呪術?念能力の間違いだろ、そんなことよりラーメン食おうぜ 作:nyasu
豚だ。
豚を見るような視線が頭から離れない。
俺は、あの紙袋の男に負けた。
そんな俺はまるで暗い闇のような物に囚われていた。
そう、敗北感や絶望感に似た耐え難い苦痛、空腹だ。
人は、食べずには動けない、それが強烈な印象を与えられたとしたら尚更だ。
豚である、一心不乱に豚が頭から離れない。
俺は、豚という存在を乗り越えないといけないのだ。
自然と俺は豚にリベンジするべく、ある場所へと向かった。
決して豚に負けた訳ではないのだが、あのとき豚野郎とでも言われたかのような視線が脳にこびりついているのだ。
もはや、俺の身体は豚肉を欲している。
「っしゃせー、食券どうぞ」
店内に足を運べば、中肉中背の男達から鋭い視線が一瞬だけ向けられる。
俺は、反射で食券を選択、その時間0.001秒、もはや思考するまでもない。
店主は既に水を置き、麺を茹で始める。
着席、同時に注文する。
「ヤサイニンニクアブラマシマシで」
「はいよ」
水を口に含み、腕を組んで精神を統一する。
これは遊びではない、俺とラーメンの戦いなのだ。
まるでタイミングを見計らったかのように、俺の目の前に山盛りのラーメンが置かれる。
圧倒的な、皿の半分を占領する豚肉のチャーシュー、中央で山を築くキャベツ、サイドには零れ落ちそうなモヤシと強烈な匂いを放つ刻みニンニク。
食えるものなら食ってみろというボリューム、この豚肉……強い!
「いただきます!」
箸を、その豚肉に向かって動かしていく。
持ち上げる行為に抵抗するような重量感、一枚のチャーシューが重い!
だが、俺は豚を克服する!一気に咀嚼、咀嚼、咀嚼!
口の中に広がる強烈な甘味、肉の油、ジューシーな質感、ほんのり広がるスープ!
もはやチャーシューと呼ぶには余りにも大きい、これは物足りなさを与えない圧倒的なチャーシューだった。
トロトロのチャーシューはよく煮込まれており、口の中で脂身を崩れさせる。
だが、しっかりと肉厚感のある赤み部分が俺はまだ行けるぜと脂身と違って存在を主張する。
噛みしめる、その度によく染みた甘ダレの味を訴えかける。
「美味い!」
チャーシューを半分食べ終え、少し柔らかくなったキャベツを食べる!
もやし、キャベツ、アブラ、もやし、キャベツ、アブラ。
口の中で柔らかいもやしから水分が出る。
スープを薄め、やや薄いという印象を与える。
そこにシャキシャキのキャベツ、しかし食感は良くても味が薄い。
だが、そこにガツンとアブラがフォローに入る。
アブラが迫る、迫る、迫って追い抜き、口の中がアブラに占領!これは、どうなる、このまま終わるのか!
