龍神の巫女   作:都森メメ

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第15話

 違和感がある。

 初めて鬼神を直接この目で見た時から、あまりにも多くの疑問が浮かんだ。

 

 

 

 瓦礫の山で更地と化したかつての市街地中心部に降り立ち、目の前の鬼神を見る。

 鬼神もこちらを見つめていて、今から私と戦うのが楽しみで仕方がないという表情をしていた。

 

 こちらから戦端を切るべきか、そうであれば先手を取るべきか思考する。相手の出方を見るとしても私では鬼神のスピードに追いつけない。この巨体をして目の前の妖魔は実に機敏に動くのだ。

 

「……ふむ、来ぬのか、ではこちらから──」

 

「あなたは何故、人を殺すんですか?」

 

 様々な思考を巡らせた末、私が選択したのは鬼神との対話であった。龍神と出会う前の私なら、妖魔と言葉を交わすなど思いつきもしなかっただろうが。

 

「何故、人を殺すかか────理由など無い、ただそうしたいからそうしているだけだ」

 

 前屈みになり臨戦態勢の鬼神はつまらないことを聞くなと言わんばかりにそう吐き捨てた。私の疑問はまったく解消しなかった。

 

「昨晩、あなたがここで生まれる前の記憶はありますか?」

 

「無い、あったとしても興味もない」

 

 鬼神の足元が抉れ、こちらに飛びかかってこようとするのがわかった。問答はこのあたりが限界だろうと思い術式を起動する。

 

「【裁断結界】」

 

 私の瞬間最高出力の霊力でもって結界を展開し、その中の鬼神を分断術式で切り刻む。【裁断結界】という技の構想そのものは以前からあったが、霊符という縛りの中では実現できなかった。けれども今は違う。

 

 一瞬で展開された結界、その中で何度も何度も【分断術式】に切り刻まれる鬼神は拳を振りかぶり結界を内側から破壊した。

 

 割れた結界の中から姿を表した鬼神の体表には無数の切傷が刻まれており、夥しい量の血が流れ出ている。

 

 けれども────

 

(だめだ、傷が浅い)

 

 最高出力の裁断結界でも鬼神には致命傷を与えられない。皮膚の表面に切傷をつけるのが精一杯だ。

 

「ハハハハハハ!!!! ワシに傷をつけたのは貴様が初めてだ!」

 

 血塗れの笑顔でそう言った鬼神が私に向かって飛びかかってくる。30メートルは空けていたはずの距離が一瞬で詰められ、鬼神の巨大な拳が視界いっぱいに広がった。

 

「──っ【六重結界】!!」

 

 辛うじて拳の直撃は免れたものの、やはり私の結界では鬼神の物理攻撃を防ぎきることはできない。六重にかさねて展開した防御結界もすぐに叩き割られて、私は殴り飛ばされる。

 

 一瞬で100メートル近く吹き飛ばされたが鬼神はすぐ私に追いついてきて、追撃を加えてこようとする。

 

「【裁断結界】!!」

 

 動いている対象を捉えて結界に閉じ込めるのは意外と難しいのだが、今回はうまくいった。一連の流れで発動した分断術式で再度鬼神の肉体を切り刻む。

 

(少しずつであってもダメージを蓄積していけばそのうち致命傷を与えられるはず────)

 

「こんなもの効かぬわぁ!! フハハハハハハ!!」

 

 またも内側から結界を破った鬼神は、たしかに先程よりも全身の傷は増えているがしかし、全く堪えた様子はなかった。

 

 

 殴りかかってきた鬼神の攻撃を、上に飛び跳ねて回避する。私はそのまま空中に展開した結界の上に着地する。

 

 私が地上に降りてこないとわかるや否や、鬼神は両足に力を溜めてこちらに向かってジャンプしてきた。

 

 直線的な動きでなおかつ空中であれば躱すのは容易い。空中戦ならアドバンテージはこちらにある、と思いながら鬼神の攻撃を躱す。

 

 直後、こちらに顔を向けた鬼神が、その巨大な口を大きく開いて私の方向へ叫び声を発してきた。

 

 

(指向性のある【咆哮】!?)

 

 

 結界で防ぐ暇もなく、範囲を絞って凝縮された鬼神の【咆哮】をまともに喰らってしまった。

 

 一瞬、立ち眩みの様な症状に襲われ視界がホワイトアウトしかけたがなんとか持ち直して鬼神に向き直る。咆哮を私に直撃させた鬼神は長い犬歯を晒しながら猟奇的な笑みを浮かべていた。

 

(今のでだいぶ寿命を持っていかれた……まずいな……)

 

 常人であれば【咆哮】に掠るだけで100年分の寿命を削られて魂を崩壊させられるのだ。半霊体化していて数百年分の寿命があるというアドバンテージをもつ私でも、何度も受け続けて平気という攻撃ではない。

 

 

(私が死亡すると判断されたら、転移結界で強制送還して、その後50年は監禁されるんだっけ……冗談じゃない!)

