龍神の巫女   作:都森メメ

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第23話

 鉄仁が妻の春花さんに引き摺られて客間を出ていくと同時にお手伝いさんが入ってきて、別の部屋に移動するように言われた。『鬼神の角』に関する大方の解析が完了したようなので、私がどんな霊具を希望するかのヒアリングをしてくれるらしい。

 

「じゃあ京華、またあとでね」

 

「はい、お姉様」

 

 客間に京華だけを残して、1人お手伝いさんについて歩いていく。おそらく応接用の部屋が纏まっていると思わしき本邸から、作業場らしい雰囲気のある別邸に渡り廊下を通って移動する。

 

「こちらで大旦那様がお待ちです」

 

「どうも」

 

 引き戸を開けてもらって中に入ると、様々な霊具加工のための器具が並んでいる研究室らしい部屋に鉄斎が一人で座って待っていた。

 

 

 

「おう来たか、まあ取り敢えずそこに座れ」

 

 鉄斎に促されて背もたれのない椅子に座った。何となく理科室の椅子っぽい感じがする。

 

「色々と話したいことはあるが、取り敢えず本題から入るぞ、どんな霊具を希望する?」

 

「……どんなに強い妖魔でも一撃で殺せるような霊具が欲しいです」

 

「強い妖魔って……鬼神以上のか?」

 

「はい、今思えばあの鬼神はあまり強い妖魔ではありませんでした。もっと……それこそ容易に人類を滅亡させてしまうような化け物を倒せる霊具が欲しいんです」

 

 具体的には、私の家に住み着いている龍神とかね。

 

「はっ……鬼神を雑魚扱いできる退魔師が現れるなんて、本当に時代が変わったもんだな」

 

 鉄斎は自嘲気味にそう言うと手元にある鬼神の角をじっと見つめている。

 

「形は何でもいいのか?」

 

「私の術式にあった霊具ならどんな形でも構いません」

 

「納期は?」

 

「……1年以内なら」

 

 そんな会話を鍛治川鉄斎と一対一で繰り返していると30分程が過ぎた。祖父と孫という関係にしてはやや歪だが、この男とここまでコミュニケーションが取れたのは人生初の出来事だった。

 

「大体の希望は聞けた、全身全霊を持ってこの『鬼神の角』を霊具に変えてみせよう」

 

「はい、期待せずに待ってますね」

 

「……はぁ、俺にそんな態度取れるやつなんてこの国ではお前くらいのもんだよ」

 

「マスコミ関係者もじゃないですか?」

 

「……やっぱお前、実花の娘だな。そういうところはそっくりだよ」

 

 どうも広間のときと、この研究室にいるときの鉄斎の雰囲気が違うのでもしやとは思っていたが、やっぱり広間のときの尊大な立ち居振る舞いはキャラ作りの結果らしかった。

 

 少し斜に構えたような今の態度がこの男の素の性格なのだろう。

 

 

「……さっきは悪かったな、妾の件、どうせ京華からは何も聞かされてなかっただろう」

 

「ええまぁ……はい」

 

「まだまだあいつは甘い所があるからな、表に出せるのはもう少し先か」

 

 鬼神の角を桐箱に仕舞いながら鉄斎は話を続けた。

 京華のことをまだ表に出せないと言いつつ蛇谷家との交渉には彼女のみを当たらせるあたり、この男のしたたかな部分が垣間見えた気がした。

 

「蛇谷家との絶縁を解消してお前を援助しろと煩かったからな、そういう熱意は嫌いじゃないがアイツは自分の立場がわかってなさすぎる。どっちの味方なのかわかりゃしねぇ」

 

 頬杖を付きながら自分の孫について語る鉄斎は、広間の時とは異なり非常に人間臭かった。

 

 

「……一応確認だが、子供を産めないってのは事実なんだよな?」

 

「はい、証明しろと言われると難しいですが」

 

「自分の孫にそこまでしねぇよ」

 

