龍神の巫女   作:都森メメ

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第51話

 

 

 

「頭をあげてください、桐谷大臣」

 

 床に額をつける老人にそう声をかけると、ようやく周囲の退魔省の職員たちも少し安堵したようだ。桐谷大臣が顔を上げる。私を見るその両目からはまだ何の感情も読み取れなかった。

 

「大臣のおっしゃる通り、『夜は蛇谷神社にいないといけない』という制約には代替手段があります」

 

 まずこれに関してはもう認めるしかない。もうこれ以上の失言、というか私の表情から色んな情報を読み取られてしまうのも面倒だ。この老獪な政治家相手に小手先が通用するとは思えない。……もっとも、龍神という妖魔の存在だけは絶対に話す気はないが。

 

「では、その代替手段を教えていただけますでしょうか?」

「はい……その前にあの、どうぞ席に戻ってください」

 

 先ほどからずっと床に正座したままだった老大臣をうながしてソファに戻ってもらった。そこまでやわらかくもない床に正座させたまま放置するなど、そんな老人虐待をする趣味はない。

 

 さて、ここからは慎重に言葉を選ばなければならない。

 表情を引き締めて、必要以上のことは話さないという決意をしっかりと胸において口を開く。

 

「私の退魔師としての能力には代償があります。ご存知のとおり、それが『夜は蛇谷神社付近にいる必要がある』です」

「夜間に何をされているか、お聞きすることは可能ですか?」

「それについてはお答えできません。あくまで私が神社にいなくてもよくなる代替手段のみお伝えします」

 

 夜は何をしているかと問われたがきちんと表情を崩さず答えられたと思う。まさか目の前の老人も、それが一晩中続くセックスだとは思いもしないだろう。それについての回答をしっかりと拒否して次に移る。

 

「すみません、お答えする前にこちらから確認したいことがあります」

「なんでしょうか、何でもどうぞ」

「この部屋のなかにいるのは全員退魔省の職員ですか?」

 

 そう質問すると帰ってきたのは肯定だった。

 山下さんも含めこの場には国家公務員しかいない。これは一つの安心材料である。

 

「あとすみません、録音とかはされてませんよね?」

「もちろんです。ご希望であれば全員の携帯などの電子端末を部屋の外の人間に預けさせますが」

 

 桐谷大臣が気を利かしてそう言ってくる。

 できれば録音できそうな電子機器すら排除したほうがありがたいので、その希望を伝える。

 

「ではお願いします」

「承知しました、おい」

 

 大臣がそう促すと室内にいた一番若手の男性職員が各自のスマホを集めだした。

 ……一応、追加でこれも発言しておこう。

 

「……私は結界術式を扱えます。なので自分の近くの空間全体の輪郭を掴んで、怪しいものがあるかどうかは何となくわかります。もしこの部屋のなかに録音機器が残っていたら、私は何も話さずにこのまま帰ります」

 

 これはブラフだ。

 

 いくら結界術式でもそこまでのことはできない。けれど彼らにそれを知ることはできないし、レコーダー等が残ってたら話さずに帰ると脅した以上、私の言葉を録音しようと色気を出す奴もいないだろう。

 

 これには効果があったようで、二人がスマホとは別にボイスレコーダーらしきものを若手職員に渡していた。油断も隙も無いな、とは思うものの実際に録音する気があったかはわからない。官僚なら普段から携帯していてもおかしくない物なので気にしないことにしておく。

 スマホ等を10台ほど集めた若手職員が一度部屋を退出し、また戻ってくる。

 

 代替手段について話す相手は退魔省の職員のみ、かつ録音などはさせない。希望する条件が整ったのでようやく安心して話すことができる。

 

 私が話し出すのを全員が待っているため、いやに静かに感じる。

 一呼吸おいてから、私はまずこう告げた。

 

 

 

「私が夜に蛇谷神社付近に居なくても済む方法ですが、『若い女性10人の命を犠牲にする』、それが唯一の代替手段です」

 

 

