どちゃクソラッキースケベなハーレム生活を望んだ結果、最終的に幼馴染を好きになった転生者の話   作:送検

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35話「旅の始まりと競箒文化」5

 

 

 

 一杯の珈琲を飲み終え、一目散に向かった先は先程の道場でした。

 理由は勿論、先程の新聞記事の件です。あのふざけきった記事を道場で惚けているであろうオリバーの眼前に突きつけ、色々と問い詰めなければ私の気が収まりません。

 冷静になった私は、この一連の流れでまた冷静な私をどこかへ置いてきてしまったのでした。

 かけた時間とお金を返せ。

 

「あいや、イレイナさんおかえり。どしたん、そんな息切らして」

 

 道場破りでもせんかの勢いでドアを開くと、出迎えてくれたのは小麦色の髪の女性ではなく、山吹色の髪の魔道士さん。

 答えは言わずもがな、オリバーです。自分の家でもないくせに随分とまあリラックスした様子で玄関のドアを開いた彼の服装は、黒衣ではなくシャツの上に黒いエプロンを付けていました。

 

「……何してんすか」

「道場の子供たちとお料理教室やってた」

「あなた料理できるようになったんですか」

「シーラさんに教えてもらった。つーわけで、はい。おいもパン」

「……ありがとうございます」

「食べさせてあげよっか」

「寝言は寝て言ってくれません?」

「泣きそう」

 

 スパダリごっこなら他所でやってください。

 そんなことより。

 

「おかえりじゃないんですよ。あなた馬鹿なんですか、アホなんですか、こんな記事に載って……果てはあのようなコメントまで残して」

「俺の今の気持ちと事実をミックスさせただけなんだけどな。イレイナさんは可愛い、それは世界の真理だろう」

「それとこれとは話が別なんですよ。舐めてるんですか、えぇ?」

「胸ぐら掴まないで、コーフンしちゃう」

 

 相も変わらず舐めた口を叩きやがるオリバーに、数発のデコピンで応えます。「ひゃん!痛い!痛いってばあ!」という声が聞こえますが、そんなことは知ったことじゃありません。

 合計6発のデコピンが額に突き刺さると、しゃがみこんで悶絶したオリバーがわざとらしく泣きながら一言。

 

「キミはデコピンの鬼か何かか!こんないたいけな青少年に魔女のデコピンを何発もくらわせるなんて……!」

「もう1発喰らいたくないならとっとと説明してください」

「説明て……俺がイレイナさんを大好きな以外にこれ以上何を説明しろと……あっはい、わかりました。説明するんでデコをピンする素振り見せないで、泣いちゃうから」

 

 もう既に泣いてますけどね。

 しゃがみ込んだオリバーの目線に合わせるように、私もしゃがみ込んで最後の1発をお見舞いします。

「ふぎゃ!」となっさけない声が響き渡りました。なかなか爽快ですね、ふふふ。

 

「……立て札の事件を解決する過程で、ベーゼンさんの代わりにレースに出ることになったんだ。理由は……まあ、俺は魔法のお巡りさんだし?事件を解決するのは当たり前っつーか……」

「ふむふむ。……それで?」

「え、えへへ!実はイレイナさんに事件を解決するクールでビューティーな山吹の魔道士さんを見せて『わー、すごいですー!山吹の魔道士さんは事件解決のスペシャリストなんですねー!』なんて褒められたいって下心もなくはなく……!」

「……わー!すごいですー!オリバーは問題起こしのスペシャリストなんですねー!一度原型留めなくなるまで魔力の塊撃ってあげた方が良いんですかねー!」

「も、もう原型留めなくなるくらい抓ってるけどね……?ま、まっひぇ、ほほをひっひゃらないれ……」

 

 数時間前の会話が嘘のように、私が会話の主導権を握ります。

 とはいえ、私は何もしていません。悪いのは山吹の魔道士さんなのです。

 勝手に1人で事件を解決しようと立ち上がり、私には相談のひとつもなし。

 挙句の果てには『れーちゃん』なる人との噂までされている始末。

 1人で勝手に突っ走って、勝手に自爆した結果がこれです。

 大切な人の自爆を見る側の心理状態も考えて欲しいものです。

 