「あ、孫と認めてくれるんですね」

 

「茶化すな」

 

 鉄斎はそう言うと大きく溜息を吐き、俯いて机の下から何かを取り出した。

 

 

「『世紀末論文』って知ってるか?」

 

「知らない」と正直に答えると、鉄斎はA4サイズの紙を数枚渡してきた。紙面の内容は英語で書かれてあったが、その独特の体裁から学術論文であるとすぐにわかった。

 

「……『妖魔の発生数と州人口の相関関係』、でタイトル合ってます?」

 

「ほう、英語読めるんだなお前。実花の娘だからてっきり馬鹿なもんだと思ってたが」

 

 驚いた素振りを見せる鉄斎を無視して、論文の概要とグラフに書かれた注釈だけをざっと読む。前世で理系だったから英語で書かれた論文にそこまで抵抗はない。専門用語の英単語とかはさすがにわからないが、大方の内容だけならなんとなくは把握できる。

 

 

「『Devil's eye』って妖結晶の事で合ってますかね……、それのサイズとワイオミング州の人口に時間差での相関関係がある。ざっと読んだ感じだとそんな内容に見えますが」

 

「それで合ってるよ、本当に読めるんだな」

 

 論文の公開年月を見ると1999年12月となっていた。だから『世紀末論文』なんて呼ばれているのだろうが、この論文の結論を見るともう一つの意味の『世紀末』でもあるのだということが分かる。

 

「採取した妖結晶のサイズを記録し続けている稀有な退魔師……向こうじゃエクソシストか。そいつらの家系が当時のアメリカで発表した頃はほとんど無視されていたような論文だが、最近になってエクソシスト協会が注目し始めた」

 

「『このまま世界人口が増大し続ければ、世界を終わらせる力を持つ妖魔が現れる』ですか……」

 

「当時はそんな馬鹿なことが起こるわけないと誰もが思ってた。だがここ数年の中型以上の妖魔の発生数は尋常じゃない」

 

 鉄斎は少し考え込むような素振りを見せてから、私にこう言ってきた。

 

「そもそも俺がまだ子供の頃……妖魔が一部の人間にしか見えてなかった時代だ。その頃は今でいう、中型以上の妖魔なんて存在すらしていなかった」

 

「……」

 

 その地域の人口が増えるほど妖魔も強力になっていくという仮説は、龍神が少なくとも300年以上前から存在していたという事実を知る私にとってどのように解釈すべきか判断がつかなかった。

 

 さすがに龍神のことまで洗いざらい全て話すほど、目の前の老人を信用してはいない。

 

 霊具製造の依頼や世紀末論文のことなど、その他にも取り留めのない話を続けているうちに気づくとかなり時間が経っていた。

 

「もうこんな時間か……普通の客なら昼食を振る舞うべきなんだが……」

 

「はい、食事は取れないので大丈夫です。京華に挨拶してから帰ります」

 

「わかった、車を手配させておく」

 

 お互いに椅子から立ち上がり部屋の出口へ向かおうとした時、鉄斎がこうぼやいた。

 

「……お前がいつまで現役を続けるかは知らんが、その頃にお前ほどの力を持った他の退魔師が現れてることを祈るよ」

 

「私に子供を作らせようとした一番の理由はそれですか?」

 

 私がそう聞くと、鉄斎は「そうだ」と答えた。 

 

「妾になればお前の名前は『蛇谷水琴』のまま変化せず言霊呪名の恩恵も引き続き得られる。……次代の人類を支えられる後継の退魔師を育てつつ、お前自身にもできるだけ長く現役でい続けて欲しいと思ってはいたが……」

 

 どこまで私の状況について赤の他人に開示すべきかはいつも悩みのタネになるのだが、老い先の短さにも関わらず後世のことを憂うこの不安症の老人には多少の気休めが必要なように思われた。だから私は自分の寿命に関して鉄斎に打ち明けることにした。

 

 

