龍神の巫女   作:都森メメ

48 / 51
第48話

 

 

 

 【実験記録】

 

 被験者①

 ■■ 和花(29歳)

 説明

 妊娠3ヶ月:投薬により墮胎。霊具による赤児の未成熟魂魄の保持に成功。

 妊娠4ヶ月:被験者の魂魄は安定。(内側に水子の魂魄を抱えた二重構造)

 妊娠5ヶ月:内側の水子の魂魄が崩壊。同時に被験者の魂魄も容量超過により崩壊、即死。

 

 

 被験者②

 ■■ 里穂(21歳)

 説明

 妊娠5ヶ月:掻爬手術により堕胎。霊具による赤子の魂魄保持に成功。

 妊娠6ヶ月:被験者の魂魄は安定。(内側に水子の魂魄を抱えた二重構造)

 妊娠7ヶ月:内側の水子の魂魄が崩壊。同時に被験者の魂魄も容量超過により崩壊、即死。

 

 

 被験者③

 ■■ 花蓮(25歳)

 説明

 妊娠5ヶ月:掻爬手術により堕胎。霊具による赤子の魂魄保持に失敗。

 妊娠6ヶ月:被験者に水子の残留魂魄を確認。

 妊娠7ヶ月:水子経由の霊力流入過多により被験者は魂魄崩壊したのち廃人化。

 

 

 被験者④

 ……

 

 

 注釈

 言霊呪名の検証のため氏のみマスキング。

 堕胎後の期間についても妊娠判明からの経過月数で記載。

 

 

 

 

 

 鍛治川家本邸の執務室において、4人目の記載まで目を通したところで鍛治川桃華は手元の資料を放り投げ、対面する男に詰問した。

 

「これは何なのかしら?」

「……他の家々の研究資料です、極秘に入手しました」

 

 桃華に対面しているのは鍛治川の分家の当主であった。

 

「……鍛治川の系列でこんな悪趣味な実験している家は無いでしょうね?」

「少なくともうちはやってません。年頃の娘もおりませんので」

 

 その回答に顔をしかめつつ、桃華は再び資料を手に取った。彼女の読んでいる資料はすべて、『水子式(みずこしき)』と呼ばれるある構想を実現するための実験結果が記されていた。

 

水子式(みずこしき)』とは「赤子の魂のみを子宮内に留めることで無限の霊力を得る」という構想である。

 

 桃華が持っている資料の中の被験者の1人目の実験が行われたのは、一体目の鬼神が現れて半年後のことだった。たしかにあの頃はどの退魔師の家もどうやって鬼神を討伐するか頭を悩ませていたころだが、だからと言ってこんな非人道的な実験が許されてよいわけがない。

 そう思う桃華だからこそ、今までこういった情報が自分の下まで回ってこなかったのだろうと結論がついたところで、彼女は目の前の分家の当主に向き直った。

 

「で、何で私にこんな資料を渡してきたの?」

「……最近またこのような実験を、それもかなりの人数を張って実施しようとしているところがあるそうです」

 

 馬鹿な、ありえない、とは言いづらいのが鍛治川桃華だった。

 

 蛇谷水琴の存在である。

 昨年現れた2体目の鬼神を討伐し、その後太平洋沖でリヴァイアサンまでをも容易く撃破した、世界最強の退魔師。

 

 鍛治川桃華からすると実の姪にあたる彼女であることから、水琴の言霊呪名についても、決してそのような酷い名前ではないことは知っている。

 

 けれども、他の一般の退魔師から見たら彼女の名前はあることを想起させる。つまり、『水琴という名前には水子の呪名が含意されており、水子式の実験を成功させるために計画された子供である』ということまでが類推されてしまう。すでに一部のネットでは陰謀論じみた言論が囁かれており、鍛治川家としても何かしら対応を取らなければならないところの寸前まできていた。

 

 当初、姉の実花から「娘の名前は水琴にした」と聞いたときは耳を疑った。男の子ならまだしも、娘にそんな名前をつけるなんてありえない、というのが率直な感想だった。

 

 変わった姉だったが人間性までは歪んでいるわけではなかったので、『水琴』という名前も、相伝術式に合わせるような言霊呪名で刻印されているのだろう。

 

 もともと蛇谷実花の子供は出生前診断では男の子と聞かされていた。それがいざ産まれた赤子を見てみると女の子であり、へその緒が繋がった状態で行わなければならない言霊呪名の刻印作業の予定を直前で変更するのは極めて困難だった。そのため、男児として用意されていた水琴という名前で予定通りの呪名刻印を行ったと実花からは聞いている。

 

 

 おそらく水琴という名前に含まれる呪名は『御言・命・水琴窟・琴』、それに加えて『巫女』の呪名も入れたのかもしれない。蛇谷水琴の言霊呪名の刻印を担当した退魔師はかなりのベテランだったはず。男児用に用意された呪名に『巫女』の二文字をアドリブで追加することくらいは可能だろう。

 

 ……そこまで思考が回ったところで、他人の言霊呪名に関して詮索するのはあまり良いことではないと、桃華はひとりごちた。

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 私は鍛治川鉄仁の案内で『非術師でも扱える霊具』を見せてもらうことにした。

 

 

 鍛冶場の側にある作業小屋で蔵人(くらんど)家の当主からその霊具を見せてもらう。

 

「何というか、パッと見だとただの鉄の槍ですね」

「大量生産するならこのくらい形がシンプルでないとね」

「これはどうやって使うんですか?」

「穂先で妖魔を突く、それだけ」

 

 長さ1.5メートルと少しの鉄の槍を持ちながら鉄仁と蔵人家の当主にこの霊具の解説をしてもらう。

 