「さあ、気分もすっきりしましたので事の詳細を教えてください」

「え?」

「分かりませんか?私も協力すると、そう言ったんです」

 

 オリバーの頬を離し、立ち上がった私は玄関のドアを開けながら言います。すると聞こえたのは彼の素っ頓狂な声。

 やはり彼は立て札の問題を1人で解決し、その上でレースにも出走しようとしていたのです。

 山吹の魔道士さんの考え無しに涙が止まらない。

 

「け、けどイレイナさん!イレイナさんはお金を稼ぐんでしょ!?わけも分からないところで、自分の度胸を試しながらコツコツ占いで!」

「……」

「今日だって美味しいご飯食べたでしょ!?もうすぐ財布が死んじゃうんでしょ!?」

「……」

お財布死んじゃうんでしょ!?

 

 ぶん殴りたい、この山吹。

 というか私がいくらお金大好きだからってそこまで言いますか。私が最優先に考えているのはお金ではなくパンで、次点であなたです。

 如何にも私がお金のことしか考えてないくそやろうみたいに言うのは解せません。

 慰謝料請求しますよ、こら。

 

「じゃあ1人でなんでも解決できるってんですか」

「……そりゃあまあ、手伝ってくれたら心強いけどさ。そこまで迷惑をかける訳にはいかないよ」

「え、今更遠慮するのやめてもらっていいですか?逆に怖い……」

「キミの目には俺がどういう風に映っているのかな!?」

 

 なんか現地で女性の方を虜にして、無自覚にハーレムを形成している山吹さん。

 あ、いえ。そんなことより。

 

「お金が大切であることは間違いありません。なければご飯も食べれませんし宿に泊まることもできません。そうなったら死活問題です、お先真っ暗です」

「だからお金は計画的に使えとあれほど……」

「少し黙ってください」

「めちゃこわ」

 

 彼の減らず口を視線と言葉で制し、続けます。

 

「ですが、お金より大切なものくらい私にもあります。それはパンだったり、……まあ、目を離せば奇行妄言で人を困らせる人のお守りだったり。とにかく色々あるんです」

「……」

「少なくとも今は、お金よりもあなたです。

 ……あなたの目から見た『灰の魔女』は、そんなに信用出来ない人間ですか?」

 

 因みにですが、私はこれでもオリバーのことを信頼しています。

 ただの信頼ではありません。仮に私自身に困ったことが起きた時、隣にいるなら一番に頼りたくなってしまう程に強く信頼しています。

 長年の付き合いだからと言えば、そうなのでしょう。ですが、そんな簡単な理由で済ませられるようなものではありませんし、もっと強い確かな理由があります。

 そしてそれは、多分。目の前で微笑んだオリバー自身にも同じことが言えると、私はそう思うのです。

 

「……いいや、イレイナは。灰の魔女は、俺の1番信用出来る魔女さんだ」

「なら話は終わりです。あなたがどのような問題を巻き起こしてしまったのか。順を追って説明してください」

「なんか俺が問題起こしているように言ってるけど、諸悪の根源は立て札を人様の敷地内に建築した違法建築の匠共なー?

 俺のせいみたいに言うのやめろよなー?」

 

 なので、というにはちょっと無理があると思いますが。

 もう少しオリバーは私を頼って、なんなら幼少期のように肩に寄りかかる位の図々しさを見せてくれても良いのです。

 誰が何を言おうと、私にとってのあなたは『どうでもよくない』人なのですから。

 

 

 

 ○

 

 

 

 小麦色の髪の女性、ベーゼンさんの厚意は天井知らず。その表現が正しいと思える程に、私達は至れり尽くせりの高待遇を受けました。

 

「おふたり共、出国するまではこの施設をご自由に使ってください」

「え、でもホテル……」

「幸い、寝室は余っていますから。この国の活動拠点にでも使っていただいて結構です」

「……ありがとうございます」

 

