セントエルモの火片   作:たこ焼き

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後日談1です。人称注意です。


St. Elmo's fire
Wandering Dream Chaser


 二人のプロデューサーが居なくなった283プロは、新規の仕事は受けられず、現在進行中の仕事もいくつか辞退せざるを得ない状況だった。社長が身を粉にして働いているが、16人全員の面倒を見るのは容易ではない。

 

 そんな283プロの事務所で言い争う少女たちが居た。

 

「ダメだっての! 何度言ったら分かんのよ!」

「なんでっすか! わたしが行くんだから勝手じゃないっすか!」

「仮にもリーダーなんだから、あんたが行くとユニットの総意ってことになんのよ!」

 

 セルフレッスンから上がったストレイライトのメンバー。

 元プロデューサーの家へ行こうとするあさひを、冬優子が止めていた。

 

「だいたい、なんで行っちゃダメなんすか!」

「だから散々説明したでしょ! あいつはふゆたちのことを騙してたの。そんな奴を連れ戻しに行くなんて認めるわけないでしょ」

「騙してたって……そもそもわたしたちは他のみんなと違って、プロデューサーが両方とも働きはじめた後に入ってるから事情が違うっす」

 

 あさひは『あの場』に居なかったが、既に愛衣から細かな事情まで聞いていた。

 プロデューサーたちが入れ替わりを始めたのは六月。ストレイライトが加入する前なので、あさひの言い分も一理あるかもしれない。

 

「それはそうだけど、それでもふゆたちを騙してたのは事実でしょうが」

「そんなの冬優子ちゃんの態度の違いと一緒っす」

「あんたねぇ……!」

 

 冬優子の眉間にしわが寄る。

 あさひの物言いには悪気はない。悪気はないだけに腹立たしい。

 

「まあまあ、ちょっと落ち着いてさ〜とりあえず、あさひちゃんも冬優子ちゃんも一回座ろ?」

 

 そこで、今まで二人の間でレフェリーのように立っていた愛衣が口を挟む。ナイスセーブだった。

 

「……嫌っす。わたしはプロデューサーさんの家に行くっす」

「あんたまだそんなこと……!」

「まあまあ、ほら座って座って」

 

 愛衣は半ば強引に二人をソファに座らせる。

 

「んで、あさひちゃんはどーして突然プロデューサーの家に行こうと思ったわけ?」

 

 愛衣が気になっていたのはそこだった。

 あさひが突発的な行動を取るのは今に始まったことじゃないが、こうまで頑ななのは珍しい。

 

「………………最近、みんな辛そうっす。わたしも仕事してもなんか詰まらないし……でも、プロデューサーさんが戻れば、きっと前みたいに面白くなるって思ったんすよ」

「あさひちゃん…………」

 

 あさひが自分の為でなく、ユニット(ふゆたち)のことを思って行動しようとした。

 その事実を知り、冬優子の怒りも収まっていく。それどころか、罪悪感さえ湧いてきて、冬優子は拗ねたようにあさひから目を逸らした。

 

「あいつはふゆたちに嘘ついてたのよ。そんな奴を戻すなんてありえない」

「嘘ってどんな嘘つかれたんすか?」

「決まってるじゃない。あいつが双子だったことよ」

「他には?」

「他? 自分を偽っていたんだから、全部よ。あいつはプロデューサーを演じていたの。だから、ふゆに才能があるとか言ったのも、世界一になれるとか言ったのも全部嘘だったの」

「わたしは、プロデューサーさんの言葉が嘘だったとは思えないっす」

 

 あさひは真っすぐな言葉と共に冬優子を見つめた。

 

「………………まぁ、百歩譲って言葉が本心だったとしても、今ここに居ないってのはそういうことよ。あいつはふゆたちを捨てたの」

「それはみんながプロデューサーさんを傷つけたからじゃないっすか!」

「はぁ? 傷つけられたのはこっちだっての!」

「ち、ちょっと、落ち着いてってば! ほら座って座って」

 

 立ち上がろうとする冬優子の腰を愛衣が掴む。

 そうなると冬優子の怒りは今まで曖昧な相槌しかしなかった愛衣にも向く。

 