 もう一段深く、室内が静まりかえったのを感じる。

 その静寂を割ったのは老いた声だった。

 

「いくつか質問させてください」

「……どうぞ、答えられる範囲でお答えします」

 

 油断すると確信めいたことまでも暴かれてしまいそうなので、予防線を張っておく。

 

「犠牲というのは、命を落とすということですか」

「その通りです」

 

 大臣の質問と私の回答を職員の一人が手元の紙にメモをして記録していく。音声を残すことは禁止したが、メモまでは禁止していない。

 

「具体的に、10人の女性をどのように犠牲にするのでしょうか?」

「……私の自宅に来ていただくことで、あとはわかるようになります」

 

 家の中で具体的に何をするか伝えることは避けたいので、嫌そうな顔をしながらそう答えると、桐谷大臣もそれ以上は踏み込んでこなかった。

 

「あの、こちらからも質問よろしいでしょうか?」

 

 質問の許諾を取ってきたのは大臣の一番近くにいた退魔省の職員だ。この中で一番年齢が高く、おそらく役職も一番上なのだろう。

 

「どうぞ」と促すと「『若い』というのは具体的に何歳から何歳までですか」と聞いてきた。

 実に官僚的な質問だと思いながら、「10代後半から20代前半です」とだけ答えておいた。

 

 何歳以上を年増として龍神が判断するかだが、この範囲内なら間違いなく問題ない。300年以上前に村から献上させていた娘はそれくらいの年代が中心だったことを龍神の口から聞いている。当時の平均寿命からみての20代前半が許容範囲なのであれば、現代ならもう少し年齢層を上げてもいい気もするのだが、とりあえず年齢の基準は横置きで断定しておいた。

 

 

「その10人の女性ですが、退魔師、あるいはそれに準ずる能力を有している必要はありますか?」

「ありません。一般人でも構いません」

 

 

 言われてみればそれも気になる質問だよなと思いながら答える。

 退魔師だろうが一般人だろうが、どのみち龍神に抱かれると一晩で死んでしまうことに変わりはない。私が生き残っているのは偶々、おそらく転生者であることが理由である。

 

「女性の人種に制限はありますか?」

「日本人に限定してください」

 

 10人の女性はすべて日本人とする、というのが龍神からの条件の1つだった。以前、なぜ国籍指定なのかと問うたところ、「こうしておかないと貴様にとって条件が簡単になりすぎる」とのことだった。それを聞いた当時の私はまだ国家指定退魔師にすらなっていなかったので、てっきり心理的な部分を突いてくる条件だと思っていたが、こうして政府閣僚とやり取りしていることから鑑みるに、こうなることも龍神の予想通りだったのかもしれない。

 

 要するに、難民の女10人を寄越すようなふざけたことはするなと、そういうことなのだろう。

 

 

 その後もいくつかの質問があったが、おおむね問題なく回答を済ませることができた。なんだかんだ大臣以外の官僚たちからの質問にも答えることになったが、実務的にそれを担当するかもしれないという恐れからか、かなり細かい質問が多かった。

 

 そろそろようやく終わりかな、というところで先ほど電子機器を集める役割を果たしていた若手の男性職員が遠慮がちにこう質問してきた。彼からの質問がこれが初めてである。

 

 

「あの……10人の女性の容姿などには何らかの制限がありますか?」

 

 

 その質問には他の職員たちも少し顔をしかめていた。普通に考えれば、私が今答えた範囲から推測される儀式めいた行いにその女性の容姿が関係するなどとはあまり思わないだろう。先ほど答えた『若い女性』という条件についても、霊力に満たされた人間という意味での条件だと考えるのが普通だ。

 

 けれど私自身、無意識のうちにそれについて考えてこなかった節があるため、私にとっては極めてクリティカルな質問だった。

 

 自分でも意外なことに、犠牲となる女性の容姿についてまともに考えたことがなかった。

 

 彼の質問によって否応なく10人の女性の顔立ちやスタイルなどに思いを馳せてしまい、なんというかその、『龍神が私の知らない女10人とセックスをする』という光景をリアルに想像して気分がひどく落ち込んだ。