 この進言により、豪勢なホテルで豪勢な生活を繰り広げようと思っていた私の出鼻は物の見事に砕かれました。

 とはいえ、今後の旅と金銭事情を鑑みれば彼女の道場──食事付き、寝室も、なんならお風呂にも入れる場所に泊まらないという選択肢はありません。

 私達はご厚意に甘え、彼女の道場に滞在することになったのです。

 

「にしても、すげぇなこの道場」

「競箒の国の中では一番の道場らしいですよ」

「いやもうさ、道場っていうか……寮じゃん。んで、室内にトレーニングルームと、レース会場を模した実践練習場まであるんだろ?

 プロじゃん。プロの競箒競技団じゃん」

 

 ベーゼンさんが案内する施設を揃って見学していると、オリバーがそう言って「ほへー」と息を漏らします。

 彼の言う通り、ベーゼンさんの道場は道場というよりも寮のイメージが強い室内でした。

 とはいえ、室内だけで競箒の練習を完結させられる施設の充実性は紛れもなく道場そのもの。

 今思えば、なぜこんな場所で道場破り金貨50枚なんて頭のおかしなことをしているのか、しっかりと疑わなければならなかったでしょう。

 まあ私は最初から疑ってましたが。

 道場破りしようと思ったのは完全に隣のくそざこ煽り厨さんのせいですが。

 

「父と母は長年、競箒文化を未来に語り継いでいきたいという大志を抱き続けていました。その結晶が、集大成が、この道場です」

「そうなんですね」

「しかし、父は道場の完成を見届けることなく亡くなり。母も道場の存続に命を賭し、早くに逝ってしまい。気付けば8歳の私と道場だけが取り残されておりました」

 

 前を歩き、私達に施設を案内してくれているベーゼンさんは私達の方を振り返らずに続けます。

 

「自らの境遇を恨んだことがないと言えば嘘になります。もう少し長生きして欲しかったですし、競箒と同じくらい私との時間も大切にして欲しかった」

「……」

「ですが。それ以上に、私は競箒に人生を賭けた2人のことを尊敬しております。父と母が、更に言うならば祖父や祖母、曾祖母が築き上げてきたこの長い歴史を、私で終わらせたくはないと。そう思ったのです」

 

 そこまで言うと、ベーゼンさんは振り返り「まあ、ご覧の通り。今は何もかもが上手くいっていないのですが」と苦笑します。

 その笑みはとても弱々しく見え、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()がその弱さを更に際立たせていました。

 競箒の国の歴史上の中で、1番に長い連勝記録を積み重ねてきた『女帝』さん。またの名を『無敵のれーちゃん』。

 その正体が、道場の主であるベーゼンさんであると分かるのに大して時間はかかりませんでした。

 恐ろしい程のほうきの操縦技術と俊敏性を兼ね備えた彼女のレース捌きは見る者を感動させ、隣に並ぶ者をひれ伏させるほど。

 そこまで称されるほどの彼女は、今回のレースの調整中に不注意による大怪我をしてしまいました。

 

「全治不明の大怪我と言って良いでしょう。直接的な原因ではありませんが、この事件以降ほうきに乗ることが出来ません。「飛ぼう」と決めても身体が言うことを聞かず、少し飛んだと思えば急降下で真っ逆さまに落ちる始末です」

「……精神的なものか。そりゃなかなか難しいっすね」

「はい。現に私の未完全な時間逆転の魔法でも脚部の不安はほぼ解消されています。それでもなお、飛べないのは……私の未熟さ故」

 

 そのような理由もあり、ベーゼンさんの笑顔には常に影が差し込みます。

 本来ならば柔らかな笑顔が素敵な方なのでしょう。端々の表情にはその片鱗が見て取れますし、何より私達が彼女のレストランで注文を取った際の笑顔は見る人を惹き付けるような魅力がありましたし。

 それでも、彼女は道場に関わる話になるとどうしても笑顔を維持することが出来なくなってしまうのです。

 この道場に誰よりも思い入れがあるからこそ、大好きだからこそ。今の自分の状況が許せないのでしょう。

 

