セントエルモの火片   作:たこ焼き

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ハッピーエンドににするかバッドエンドにするか迷ってました。
たくさんの温かい評価有り難うございます。


第4話

 脳裏をよぎるのは数ヶ月前のことだった。

 とある入れ替わりの日、俺の部屋に『共有品』を届けにきた兄はいつになく真剣な顔で聞いてきた。

 

「なあ……お前、本気でプロデューサーをやらないか?」

 

 ドキリと心臓が鳴った。

 

「藪から棒になんだよ。今も本気でやってるって」

「そうじゃない。お前も一人のプロデューサーとして283プロに入社して欲しいんだ」

 

 双子だから、互いがなにを考えているのかなんとなく分かる。兄がそんなことを願っているのは、ずっと前から知っていた。

 

「俺は兄貴みたいに仕事できないから」

「そんなことない。ストレイライトが上手くいってるのは、お前の功績だろ?」

「功績って言われても、あいつらが頑張ってるだけで俺は大したことしてねえよ」

「その理屈なら俺だって大した仕事をしてないさ」

「いや、兄貴はそんなこと――って、とにかく。正式に入社しろなんていきなり言われても直ぐには答えられないっての」

「直ぐには、か。考えてはくれるんだな」

 

 兄は喜色を隠そうともせず言葉に乗せる。思わず顔が紅潮した。

 

「……嬉しそうにすんな、馬鹿」

「ははっ、それ最近アイドルにも言われたよ。じゃあ、また今度な」

「ああ。じゃあな」

 

 そういって颯爽と隣の自宅へ帰る兄貴。

 俺は結局、兄に答えを伝えることができなかった。

 

 

----------

 

 

 思えばあの時素直に頷いていれば――もっと早く決断できていたら、こんな事態にはならなかったのではないか。

 俺は震える膝を押さえてなんとか立ち上がると、社長と同じように頭を下げた。

 

「あの……頭を上げてもらえますか?」

 

 千雪の言葉で社長が元の体勢に戻る。俺も数瞬のためらいのあと頭を上げた。

 何人かのアイドルはもう事情を飲み込んだのか、俺と社長に失望や怒りの混じった視線を浴びせた。悪感情はここに居ない兄にも向いているようで、それが何より辛かった。

 

 千雪の体から静かな怒りが感じられる。それは自分の為の怒りというより、他の子たちの代わりに怒っているようでもあった。

 

「いつから、二人でプロデューサーをするようになったんですか?」

「それは――」

「六月の半ばくらい、本格的に各ユニットがメディア露出する前あたりだ」

 

 社長の言葉を遮って、事実を伝える。もはや口調も取り繕う必要はない。

 

「お前……」

 

 社長が俺を心配げな目で見る。だが俺の意を汲んでくれたのか、それ以上はなにも言わなかった。

 

「じゃあ、オーディションやスカウトをしたのも」

「ああ、ストレイライトの三人以外は全員兄貴だ」

 

 千雪の質問に答える内に、他のアイドルたちも事情を理解しだす。

 それでもまだ困惑している者の為に、俺は続けた。

 

「俺と兄貴はお前たちとの些細な会話から約束まで互いに共有して『入れ替わり』を努めていた。事情を知ってる社長だって、その日どちらが出勤しているか分からなかった。だから、俺たちが入れ替わっていたことに気付かなくても無理はない。双子だと知らなかったんだから尚更な」

 

 言い終えると再び頭を下げる。さっきよりも深く。

 

「すまなかった」

 

 こうなった以上、謝るほかない。そんな開き直りにも似た感情で地面を見つめる。さっき風で巻き上げられた彼女たちとの思い出の品が床に散らばっていた。

 

 謝罪の体勢を崩して、拾い集める。

 兄でも俺でもなく『プロデューサー』にくれたものだが、俺にとって大切な思い出だった。

 

 

「…………じゃあさ、私たちを業界一のアイドルにするっていったのも、全部嘘だったんだね」

 

 結花が乾ききった笑みを浮かべてそう告げる。

 

「――っ、それは違う。兄貴は本気でお前たちと向き合ってた」

「じゃあどうして? なんでプロデューサーは別人と入れ替わってたの? なんで私たちに黙ってなんでそんなことしたの?」

 

 それは少女の悲痛な叫び声だった。

 

「そこから先は、私が話す」

「社長……」

「お前が会社に入る前の話だからな。私の方が詳しい」

 

 社長は283プロダクションの当時の状況を静かに語りだした。

 

 

 