「それなら心配ありませんよ。だって私、不老ですから」

 

 

 ■■■

 

 

「じゃあ水琴ちゃん、『鬼神の角』の加工が終わったらまた京華から連絡させるわね」

 

「はい、桃華さん」

 

 鍛治川家の玄関前で車を待たせながら、最後に桃華さんと話をした。久々に会った桃華さんは少し老けてはいたが元気そうではあった。

 

「……実花は、鬼神討伐に行く前に何か言ってた?」

 

 第一次の鬼神戦に臨む際に、母と桃華さんの間で何かがあったのは間違いない。あの破天荒な母親のことだ、きっと周りの気持ちも考えずに突っ走って桃華さんを悲しませたのだろう。

 

「『私は生きて帰ってくるから遺書なんか残さないわ!』って言ってました」

 

「あの馬鹿姉貴らしいわね」

 

「税理士や司法書士への連絡とか、相続手続きに関して全て事前に段取りをつけていてくれていた父とは大違いでしたよ」

 

 

 有言実行というか、私の母である蛇谷実花は本当に遺書すら遺さずに父と二人で鬼神討伐に参加しに行ったのだ。

 本気で生きて帰ってこれると思っていたのか、或いはただのゲン担ぎだったのかもわからない。あの時期の母親の言動は精神的にやや不安定と思われるものが多かった。

 

「今度は家に来てください。父と母のお墓もちゃんとありますから」

 

「……そうね、今度行かせてもらうわ」

 

 そう震え声を発した桃華さんはしばらくすると静かに泣き始めた。

 

「はぁ……駄目ね、歳を取るとほんとに涙っぽくなるわ」

 

 腕組みをして毅然とした態度を取り続けようとする彼女だったが、一度泣き始める止まらなくなってしまったのか徐々にその表情を崩していく様子はまるで子供のそれのように見えた。

 

 私を抱きしめたのも、きっと泣き顔を見られたくなかったからなのだろう。私の耳元で桃華さんは泣きながら、「ごめんね」と繰り返し何度も呟いた。

 

 

 ■■■

 

 

 

 さて、鬼神の角の加工は何事もなく依頼をできたのだがその霊具が完成するまでの間、私の立場に幾分かの変化があった。

 立場というのはつまり、職業としての退魔師というものに関してである。

 

「ごめんね水琴ちゃん、国家指定退魔師になったらこれまで以上に忙しくなると思うわ……、今ですら水琴ちゃんの担当エリア外の仕事をお願いしてる私が言うのも烏滸がましいけれど……」

 

「大丈夫です、自分のやるべきことはわかってるつもりですから」

 

 県庁舎の妖魔対策課の端にある応接スペースで、私は県庁職員の山下瞳さんと話していた。

 つい先程まで東京から来た新聞記者からのインタビューに答えたり、県知事と一緒に写真撮影を行ったりと慣れないことを連続で行ったせいでかなり気疲れしている状態だが、山下さんと話しているうちにだいぶ回復してきた。

 

「……まさか臨時国会でここまで早く採決されるとは思ってなかったわ」

 

 鬼神を倒してから3週間後、臨時国会で『特別妖魔対策法』なる法律が新たに制定された。基本的な内容としては、既存の枠組みを超えた災害級の妖魔への対策をまとめたもので、その中の条文で『国家指定退魔師』という区分も新たに取り決められた。

 

「いつまた次の災害級が現れるかわからないですからね」

 

 国家指定退魔師は原則、退魔省の指揮のもと47都道府県すべての妖魔災害に対応しなければならない。

 

「でも退魔省の指揮って言っても、具体的には誰が担当とかもう決まってるんですか?」

 

「ああ、退魔省としての担当も私、山下が兼任するからこれまで通りで大丈夫よ」

 

 ずっと県庁職員だと思っていた山下瞳さんが、地方出向中の退魔省のキャリア官僚だと初めて知ったのはこのときだった。

 

 

 

 

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