「未熟とかそんな問題じゃないと思うが」

 

 とはいえ、そのような状況のベーゼンさんの言葉の全ての発言が的を射ているのかと言えば、決してそんなことはなく。

 私が声を上げるよりも先に、オリバーが今までの3枚目とは程遠い真面目な表情と声で彼女の言葉の1つを一蹴します。

 

「……オリバー様」

「門下生のちびっ子から聞いたよ。ベーゼンさんは飲食店の店長やりながら競箒の練習もして、経営まで頑張って、めちゃくちゃ頑張った上での立て札事件で疲れてるんだって」

「それは……はい」

「箒を飛ばせなくなった原因が心の問題ってのは確かにそう。事故がきっかけで飛べなくなったのも多分そう。けど、根本の原因はもっと別の所にあるでしょ」

 

 普段はあまり見ない真面目な表情でそう語るオリバーには、彼女が飛べなくなった根本の原因が理解できるのでしょう。

 それも、私よりも深く理解しているはずです。ベーゼンさんから依頼を受けたのは他の誰でもない彼ですし、道場の子ども達から情報も仕入れています。

 そして何より、彼自身が『それ』を五指に入れて良いほど得手としているからこそ、分かるものもあるのでしょう。

 

「1人で頑張りすぎなんよ、ベーゼンさんは。その頑張りが積もり積もって、少しガス欠になっただけだ」

「……それ、は」

「結局の所、箒の操縦は心身の体力勝負。魔力が十分に出せねえなら話にならんし、病気とかしてても上手く操縦できない。

 ──ならさ、ベーゼンさんが、今やんなきゃならんことって1つだよね」

 

 そう言うと、今まで真面目な表情で話していたオリバーの顔がにへーっと擬音が付くような笑みに染まります。

 常に真面目で凛々しい表情をしていたのならもう少し格好がつくのに、それすらも3枚目で帳消しにしてしまうのが彼の締まらないところなのでしょう。

 ですが、その明るさと真摯さのバランスの良さは紛れもなく彼の良いところです。その明るさが人の心の闇を振り払い、その真摯さが人の心を打つ。

 そのような明るさと真摯さの、情け容赦のない緩急に皆の心は焼き尽くされ、たちまち皆さんは彼の虜になっていくのです。

 それはベーゼンさんもきっと例外ではありません。彼の緩急にベーゼンさんの情緒はボロボロです。

 お気の毒に。

 

「だから今くらいは肩の荷を降ろして、俺と旅の魔女さんに任せてよ」

「……オリバー様」

「今まで1人で道場守ってきたんだ。今くらいの怠惰、お天道様も許してくれるさ」

 

 ですが、それで良いとも思います。

 今、この瞬間に解決することの出来ないことに頭を悩ませる位なら少しくらい彼の緩急に殺られてしまった方が精神衛生上いくらか健全です。

 人間というものはどうしても思い詰めていると良い考えを引き出すことができませんし、解決も叶いません。

 使命や責任ももちろん大事ですが、それに押し潰されては意味がありませんし、何事も詰め込み過ぎれば失敗に繋がります。

 ならば、もう少し気楽に。

 もちろん、ベーゼンさんの立場上そうもいかないのでしょう。ですが、少なくともオリバーがいる今の状況位は肩の荷を降ろして、現状を愉しんで欲しいものです。

 

「そんで、余計な荷物を省いた状態で。しっかり休めたのならまた頑張ればいい」

「……オリバー様」

「簡単な話でしょ?……なぁ、イレイナさん」

 

 と、そこで私に振りますか。

 まあいいですけど。

 

「乗りかかった船ですし、事件くらいは何とかしますよ」

「……イレイナさん!」

「この人の一人相撲で、全て解決します」

「……イレイナさん?」

「私はこの人の背中にもたれてコーヒーでも飲んでます」

「イレイナさん!?」

 

 隣で見慣れた幼馴染の、聞き慣れた声が響きます。

 

「あ、うるさいんでちょっと静かにしてもらえません?」

「誰のせいだと思って……というかさ。イレイナさん、やっぱりまだ怒ってるでしょ」

 

 はぁ?