「あんたも黙ってないでなんか言いなさいよ」

「うち? うーん……うちはさ、正直あさひちゃんの気持ちも分かるんだ」

「は? あん――」

「あ、もちろん冬優子ちゃんの言い分もわかるよ? でも、あさひちゃんはあの時居なかったわけだし、会うなって言われても納得いかないんじゃないかな。だからプロデューサーを復帰させるとかはともかく、あさひちゃんが会いに行くのには賛成」

 

 愛衣はそこまで言って、冬優子の言葉を待つ。三人ユニットなので二人が賛成なら多数決で意見を押すこともできるが、それをしない。

 

「…………あーもう、本っ当頭にくる!」

 

 冬優子はソファから立ち上がる。

 

「どこ行くの?」

「決まってんじゃない、あいつの家よ。一言いってやんないと気が済まない。ほら、一緒に行くんだったらさっさと行くわよ」

「冬優子ちゃん……!」

 

 ぱぁぁっと愛衣の目が輝く。冬優子は照れくさそうに顔を晒し、コートを取ると先に事務所を出た。直ぐに二人も追いかける。

 そして暫く三人で歩いて、誰もプロデューサーの家を知らないという事実に頭を抱えた。

 

 

 ◯

 

 

 ここは某マンション502号室。ベッドの上には無精髭を生やした青年が一人。枕のそばにはフケが薄く積もる。

 青年は目をつぶって横になっている。寝てもないのに、ピクリとも動かない。動物園のナマケモノの方がまだ体を動かす。

 彼はこの一週間、買い物に行った一度を除いて、トイレ以外はずっとベッドの上で過ごしていた。冷蔵庫の微かな低音すら響く暗室で、彼はただ呼吸を続ける。まるで天敵に睨まれた小動物のようでもあった。

 

 ふいに、ノックが鳴る。部屋にその音が鳴るのは、数日前に管理会社の社員が来て以来だった。

 青年のまぶたが開く。しかし、体は一向に動かない。

 

(セールス……? いや、マンションに入って来れないよな。だったら誰だ? まあ……無視してればその内消えるか……)

 

 青年のまぶたが再び閉じる。

 扉を叩く音は大きくなり、次第にドアを蹴る音さえ聞こえてきた。

 

(……どこの馬鹿だ。警察を呼ばれても文句は言えないぞ)

 

 とはいえ、青年に警察を呼ぶ気など全くない。面倒はごめんだった。

 彼はそのまま狸寝入りを続けた。しかし、音は一向に鳴り止まない。

 やがてノックのリズムが、どこぞの配管工のメインテーマやら三三七拍子やらに変わったり、ついに青年が折れた。

 

 インターフォンの電源は切ってあるので、誰が来たか確かめるには直接玄関に出向くしかない。

 彼はふらつきながら玄関へ向かい、扉を開けた。

 

「はい……」

 

 青年が相手を確かめるより早く、西日が彼の視力を襲う。視界は一瞬で乳白色に染まった。なにしろ遮光カーテンで光を絶たれた空間に何日もいたのだ。今の彼はお伽話でいう吸血鬼。太陽を浴びたら目が焦げる。

 

「うっ……」

「あははっ! プロデューサーさん、カブトムシと同じ匂いがするっす!」

 

 青年にとって聞き覚えるのある声。

 目を押さえた指の隙間から少しだけ外を覗く。そしていよいよ自分はおかしくなったのだと自嘲した。

 立っていたのはストレイライトの三人組。兄を除くと、彼が最も会いたいと思う相手であり、最も会いたくないと思う相手でもあった。

 

「ちょっと……なに無視してんのよ」

「……どうせ幻覚だろうが、どうしてお前らがここに居る?」

「別に。あんたに一言いってやろうと思っただけ。入るわよ」

 

 青年が答える前に、冬優子たちは脇を抜けて部屋に入る。

 彼も慌てて後を追う。

 

「うわ、くっさ……! あさひ、今すぐそこの窓開けなさい」

「わかったっす!」

 

 あさひは床に散らばるゴミの間をひょいひょいっと抜けると、窓をガラリと開けた。久方ぶりの喚起。ぶわっと入った風がカーテンを揺らす。意外なほど冷たい風。季節はすっかり秋だった。

 

「なあ、お前ら……もしかして本物?」

「え〜? うちらのこと偽物だと思ってたの〜?」

「いや、あんなに怒ってたし、お前らが俺の家に来るわけないだろ。それに、家の場所を教えた覚えもないし」

「あはは、怒らせたって自覚はあるんだ」

 

