龍神の巫女   作:都森メメ

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第26話

 鉄斎の愛車と思しきジムニーに乗り込む。

 3ドアの車で本来は4人乗りの筈だが、後席は全て倒されて荷室としてしか使用されていない。荷室の端の方には霊具の詰まった木箱がいくつか積載されていた。

 アウトドア向きのプラスチック製の荷室の床面も、目に見える範囲は外装と同じくキズだらけであった。

 

「……不老ってのはやはり本当らしいな。一ヶ月前と肉体が全く一緒だ」

 

「私の顔を目で見ただけでわかるんですか?」

 

「俺は霊具職人だ、目が悪けりゃこんな仕事やってねぇよ」

 

 そう言いながら鉄斎はエンジンのスタートスイッチを押す。エンジンの始動だけでオフロード車特有の柔らかいサスペンションは揺らされ、それに合わせて私の座るシートも震える。

 

「時間はそうかからん、日没までには余裕で蛇谷神社に帰れるようにする」

 

「……お気遣いありがとうございます」

 

 車庫から出発したジムニーは、そのまま鍛治川家の敷地内にある広大な裏山に向かって走り出した。

 

 

 裏山の狭い山道を掻き分けながら私たちの乗る車は進んでいった。当然舗装などされていない山道ではあるが、過去に何度もここを車で通過していたのだろう、一応ジムニーが通れるくらいの道はずっと続いているが、枝葉が車体に擦れる音は常に聞こえている。

 

 それにしても車の揺れが酷い。まあ山道を無理矢理走っているので当然なのだが、こんな悪路を90歳を優に越える老人に運転させても良いものだろうか。

 

 鉄斎本人はこの道の運転に慣れているのだろうが、助手席で体を揺さぶられるこちらとしては少し不安になってくる。先程から見ているとハンドルの切り方がかなり乱暴であるように見えるのもそう思ってしまう理由の一つだ。

 

 突然、下から突上げられるような衝撃で体が少し浮いたあと、窓ガラスに左の頬をぶつけてしまった。

 全然痛みとかはないし、吊り革から手を離して油断していた私にも否はあるが、思わず鉄斎に嫌味っぽくこう言ってしまう。

 

「……念の為確認ですけど、ちゃんと免許の更新には行ってるんですよね」

 

 鉄斎の年齢なら免許の更新には実技試験も加えられるはずなので、そう聞いてみると予想外の答えが返ってくる。

 

「免許ならもう国に返納した」

 

「……は?」

 

「ここは私有地で、この山道は私道だ。免許はいらねぇ」

 

 いやそういう問題ではないだろうと思いつつも、まあ確かに法律は犯していないのかと納得しかけたが、けれどもやはり倫理的にアウトなのではないだろうかとも思う。

 

 激しく揺れる車内でそんなことを考えていると、鉄斎はおもむろに懐からスキットルを取り出して、片手で運転しながらその中身を飲み始めた。隣から漂ってくる独特の香りから、それが蒸留酒の類であることに気がついた。

 

「……それお酒ですよね」

 

「だったら何だ、女の癖に五月蝿いやつだな」

 

 もう何かツッコむのも面倒くさくなってきた。

 ハラスメントとコンプラ違反が服を着て息しているような老人は一旦無視することとする。この車がどれだけ派手に事故ったとしても死ぬのは鉄斎だけだ。

 

 車庫を出発してから20分ほど経過しただろうか、ようやく目的地に辿り着いたらしい。車がとめられた場所のすぐ横には古ぼけた木造の小屋が建っていた。

 

 

「この小屋に何かあるんですか?」

 

 そう質問する私を無視して、鉄斎は小屋の中へ入っていった。私もそれに続き中へ入ると、鉄斎は床面の取手に手をかけて上にひっぱり上げる。その先には地下室への階段が続いていた。

 

 薄暗さを全く気にせずに階段を降りていく鉄斎に私もついていく。

 階段を降りた先にあった長いコンクリート製の廊下を進んでいくうちに、厳重に鍵が掛けられている扉をいくつも越えた。分厚い扉には高度に霊的な仕掛けが施されているように見える。

 

「……この先に何があるかは、鉄仁にしか教えていない」

 

 7つ目の重厚な扉を開いたところで鉄斎はそう呟いた。冷たいコンクリートにその嗄れた低い声はよく響いた。この先に何があるのかまだ知らないが、私の従兄弟の鉄仁はすでに知っているらしい。『琴天都の剣』の受け渡しの際に、鉄斎が鉄仁に少し目配せをしていたのはこういうことも理由だったのかもしれない。

 

「これが最後の扉だ」と鉄斎が告げた扉には電子式のパスワードを入力するパネルが備え付けられていた。鉄斎がパスワードを入力していくと、ピピピッと電子音が鳴り扉が開いた。その扉が開くと同時に、部屋の内部の照明が入り口付近から順番に点灯していく。

 

「この部屋は?」

「ここはただの倉庫だ」

 

