龍神の巫女   作:都森メメ

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第7話

 自宅謹慎になってからの一日目、さっそく龍神に破られた巫女服を修繕にだそうと思い自宅の駐車スペースに向かったのだが、そこで重大な忘れ物をしていたことに気がついた。

 

「私の原付、山の中に置きっぱなしだ……」

 

 8月1日に龍神の転移結界で山奥から蛇谷神社まで誘拐されたせいで、今の今まで私の原付は山の中に野晒しで放置されたままであることを失念していた。

 実に一ヶ月近く放置されっぱなしの原付をどうやって回収しにいくか考え込む。徒歩で行くには少し遠すぎるので、タクシーに連れていってもらおうかと思いスマホを取り出した。

 

「いやでも、あんな山奥に一人で向かったら怪しまれるかも、原付だって放置されている理由を聞かれると答えづらいし……」

 

 運転手に退魔師であることを話すとしても、山奥に一人で降りるときにじゃあ帰りはどうするのかと聞かれるとまずい。放置された原付を見られるのもそれはそれでまずい。

 

 確実に機密を守るためにもやはり一人で取りに行くのが最善だ、山の中なら術式を行使しても問題ない。

 半霊体化した自分の身体能力を把握するためにもある程度の慣らしは必要だろうと思っていた。

 

 山の中を全力で走っていくことにする。

 ついでに妖魔がいたら討伐しておこう。そう思いながら家に戻り巫女服に着替えた。

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 およそ人が歩けるとは思えない急斜面の山中を走る。斜めに生えている木の幹に足をかけ、そこを起点に上に飛び跳ねる。それだけでほとんどの斜面を飛び越えることができた。

 

 全身を霊力で強化する感覚にもだいぶ慣れてきた。

 どれくらい霊力を込めればあの高さに届く程度のジャンプを行えるかといった感覚や、自身のスピードについていくための動体視力の強化方法もある程度掴むことができた。

 

 走っていると視界の端に蛇型妖魔が見えたので、すぐに方向転換してその蛇の近くに着地する。

 

「『六面結界』からの『一面分断』」

 

 慣れ親しんだ術式を霊符無しで発動する。

 狙い通り蛇型妖魔の体はふたつに分かたれ、そのあとには妖結晶だけが残った。走りながらそれを拾い、再度方向転換して目的の場所へと向かう。

 

 そのまま進んでいると高さ10m程度の崖が行く手を阻んだ。両足に霊力をしっかり込めてから、真上に飛び跳ねる。

 

「────っ!!」

 

 少し勢いが良すぎたのか、私の体は木々の葉を飛び越えて完全に宙に浮いてしまった。まだまだ完璧なコントロールには程遠い。

 

 飛び跳ねる高さこそ見誤ったものの、崖の上には無事着地することができたので気にせずそのまま走り出す。

 

 

 

 

 

『貴様の寿命か? すでに300年分の霊力が内在していることは以前伝えた通りだが、俺が一晩抱くたびにも貴様の寿命は伸び続けている』

 

 昨晩、というか今朝の明け方ごろに布団の上で龍神に言われた言葉だ。

 

『確かに貴様の寿命、霊力はその短距離走とやらで減少したのだろう。だがほんの僅か、寿命換算で一日にも満たない程度の霊力だ』

 

『半分霊体化しているせいだろう、貴様の肉体はあまり霊力を消費しない』

 

『仮に、貴様が日中全力で霊力を放出し続けたとしても俺が本気で貴様を抱けばその分は余裕で補填できる』

 

『安心しろ、貴様は俺が可愛がりつづけてやる。寿命での死など、この俺が許さん』

 

 という全く安心できないことをムカつく笑顔で言ってきた龍神を思い出す。あんな妖魔の相手を何百年も続けるなんて御免こうむる。私は80年くらいで普通に死にたい。その理想を叶えることは既に難しくとも、奴と共に過ごす時間を少しでも短くするため私は霊符無しで術式を行使しようと決めた。

 

 山を3つ越えたあたりで見覚えのある川辺に辿り着いた。その川を下っていくと公道の橋が見え、その横には私の原付バイクが放置されていた。

 

 雨に晒されつづけてかなり汚れてしまっているが、鍵を差し込むとエンジンは問題なくかかったのでそのまま原付に乗って自宅へと戻った。戻ったら軽く洗車してあげないとだめだな。

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 隣の市にある行きつけの霊具店へ回収したばかりの原付に乗って向かう。私の祖父の代から懇意にしている霊具店で霊符の作成に使用している墨汁や御札もここで購入していた。

 

 霊具店を訪れた一番の理由は巫女服の修繕だが、それよりも重要なことが1つある。

 

 肉体の半分が霊体化してしまった私が、『解析』の術式をもつ店主からどう見えるのか、それを確かめておかなければならない。

 

 退魔師のすべてが戦闘向きの術式を保有しているわけではない。今向かっている霊具店の店主もまさにその一例であり、彼の家系は相伝術式である『解析』を利用して霊具等の作成を生業としている。ちなみに現在の店主で三代目である。

 

 木製の『石原霊具店』と書かれた看板のすぐ下にある古びた戸を開けて中に入る。

 