追い上げるように、もやしが追加される!すかさず、キャベツ、もやしとキャベツが油っこさを中和、やや優勢、そこでスープを一飲み。
醤油豚骨が濃いのにさっぱりとした味で口内をリセットする。
後に残るのは、広がった醤油の旨味と豚とニンニクの香りだけ……だが終わりじゃない。
また、俺がもやしを口にすれば、奴らは戻ってくるのだ。
黙々と、トロトロチャーシューとシャキシャキ野菜、こってりアブラと濃厚スープ、このコントラストを楽しむ。
いつしか皿の上には半分になった野菜と肉、腹は既に限界を訴えかける。
だが、目の前の皿には以前として姿を隠した極太麺がある。
「まだだ……まだ行ける」
箸をスープの奥底に突き刺し、そして隠れた麺を曝け出す。
抗うことを許さず、その姿を白日の下に晒すのだ。
今まで前線で戦っていた野菜と肉を、後衛のスープへと強制的に沈める。
上下を入れ替えるように、皿の中で具材と麺が入れ替わった。
途端、香るのは仄かな小麦の薫りだ。
分かるよ、秘密は甘い物だ。
一部を口に運べば、小麦の甘さが、スープをやや吸った麺の柔らかさが、極太麺のモチモチとして重量感のある食感が主張する。
これだ、やはりこれこそが、二郎だ。
一口と言わず、ガッツリと今度は口に運ぶ。
か細い小麦の甘さが、量によって群体となって押し寄せる。
麦だ、麦って感じの芳ばしさがある。
そして弾力のあるモチモチ感、簡単に歯切れる事のない食感、飲み込みたくない衝動を抱かせる柔らかさ。
さらに、啜ると同時に来たスープに浸かっていた部分が口内に到達、一緒につれてきたスープとタッグを組んで味に奥行きと広がりをもたらす。
モチモチ感はスープで緩和され、小麦の甘さが醤油の甘さと合わさり最強になった気がする。
とどめの豚骨、濃いめの味が覆うように後からも存在感をアピール。
「麺も、美味い!」
昨今の情報化社会に淘汰されヴィジュアル重視に走ったラーメン、激戦区を生き残り食べやすさや質を求めたスープ重視のラーメン、どれも素晴らしいが二郎は違う。
確かに食べにくい、スープだって人によってはくどいかもしれない、見た目もボリュームのせいで豚の餌と揶揄する奴もいる。
時代遅れと言う奴もいる。
だが、違うのだ!これは敢えてなのである!
二郎は、人間の本来の欲求に沿ったコンセプトのラーメン。
とにかく麺が食べたい、もっとスープが飲みたい、もっと野菜が食べたい、もっと肉が食べたい。
もっと、もっと、もっともっともっと、人間の際限ない欲望を集約した、そんなラーメンだ。
二郎を食べて、物足りないと思うやつはいないと断言してもいい。
もっとも人間の根源的な欲求に即したラーメンと言っても過言ではない。
「おっと、ロットを乱すのはマナー違反。感慨深く味わい過ぎた」
欲望の権化とも呼べる二郎、それは食べている俺達に問いかけてくる。
お前に、この欲望の塊を背負えるかとな。
二郎を食べるジロリアンは、常にギリギリの戦いを強いられる。
食べたい食べれない、残したい残したくない、美味い美味いけど。
圧倒的な欲望の質量に、物量差に、俺達は挫けそうになる。
そう、これは肉体ではなく心を抓む戦い。
飽和した物量は、俺達に飽きという圧力を掛けてくるのだ。
終わりの見えない戦い、同じ味が続く、美味い……美味いけども!
不毛な戦いの先に、俺達は絶望を抱く。
まるで厭戦感情、終わらない戦争に終止符を打ちたくなるそれだ。
「いいや、まだだ!」
だからこそ、このタイミングで味変!
胡椒と一味唐辛子のスパイスによる味変!
胡椒の薫りが鼻孔を擽る、アブラの味が引き立つ!
胡椒、かつて黄金と同じ価値を持ったそれが贅沢に使われ、肉と小麦の甘さをより引き立たせる!
そして、そんな主張する甘みと対極のピリリとした一味唐辛子の辛さ!
スープが進む、進む、進む!圧倒的、美味さの暴力!
麺を食べたい、だが優先順位など衝動の前には無意味とばかりにスープを飲ませる。
喉を通る温かいスープ、醤油の甘み、豚骨の癖になる匂い、そして食欲を促進させるピリ辛。
箸が、止められない!胃は限界だ、もうやめろ!だが、止められない、止まらない!
その先に完食があるんだからよ、だから止まるんじゃねぇぞとばかりに箸を進めさせる。
胃を圧迫するから飲みたくない水を思わず飲ませる!
水、飲まずにはいられない!
限界の向こう側、理性が溶ける!
スープの味、うっせぇ!
具材の良さ、うっせぇ!
麺の美味さ、うっせぇ!
とにかく食べろ、何も考えるな感じろ!
食べることだけに思考が固定される。
「……ハッ!?」
「ありゃっしゃぁー」
一瞬の空白、目の前には空の皿とテーブルを拭った布巾。
胸に広がるのは満足感と美味かったという感情だけだ。
「食べきった……のか……」
次の客の為に俺は長居せずに店を出る。
そして、店の前にある自販機で黒烏龍茶を買った。
「食後の烏龍茶は、美味い」