 何処が怒ってるんですか喧嘩売ってんすか。私がそんなに器の小さい人間に見えますか。

 

「心外ですね。証拠はあるんですか、証拠は」

「いつもより歩幅が大きい、声に張りがある、言葉がちょっとばかしつんつんしている。……俺、また何かやっちゃいました?」

「……なるほど」

「ちょっ、ステルス修正やめないか!こういうことはハッキリさせた方が良い!可能なら直すから、言ってくれ!!」

「──おいッ!!!」

「可能なら直す?不可能を可能に、なんて感動的な台詞でも言うつもりですか。ちょっと今の発言に『むかっ』ときたんで10分したら話しかけてきてください」

「なんだお前!ちょっと可愛くて性格も良くてアホ毛と心がリンクしてて、魔法がつよつよで、厳しさの裏に優しさもあって、お金をむしり取る方法を何通りも考えるくらい狡猾だけどそこが小悪魔チックで可愛らしくて……とにかく全部!ありとあらゆる部分が魅力的なだけが取り柄な奴が俺に反抗するつもりですかー!?」

「本性を表しましたね。

 ──あなたこそちょっとかっこよくて性格は3枚目ですが本当に困った時には優しくて、それでいて真摯な態度で向き合ってくれて魔法も私と同じくらい強くて、それだけでは終わらない芯の強さが羨ましくて現地で勝手に百合で悶えて現地妻さん量産していますけど、それと同じくらい私との確約を優先的に考えてくれている律儀なところがとても素敵で、……とにかく、魅力に溢れた人ってだけのくせに、よくもまあそんな事を言えるものです」

「途中で途切れ途切れになってんだよ!痒いところに手が届かない暴言になってんの!なんだお前!ほんとなんなんだお前!」

 

 何か会話の途中でオリバーとは違う男の子の声が聞こえたような気もしますが、今は間が悪いので放っておきましょう。

 もしかしたら長旅で疲れ、幻聴が聴こえただけかもしれませんし。

 

「言いたいこと言っても届かなきゃ意味ないだろ?言っておくけど今のタイミングでイレイナさんが防音の魔法使ったのとかバレてるから、無駄な抵抗はやめて、聴こえるように言ってみなさい」

「あー」

「やさぐれろとも言ってない!こんな状況で『グールな私』を召喚させんな!!」

 

「まあ2周回ってありっちゃありだけれども……!」とオリバーが頭を抱えて嘆きます。

 その間、私はひたすら美味しいパンのことを考えながら空を見上げ「あー」と呻き声にも近い何かを上げる始末。

 いやほんとなんなんだこの状況──と、私が疑問を抱いた瞬間、その状況を見ていたであろうベーゼンさんが「あのー……」と一言。

 その瞬間、それぞれ思い思いの行動に勤しんでた私とオリバーは一様にベーゼンさんの方を向き。

 そこで視界に捉えたのは、なんか申し訳なさそうに私達を見るベーゼンさんに、なんか彼女の隣で泣きそうな顔してる男の子の姿でした。

 いやほんとなんなんだこの状況。

 

「改めて紹介致します。レースの国より留学という名目で預かっているシュトロームです」

「……」

「ほら、シュトローム。あなたまだ謝罪もしていないのでしょう?まずはきちんと自分の非礼を侘びなさい」

「……ぐ」

 

 泣きそうになりながらも鋭い目付きでこちらを睨み付け、威嚇する男の子──シュトロームさんの背中を押し、彼の1歩目を後押ししたベーゼンさん。

 彼女の声は、平時の温厚そうな態度からは想像できないほどに厳しく、それが彼の聞き分けを良くした一因でもあるのでしょうか。

 嫌そうにため息を吐きながらも、前を見据えたシュトロームさんは私達に対して自己紹介を行うのでした。

 