 青年の耄碌した頭でも、いよいよこの状況を現実と疑り始めた。

 少女の香水や、風に舞う埃まで再現される夢など今まで見たことがないからだ。

 

「ちょっと愛衣! あんたもこのゴミ拾うの手伝いなさい! それとあんたは今すぐシャワー浴びること! このままじゃまともに話もできないわ」

「は〜い。じゃあ後でね」

 

 青年は愛衣に背中を押されてバスルームに向かう。

 そして流されるままシャワーを浴びる。こびりついた垢が、少しだけ落ちた。

 

 

 ◯

 

 

 テーブルを挟んで青年と少女たちが向き合う。テーブルの上には湯飲みやマグカップが合わせて4つ並ぶ。彼のはすっかり温くなっていた。

 リビングは短時間で見違えるほど――――とまではいかないが、ある程度綺麗になった。特有の異臭も換気で大分薄らいだ。

 

 青年の喉はカラカラに乾いている。青年にとって目の前のお茶は喉から手が出るほど欲しい。だが、体は正座のまま1ミリも動かせなかった。

 

「プロデューサーさん。飲まないなら貰っていいっすか?」

 

 あさひは青年が頷くのを確認して、湯飲みに手をつける。

 

「愛衣ちゃんの入れたお茶おいしいっす!」

「でしょ〜? まあ普通に入れただけだけどね。おかわり入れようか?」

「いや、もういらないっす」

 

 呑気な二人の掛け合いを楽しむ余裕もなく、青年は冬優子から感じる圧に耐えていた。

 

「あんたに、聞きたいことがあるの」

 

 冬優子は至極真剣な顔で切り出した。

 

「なんだ?」

「あんた前に『ストレイライトの三人以外は兄貴がスカウトした』とか言ったわよね。その口ぶりだとふゆたちは違うみたいだけど、どうなの?」

「…………ああ、お前たち三人は俺がスカウトした。二人で働くようになって大分仕事に余裕が生まれたから、兄貴が新しいアイドルを増やそうって」

 

 それは彼がプロデューサーとして独り立ちする時のためにと、彼の兄と社長が考えた策なのだが、彼が知る由はない。

 

「なんでふゆたちをスカウトしたの?」

「それは、スカウトした時に言っただろ」

「ふゆは『あんた』の言葉が聞きたいの」

「『ティン』と来たんだよ。お前らなら、きっと沢山の人を幸せにできるアイドルになれるってさ」

 

 青年の言葉を受けて、冬優子と愛衣は少しだけ嬉しそうにした。

 

「お前ら、それを聞くためだけにここまで来たのか?」

「違うわ。あんたをスカウトしに来たの」

 

 冬優子の宣言に愛衣は驚く。

 事務所であれだけ罵っていたのに、どんな心境の変化なのか。それともはじめからそんな考えだったのか、計りかねた。

 

 

「ふゆはあんたを許すつもりなんてない。ただ――――あんたがまだ本気でふゆたちのことをトップアイドルにしたいと思っているなら、もう一回だけチャンスを上げてもいいわ」

 

 

 長い沈黙。青年は冬優子の一言一句を頭の中で反芻する。

 答えは決まっていた。その答えは、あの日から何一つ変っていなかった。

 

 

「俺は…………俺には、無理だ。俺にはお前たちを導いていく自身も実力もない」

 

 

 もし、失敗したら。

 彼の中に兄の幻影がある以上、頷けるわけがなかった。

 

「そんなのっ、うちらも一緒だよ! うちらだって、どこまで行けるか分からない! でもっ」

「もういい、愛衣。もういいわ」

 

 冬優子が愛衣にそれ以上言わせない。

 立ち上がって、自分の使っていたコップを流しへ運ぶ。

 

「ふゆたちは同じ場所で足踏みしてる暇なんてないの。こんな奴と一緒に先に行けるはずがない。行くわよ」

「ちょっと、冬優子ちゃん!」

 

 冬優子はそのまま玄関へ向かう。しかし、なにかを思い出したのか、肩越しに振り返った。

 

「……ねぇ、プロデューサー」

「なんだ?」

「今まで、ありがと」

 

