セントエルモの火片   作:たこ焼き

3 / 5
高評価が付いててびっくり。ありがとうございます。


第3話

「まさか、お兄さんの遺品を持って歩いていたなんて苦しい言い訳はしませんよねー。プロデューサー?」

 

 摩美々の口ぶりは、俺がプロデューサーであると確信している。

 摩美々は『発信:プロデューサー』と映る携帯画面を俺に見せつけ、画面の赤いボタンを押す。当然俺の着信音は止まる。

 

 事務所は耳が痛くなるほど無音となった。心臓の拍動がやけにうるさい。

 

「お兄さんのスマホ、見せてくれますか?」

 

 満面の笑みの冬優子。

 その顔をまともに見てしまい、ちびりそうになる。いや、実際ちびったかも知れないが、下着は既に汗でぐっしょりで、確かめる術はない。

 

 手の震えを悟られぬよう、ゆっくりと冬優子に携帯電話を渡す。

 

「ふぇ、プロデューサーのと一緒の奴ばい……双子やと機種も一緒なんやね」

「ちょ~っと、こがたんは黙ってよっか」

 

 一人状況を把握していない恋鐘を結花が押さえる。

 恋鐘の天然で少しでもコミカルな雰囲気になれば儲けものだったが、全然そんなことはない。

 

 空気は刻々と冷えていき、俺の肩に圧し掛かる。

 

「うわ〜、マジじゃん。これプロデューサーのだ。パスワードも一緒だし」

 

 冬優子の手元を覗く愛依。何故パスワードを知っているのかなんてこの際どうでも良い。

 考えるべきは『(おれ)(プロデューサー)の携帯電話を持っていた理由』だ。

 

 深呼吸して考える。

 黙っている時間が長いだけ印象は下がるが、迂闊なことを口走るよりはマシだ。

 浮いては沈む思考を手繰ること十数秒。その殆どが使えないものだったが、自分にしては良案が思いついた。

 

「黙ってないでなんとか言ったらどうですかぁ?」

 

 焦れた摩美々が俺を急かす。

 

「その携帯、今日解約手続きしてきたんですよ」

「解約したなら着信できないと思うんですけど」

「ええ。お店と相談して、結局解約しませんでしたから。月途中に解約しても満額払う必要があるとのことだったので、それならしばらく契約を残して、もし連絡してきた方がいたら、兄の訃報を知らせようと思ったんです」

 

 言い終えて少しだけ後悔する。口数が増えればかえって嘘くさい。

 摩美々が俺のつま先から頭上をじろりと見渡した。

 

「その恰好で、ですかぁ?」

 

 どうして彼女はこうも鋭いのか。

 俺の恰好は寝間着のシャツにスウェット。東京に帰ってからずっと着ているのでくたびれている。コンビニ程度なら問題ないが、常識的にこんな格好で町をうろつく者はいない。

 

「恥ずかしながら、そういうのには無頓着で……」

「……嘘くさいですねー」

 

 摩美々はそれきり黙る。恐らく俺を限りなく黒として疑っているが、断言はできないのだろう。

 何故なら、兄が死んだのは事実だからだ。その事実がある以上、俺を幾ら疑おうが真相には辿り着かない。

 

 潮目がこちらにある内に撤収する。なにかを操作していた冬優子から携帯電話を取り返し、今度こそと事務所の扉に手をかけた。

 

「あ……あの……私からも一つ良いですか……?」

 

 顔が引きつるのを感じた。

 

 もう勘弁してくれ――そんな心の声を吐露できるわけもなく、アイドルに向きなおる。

 霧子は不安なのだろう、両腕に巻かれた包帯を摘まんでいる。心なしか彼女の体に巻かれた包帯がいつもより多い。

 

「まだなにかあるんですか?」

 

 心苦しいが、わざと声に苛立ちを込める。

 霧子は若干言うか言わないか戸惑っていたようだが、結局口を開く。

 

「どうして……あなたはここに居るんですか……? 今日は、プロデューサーさんの告別式……ですよね?」

 

 虚を突かれた気分だった。

 283プロの関係者は母の意向で通夜にも告別式にも呼ばれていないはずなのに、日程を知っていたのか。

 

 俺がここに居るのは、母や親戚の目に耐えられず通夜から逃げ出したからだが……それを言うつもりはない。

 通常どおり告別式、火葬、骨上げ、初七日法要と全て出席していたなら、当然ここには居られない。

 

 窮地の連続で脳は疲労。碌な返答も思いつかない。もはや適当に誤魔化す他なかった。

 

「ああ……火葬が終わってから直ぐ帰ってきたんです。明日から普通に仕事ですから」

 

 その言葉に夏葉が食いついた。

 

「兄想いの殊勝なことを言うと思ったら、火葬が終わって東京へ帰ってきた……? 変ね」

「私がどう思われようと構いません。それでは……」

「――――待ちなさい!」

 

 夏葉に腕を掴まれる。が、快活な彼女らしくなく、なにかを口に出そうとしては言い淀む。

 代わりに口を出したのは、今まで一歩引いた位置で見ていた甘奈だった。

 

「ね、ねえ。お財布を見てみるのはどうかな。そしたら、この人がプロデューサーさんかどうかはっきりするよね」

「なーちゃん、それは……」

「だって、このままじゃずっとモヤモヤしちゃうよ。みんなだってそうだよね?」

 

 甘奈がみんなの顔を伺う。肯定する者はいないが、否定する者もいなかった。

 

 俺は求めに従い財布を渡した。

 そうだ。初めからアイドルたちは『俺と兄が二人で一人のプロデューサーであったこと』を疑ってるのではなく『兄(プロデューサー)が死んでいなかった』ことを疑っているのだ。