 

 始まりは兄と社長の間で業務内容の認識に齟齬があったことだった。プロデューサーとの肩書だが、283プロでの業務内容は一般的なディレクターやマネージャーの仕事も兼任している。

 その事実を知らされる前に、兄はオーディションやスカウトで多くのアイドルを雇ってしまった。

 

 それでも兄は優秀だった。残業続きではあったが、有能な事務員と共にこなして見せた。

 だが、メディア展開にあたって業務が過酷化することは明白で、『師が走る』とまで言われる年末への備えとしても新たな戦力を補充する必要があるのは、兄と社長の共通認識であった。

 

 プロデューサーにしろマネージャーにしろ、雇うなら早い方が良い。忙しくなる前に教育を済ませないといけないし、アイドルたちとの信頼関係構築といった意味でもそうだ。

 しかし、二人の眼鏡に叶う人物は中々見つからなかった。

 

『移籍』

 

 どこの事務所へ。何人送るのか。

 そんな最悪な事態を考えざるを得ない状況で白羽の矢が立ったのが、プロデューサーの弟――――つまり俺である。

 

 

 ここからは少し想像が介入するが、兄が俺と一人二役を提案したのは、俺を心配する他に『自分で全てのアイドルを担当したい』という思いもあったのではないか。

 例え数ヶ月の間柄とはいえ、自分が見初(みそ)めたアイドルたちを他の者へ渡したいはずがない。

 

 そこで、下衆な思考を止める。

 ――だったらどうなんだ。兄にどんな内心があっても、俺を心配していたのは事実だし、俺がそれで救われたというのも事実だ。余計なことを考える必要なにもない。

 

 

 

 

 最悪、移籍――。

 そんな事実を告げられたアイドルたちは絶句していた。

 

「しかし、彼を雇うには大きな問題があった。それは……」

 

 社長は俺を見て言い淀んだ。変わって俺が答える。

 

「それは――――俺が兄と比べられるのを極端に嫌っていたことだ。幼いころから優秀な兄を持って、なにをしてもどこへ行っても兄貴と比べられる。そんな思いをするのは、死んでも嫌だった」

 

 俺は中学三年の時、兄と比べられるのにうんざりして、髪を染め非行に走り、進学先の高校も変えた。それでも顔は似ているし、『天才の兄と凡人の弟』という評価は、地元にいる限りどこに行ってもついて回った。

 通学中でも、学校でも、実家でも。

 事情を知っている社長が申し訳なさそうに俺を見る。

 

「彼の言葉どおり、彼を雇い二人の社員とするのは不可能だった。それで行きついたのが『入れ替わり』だ。非正規で彼を雇い、兄と弟で一人のプロデューサーとして働いてもらう。私としてはあくまで臨時策だったが、彼が予想以上に優秀だった為プロダクション全体の業務遂行能力は各段にあがり、結果的に人員募集も急ぐ必要がなくなった」

 

 社長は俺に気を遣ったのか『優秀』などと口にする。

 俺は兄の仕事をなぞっていただけで、優秀なんてとんでもない。

 

「君たちに黙っていたのは、決して君たちを信頼していないとか、ないがしろにしていたとかではなく、彼のためだった。だが、どんな事情を並べようと、君たちに非は全くないし、私たちが君たちを騙していたのは紛れもない真実だ。本当にすまなかった」

 

 元はと言えば、俺が何時までも子供のようなことを言っていたのが原因なのに、社長は再び頭を下げた。俺も頭を下げる。

 

 自分と兄の入れ替わりが、こんなにも彼女たちを苦しめる事になるとは思わなかった。

 

 バレなければいい――――そう考えていたわけじゃない。

 だって、今まで本気で入れ替わりをした時、俺たち双子を見抜けた者は居なかった。『もし何でも願いが叶うなら〜』なんて考えるのと同じだ。人によってはそんな絶対に起こらない未来を想像する者もいるがいるが、俺たちはそんな無駄な事をするタイプではない。

 俺たちの入れ替わりは絶対にバレないものだった。今日この時までは。

 今、23歳にしてようやく、俺は入れ替わりの罪深さを感じていた。

 

「本当にすまなかった。赦してもらおうなんて思わない。ただ、償いとして、俺にできることならなんでもするつもりだ」

「おい、どこ行くんだよ?」

「とりあえずお前たちの前から消えるよ。アドレスは生きてるから、金でもなんでも、欲しいものができたら連絡入れてくれ」

 

 肩越しに樹里へ返事をする。

 