「……シュトローム」

「はぁ、どうも」

「はなしかけてくんな、しらが女。アホ毛が伝染る。百合が好きそうな外見して、こんな男といちゃいちゃしやがって。てぃーぴーおーを知らねえのか」

「オリバー、こいつどうします?当社比では万死に値すると思うんですけど」

「やめーや」

 

 そうですね、取り敢えず景気付けに魔女の渾身の弾丸でも食らってもらいましょうか。

 そんなことを思いながら1歩踏み出した私の魔女帽をオリバーは取り上げ、高く掲げます。

 身長差に物言わせて何を大人気のないことを。この、早く返してください、あなたにプライドというものはないのか。

 

「煽り耐性なさすぎね?もう少し冷静に行こうぜ」

「そりゃそうですけど。……じゃあどうしろって言うんですか」

「こういう時は女神様を想像するんだ。全知全能、叡智の神であらせられる女神様がそんな暴挙に走ると思うか?

 所詮は人の子、適切な言葉で適切な注意を──」

「けっ、高説垂れてんじゃねーよ。せんせーを口説き落としている癖にこんなクソ女とイチャつきやがって。挙句の果てにはししょーの困りごとを魔道士ごときが解決?

 しらが女がしらが女ならてめーもてめーだな、ふざけた顔の勘違い山吹やろう」

「お前を○○(ピー)

「暴言はやめてくださーい」

 

 くそざこ煽り厨さんは、煽り耐性ゼロのクソザコメンタルの持ち主でもあったようです。真上に掲げた魔女帽を私の頭にもう一度被せると、私と同じように1歩を踏み出します。

 先程までは怒りに身を任せて魔力の弾丸を放とうとしていた私もこれには笑えません。激おこの山吹さんの襟首を掴み、ひっぱります。

「ぐえっ」と断末魔にも近い声が聞こえました。

 

「何をする。俺は今から『イレイナすこすこビーム』でシュトローム君の脳をゼロから再構築するんだ。離せ、息が出来んくて死ぬ。死んじゃう」

「じゃあ今すぐその白い杖を収納してください」

「理由ならある。シュトロームくんはレナを2度馬鹿にした。俺の辞書に3度目はない。シュトローム君、お前を○○(ピー)

「だからやめろと言っているでしょうに」

 

 後、少しは自分のことに関しても怒ってください。

 あなたふざけた顔とか言われてるんですよ?このままじゃ一生ふざけた顔の勘違い山吹さんですよ?ついでにチャラい人だって認識されちゃってるんですよ?いいんですかそれで。

 プライドですよ、プライド。落としたなら一緒に探してあげますから、とっとと拾いやがってください。

 

「シュトローム!いい加減にしなさい、いくらあなたでもこの方達を悪く言うのは許しません!!」

「うるさいッ!ししょーもししょーだ、こんな得体の知れない旅人に自分の騎手としての権利を譲るなんて!!そんなに自分の名前を傷付けたいのかよ、見損なったぞししょー!!」

「代替騎手の件に関しては彼の実力を確認した上で決断したの!あなたはその場に居合わせていなかったから分からないのだろうけど──」

「そういう問題じゃねえんだよッ!!!」

 

 足元を見渡しオリバーのプライドを探していると、次第にベーゼンさんとシュトロームさんの口論が激しいものとなっていきます。

 ベーゼンさんは必死に弟子であるシュトロームさんを窘めようとしますが、そもそもの話として彼には()()()()()()()()()()()()()()()()()()()がいくつもあります。

 そのような状態ではベーゼンさんの話など薪を焚べるようなものであり、シュトロームさんの怒りの炎は更に強く燃え盛っていくのでした。

 

「俺になんの相談もなしに!もっと言うなら道場のみんなにも言わずに!どうしてししょーはそうやって何もかもをひとりで背負おうとするんだよ!!」

「!……それ、は。みんなに心配を、かけさせる訳にはいかないから。父や母は、そんなことを言わなかったから」

「それってつまり俺や道場のみんなを信用してねえってことじゃねえか!俺たちより!こんな得体の知れないヤツらの方が信頼できるって話じゃねえのかよ!?」

「……!」

 