 そう言った鉄斎はさらに部屋の奥へ進んでいく。

 私もそのあとを追いつつ、横目にこの部屋に置かれているものを確認していく。

 

(児童向けの絵本、国語辞典、農業や工業の専門書……変わったラインナップの本棚だな)

 

 雑多に見えるラインナップの書物が収容された本棚の隣には、大量の缶詰がダンボール箱に入った状態で置かれている。かなりの量があるので、この食糧で一人の人間なら数十年くらいは生活できるだろうか。先ほどの扉の頑丈さから推察するに、ここは緊急時の避難所あるいはシェルターのような施設なのだと推察される。

 

「ここの電力は地熱発電を利用している。非常用電源も備えてあるから経年劣化したとしても数十年は持つはずだ」

 

「そして、ここがこの施設の心臓部だ」と言いながら鉄斎が示した先には、いくつかのコントロールパネルや用途のわからない霊具が壁面に備え付けられていた。……少しだけ生臭いような匂いも感じられる。その匂いは壁面に並べられた壺型の霊具から発せられているように思う。

 鉄斎が口を開いた。

 

 

「この霊具の名前は『雨之御橋(アメノミハシ)』、月に一人のペースで人間を製造することができる」

 

「……は?」

 

「材料となる精子卵子の入ったカートリッジはそこの冷凍庫に保存されている。蛇谷、お前に頼みたいことは一つだ。もし人類が滅ぶことが確定した場合、滅亡後にこの霊具を使って人類を再興してほしい」

 

 そう言った鉄斎は私に桐箱を渡してくる、中身はここに来る途中にあった扉のスペアキーだった。

 つい今しがた鉄斎に言われた内容を反芻しながら、周りに設置されている霊具一式を眺めていく。つまり、あの無機質な冷凍庫の扉の中には人間の配偶子が冷凍保存されていて、少し生臭いような壺型の霊具はおそらく子宮代わりになるように作られているのだろう。コントロールパネルの横に置かれてる分厚い書物はその取扱い説明書というわけだ。

 

 人間の人工培養なんて倫理的にも人道的にも到底許されることではない。

 そう思いつつも、私の脳の理性的な部分は目の前の老人の技術力の高さに驚かされている。少なくとも、人間の人工培養に成功したのは鍛治川鉄斎が世界で初めてだろう。

 

「きちんと動作すれば正常な人間を製造することができるのは実験で確認済みだ。10回行った実験のうち、7回は成功している」

 

「……その成功した胎児は、どうしたんですか?」

 

「生後二週間までの生存が確認できた時点で、機密保持のために殺して埋めた」

 

 もし私の前世が男ではなく女で、最初から今までずっと純粋な女として生きていたら、この老人の行為に心の底から激怒することができただろうか。

 少なくともこの時の私は鉄斎を怒鳴りつけることすらせずに、極めて冷静なまま、この霊具を作りだした意図を聞き出した。

 

 

 

 ■■■

 

 

 

「『世紀末論文』の結論が正しければ、近いうちに人類を滅ぼす程の力を持った妖魔が現れる可能性は高い」

 

「この地下シェルターは一人の人間の存在を完全に妖魔から隠すことができる。鉄仁の『封印』の術式を反転利用して建造したシェルターだ、その効果は間違いない」

 

「……お前と鉄仁、どちらかでも生き残って無事にこのシェルターに避難することができたのなら、人類滅亡後に地上の妖魔が沈静化するまでの数十年間を待ってから、この霊具を起動させてくれ。上手くいけば人類を再興することができるはずだ」

 

「夜は蛇谷神社にいなければならないという制約に関しては……どうにかしてほしい。御神体を移動させて対応できるならそうしてくれるとありがたい」

 

 もともとこの計画は私の従兄弟である鉄仁氏のみに伝えられていた計画であるらしい。それを今回私にも伝えてきたのはリスクヘッジのためだとか。

 

 正直、穴だらけの計画だと思う。

 私の術式の制約(本当はそんなものないが)に関してはほとんど丸投げだし、人類が滅んでから数十年が経てば妖魔が沈静化するという部分も本当にそうなるかはわからない。あくまで人類の総人口に妖魔の力が相関するということから推論されるだけの理論だ。

 

 それになにより、この老人は本気で人類が滅ぶと思っているのだろうか? 

 いや……龍神という妖魔の存在を秘匿する私が鉄斎を疑うのは筋違いかもしれない。

 

「本気で人類が滅ぶと思っているんですか?」

 

「……あくまで可能性の話だ。そうなった場合、この霊具を起動してほしい。不老のお前なら起動するタイミングに制限はないだろう」

 

「……」

 

 話はこれで以上だと言った鉄斎はそのままこの施設から退出しようとしたので私もそれに続いた。

 この部屋に入る前の最後の扉のパスワード設定だけはしておいてくれと言われたので、私はそれに従って4桁のパスワードを入力した。なんとなく、前世でよく使用していたパスワードを設定した。

 

 

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