「あんた、あたしたちがそんなこと望むと思ってんのかよ!」

「…………分からない」

「……心底見損なったわ。とっとと何処かに行って頂戴」

 

 夏葉の声が脳を揺らす。

 彼女たちから信頼を得られるたび、一喜一憂していた自分を思い出す。あの時の自分は、彼女からこんなことを言われるとは思ってもいなかった。

 

 

「待って!」

「…………どうした?」

 

 

 俺の腕を掴んだのは甘奈だった。

 

「待って、プロデューサー……甘奈の話は終わってないよ」

 

 甘奈を庇うように甜花と千雪が寄り添う。

 

「なんでもって言ったよね。だったら……だったらまた、甘奈のプロデューサーとして仕事して欲しい。また、甘奈たちのプロデューサーとして仕事して欲しい」

「甘奈ちゃん、それは……」

「えへへ……ごめんね、千雪さん。勝手なこと言って。でもね、甘奈、もう限界なんだ」

 

 千雪の言葉が詰まる。他のアイドルたちも同じだ。言いたいことは山ほどあるだろうが、甘奈に口を挟まない。

 それはきっと、ユニット間の壁だとかそういうことではなく、単に甘奈があの交通事故の当事者だからだろう。

 兄は彼女を庇って死んだ。

 

「――――っ。プ、プロデューサーさん。甜花からもお願いします……!」

 

 甜花が俺の服の裾を掴む。彼女にしては力強い口調だった。

 千雪は躊躇いながらも二人を見守る。

 

 社長が俺の言葉を待つ。

 もし俺が「働きたい」と言えば、多分社長は全力で俺とアイドルの仲を取り持ち、復帰のサポートをしてくれるだろう。

 

 俺もまだプロデューサーとして働きたい。仕事は楽しいし、彼女たちが心配だ。それでも――――

 

 

「悪いが、それはできない」

「え……? ど、どうして……?」

「俺には、お前たちをプロデュースする資格がない」

「資格とか、そんなのどうでも良いよ! ただ、そばにいてくれれば」

「尚更無理だ。甘奈、悪いが俺は兄貴じゃないし、兄貴の代わりにお前を罰することだってできない」

 

 縋り付くように見つめる双子を引き剥がす。

 

「ま、待って……プロデューサー、お願い。甜花たち頑張るから、行かないで」

「――――ごめんな」

 

 俺は事務所を出た。今度こそ、誰に止められても振り返らない。

 

 気がつくと走っていた。

 息が切れても、強い逆風を受けても走り続けた。

 

 兄が死んだ悲しみや喪失感。アイドルたちへの後悔や罪悪感。そして自分への嫌悪と非難。頭はパンク寸前だった。

 

 もうなにも考えたくない。もうなにもしたくない。

 なにも見たくないし、なにも聞きたくない。

 

 家に帰った俺は全ての家電の電源を抜き、電子機器の電源を切った。そして胎児のように身を丸めて、布団の中に潜り込む。

 

 目を瞑っても、眠気は一向に訪れなかった。

 

 

----------

 

 

 とあるマンションの5階。地下鉄へのアクセスが良く利便性の高いそのマンションに、最近空き部屋ができた。住民が不幸な事故に遭った為である。

 交通事故――――つまり、部屋の外で起きた事故なので『事故物件』には当たらない。

 とても人気の物件だから、管理会社の社員たちは直ぐに次の住民が決まると思っていた。

 

 が、ある噂の所為で新しい住民はまだ決まっていなかった。それどころか、マンションから引っ越す者が出るほどだ。それもこの一週間で立て続けに2軒も。

 

 噂というのは、交通事故で死んだ住民が幽霊となり、マンションを徘徊しているというチャチなものだ。

 しかし、実際にもう何人も目撃しているらしい。

 

 目撃した同階に住む子供はこう語る。

 「幽霊にあったら鏡を見せろ」と。

 鏡を見せたら幽霊は苦しみだし、やがて502号室に消えるらしい。

 

 それにしてもおかしな噂である。交通事故で死んだ青年は501号室に住んでいたのに、なぜ幽霊が502号室に消えるというのか。

 

 噂の真実にいち早く気がついた管理会社の社員は夜中、件の502号室を訪ねた。昼間に電話しても繋がらなかった為だ。インターフォンを押し用件を告げ――――そして、腰を抜かした。

 