 その言葉にベーゼンさんの表情が曇り、閉口します。

 とはいえ、今のシュトロームさんが求めているものは『言い負かしたという事実』ではないのでしょう。

 まるでベーゼンさんの現状を拒否するかのように頭を横に振ると、今度は自らの意思で私達の元へと歩みを進めます。

 

「おい、魔道士。俺と勝負しろ」

「シュトローム!」

 

 そして、シュトロームさんはオリバーの方へと指を差し高らかに宣言してみせたのです。

 その一言に一番大きく目を見開いたのはベーゼンさん。閉口していた状況から我に返った彼女は、何を思ったのかシュトロームさんの元へと向かうと両肩を掴んで制止を呼びかけるのですが。

 

「ししょーは黙ってろ!……いいか魔道士、もしお前が勝ったら俺はお前の言うことをなんでも聞いてやる」

「なんでも?」

「お前が言うならこの街から出てやってもいい、お前に扱き使われる召使いにでも、なんでもなってやる」

「……ほう」

「その代わり、もし俺が勝ったら!その時は今すぐししょーの道場から出ていけ!そして、2度とこの国に現れるな!!

 ──この問題は、ぽっと出のお前たちが関わっていいようなお気楽な問題じゃねえんだよッ!!!」

 

 さっきまでの勢いが物語るように、ベーゼンさんの一言ではシュトロームさんの炎は消えません。

 彼の頭の中では既に私達は道場に巣食う外敵としか見られていないでしょうし、なんなら立て札を人様の土地にぶっ刺した違法建築さんよりも恨まれているのでしょう。

 気持ちは分かります。何せ自分の上に立つ師がこんなわけのわからない3枚目の山吹さんに頼っている状況ですからね。

 私に置き換えて考えてみたら、そりゃあもう悲惨です。

 師であるフラン先生が別の男の人と、なんならオリバーに身の回りの世話をされているわけですから。

 おいなんだその地獄絵図は。

 

「……まあ、言いたいことは分かった」

「だまれ!何でもかんでも知ったような気になりやがって……!!」

「とはいえ、レナを馬鹿にしたことと『ぽっと出のお前達が関わっていいようなお気楽な問題じゃねえ』って一言。それは聞き捨てならないな」

「何だと……!?」

「レナは俺というクソザコ魔道士の面倒を小さな頃から見てくれた史上最高の女の子だ。その上で可愛くて、お金にうるさくて、厳しいとこもあるけどそれ以上に優しくて。……その優しさに触れると、こっちが思わず後ろを付いていきたくなるくらいの魅力を持った、素敵な女の子なんだよ。

 それを、キミが。レナのことを何も知らないキミが、俺の目の前でそういうことを言ってくれるな。ちょっと悲しくなる」

 

 そんな理由もあってか、シュトロームさんの怒りは留まるところを知りませんでした。それこそ、誰も手をつけられないと言っても過言ではないほどに。

 それでも、この状況において山吹の魔道士さんは良い意味でも悪い意味でも無謀だったわけで。

 気付けば、シュトロームさんの元へと歩み寄ったオリバーが片膝を着き、彼と()()()()()話をしています。

 

「!……っ。それ、は。……」

「確かに俺達は旅人だしさ、信用出来ない気持ちは分かる。そんでもって、そういう視線に晒されるのも職業柄慣れてる」

 

「だって俺、()()()()()だもんな」と半ば自虐的に笑ってみせたオリバーが言葉を続けます。

 それはもう、彼の火を消火するように。培ってきた大人としての冷静さを用いて、延焼してしまった行き場のない炎を一つ一つ元に戻し、復元していくように、彼は語りかけます。

 その姿のなんと頼もしいことか。魔法統括協会は、というよりシーラさんはオリバーの保護者として、オリバーを立派なエージェントさんへと魔改造したのでしょう。

 素晴らしいです。親友として、幼馴染として、今の彼を見ていると鼻が高いです──

 

