龍神の巫女   作:都森メメ

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第13話

 朝のニュースはずっと鬼神のことで持ち切りだった。

 討伐隊の全滅、偵察ドローンによって撮影された鬼神の姿、周辺地域の避難状況など、一通りの情報を得たところで時刻は朝の七時を回っていた。

 

 さすがにずっと龍神に犯された直後の姿のままでいるわけにもいかないので、いい加減にお風呂に入ることにする。

 シャワーを浴びたけれど、時間がたって龍神の体液が乾いていたせいで汚れを落とすのにひどく苦労した。

 

 お風呂からあがってドライヤーも済ませてスマホを開くと、通知欄に早苗のLINEアカウントが表示されていた。

 

 驚いて目を見開きすぐに通話ボタンをタップする。

 数秒のコール音の後、早苗の声が聞こえた。

 

『もしもし水琴? よかった、やっと繋がった!』

 

「早苗、そっちは大丈夫!?」

 

『あたし達の泊まってるホテルはギリギリ咆哮の範囲外だったみたいでさ、一応みんな無事だよ』

 

 その言葉を聞いても安心すると同時に、今度は別の問題があることに気がつく。

 

「たしかそのホテルの周辺の道路って……」

 

『……そう、ここから避難しようと思ったら、どのみち鬼神のいる市街地を一旦経由することになるの、だから今先生達がバスの運転手さん達と会議中』

 

 市街地から山を切り開いたような立地に建築されているホテルだったので、そこから避難するにせよ地元に帰ってくるにせよ鬼神の【咆哮】の範囲内を通らなければ帰ることはできない。

 

 もし市街地を通過中に鬼神が【咆哮】を発動すれば、その時点で私の同級生は全滅してしまう。

 

 市街地に入ってから海岸線沿いの国道を通って範囲外まで逃げるのに、どれくらいの時間がかかるのだろうか。

 かなりの賭けになるがそれ以外に早苗達が助かる方法はない。どのみち鬼神の方が移動してホテルが【咆哮】の圏内に入ってしまったらその段階で詰みなのだ。

 

 頭の中でホテル周辺の地図を思い浮かべながら思案していると、通話先からノイズ音が聞こえてきた。

 

 どうしたんだろう、早苗がスマホを落としてしまったのだろうか? 

 声が聞こえないので音量を上げて耳をぴったりとくっつけると、電話越しに複数の生徒たちの悲鳴が聞こえてきた。

 

「早苗、そっちで何かあった!?」

 

『あっ……あっ……ごめん水琴、お母さんに電話するから、ちょっと切るね』

 

 そう言った早苗の声は涙声で、明らかに震えていた。

 

「わかった、切る前に何があったかだけ教えて!」

 

『……ホテルの外に妖魔が見えた、もう駄目かも』

 

 ブツリと通話が切れて、私のスマホの画面ははホーム画面の表示に切り替わる。

 

「くそっ! あの地域は妖魔が発生しないはずなのに!」

 

 これも鬼神による影響だろうか? 

 前回の鬼神のときも、【咆哮】後の周辺の妖魔が活性化することは確認されていた。今回も同様だとすれば、かなりの広範囲に渡って妖魔が活性化している可能性がある。

 

 現地の退魔師が対応しているはずだが【咆哮】の範囲外ギリギリに位置するホテルにその対応が間に合うとは思えない。

 

 もはやバスによる避難なんて不可能だ。

 きっと先生たちはホテルに立て籠もって現地の退魔師の救援を待つことを選択するだろうが、その救援は果たして間に合うだろうか。

 

 市街地を経由せずにあのホテルにたどり着くためには反対側の県から山をいくつか越えてくる必要がある。

 自衛隊のヘリに乗った退魔師が来てくれればいいが、今回の広大な避難指定区域の対応で人手が足りてるとは思えない。

 

 急いで巫女服に着替えながらスマホで地図アプリを開き、GPSを起動する。スワイプを駆使して、直線距離で蛇谷神社から早苗たちのいるホテルまでのだいたいの距離を測る。

 

(瀬戸内海の上をまっすぐ突っ切ればホテルまではだいたい200キロくらいか……)

 

 結界術で足場を作ることで、私はどこでも移動することができる。そのときの最高速度は測ったことがないので、早苗たちのいるホテルまでどれくらい時間がかかるかはわからない。

 

「悩んでる時間がもったいない、とにかく現地に向かおう」

 

 スマホを閉じて懐にしまい家を出る。

 半霊体化した肉体の膂力でもって空高く飛び跳ねて結界の展開し足場とする。それを思い切り踏み込んで、私は西に向かった。

 

 

 ■■■

 

 

 尾原高校の一年生たちが林間学校で宿泊していたホテルでは生徒たちも教師陣もパニック状態に陥っていた。

 