 扉から出てきたのは、死んだ青年と瓜二つの男。それはまだいい、予想通りだ。

 問題なのは、青年の顔だった。まるで血が通ってない青白い顔に、生気が抜けた風貌。思わず彼は尻餅をつき、その不格好な体勢のまま這うように逃げ出した。

 

 扉の青年、いや幽霊はその様子を見ても、眉一つ動かさず、ボリボリと首を掻くと部屋の中へ戻っていった。

 

 

 セントエルモの火は潰えた。彼女たちが――アイドルたちがこの先の荒れる航海をどう乗り越えていくのか、それはまた別の話だ。




 
 
 
 本編終了です。ここまで読んでくださりありがとうございました。
 評価や感想、大変励みになりました。
 一応後日談でハッピーエンドにするつもりです。


 また蛇足ですが、簡単な人物背景を残しておきます。
 本来なら本文中に上手く入れるべきことですが、自信がなかったので止めました。読まなくて結構ですが、設定が気になる方は読んでみてください。













本作の元凶1。
妻に母との同居を懇願した負い目があり強く出られない。
家庭では妻と母親のどちらの肩も持つことが出来なかった小心者。
妻を恐れ、わざと出張や残業を増やし、まともに家に帰らなかった。
その過程で出張先に愛人が一人できたが、息子の死を契機に関係を切る。
 

本作の元凶2。
高飛車で高慢な性格。自尊心が高く自分の思い通りに物事が進まないと気が済まない。その性格のせいで頼れる友人や親族が居ない。
双子が小学生になるまでは殆どの育児を義母に任せ、外へ遊びに出る日々。
だが、双子が自分より義母に懐いていることへ危機感を覚え、夜遊びを止める。
育児はテレビや雑誌で聞きかじったものを試しては変えるのを繰り返す。その頃から、どんなでたらめな方法でも結果を残す兄の方を可愛がる傾向があった。

出産、育児(二人分)、義母との対立で溜まったストレスは、夫の不倫発覚で爆発。それでも夫を愛していた為、捌け口は義母、引いては義母によく懐いていた双子の弟へ向くことになる。
若い頃の美貌は霞み、唯一の誇りであった「超有名大学卒業の息子」を失い、更年期のホルモンバランスの乱れも相まって精神病発症。が、そのお陰で夫と和解する。
 
祖母
双子が中学2年生の時に他界。家事を放り出す「息子の嫁」に代わって、幼稚園時代までの育児はほぼ彼女一人で担っていた。
小学校入学を契機に育児を始めた「息子の嫁」に立場を譲り、善意から色々と育児のアドバイスをする。だが、姑嫌いだった彼女には全く受け入れられず、逆効果だった。
双子を深く愛していた。双子の入れ替わりに唯一気づけた人だったが、子供の遊びだと責めることはしなかった。
 

双子の兄。なにをさせても期待以上の成果を出す。
大きな挫折を経験したことがない為、失敗する人の気持ちを理解できても、本当の意味で寄り添うことはできない。
生まれた時から愛情が不足していた彼にとって、弟は誰よりも大切な家族であり、半身である。
弟に対しては「お前のものは俺のもの、俺のものは君のもの」精神であり、極端な話恋人が弟と関係を持っていたとしても怒らない。少し異常な精神性。
 
そんな彼が人生で唯一後悔しているのも、やはり弟のこと。
中学生後期、少しづつ歪む弟に気づき「自分の能力を抑えること」を覚えた。だが、そのことを母が酷く悲しみ、母の期待や愛に飢えていた彼は、自分を抑えることを止めた。つまり、母と弟を天秤にかけて母を選んだ。
弟が非行に走ったのも大学に行けなかったのも全て自分の所為と考えており、東京の大学に在学中も、弟の為に色々尽くしていた。


双子の弟。本作の主人公。
自分のことを非才と自称するが、むしろ秀才の部類。だが、彼の比較対象は常に「天才である兄」の為、自分に求めるハードルが非常に高い。
負けず嫌いの性格で、中学時代まではなにくそと兄に食らいついていた為、二人の差はあまりなかった。だが、中学時代のとある事件で完全に心が折れて努力を止める。
高校の進学先を兄と変え、髪型も大胆に変えた。
それでも顔は似ているし、兄が市内でも(部活動で)有名な人物だった為、比較は何処にいてもついて回り彼を苦しめた。
 
祖母が他界し、彼にとって心の拠り所は兄だけとなる。
兄が大好きだが、兄と比べられるのは大嫌いというジレンマを抱えており、それは高校を卒業して体一つで飛び出した先が『東京』というところにも現れている(兄の進学先も東京)。
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