「いらっしゃい、おお、久しぶりだな」

 

 店の奥のカウンターで眼鏡をかけて新聞を読んでいる初老の男、彼が今代の石原家の当主である石原巌(いしはら いわお)だ。

 

「お久しぶりです、夏休みの間は全く来てませんでしたからね」

 

「そろそろ補充の時期かと思って墨汁と札、用意しておいたぞ」

 

 店主が座っているカウンターの裏側から取り出された墨壺と束ねられた御札が差し出される。別に今の私には必要ないものだけれど安いものなので一応購入しておく。

 

「それで、この巫女服なんですが……」

 

 破られた巫女服をカウンターの上に広げて見せた。ちなみにこの巫女服、私の血と汗と龍神の体液やらでめちゃめちゃ汚れていたので洗濯機で5回ほど洗った。そんな巫女服なら廃棄して新しいのを買えばいいと思われるかもしれないが、そうもいかない事情がある。

 

「蛇谷よ、お前これどうやって破った? いやそもそも、どうやったらこんなに衣がほつれるんだよ?」

 

「夏休みにちょっと修行してまして、後天術式のせいとだけ言っておきます。あ、術式の効果は内緒です」

 

 もちろん嘘だが、ある程度の説得力はあるだろう。

 強力な後天術式を手に入れたという話は過去にも何例かあると聞いたことがある。中には術式をコントロールしきれずにそのまま爆散した退魔師の話なんかもあるくらいだ。

 

「……まあいいか、でもこの服はもう駄目だ。絹糸から霊力が完全に抜けてる。新しい巫女服を注文したほうが早いぞ」

 

 眼鏡ごしに巫女服の生地を見る石原店主、あの眼鏡は『解析』の術式が転写された霊具であり、この通り無機物に込められた霊力を見通すことができる。

 

「そうですか、この巫女服ってたしか……」

 

「これと同じクラスなら500万円だな、一番安いものでも300万はする」

 

 巫女服を気軽に新調できない理由、ただ単に値段が高すぎるのだ。巫女服一着で500万、ちなみに今の私の家にはこれと同じものがあと二着ある。ローテーションのことを考えてもあと一着は保有しておきたいのだが、今のところそんな資金はない。今残っている巫女服も片方は母親のお下がりだし、もう片方は鬼神討伐に向かう直前に父から買ってもらったものだ。一人残していく娘を慮ってのことだったのだろう。

 

「とりあえず今は買えないので、お金が貯まったらまた来ます」

 

 退魔師の世知辛いところだ。霊具にかかる費用くらい国が補填してくれても良いじゃないかという言論家もいるのだが、本当の問題はそこではない。

 

 退魔師業界は常に人手不足であり、霊具職人という括りでもそれは同様である。結果、戦闘着に使われるような織布は常に供給不足となり、それにつられて値段も跳ね上がる。

 

 効果の高い霊具というのは退魔師同士でも取り合いになり、その取り合いに勝つのはお金持ちの退魔師の家なのだ。

 仮に国が零細退魔師を援助するために資金をバラ撒いたとしても、霊具はそれ以上に値上がりしてしまうので意味がない。

 

 由緒正しい退魔師の家系はだいたいお金持ちだ。彼らからすると端金のような値段の霊具でも、蛇谷家のような零細退魔師の家にとってはなかなか手が出ない代物となってしまう。

 

「なんだその、頑張れよ……」

 

 目の前の店主が憐れむような視線を浴びせてくる。

 まあ今の私は食費が一切かからないし、退魔師の俸給をコツコツ貯めていけば1年くらいで安い巫女服なら買えるだろう。大丈夫大丈夫、悲しくなんてない。

 

 

 

 それはともかくとして。

 

「あの、私を見て何か気づくことはありませんか?」

 

 ここまでのやり取りでおそらく大丈夫だろうという確信を持ちながらも、どこか不安な部分は残っていたので、そう聞いた時の私の声はやや震えていた。

 

「……そういや眼鏡外したんだな」

 

「そうじゃなくて、もっとこう……私の体から霊力が漏れ出てるぞ、みたいな……」

 

 そう言った私を店主は笑い飛ばしてこう言った。

 

「なんだ、後天術式のせいでコントロールが不安なのか? 安心しろ、今のお前さんからは一切霊力は漏れてねぇよ」

 

「じゃあ私の中にある霊力の量とかわかりますか?」

 

「人間は妖魔じゃないんだからわかるわけないだろ。『解析』の術式と言ってもそこまで何でも見通せるもんじゃねぇんだ、てかそんなこと知ってるだろ」

 

 術式の転写された眼鏡型霊具を指差しながら、そう言った目の前の男に嘘をついているような様子はなく、素振りも普段と変わらないように見えた。

 

 

 石原家の『解析』の術式を以てしても私の半霊体化は見抜くことができない、また300年を超える霊力量も視認できない。

 人間の魂内部にある霊力というのは、極めて厳重な密封状態に置かれており、基本的にその内部の量を量ったりすることはできないのだ。

 

 よかった、私はまだ人間に見えるらしい。

 心底安堵した。

 

 

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