 それを最後に部屋を出る。愛衣は青年と冬優子が居た場所をちらちらと視線を移した後、冬優子の後を追った。

 なぜか、あさひだけは部屋に残っていた。

 

「お前は行かなくていいのか?」

「…………プロデューサーさんは、本当にいいんすか?」

「どういう意味だ? って、おい!」

 

 青年に返事を返さないで、あさひは玄関に消える。そして呟く。

 

「わたしは……プロデューサーさんが居ないと寂しいっす」

 

 そういうと、さっさと出て行ってしまった。

 

 

 〇

 

 

 今度リビングに残ったのは青年だけ。耐え難い静寂が彼を襲う。

 

「なんだよ、本当にいいのかだって……?」

 

 そもそも青年は入れ替わりがバレた時点で、覚悟は決まっていた。

 

(もし戻っても、あいつらは失望する。外見が同じでも、中身は出来そこないだ)

 

 心臓が鳴る。

 

(あいつらの才能は本物だ。俺が居なくても、いずれトップアイドルとして活躍する)

 

 心臓が鳴る。

 

(それで平気かって? なんでそんなこと考える必要がある)

 

 ――――心臓が鳴った。

 

 三度心臓が鳴り、青年はようやく気付いた。自分が『兄や彼女たちの気持ち』を何一つ考えていなかったことに。

 

 プロデューサーを失い混乱する事務所。トップアイドルを目指す彼女たちが羅針盤を無くして、どんな気持ちなのか。地方から出てきて、信頼できる者が少ない少女が、どんな感情でいるのか。死んだ兄が今なにを望んでいるのか。

 

 そして、自分の夢はなんだったのか思い出した。

 それは彼女たちと共に、トップアイドル、その先の景色を――――。

 

 

 封じ込めていた疑問の答えがようやく見つかった時、彼はいてもたっても居られなくなっていた。

 

(あいつらを追いかけないと!)

 

 青年は玄関まで走る。手が震えて上手く靴を履けない。

 

(クソ! この期に及んで、まだ怖がってるのかよっ!)

 

 革靴の踵を強引に履きつぶし、あさひたちを追いかけた。

 彼女たちは丁度エレベーターの中へ消えていく。

 

(――――クソッ!)

 

 彼は非常用階段の扉を開けた。

 一段二段と飛ばして階段を駆け降りる。途中、転げて背中をぶつけた。痺れるような痛みが全身を巡る。きっと痣になるだろう。それでも彼は階段を走り続けた。

 彼は今を逃すと、彼女たちの手を取ることは、並び立つことは永遠にできないと知っていた。

 

 走って、転んで、ぶつかって――――。

 やっとの思いで一階まで降りた青年は、エレベーターに駆け寄った。

 

 エレベーターは上昇(・・)していた。

 青年は慌てて周囲を見渡す。マンションの出口、その奥に三つの小さな背中があった。

 

「…………まっ、がっ!」

 

 上手く声が出ない。

 エントランスに居た他の居住者は何事だと目を疑う。

 青年のズボンは膝が破け、肘からは血が流れている。只事でない。

 

 

 彼は出口に走った。そして力の限り叫んだ。

 

「――――待ってくれ!」

 

 少女たちは揃って振り返った。

 

 

 

 〇

 

 

 ここは283プロダクション。

 最近、新しいプロデューサーが入った。以前勤めていたプロデューサーの双子の弟である。

 まだ着任して数日だが業界での評判は上々で、以前のプロデューサーと同じか、むしろそれ以上だと噂する者も居る。

 

 だが、青年は周囲からの批評をあまり気にしていなかった。

 兄と比較されるのを光栄だと感じられるようになったし、少女たちをトップアイドルにすることが彼の夢で、それは兄やアイドルたちへの恩返しに繋がると気付いたからだ。

 

 頭にキノコが生えるほど陰鬱としていた青年は、担当アイドルの手によって立ち直った。むしろ以前のプロデューサーよりも少しだけ明るくなったかもしれない。今はストレイライト三人の担当だが、いずれ他のアイドルたちから許しを得られる日も来るかもしれない。

 

 

「これ、今度の週末の仕事。目を通しておいてくれ」

「仕事って……はぁ!? 水着!? このくっそ寒いのに水着なんて着てらんないわよ!」

「ははっ、でもまあ、これを見たら考えが変わるぞ」

 