 

 打開策を見つける必要がある。

 この鬼神を確実にここで仕留める方法を。

 

 

 ■■■

 

 

 この時テレビを見ていた人々はみな自分の目を疑っていた。本来は退魔師数百人で挑みようやく討伐できるはずの妖魔、鬼神に単騎で挑みそして十分に渡り合っている少女が映像に映し出されていたからだ。

 

 鬼神が一時的に移動するという出来事が起こってから、どのテレビ局も自衛隊経由で提供されている無人偵察ドローンの映像を放送していたのだが、その映像の中に一人の巫女が乱入してからすでに2時間ほどが経過した。

 

 通常であれば退魔師による鬼神との戦闘はグロテスクなものになりがちなため放送は中止されるはずだったが、この時どのテレビ局の担当者も巫女と鬼神の戦いに魅入っており、またその報道の重要性の観点から生中継を継続していた。

 

 最初にその正体不明の巫女の少女が現れ、鬼神と軽く言葉を交わすような時間が流れたあと、巫女が放ったと思わしき術式が鬼神に目に見える傷を負わせた時は誰しもが自身の目を疑うと同時に、そこに一片の希望を見出した。

 

 鬼神に挑み討伐しようとする退魔師がいるというその事実に、緊急速報のニュース映像を見ていた全ての人々は希望を感じていた。

 

 

 どういうわけか鬼神の攻撃をまともに受けても死なない巫女の少女は、その後も戦い続けた。

 

 何度も鬼神に殴り飛ばされながらも、そのたびに鬼神を結界に閉じ込め攻撃を行った。

 鬼神との戦いが始まってから2時間ほど、おそらく日本全土の国民が見守る中で蛇谷水琴は戦い続けた。

 

 

「いい加減に気付け、その戦い方では鬼神に勝てないことに……」

 

 そのテレビ映像をつまらなそうに見ていた一体の妖魔は、そう呟いた。

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 鬼神との戦闘が始まってから、たぶん2時間くらいが経っただろうか。戦局は未だ膠着状態となっている。

 

 

 私が【裁断結界】で鬼神に攻撃をする。

 その結界を割った鬼神が私に殴りかかって来る。

 それを受けてしまうか、あるいは運が良ければ躱して結界での攻撃に繋げる。その繰り返し。

 

 また、発動するための溜めがほとんどない【咆哮】も鬼神が放ったうちの半分くらいは被弾してしまっている。

 

 

 埒が明かない。

 鬼神の体は全身傷だらけであるが、致命傷となるものは一つもない。

 私は鬼神の攻撃を受けつづけて寿命をかなり減らされている。

 

 

 このままいけば負けるのは私の方だ。

 消耗戦は明らかに私にとって不利だった。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 鬼神の攻撃を防いだり躱したりする集中力が段々と切れてきた。思考が徐々に短絡的になり、中期的なスパンで戦略を練られなくなってくる。

 

【咆哮】を受けるたびに軽い脳震盪のような症状に襲われることも、このときの私の短慮の要因の一つだった。そう、その行為は間違いなく私の短慮によって引き起こされたものだった。

 

 鬼神の打擲を受けるとき、私は自身の両腕に霊力を込めて強化している。そうしなければ両腕の骨どころか、衝撃を殺しきれずに背骨まで折れてしまうと思っていたからだ。

 

 だが何度も何度も、躱して受けて躱して受けてを繰り返すなかで、埒が明かないことに苛立っていた私は、【分断】の術式を込めた右腕による手刀で鬼神の拳を受けようとしたのだ。攻撃は最大の防御と言えば聞こえはいいが、どう考えても悪手だった。

 

 コンマ0秒台の思考によって下された選択、自分が手刀を放ってしまったと気づいたときには、死を予感した。

 

(ああ、失敗した────)

 

 私の片腕の手刀など、鬼神の拳に押し負けてそのまま吹き飛ばされる。龍神に転移結界で引き戻されて私は50年日の目を浴びることができなくなる、そう思った直後、予想していなかった感触が右腕から伝わってきた。

 

 

 グチュリ、と私の右腕は鬼神の右腕を縦に裂いたかのように、食い込んでいたのだ。

 

「えっ……?」

 

「なっ、馬鹿な……!?」

 

 私だけでなく鬼神も驚いている。

 まさか肉体的な力で私が押し勝つなんて思ってもいなかったのだろう。体格差があるので私の手刀は鬼神の拳の指の付け根あたりから手首までを裂いたところで止まっているが、私は吹き飛ばされていないし、地面についている足には踏ん張りが効いている。

 

 

 思いがけない好機を見て、そのまま【分断】の術式をさらに加えて手刀を押し込むと、鬼神の右の掌の半分を切り飛ばすことに成功した。

 

 

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