 昨晩鬼神が現れて辛うじて【咆哮】の範囲外で死者こそ出なかったものの、山間部を切り開いた地形のためホテルから移動することができなくなり、教員とバスの運転手の会議の結果、賭けではあるがバスによる避難が決定された。その決定を生徒たちに知らせるための館内放送が行われようとする直前、ホテル内の各所から悲鳴が上がった。何事かと思ったひとりの教員がふと窓の外を見て同じく悲鳴を上げた。

 

 窓の外に見える山の木々のあいだに、狐の姿をした妖魔が複数見えたのだ。

 ホテルの従業員と教師陣は建物の各入り口を即席のバリケードで封鎖し立て籠もって救助を待つことにした。

 

「そうだ! たしか安田先生のクラスに一人退魔師の女の子がいませんでしたか?」

 

「残念ながら、退魔師の蛇谷さんは体調不良で林間学校に来ていません……」

 

 水琴の担任教師である安田教諭は運の悪さを呪った。

 もしこの場面で蛇谷水琴がいれば、少なくともホテルを取り囲む狐型妖魔の問題はなんとか解決することができたのに、と。

 

「一階入り口と二階のバリケードの設置終わりました!」

 

「自衛隊や退魔師の救援部隊とは連絡がつきましたか?」

 

「……一応連絡はついたのですが、他県の退魔師も含めて今応援に来られる人がいないそうで、とにかく時間を稼いで立て籠もるようにとのことでした」

 

 このとき、他県も含めた大半の退魔師は避難民たちで溢れかえっている国道沿いに妖魔が侵入しないようにするための警備等に当てられており、その警備ですらも手すきの部分が多く、他の地域に回せるような余剰戦力はどこにもなかった。

 

 もちろんそんな状況を知ることのできない尾原高校の関係者たちは、待っていれば救援が来てくれると信じながらホテル内に身を潜めていた。

 

 

 

 立て籠もりから一時間ほどが経過した。生徒たちはホテル最上階の大広間に身を寄せ合って震えている。照明は消され、窓のカーテンは閉め切っているので朝方にも関わらず大広間は薄暗い。

 ホテル内の窓ガラスにはすべて目張りをしたうえでカーテンを閉め、外にいる妖魔に建物の中に人間がいることを気づかれないようにしていたが、それで稼げる時間にも限界があった。

 

「妖魔がバリケードを壊し始めてます……」

 

 ホテルの一階の入り口に偵察にいっていた教師が最上階の大広間に戻ってきて、生徒たちに聞こえないように小声でほかの教師にそう伝えた。このときホテルを取り囲んでいた狐型の妖魔は分類としては小型の妖魔に該当する。

 

 小型の妖魔では鉄筋コンクリート造りの建物を破壊することは難しい。

 一階の窓ガラスを破られたらそれで終わりだが、今のところ狐型の妖魔たちは人間の匂いが漏れ出してくるホテルエントランス部分のバリケードに夢中だった。

 

「救援はまだこないんですか!?」

 

「先ほどから何度も県に連絡しているのですが、もう少し持ちこたえてくれの一点張りで……」

 

 

 その時、階下から大きなものが崩れ去る音がした。

 バリケードが破壊されたとどの教師たちも思ったが、あまりにもその音は大きすぎた。

 

 生徒たちが避難している大広間に一人の若手教師が駆け込んでくる。

 一階の入り口エントランスが遠目に見渡せる位置で監視を担当していた教師で、急いで最上階まで登ってきたせいか息が乱れている。

 

「た、大変です、巨大な妖魔がいきなり現れて、バ、バリケードが壊されました!!」

 

 その直後、二階のバリケードも破壊される音が響き渡り、何か大きな足音がホテルの階段を登って近づいてきた。

 

 その足音が大きくなるにつれて生徒たちの悲鳴も大きくなっていき、パニック状態に陥った集団は大広間の入口反対方向に押し寄せた。

 

 大広間の入口扉が蹴破られ体長2メートルほどの狐型妖魔が姿を表すと、生徒たちの悲鳴は絶叫へと変わった。

 

 

 

 その妖魔は心の中で歓喜していた。

 逃げ場のない広い室内に、100人以上の人間という餌を見つけたのだ。

 

 ヨダレを垂らしながらどの人間から殺して食べようかと周囲を見回す。狐型妖魔は自分が目線を向けた先からより大きな悲鳴が上がるのを聞いて更に気分を良くし、ゆっくりとゆっくりと群衆に近づいた。

 

 もう逃げ場はないのに押し合いになって少しでも部屋の奥へ後退しようとする人間を眺めながら、ようやく一人の人間に狙いを定めて、その人間に飛び掛かった。

 

 

「ガァッ!?」

 

 ところが、あとほんの少しで自分の口の中には人間の頭が入っているはずだったのに、どういうわけかその人間と自分の間に金色の半透明の障壁が現れたのだ。

 

 先程までこんなものはなかったはずなのに────

 

 中型の狐型妖魔の思考はそこで途切れた。

 

 

 

 

「……はぁ、はぁ、間に合った!」

 

 真っ二つに切り裂かれた妖魔の背後、大広間の入口には巫女服を着た少女が一人立っていた。

 

 

 

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