 

 

 本当にバカだと思われるかもしれない、というか阿保なことに、龍神が私以外の女を抱くという事実を、ここまで無意識のうちに考えないようにしていたらしい。生贄となる女性の容姿に関する質問がでてきてようやく、その光景の輪郭をつかまされることとなり、今私の心中が非常にざわめいている。

 

 

 龍神に私以外の女を抱いてほしくないという感情と、妖魔の犠牲となる女性のほうを思いやるのが人としての道理だという理性的な思考、二つの考えが私の脳内でせめぎ合って互いに譲ろうとしない。

 

 とりあえず無言でいるのは良くないのでどのような回答を彼に返すかを最優先に考える。

 

 まず、一番良い回答は『とりあえず美人ならOK』である。

 

 龍神だって美人を抱いて不満を漏らすことはないだろうし、そもそも私程度の女を毎日抱いてそれなりに満足しているように見受けられるので、この回答で間違いないはずだ。そう結論を下して、若手官僚に返答をしようとして口を開きかけたところで、『美人』という単語が喉の奥につっかえて出てこなかった。

 

 なぜ『美人を連れてきてください』というだけの台詞すら言えなかったのか、自問自答するまでもなくその答えは自分の嫉妬心が示してくれた。

 

 要するに、『龍神に私より美人な女を抱いてほしくない』という極めて幼稚な思考が私の中にあったのだ。もしも仮に、その10人の女性が犠牲となった翌日の夜伽などで、『あの女はなかなか良かった』みたいな言葉が龍神からでてきてしまったら私は退魔師としての仕事をボイコットしかねない。……いや仕事は仕事なのだからきちんとしないといけないのはわかっているのだが、それでもそれくらいは不快に感じてしまうということである。

 

 じゃあどうする? 

 

『私より美人過ぎない女を連れてきてください』とでも答えるのか? 

 

 ……その場合でも龍神に不細工な女で満足されてしまったら私の自尊心が傷つく。

 いやだから違う。私の些細な感情などこの際どうでもよい。10人の女性が生贄となるという事実から目を反らすなと自分の感情にブレーキをかける。

 

 だが、下腹部あたりを根源として湧き上がってくる重油のようにどろりとした感情を抑えきれない。

 

 いよいよ私が無言で居続けていることに不審な目を向けられ始めている。

 自分のなかの感情と理性がせめぎ合う中で、私は彼らにどのような返答をするのか、何とか結論を出すことができた。

 

 口を開き、私が答えた内容は────────

 

 

 ■■■

 

 

 最初、若手官僚が『犠牲となる10人の女性の容姿』について質問をしたとき、周囲の先輩官僚たちは、何と馬鹿な質問をするんだと、彼を叱らなければならないと考えていた。

 

 退魔師の術式の制約に人間の容姿が関係するなどありえない。退魔省職員としての最低限の知識があればこれくらいわかっていて当然のはずなのだ。

 

 年の近い先輩官僚が彼を咎めようとしたところで、質問を投げかけられた蛇谷水琴の様子がおかしいことに気が付いた。こんなふざけた質問など「容姿は関係ない」と答えるだけでよいはずなのに、彼女はやけに難しい顔をして返答に悩んでいた。

 

 ひょっとして馬鹿な質問をした男を怒鳴ろうとしているのかとも思いかけたが、どうやらそうでもなさそう、というのが彼女の表情からは読み取れた。

 

 時間にして一分弱、質疑応答の間の時間としては長い時間を経て、蛇谷水琴はしぼり出すようにこう答えた。

 

 

『……わ、私と同じくらいのレベルの容姿の女性にしてください』と。

 

 

 ……なるほど、どうやら『国宝級の美少女と同レベルのビジュアルの良さを誇る若い女性10人を犠牲にすることで蛇谷水琴は夜間も活動が可能になる』ということらしい。

 

 ふざけるな、どう考えてもその条件が一番難しいだろうと室内にいる全員の認識が一致した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






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