 この槍の中に充填されている霊力は一般人でも操作可能で、多少のコツは必要だが慣れればこれを突き刺すだけで小型妖魔までは対応可能らしい。

 

 試しに私も槍の中の霊力に干渉しようとすると、やや不思議な感触が柄を握る右手から伝わってくる。なるほど普通の霊具とは少し違う。

 

 

「補助輪をつけた自転車みたいな感じですかね、霊力操作に慣れてる身からするとかえって扱いづらい気がします」

「まさにその通りです、この霊具の肝は柄の部分をコーティングしている素材で、これを間に挟むことで非術師が内部の霊力へ干渉することを可能としています」

 

 その後も専門的な解説をしてくれた蔵人家の当主だが、残念ながら私は話の3割ほどしか理解できなかった。一応真面目な顔でそれを聞き流しながら、話の切れ目で会話を方向転換させる。

 

 

「この霊具の名前は何て言うんですか?」

「名前に関しては蛇谷さんに決めて貰いたいと思って、まだ付けていません」

「え、霊具の名前って結構重要な要素じゃなかったでしたっけ?」

「普通の霊具なら呪名刻印をするところですが、大量生産をする都合上省略します。霊具の強さも小型妖魔を倒すことができればそれで良いですしね」

 

 非術師が霊力を操作できるという点以外はかなり割り切った性能をしているので、わざわざ呪名を刻むまでも無いということなのだろう。

 

 

 とはいえ名付け親か……。

 ぶっちゃけ私はネーミングセンスに自信がない。

 

「……ええと『鉄槍1号』とかどうですか?」

「……」

「……」

 

 駄目らしい。

 

「水琴さん、もっと気楽な名前でいいよ。女子高生の感性でそのまま名付けて貰えれば大丈夫」

 

 鉄仁はフォローしてるつもりなのだろうが、私に女子高生の感性を求めないでほしい。

 

 けれどもそうか、女子高生らしい名前か……。

 改めて槍をじっくりと見ると、柄の部分に黒い丸がポツポツと描かれているのがこの霊具の特徴の一つである。見ようによっては女子高生らしい飲み物のあれに見えなくもない。

 

「『タピオカの槍』……とか?」

「……本気?」

「ごめんなさい、ちょっとふざけました」

 

 さすがにこれは鉄仁にも呆れられてしまった。

 

 いやでも、本気で考えても良い案が思い浮かんでこないのだ。私の頭が硬すぎるのが問題なのだろうけど、これは生来のものなのでどうしようもない。……動画編集のときも龍神にセンスが無さすぎると呆れられたのを思い出してしまった。

 

 

「蛇谷さんに縁の感じられる名前が良いと思うんですが……」と、蔵人家の当主が言ってくる。

 

 別に私はこの霊具の開発にまったく関与していないのだから縁もなにも無いのではと思ったのだが、この霊具を扱う非術師からすると蛇谷水琴に縁のある名前にしたほうが喜ぶはず、というのが彼の考えのようだった。

 

 要するに私を広告塔として使いたいのだろう、それくらいなら別に構わない。

 

「それなら『姫巫ノ槍(ひめみこのやり)』とかでいいんじゃないか?」

 

 鉄仁が軽くそう言ってくる。

 

「いや鉄仁さん、それだと私が姫巫女って自称してる恥ずかしい奴みたいじゃないですか」

「それもそっか、じゃあ『蛇巫ノ槍(へびみこのやり)』は?」

「もうそれでいいです」

 

 そんな訳でこの霊具の名前は『蛇巫ノ槍』に決定された。

 

 名前も決まったのでさっそく退魔省の山下さんと蔵人家の当主の顔繋ぎをしなければならない。スマホを取り出して山下さんに電話をかけると、数コールで彼女は応答してくれた。

 

『非術師でも扱える霊具』のことは既に山下さんに伝えていたので、すぐにスマホを蔵人氏に受け渡す。

 

「蔵人と申します、はい、ええ、その霊具が無事に完成しましたので―――」

 

 

 蔵人氏が私のスマホで山下さんと通話している最中、手持ち無沙汰になった鉄仁が少し笑いながら話しかけてくる。

 

「水琴さんって意外とそういうセンスないんだね」

「私のことを『姫巫女』って言ったこと、春花さんに伝えてもいいんですよ」

 

 私がそう言い返すと彼はお手上げとばかりに両手を上げて降参した。

 そういうセンスというのは先程の霊具の名付けのことなのだろう。自分でも認めるところではあるのだが、他人に言われると少し腹が立つ。

 

「勘弁してよ、チョコの件でも春花の機嫌を直すのにすごく苦労したのに」

「チョコ?」

 

 鉄仁に詳しく聞くと、どうもバレンタインの日に春花さんのチョコよりも先に私のチョコを食べてしまったせいで彼女の機嫌を損ねてしまったらしい。

 しかも既製品の私のチョコに対し、嫁の春花さんは手作りのガトーショコラだったようだ。そりゃ嫁もキレるわ。

 

「結婚9年目でガトーショコラ焼いてくれる嫁がいる自慢にしか聞こえないんですが」

「水琴さんって偶におっさんっぽいよね」

 

 互いに軽く煽り合うような会話が終わったところで、蔵人氏の電話も終わったらしい。「山下さんって女性だったんですね、男性の官僚だと思ってました」と言いながら彼は私にスマホを返してくる。

 

 蔵人氏と山下さんの話し合いの結果、来週に退魔省と防衛省の官僚が蔵人家に訪問することとなったらしい。『蛇巫ノ槍』は陸上自衛隊で運用される予定になりそうだと彼は語ってくれた。

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。