 だとすると、『双子(おれ)が存在すること』を証明すればいいだけ。至極簡単な話だった。

 財布は『共有』ではない個人のものなので、運転免許証やマイナンバーといった顔写真と生年月日が記載された『プロデューサーの双子』を証明するものが入っている。

 

 俺は複雑に考えて話をややこしくしていた。

 気が動転していたとか睡眠不足だったとかいうよりも、頭の出来が悪さが原因だ。兄だったら――と嘆かずにいられない。

 

 

 甘奈の案を支持しなくともみんな気になるようで、彼女の持つ財布に注目する。

 甘奈が顔写真付きの身分証を探し当てるまで、そう時間はかからなかった。

 

「やっぱり、別人なんだ。そうだよね……そんな、都合の良いこと……あるわけ……でも、あんまり似てるから……」

 

 甘奈が泣いた。

 なぜ、拘束されてから今まで、俺の所持品を(あらた)めなかったのか。

 もしかすると、プロデューサーと別人だと確定づけるのが怖かったのかもしれない。別人であると認めた風でも、心のどこかではプロデューサーが生きていると希望を持っていたのだ。

 

 甘奈の涙を皮切りに、他のアイドルも泣き出した。

 ある者は声をあげて、ある者は静かに涙を流し、またある者は誰にも顔を見せるまいとそっぽを向いて。

 

 

 

 

 これが俺の見たかった光景なのか。

 少しでも力になれればと思って起こした行動が、こんな結果を招いた。

 

 彼女たちには泣いて欲しくない。自分が酷い目にあうよりもずっと苦しい。

 

 それでもプロデューサーでなく弟として事務所に居る俺には、彼女たちをどうすることもできない。

 

『どうしてあの子なのよ! あなたが死んだら良かったのに!』

 

 鼓膜に張りついていた母の声が、ここぞとばかりに反響する。

 立っているのがやっとだった。息苦しく、きちんと呼吸ができているのかも分からない。

 

 

 ――――また、風が吹いた。窓を閉めた事務所にどこから吹いたのか、事態を招いた元凶の風が俺を包む。すうっと心地よい空気が肺を満たす。陸に打ち揚げられた魚がようやく海へ戻れたような、そんな感覚だった。

 

 風はふわりと舞い、甘奈の持つ俺の財布を地面へ落とした。

 俺はその様子を、どこか他人事のように眺めていた。

 

「これ……なんで?」

 

 それは誰の声だったか。もしかすると俺の声だったかもしれない。

 落ちた財布から飛び出てきたのはアイドルたちとの思い出の品。――断言できるが、俺は自分の財布にこんな物を入れていない。入れ替わりがバレるリスクを携帯するほど馬鹿じゃない。

 

 

 甘奈の涙がみんなの涙の呼び水となったように、彼女の困惑もまた波紋のように広がっていく。

 

「これ、うちとプロデューサーで引いたおみくじ」

「私と回した一番くじのハズレ賞だ……」

「凛世が差し上げたキーホルダーも」

 

 身に覚えのある品ばかりが散らばっている。実際に彼女たちから貰ったものばかりだ。どうして――思考が状況に追いつかない。

 

「どうして、貴方さまのお財布から……?」

「それは…………」

 

 凛世に見つめられて、咄嗟に言葉が出なかった。

 心がアイドル達をこれ以上騙すことを拒んだ。

 

 それでも俺は――

 

「兄貴の遺品から売れそうなのを貰ったんだよ。やっぱりアイドルたちからの品だったか。高く売れるな」

 

 言い終えると、鋭い視線が幾つか飛んできた。

 これ程明確にアイドルたちから怒りを感じたのは初めてだった。

 

 だが、良い。俺が嫌われる分には構わない。因果応報だ。

 

「――もういいだろう。もうそれ以上は止せ」

 

 俺の自罰的な思考を切り裂いたのは、この場にいる誰のものでもない低音だった。

 

「あ、社長…………お疲れ様です。随分遅かったですね」

「ああ、なかなかチケットが取れなくてな。香典を中々受け取ってもらえなかったこともあるが……」

 

 はづきさんの声で振り返る。事務所の扉は開いていて、そこに社長が立っていた。

 社長は扉の傍に荷物を置くと、俺の傍に来た。

 

「悪いが少し前から聞かせて貰っていた。これ以上隠すのは無理だろう。一度植え付けられた疑念を晴らすのはそう容易ではない」

「いや、待ってください。そんな、俺――」

「もう、いい。こうなったのも私の責任だ。悪いのはお前たちじゃない」

「違うんですって……」

 

 社長は俺を同情してか、優しく肩を叩く。

 糸が切れる音がした。体は完全に弛緩してしまい、気づくと床に座り込んでいた。

 

 悪いのは俺だ。間違えたのも俺だ。それなのになぜ、社長も兄も俺に優しくするんだ。

 

 社長は咳を一つ吐き、アイドルたちを見回してこう言った。

 

「君たちにずっと隠していたことがある――」

 

 言わせたくない。言うなら自分の口で伝えるのが筋だ。それなのに、身体は金縛りにあったように動かない。唇を震わせることすらできない。

 その自分の弱さが、情けなくて許せなくて、そしてどうしようもなく嫌いだった。

 

「君たちのプロデューサーが双子だというのはもう知っていると思うが、実は彼らは二人とも君たちのプロデューサーとして働いていた。つまり二人で一人のプロデューサーを演じていたんだ」

 

 社長は深く頭を下げた。




全員喋ったのである程度満足。
でも少し冗長になってしまいましたね……
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。