた最中に、簡単な設定は考えていた。

 

「さっき説明した通りです。私は兄から預かっていた手紙を届ける為に来ただけなんです」

「プロデューサーさんとは……」

「はい。見てわかる通り一卵性の双子です」

「そう、ですか」

 

 これだけ顔や声が似て赤の他人というのは無理があるので、ある程度は本当のことを話す。勿論兄と一緒に1人のプロデューサーをしていたことは伏せる。

 

 アイドルたちは微妙な顔をして俺を見る。プロデューサーが生きていたとぬか喜びしたので当然かもしれない。

 

 励ますつもりが余計に傷つけてしまう。

 やっぱり俺は駄目な奴だ。兄だったら手紙を風に奪われるなんてミスはしなかった。というより、俺には思いつかない別の方法を用いていただろう。

 

「嘘つくんじゃねーよ……あたしが、あたしたちがあんたを見間違えるわけないだろ!」

「だから私たちは双子なので間違えるのも無理はないですって」

「つまんねー冗談言うなよ! その敬語も止めろ! 笑えないんだよ!」

 

 樹里に胸倉を掴まれる。その瞳と拳は震えていた。

 

「樹里ちゃん……手を出すのはまずいよ」

「なんだよ、チョコだってそう思うだろ」

「うん……でも、この人はプロデューサーさんじゃないよ。だって、本当にプロデューサーさんだったら、わざわざ自分を偽ることなんてしないから。私たちにそんな嘘をつくはずないから……」

 

 智代子は堪えられないとボロボロ泣きはじめた。その背を凛世が優しくさする。樹里は俺から手を離すと、俺に軽く謝った。

 

 胸が痛む。自己嫌悪で吐きそうだった。

 

「でも本当に……? めぐるも真乃もプロデューサーに双子の弟がいるなんて知らなかったよね」

 

 灯織は顎に手を当てて考え込んでいる。

 

「私は、プロデューサーは一人っ子だと思ってた」

「うん……きっとみんな知らなかったんじゃないかな」

 

 真乃の言葉で、デスクに座っていたはづきさんが気まずそうに手をあげた。

 

「あの~実は私、プロデューサーさんの履歴書を見る機会があったので年子の弟さんがいることは知ってました。ただ『家族のことは触れられたくない』って言うので皆さんには黙ってましたけど」

「そう……ですか」

 

 はづきさんの言葉で灯織の疑問も晴れたようで、しゅんと顔を落ち込ませた。

 

 しんと静まる事務所。もうこれ以上ここに居る理由もない。

 

 アイドルと顔を合わせたのは誤算だったが、結果的に良かったのかもしれない。少なくとも自分の気持ちに整理がついた。今日アイドルたちに会わなかったら未練が残り、いずれ違う形で自分から会いに行っていたかもしれない。

 小賢しく正当化しようとする自身の思考を嫌悪しながら、ソファから立ち上がった。

 

「それじゃあ勘違いも解消したようですので帰ります。生前兄が大変お世話になりました。皆さんも夜遅いのでお気をつけて」

「ちょっと待ってくださいー」

 

 帰ろうとする俺を、摩美々の声が止めた。

 

「私ー、どうしてもプロデューサーがこの手紙を残したとは思えないんですよねー」

「ちょっとまみみん」

「いいから」

 

 摩美々は手紙を結華に押し付けて制す。

 

「確かに字はプロデューサーのものだし、内容もプロデューサーしか知らないことが書かれています。でもプロデューサーがこの手紙を残した理由ってなんですかー? 別に余命を宣告されていた訳でもありませんよねー」

「兄のことは私には……でも、兄は日々皆さんに感謝していましたし、それを書き溜めていたとかじゃないですか?」

「違いますねー。貴方は私たちに『兄から預かっていた手紙』といいました。感謝の気持ちを書き溜めていたなら、わざわざ貴方に預ける必要ないと思うんですよー」

「言われてみると摩美々ちゃんの言うとおりだね」

 

 摩美々の言葉で冬優子をはじめとする他のアイドル達も再び疑いだす。

 

 この流れはマズい。

 

「きっと、兄は自分が居なくなった後のことを考えていたんだと思います。事故にしろ病気にしろ、その他の事情にしろ。あれで恥ずかしがり屋な所がありましたから、こうして僕に手紙を預ける形にしたのでは……」

「まー確かに、それならありえますねー」

 

 摩美々は案外あっさりと引いた。その引き際の良さが返って不気味だった。

 でも、それよりも今は冬優子だ。態度こそ柔らかいが、彼女は明らかに納得がいっていない。

 冬優子はあくまで丁寧に、俺が一番『突かれたくない点』を指摘する。

 

「一つ気になっていたんですけど、どうしてお兄さんはふゆたちから逃げたんですか? プロデューサーさんの手紙を渡すのなら、別に逃げる必要はないですよね」

 

 だが『突かれたくない点』だからこそ、言い訳を用意してあった。

 

「それは私たちが双子だからです。283プロさんの社長さんと話す機会があったんですが、あなたたちが兄の死で大変心を痛めていると聞きしました。似た顔の私が貴方たちに会うと要らぬ混乱を生むと思いまして……」

 

 言外に『彼女たちを心配してあえて避けたが、追いかけられた所為で無駄になってしまった』と告げる。彼女たちに罪悪感を植え込ませることで、反論をしづらくさせる。

 

 もう一度深く礼をする。アイドルたちと、お世話になった事務所へ。

 彼女らの脇を通り抜けても、もう誰からも呼び止められなかった。

 

 事務所の扉に手をかけた時、ふと悪寒を感じた。虫の知らせとでもいうべきか。

 

 その正体に気付いた瞬間、自分でも驚くくらい迅速に動いていた。ポケットの中の携帯を探しだし、主電源を落とす――――その、直前だった。

 

 俺の携帯電話から『Spread the Wings』

 つまり、彼女たちの歌が流れたのは。

 

 この携帯はいわゆる兄との『共有品』。癖で持ち歩いていた。

 焦心のあまり着信音を止めることも忘れ、後ろを振り返る。

 そこには予想通り、驚愕を顔に浮かべるアイドルたちがいた。たった一人を除いて。

 

「まさか、お兄さんの遺品を持って歩いていたなんて苦しい言い訳はしませんよねー。プロデューサー?」

 

 思わずぶるってしまいそうなほど怖い顔をした摩美々の指がスマホに触れると、俺のポケットから流れていた歌はピタリと止まった。





現在
アイドル→「お前プロデューサーだろ」と疑っている。
プロデューサー→「双子の入れ替わり」がバレないか焦っている。

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