「けどさ、旅の魔女さんくらい信用してやってくれ。この子はすげーんだ。勿論、全知全能なわけなくて全てをまっさらにするなんてことは出来ないけど。灰の魔女は、1度受け持った依頼には責任で応えてくれる」

「……ッ」

「ついでにキミが言うような白髪女じゃなく灰髪の美少女で、アホ毛は伝染しねえし、時と場合と場所はわきまえられる。

 ──ついでに熱出すとめっちゃ可愛くなる。小さい頃は看病してた俺の服の袖を指できゅっとな、摘んでたんだよ……」

「関係ねぇだろ今の」

「とにかく旅の魔女さんは馬鹿にするな。3度目を特別にくれてやる。次言ったら……」

「アホ毛女」

〇〇〇(ピー)

「テメェやれるならやってみろやこらぁ!!!」

 

 あ、やっぱないですね。

 オリバーはやはり何処まで行ってもオリバーです。どれだけかっこいい外見をしていようが、白杖を構えて天才的な魔法を放とうが、エージェントさんとして人を落ち着かせようが、結局3枚目の百合大好き変態魔道士さんの立ち位置へと回帰するのです。

 原点回帰なら他所でやって欲しいところですが、同行者である立場上そうも言っていられません。

 というかしれっと要らない情報をおまけ感覚で与えないでくださいぶっころされてーんですかあなた。

 

「火に油を注いでどうするんですか」

「イレイナ、これはイレイナ大好きクラブの会員ナンバー1としては負けられない戦いなんだ。負けたら危うくサヤちゃんに半殺しにされる。お願いだから勝負させて、皮膚を抓らないで、服が皺になっちゃう」

「まじでやる気なんですか」

「売られた喧嘩はしっかり買って、その上で仲直りする魔道士だ。潔くてイレイナさんの好きなタイプだろ?」

 

 あ、いえ全然。

 まあ、それはそれとして「この際だから負けちまえ」とは流石に言いませんし、勝って欲しい気持ちはありますが、そもそもの話、この勝負自体やる必要ないんじゃないんですか。

 

「そんじゃまあ、シュトローム君の勝負は受けるってことで。肝心の箒なんだが……」

「あ?」

 

 というか、やめた方がいいと思いますけどね。

 そりゃまあ、シュトロームさんの言いたいことは理解できますし、私が彼の立場だったとしても、この展開には首を傾げたくなってしまいますが。

 それでも、勝負に勝つ前から「なんでもする」とか本当にやめた方が良いと思うんです。

 事実、さっきから山吹の魔道士さんはぼそぼそと「ん?そういえば、なんでもするって……」とか何とか言いやがってますし。

 先程の短気といい泣き虫といい、シュトロームさんの将来が度々不安です。そう遠くない未来に、かなりこっぴどい目に遭うんじゃないでしょうかこの人。

 

「んじゃ、俺は丁度ここに落ちてるコイツを使おうかね」

「……は?」

「え、だって俺の()()()()()は半分箒やめてるし。どの道大会じゃ使わないんだから、今使っても無駄だろ?」

「とことん舐めやがって……ぜってー勝ってやる……!!」

 

 まあ、勝負するっていうなら止めませんが精々自信やプライド、その他諸々の心を折られないように頑張ってください。

 これは、シュトロームさんのため。そして、彼の競箒人生の健全な成長と発展のために言っておきますけど。

 

「この人、空を翔ける(その道の)天才なんですよ」

 

 なので、負けても落ち込まないでください。

 むしろ落ち込むだけ無駄ですから。

 実体験です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おおっ!そこでこんな動きを……さてはお前暴れ馬ならぬ暴れほうきだな!?活きが良くて助かるわぁ……!」

「う、そ……だろ。今日拾ったほうきで、練習もしてないぶっつけ本番で……なん、で」

 

 そして、まあ。

 結果は詳細を語る必要もない程予想通りの結果で。

 今日初めて使うほうきにも関わらず、そのほうきを乗りこなしたオリバーは決して弱くはないシュトロームさんの競箒を圧倒し、着差以上の勝利を飾るのでした。

 

 

 

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