 プロデューサーは文句を垂れる冬優子に、懐からじれったい動作で大手航空会社のロゴ入り封筒を取り出した。

 

「――っ! それ飛行機のチケット? まさか……ハワイ!?」

「えぇー! プロデューサーやるじゃん太っ腹! うちハワイとか初めて、めっちゃあがる!」

「ハワイってなんすか! わたしたち行けるんすか!?」

 

 彼は慌てて少女たちを制する。

 

「待て待て、ハワイじゃない。冬優子、ハードルを上げるな」

「だったら何処よ。グアム? サイパン?」

「アホか! 海外なんて簡単に用意できるか! 第一パスポートすらないだろう。行き先は沖縄だよ、沖縄。これでも色々調整に苦労したんだ」

 

 沖縄。日本に住んでいるものにとって最南端の土地であり、憧れるものも少なくないが、ハワイグアムと並べられると肩身が狭い。

 

「沖縄か……ちっ、しけてるわね」

「はいはいハワイじゃなくて悪うございました。でも、飛行機はファーストクラスだし泊まるホテルは五つ星だぞ? 日程は二泊三日だが撮影は一日だけで終わるから後はオフだ。沖縄は良いぞ? 本州とは大違いだ。海も空も空気も」

 

 行ったこともないのにプロデューサーは得意に語る。口上は旅行雑誌の丸パクリである。

 プロデューサーは航空券を冬優子に握らせた。ちなみに航空券やホテル代の多くは彼のポケットから出ている。この旅程は彼からの『お詫び』と『感謝』が込められていた。

 

「ほらチケット。帰りの分もある。ホテルの情報はメールで送るから、お前がまとめ役で頼むぞ」

「なに? あんたはついてこないわけ?」

「デスクワークが山ほど溜まってるんだよ。お前らが居ない間は缶詰だ」

「ふゆたちに全部任せるつもり? あさひの家の許可は?」

「もう貰ってる。撮影も何回か仕事したスタッフたちだから問題ない。どうだ? 行ってくれるよな」

「…………分かったわ。ただし、条件を一つ呑みなさい」

「条件?」

 

 冬優子の言葉にプロデューサーは首を傾げる。あさひと愛衣も同じだった。

 

「チケットをもう一枚用意して。それと、あんたの水着もよ」

「はぁ? おい、お前の耳は節穴か? 俺はデスクワークがあるんだっての」

「そんなのパソコンさえあればどこでもできるでしょ。それとも…………プロデューサーさんがふゆたちに言った『お前たちのために、人生を使わせてくれ』って言葉は嘘だったんですか? ふゆ悲しいです。プロデューサーさんに『また』嘘つかれていたなんて」

 

 ここぞとばかりに冬優子は『双子』の件を引き合いに出す。恐らく彼は当面アイドルたちに逆らえない。

 

「――――くっ! ああ分かったよ。俺も付いて行けばいいんだろ? その代わり、俺の仕事の邪魔すんなよ!」

「そんなの知らないわ。あんたが集中すればいいだけじゃない」

「お前っ! 言うに事欠いて…………!」

 

 言い争うプロデューサーと冬優子。

 

「沖縄かぁ。ハワイじゃないのは残念だけど、結構楽しみかも。友達に自慢しよ~」

「沖縄ってなにがあるっすかね?」

「えっと、シーサーとか?」

「…………面白そうっす!」

 

 愛衣とあさひは既に観光気分だった。

 

「ギャー! てめぇ背中叩くなっ、そこまだ青アザが――って、うわっ! あ、あさひ? 青アザって言ってんのに背中に飛び乗るな! おい、待て待て待て! アザを押すなアザを! そこはスイッチじゃない!」

 

 ぎゃーぎゃーと叫ぶ声は事務所の外まで響く。最近の283プロダクションには無かった活気だった。

 歩道を歩く少女――放課後クライマックスガールズの少女たちは、頭上の事務所を見上げた。

 

「なんか…………楽しそうだな」

 

 樹里が無意識に呟いた言葉は、彼女たちの心を大きく揺さぶった。

 

 

 ――――次回『よりみちサンセット』

 




あれ、冬優子しか喋ってない……?
そう言えば表現力がない人は、文中に「…」とか「―」を多用するらしいですね。すいません……。

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